TOKONA-Xの死因は熱中症?薬物中毒?矢口真里との噂や伝説! タレント

TOKONA-Xの死因は熱中症?薬物中毒?矢口真里との噂や伝説!

「知らざあ言って聞かせやSHOW」など独特な歌詞で人気のTOKONA-Xさんの死因は熱中症と発表されましたがコカインなど薬物の噂もあります。矢口真里さんが元カレの噂から娘のことイルマリアッチM.S.A.D.OなどTOKONA-Xさんの経歴も合わせて紹介します。

目次

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TOKONA-Xの死因は?熱中症?薬物中毒?

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若くして突然の死を遂げた伝説のラッパーTOKONA-Xさんの死因は10年以上が経過したいまなお様々な憶測が流れています。熱中症と発表されていますが、薬物中毒が原因との噂が絶えません。

26歳というあまりにも早すぎる死に不審を抱くファンは多く、TOKONA-Xさん自身が育った環境が悪いこともあっていろんな要素が考えられています。TOKONA-Xさんの死因は何だったのでしょうか?

2004年11月頃、2ちゃんねるで死去の噂が流れる

2000年代当時ネット掲示板の2チャンネル上ではヒップホップ好きが集まりネット上でビーフ(喧嘩)する流れが出来ていました。ビーフの舞台をステージからネットに移したもので人気がありました。

そんな中、2004年11月に突如としてヒップホップファンに衝撃が走ります。若い世代に熱烈な支持を受けていたラッパーのTOKONA-Xさんが還らぬ人となったとスレッドが立ち上がったのです。

TOKONA-Xが死去?死因は売人絡みという噂も!

TOKONA-Xさんは自身が育ってきた環境があまりにも悪かったために、昔から周辺には何かと悪い噂が絶えません。またラッパーに対する世間のイメージも必ずしも明るいものとはいえませんでした。

そんな状況の中でTOKONA-Xさんの突然死が伝えられると、瞬く間に「薬物」という二字がネットを席巻しました。TOKONA-Xさんの早すぎる不自然な死因には売人が関わっているという噂が流れます。

死因はコカインのオーバードーズ?殺害された説も!

昔から現在にいたるまで芸能人や有名人が薬物の使用で逮捕されてワイドショーのかっこうの餌食にされるケースは後を絶ちませんが、TOKONA-Xさんの死因に際しても薬物疑惑が浮上しました。

それも薬物の種類はコカインで、死にいたるほど多量に摂取した可能性も指摘されています。また自分の意思に反して何者かに一方的にコカインを大量摂取させられて殺害された噂も出ています。

犯人候補としてネットで挙げられているのはDJ MOTOの側近との噂もまことしやかに囁かれています。

TOKONA-Xはイベントの最中に死亡?スピードボールの大量摂取が死因?

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TOKONA-Xさんの突然死から時間が経っても、彼の死因に関する悪い噂は後を絶ちません。ネット掲示板にはTOKONA-Xさんの死について何らかの情報を持っているらしき人物の書き込みもあります。

匿名なので真偽のほどは明らかではありませんが、ある情報によるとTOKONA-Xさんは当時名古屋市内のイベントに参加中に突然体調に異変をきたして死に至ったといいます。

イベント直前には売人に薬物を購入したとも、TOKONA-Xさんが薬物の種類を知らないままスピードボールを大量摂取したことが死因と書き綴っています。

TOKONA-Xは矢口真里の元カレだった?トランスパーティ会場で死亡?

一部週刊誌の情報から、TOKONA-Xさんがモー娘。矢口真里さんの元カレとの噂も流れています。週刊誌では匿名の「ラッパーX」でしたが、一部のファンはTOKONA-Xさんと解釈したのです。

「X」という表記が単なる匿名の意味合いを含めている可能性もありますが、名前にXが付くラッパーはTOKONA-Xさん以外に考えられないという理由から矢口真里さんの元カレとの噂に発展しました。

噂によると当時TOKONA-Xさんは矢口真里さんと2人でトランスパーティに参加しており、目撃者の証言によれば2人は激しい口論をしていたといわれています。

死因は薬物中毒死?ガセネタという噂も!

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会場を飛び出して行った矢口真里さんの後、若い不良集団がTOKONA-Xさんを取り囲み、本人の意思に反する形で無理やり薬物を大量摂取させて殺害したとの憶測もネット掲示板に流れています。

しかしこれには異論もあって、TOKONA-Xさんがトランスパーティに行くこと自体不自然との意見や、そもそも矢口真里さんとTOKONA-Xさんに接点がみられない点を指摘されています。

また週刊誌がラッパー名を「X」としているなら、わざわざTOKONA-Xさん本人と特定されるような書き方はしないだろうとの冷静なツッコミも掲示板には見られます。

生前から弱ってた?目の焦点が合っていないという指摘も

TOKONA-Xさんの訃報が伝えられた直後のネット掲示板には、TOKONA-Xさんの死を悲しむ声が多く書き込まれる一方で、TOKONA-Xさんの死因に関する悪い噂もありました。

その中で最も多い情報がTOKONA-Xさんが違法薬物の常習者だったという噂です。死亡する以前から目の焦点が曖昧でボーっとしていたとの証言もありますが、匿名情報に過ぎません。

友人のケイシも同時に亡くなっていた?

ラッパー仲間で友人のケイシさんもTOKONA-Xさんと同時に死亡したとの噂も流れています。やはりTOKONA-Xさんと同じように薬物を一度に大量摂取したことが死因と掲示板に書き込まれています。

また2人の死は同時ではなく、ケイシさんは薬物を使用したその日に死亡して、体つきが大きいTOKONA-Xさんは影響が少し遅れて死に至ったとの情報もありますが、あくまで噂の域を出ません。

所属事務所が死因を発表!熱中症で心停止に?(享年26歳)

TOKONA-Xさんの死が報じられてからネット掲示板にはさまざまな憶測が飛び交っていますが、所属事務所の公式な発表で死因は熱中症による心停止とされています。

大きなイベントを建て続けにこなして疲労が蓄積され体力が著しく落ちていたところに熱中症に襲われたことで心臓に負荷がかかったとのことです。TOKONA-Xさんは当時26歳という若さでした。

TOKONA-Xの死後は?娘の登場でファンも歓喜

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死因について様々な憶測が流れてもなおTOKONA-Xさんの若者に与えた影響力は衰えることがありません。強いメッセージ性あふれる歌詞に共鳴し、魂を揺さぶられた多くのファンがいたのです。

また多くのラッパー仲間たちもTOKONA-Xさんの突然死にショックを受けそれぞれのスタイルで哀悼の意を捧げています。TOKONA-Xさんは多くの遺産をヒップホップ界に残しました。

ヒップホップ専門誌「blast」で追悼記事が掲載!ツイギーがラップで追悼!

ヒップホップを専門に扱う雑誌「blast」ではTOKONA-Xさんの死はヒップホップ界にとって大きな損失であると平沢郁子編集長自らの言葉とともに哀悼の意を捧げています。

またラッパー仲間ツイギーがライブで披露する歌詞の内容が、TOKONA-Xさんに対する偉大なものを失ってしまったことへの無情の叫びに感じてならないと受け取るファンもいます。

飛びながら一時酔わされた あしらえず一人が壊されて また一人二人とお別れが

(引用:きなこなん式)

TOKONA-Xは日本最高のラッパー?ブルーハーブのBOSSも不在を惜しむ

TOKONA-Xさんの魅力は理屈では説明できないといいます。メッセージ性の強い歌詞もさることながら太い歌声や体格、体から発せられるオーラに至るまで何もかもが強烈なインパクトでした。

日本のヒップホップ界に新風を吹き込んだTOKONA-Xさんの存在は偉大で、狭い日本だけでなく世界を視野に入れていたとも言われています。

TOKONA-Xさんの死から約10年後ブルーハーブのBOSSさん含むラッパー同士がYOKONA-Xさんの曲を復活させ披露しています。BOSSさんはこう語っています。

どこかでお前の不在を引きずる

(引用:きなこなん式)

2017年、ラッパー・ANARCHYがTOKONA-Xの娘とツーショットを投稿!

2017年にはTOKONA-Xさんの地元常滑で野外フェスがあり、その会場を訪れたラッパーのANARCHYさんがTOKONA-Xさんの娘・小町さんとツーショット写真を自身のインスタに投稿しました。

大人の女性に成長した同士の娘の存在をファンにも共有するANARCHYさんも粋ですが、小町さんの名前負けしない美しさもコメント欄で話題になりました。ゴツイ風貌の父親とは似ていません。

TOKONA-Xの経歴は?伝説や逸話まとめ!

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突然の死から10年以上経ってもいまだに多くのラッパー仲間やファンに愛され続けるTOKONA-Xさんには壮絶な過去がありました。家族の逮捕や不良の道からヒップホップに出会うまでを取り上げます。

本名は古川竜一!TOKONA-Xのプロフィール

  • 芸名:TOKONA-X
  • 本名:古川竜一
  • 職業:ラッパー
  • 出身地:神奈川県→愛知県
  • 生年月日:1978年10月20日
  • 死没月日:2004年11月22日
  • 所属:デフジャム・ジャパン

現在でもヒップホップ界に大きな影響を及ぼしているTOKONA-Xさんは1978年10月20日に神奈川県で生まれました。複雑な家庭生活を経て不良となるもヒップホップと出会って人生が変わります。

多くのラッパー仲間と交流を通じ次第に自分の居場所を見つけるとメッセージ性あふれる歌詞が多くの若者の共感を呼び日本のヒップホップ界を牽引する存在に成長していきました。

神奈川県横浜市出身!複雑な家庭で育つ

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TOKONA-Xさんの死因についてネット掲示板でさまざまな憶測が囁かれているのには理由がありました。それはTOKONA-Xさんの育ってきた家庭環境があまりにも複雑過ぎたからです。

両親のトラブルが原因で子供の心理に悪影響を及ぼすケースは世の中に珍しくありませんが、日本のヒップホップ界を牽引するTOKONA-Xさんの少年時代もかなり荒んでいました。

それも他の家庭内トラブルとは一線を画すほど子供の精神を崩壊しても不思議でない体験を、TOKONA-Xさんは生まれた横浜時代にしていました。

母親が警察に捕まり引っ越し!当時から悪ガキだった

母親といえば子供にとっては心の安定そのものです。母親の深い愛情を受けてまっとうな人間に育つ素地が出来るものですが、TOKONA-Xさんの母親は世間でいう理想とはかけ離れていました。

昔から違法薬物に手を出していたとされており、TOKONA-Xさんが生まれた後にも薬物に手を出して警察に逮捕されてしまったのです。それを機に横浜から愛知県の常滑市に引っ越しました。

当時のTOKONA-Xさんは中学生で精神的に不安定な時期です。心は荒れ暴力によって仲間を増やします。「リュウ」のあだ名で隣町まで名を轟かせるほどの悪ガキでした。

中学卒業後、私立高校に入学!名古屋のレコード店でヒップホップを吸収

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私立高校に入った頃、TOKONA-Xさんは名古屋のレコード店でヒップホップのメッセージ性あふれる歌詞とパフォーマンスに魅了されます。日本だけでなく海外アーティストも聞きました。

当時はm.c.ATさんやYOU THE ROCK★さんらが台頭し始めた時代で、のちにヒップホップ界の同士となるツイギーさんや刃頭さんらの曲もこのレコード店で出会っていた可能性があります。

レコード店に毎日入り浸ってはヒップホップを聞いて刺激を受けたTOKONA-Xさんは、この頃から次第に自分でもラップをやってみたいと思い始めます。伝説のラッパーの原点でした。

高校入学当初はイケメンだったという噂も!

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TOKONA-Xさんの死後、ネット掲示板にはTOKONA-Xさんに関するあらゆる情報が飛び交っていますが、中にはTOKONA-Xさんと同じ高校に通っていたと主張する自称クラスメートも表れます。

彼の証言によると入学して間もない頃のTOKONA-Xさんは不良っぽいオーラは出しつつも背が高くスリムなイケメンで、名が知られるようになった後のゴツイ雰囲気とは別人といいます。

刃頭がレーベルを立ち上げ!TOKONA-Xはデモテープを送る

同士ツイギーが東京進出を果たしたあとも名古屋で活動する刃頭さんが「音韻王者REC」という新たなレーベルを起こすと、それを聞きつけたTOKONA-Xさんはデモテープを送ります。

それがTOKONA-Xさんと刃頭さんの最初のコンタクトでした。デモテープを一度聞いた刃頭さんは凄まじい衝撃を受け、他を寄せ付けないカッコよさがあったと最初の出会いを振り返っています。

刃頭とTOKONA-Xが伝説のイベント「さんぴんCAMP」に出演

その頃刃頭さんとツイギーさんのもとに「さんぴんCAMP」の出演依頼が来るもツイギーさんはあまり乗り気でなかったため、急遽TOKONA-Xさんを同行させます。

ユニット名はTOKONA-Xさんが「イルマリアッチ」と提案しました。大事なユニット名を名もなき新人に決めさせるほど刃頭さんにとってTOKONA-Xさんの存在は特別でした。

TOKONA-Xの登場は衝撃だった?

TOKONA-Xさんは当時は刃頭さんを除いてまだ誰も知りません。17歳の名もなき高校生でしたが、ステージに立つなりいきなり「名古屋だがや!」から入って会場にいた客は鳥肌が立ちます。

当時ステージを観覧していたサンプレイス上野さんの証言によると、その時のTOKONA-Xさんは時代の最先端を走っていた東京を激しくディスって、会場が一体感に包まれたと語っています。

一夜にしてイルマリアッチのTOKONA-Xさんの存在はヒップホップ界に知れ渡ることになったのでした。

レコード会社が注目!イルマリアッチとして活動!

衝撃のデビューによって東京のラッパーとも交流を持ったTOKONA-Xさんに、今度はレコード会社が目を付けます。そして1997年「荒治療/TOKONAIZM」他3枚が発売されました。

歌詞の中身はほとんどが名古屋弁で愛知県外の人間には聞き取れませんが、強いメッセージがガンガン伝わってくるとしてたちまちヒップホップ界に大きな衝撃が駆け巡りました。

3MCユニットを結成!のちにM.S.A.D.O(モサド)に発展

TOKONA-Xさんの勢いは止まず、以前からのラッパー仲間であったアキラさん、マスター・オブ・スキルズさん、イコールさんに声をかけ新たに「3MCユニット」を結成します。

翌年1998年にユニット名を「M.S.A.D.O」に改名すると、シンゴ2やザ・ブルーハーブなど地方出身のラッパーの台頭と合わせてM.S.A.D.Oの名前も全国レベルに高まっていきました。

私生活では1998年に結婚!2000年に娘が誕生!

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M.S.A.D.Oでヒップホップ界では飛ぶ鳥を落とす勢いに昇り棲めたTOKONA-Xさんはこの頃になると私生活でも充実していました。一般女性と結婚して2000年には娘の小町さんが誕生しました。

勢いに乗っているとはいっても音楽だけで家族を支えていくのは難しく、TOKONA-Xさんはこの頃足場屋でアルバイト生活にあけくれたといいます。がっちりとした体はこの時に鍛えられたものでした。

体が大きくなったことで声も太くなりメッセージ性あふれる曲にもさらなる迫力が加わったとファンはみています。自身の少年時代とは真逆の優しい温かい家庭を築いていました。

デフジャムと契約!2004年1月、シングルを発売!

TOKONA-Xさんの快進撃は止まりません。今度はアメリカ大手のデフジャムが日本に進出し日本人アーティストと契約を結ぶ噂が流れ、実際契約に至った中にTOKONA-Xさんもいました。

TOKONA-Xさんのファンは大喜びしますが、同時に「当然だろうな」と納得する心理も働いたといいます。TOKONA-Xさんの才能は狭い日本に留めて置けないほど偉大なことが証明されたのです。

2004年、TOKONA-Xさんがデフジャムと契約して出した最初のシングル「知らざあ言って聞かせやSHOW」は現在でもヒップホップファンの間では伝説の一曲となっています。

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