忌野清志郎の死因は癌性リンパ管症?がん?タバコの量や最期の姿タレント

忌野清志郎の死因は癌性リンパ管症?がん?タバコの量や最期の姿

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2006年7月13日に自らのブログで咽頭がんに罹っていること、そのため予定されていたロックフェスなどの出演をキャンセルして治療に専念することを明かした忌野清志郎さん。

忌野清志郎さんは2005年に愛車の「オレンジ号」が盗まれて話題になったこともあるなど、ロードバイクが好きで健康的な印象がありました。

そのため病気を知ったファンからは、「若い頃ならいざ知れず、どうして今の清志郎ががんに?」との声もあがりました。

手術も拒否!放射線治療も途中で拒否して代替医療に

咽頭がんは早期に治療を行えば、生存率が9割を超えるとされています。忌野清志郎さんも入院時に手術を勧められたそうですが、声帯を除去することになるため手術を拒否していました。

そして化学放射線治療を開始したのですが、この治療も長引くと唾液の分泌量が減って声を出しづらくなることが発覚。

続けていては歌えなくなると判断したために、忌野清志郎さんは治療を辞めて代替医療に頼るようになったのだと言います。

忌野清志郎が行った代替医療は玄米菜食法

忌野清志郎さんは入院してから2週間後には、代替医療として玄米菜食と呼ばれる食事療法を開始していたそうです。

玄米菜食では玄米と野菜を中心に食事をとり、がんに罹る前からベジタリアンだった忌野清志郎さんにとっては、取り入れやすいものだったのでは?と考えられています。

忌野清志郎は声を守るために闘っていた!闘病中の姿の画像は?

上の画像が咽頭がんで闘病を開始して半年後に、スポニチのインタビューに応じた際の忌野清志郎さんの姿です。

抗がん剤で抜けた頭髪に対して「赤ちゃんみたい」と自ら語ってみたりと明るい姿が見られましたが、体力と筋力が衰えていることに不安ものぞかせていました。

そして闘病中も喉の周りの筋肉だけは落とさないように、歌い続けていたことを明かしました。

その後、音楽活動を再開しシークレットゲストとして参加

2007年1月21日には、渋谷BOXXで行われた石田長生さんの『Ishiyan』リリース記念のライブに、シークレットゲストとして登場した忌野清志郎さん。

その翌月には竹中直人さんがパーソナリティを務めるラジオにも出演、映画『たみおのしあわせ』の撮影にも参加し、シークレットゲストとして藤井裕さんらのライブにも登場しました。

癌が左腸骨に転移していることが発覚し再び活動休止

2007年年末に忌野清志郎さんは、シークレットゲストではなく前もって予告をする形で「ジョン・レノン・スーパーライヴ」に参加しました。

これは咽頭がん発症後初めてのことであったため、ファンからは忌野清志郎完全復活を喜ぶ声があがり、ライブパフォーマンスも入院前と全く変わらないものでした。

そして2008年2月には「忌野清志郎 完全復活祭」も武道館で行われたのですが、その年の7月14日に左腸骨がかんに侵されたことを公表。再び忌野清志郎さんは闘病生活に戻っていったのです。

通院にて治療しながらも音楽提供は続行

ライブ活動は休止した忌野清志郎さんでしたが、その後も原田郁子さんのアルバム『銀河』で作曲やハープ演奏を担当したりと、音楽活動は続けていました。

またこの時期に、前人未到の世界一周マラソンに挑む間寛平さんのために『RUN寛平RUN』といった楽曲も書き下ろし、レコーディングも行いました。

忌野清志郎は1983年頃にも肝臓の病気を患っていた

忌野清志郎さんはRCサクセションとして活動をしていた1983年の頃にも飲酒が原因で肝臓を壊し、医者からも匙を投げられたことがありました。

しかし、漢方やお灸を用いて1年がかりで肝臓の不調を完治させたと言います。

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