大瀧詠一の突然死の死因はリンゴ?大動脈解離(解離性動脈瘤)?タレント

大瀧詠一の突然死の死因はリンゴ?大動脈解離(解離性動脈瘤)?

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このことから、当初は大瀧詠一さんは報道関係者に「リンゴを食べた直後に容体が悪化した」というような報道をされています。

その報道を見た大瀧詠一さんの関係ミュージシャンは大滝詠一さんがのどにリンゴを詰まらせたのが死因と勘違いを起こしていたようです。

SNSサービス「Facebook」において関係ミュージシャンがそういった類の書き込みを行っていたことからも大瀧詠一さんが直近まで病気の兆候を見せなかったことがわかります。

亡くなる直前の言葉は「ママ、ありがとう」

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大瀧詠一さんは結局解離性動脈瘤によって帰らぬ人となってしまいました。

大瀧詠一さんは夕方に仕事から帰った後、夕飯前にご自身でリンゴを剥いて食べようとしました。

そしてその直後大声で「ママ、ありがとう!」と叫び、妻の静子さんが驚いて振り向いたところ、すでにチアノーゼが出ていたとのことでした。

当時、看護師だった妻が応急手当をしていた

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大瀧詠一さんが倒れたとき、当時看護師をしていた妻の静子さんがすぐに救急車を呼びました。

その後、救急車の到着まで大瀧詠一さんに対して心臓マッサージ等の応急処置を施していましたが息を吹き返さなかったと静子さんは語っています。

また、静子さんは大瀧詠一さんの死亡当日に「会話したのは20分程度だった」と悲しさをにじませて語ってもいます。

大瀧詠一の死後、葬儀・お別れ会の様子は?

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こうして2013年12月30日に大瀧詠一さんは解離性動脈瘤という死因にて突然死という形で65歳を持ってこの世を去ってしまいました。

当然ながらその後に大瀧詠一さんの葬儀が執り行われ、関係者やファンとの「お別れ会」も開かれました。

ではその葬儀やお別れ会はいったいどこで、どのように執り行われたのかをご紹介していきます。

2014年1月4日、自宅の近くにある葬儀場で葬儀が行われた

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大瀧詠一さんのご葬儀は2014年1月4日に大瀧詠一さんのご自宅の付近にある葬儀場で執り行われました。

この、都内で行われた葬儀には関係者が約100名ほど参列しました。その中にはロックバンド・はっぴいえんどのメンバーも参列しました。

また、はっぴいえんどのメンバーであり長年の友でもあった松本隆さんがTwitterにて追悼をささげています。

葬儀では「夢で逢えたら」の本人歌唱バージョンが流れた

都内で行われた大瀧詠一さんのご葬儀では大瀧詠一さんご本人が作詞作曲、プロデュースまで務めた「夢で逢えたら」という曲が流れました。

この「夢で逢えたら」は歌手である吉田美奈子さんが歌唱されていることで有名な曲です。

しかしこの葬儀では「夢で逢えたら」の大瀧詠一さんご本人が歌唱したバージョンが流れました。

「はっぴいえんど」メンバーが参列!棺を抱えたことをツイッターで告白

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先に述べた通り大瀧詠一さんのご葬儀にはご自身が所属していたロックバンドである「はっぴいえんど」のメンバーが参列していました。

はっぴいえんどのメンバーは松本隆さん、鈴木茂さん、細野晴臣さんが参列しました。

また、この3名はご自身のTwitter上で大瀧詠一さんのご遺体が入った棺を3人で抱えたと語っています。

2014年3月21日、東京都港区のビルでお別れ会を行った

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また、大瀧詠一さんのご葬儀とは他に一般参列者の献花台が用意された「お別れ会」が行われました。

このお別れ会は2014年3月21日に東京・SME乃木坂ビルにて行われ、250名が参列しました。

この3月21日は大瀧詠一さんの最期のアルバムである「EACH TIME 30th Anniversary Edition」の発売日でもありました。

ミュージシャンからの追悼コメントも!

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大瀧詠一さんの突然死に対して、他のミュージシャンからの追悼コメントもありました。ここでは歌手の佐野元春さんの追悼コメントを掲載します。

大滝詠一さんが亡くなりました。 日本の音楽界はひとつの大きな星を失った。 でもその星は空に昇って、ちょうど北極星にように僕らを照らす存在となった。 大滝さん、ありがとう。 ご冥福をお祈りいたします。 佐野元春

(引用元:佐野元春Web-MWS)

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