さくらももこ死因は乳がんでタバコが原因?闘病生活を隠した理由は?タレント

さくらももこ死因は乳がんでタバコが原因?闘病生活を隠した理由は?

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声優のTARAKO

アニメでまる子を演じたTARAKOさんは、訃報を受けた際に「何も知らなかった」「ごめんなさい」とパニックと悲しみが混在したコメントを発表していました。

しかし、11月に行われたさくらももこさんのお別れ会の時には気持ちの整理がついたのか、以下のように語っていました。

私の人生の半分はまる子。先生の世界をつなげていくことが私たちの使命です

(引用:時事通信)

ファンからは「放送終了かも」と心配されましたが、さくらももこさん逝去の後もアニメ『ちびまる子ちゃん』は続いており、声優も変わらずにTARAKOさんが担当されています。

歌手の大原櫻子

2015年に公開された『ちびまる子ちゃん イタリアから来た少年』で挿入歌を担当した大原櫻子さんからは、以下のようなコメントが寄せられました。

たくさんの素敵な作品を下さいました。感謝の言葉をいつかいつかと思っておりました。今はなんとも胸が痛いです。ご冥福をお祈り致します。

(引用:Twitter)

映画で使われた『キミを忘れないよ』は、作詞をさくらももこさんが手掛けており、大原櫻子さんは歌詞を初めて渡された時に涙が出てしまったことなども振り返っていました。

木村カエラ

『ちびまる子ちゃん』の大ファンであることを公言し、2006年にドラマ版が放送された際には「大人になったまる子」を演じた木村カエラさん。

さくらせんせい。。。。悲しくて、さみしくて、涙が止まりません。。。本当に大好きです。優しさをありがとう。本当にありがとうございますと、大好きですと伝えたいです

(引用:日刊スポーツ)

訃報のあった当日、8月27日のインスタグラムに上のような追悼コメントを寄せていました。

吉本ばなな

公私に渡って親交があり、息子さん同士も交流があったというさくらももこさんと吉本ばななさん。

さくらももこさんが闘病中も連絡を取っていた数少ない人物の1人でもある吉本ばななさんからは、以下のようなコメントが寄せられました。

どんなに淋しいか、死の知らせを聞いた日から、心に穴が空いたようです。私の青春がまたひとつ、終わってしまいました。

(引用:吉本ばななオフィシャルブログ)

2018年8月28日の吉本ばななさんのブログでは、さくらももこさんとの思い出、そしてどんなに友人として愛しているかが綴られており、涙なしには読めないと話題になりました。

ネットでも悲報のコメントが続出

さくらももこさんの早すぎる死を悼む声はネットでも飛び交いました。その一部を紹介していきます。

昨日はそのニュースつくりごと? 思うほどショックを受けた さくらももこさんの死去 残念でなりません ご冥福をお祈りします

(引用:Twitter)

事前に休載が多く見られることもなく、闘病が噂されたこともなかったさくらももこさん。そのためニュースを見ても理解できなかったとの声も相次ぎました。

Marukoを見て育ってきたの。おじいちゃんの家にみんなで集まって、テレビを囲むっていう楽しいひとときを、これからも思い出させてくれると思うわ

(引用:シネマカフェ)

また海外のファンからもSNSを通して上のような追悼コメントが多く寄せられ、さくらももこさんが国外でも愛されていたことを窺わせました。

さくらももこの経歴やプロフィールは?

多くの人に惜しまれながら他界したさくらももこさん。漫画家として「平成で最も活躍した1人」と評されていますが、プライベートでは離婚も経験しており、決して順風満帆ではありませんでした。

さくらももこさんのプロフィールを振り返っていきましょう。

さくらももこのプロフィールは?

  • 生年月日 1965年5月8日(享年53歳)
  • 血液型 A型
  • 身長 159cm
  • 出身地  静岡県清水市(現在は静岡市清水区)
  • 職業 漫画家、エッセイスト
  • 本名 Miki Miura

1984年、短期大学在学中に『りぼんオリジナル』に『教えてやるんだありがたく思え』が掲載されて漫画家デビューを果たしたさくらももこさん。

1986年からは『ちびまる子ちゃん』の連載がスタートし、たちまち人気漫画家の仲間入りをしました。1990年からは本作のアニメ化も始まり、翌年には初エッセイとなる『もものかんづめ』も刊行。

以降出版した『さるのこしかけ』『たいのおかしら』と続くエッセイ3部作はどれもベストセラーとなり、『ちびまる子ちゃん』のコミックスも累計3000万部を超える売り上げを叩き出しています。

1984年に「りぼんオリジナル」にてデビュー

さくらももこさんのデビュー作となった『教えてやるんだありがたく思え』は、教師を題材にした短編連作で現在であれば炎上間違いなしの教師の問題行動が描かれています。

本作品は『ちびまる子ちゃん』の1巻に収録されており、『ほのぼの劇場・1』というさくらももこさんの短編集でも読むことができます。

1986年8月から「りぼん」で「ちびまる子ちゃん」の連載スタート

1986年8月から連載がスタートした『ちびまる子ちゃん』。第一話のタイトルは「おっちゃんの魔法のカード」というものでした。

夏休み前日の終業式の帰り道に起きた出来事をテーマにしており、姉妹の仲の良さが微笑ましい作品です。

1989年に当時の「りぼん」編集者・宮永正隆と結婚

さくらももこさんは1989年に、自身の担当であった宮永正隆氏と結婚をしました。結婚当時のさくらももこさんは25歳。

宮永正隆氏は「みーやん」という愛称でコミックスの描きおろしなどに度々登場しており、仲の良さを窺わせていました。2人の間には1994年に息子が誕生しています。

1990年に「ちびまる子ちゃん」がアニメ化

1990年1月7日からはフジテレビ系で『ちびまる子ちゃん』のアニメも放送が開始されました。

第一話は『まる子、きょうだいげんかをする』。原作の1話とは違うエピソードなのですが、こちらも姉との絆をテーマにした話でした。(本作は原作では17話にあたり、コミックス第3巻に収録。)

2003年にうんのさしみと再婚

1998年、さくらももこさんは38歳の時に宮永正隆氏と離婚。離婚理由は仕事に対して口出しが酷かった、金遣いが荒かったなどが予想されていますが、さくらももこさん本人は何も明かしていません。

そしてその後、さくらももこさんは2003年に4歳年上のイラストレーターである、うんのさしみさんと再婚。

さくらももこさん曰く、再婚相手のうんのさしみさんは無欲でおっとりしていて、まるでまる子の祖父である友蔵のような性格の方なのだそうです。

アニメ「ちびまる子ちゃん」は放送を今後も続行

さくらももこさんが亡くなった際にはアニメの放送継続も心配されましたが、2019年現在もこれまで通りに放送が続けられています。

これからも私たちスタッフ・キャスト一同で、さくら先生が天国で見守ってくださることを感じながら、面白い『ちびまる子ちゃん』を制作していきたいと思います。

(引用:オリコンニュース)

『ちびまる子ちゃん』のアニメスタッフも上のようなコメントを発表しており、今後も制作が継続されることが約束されています。

さくらももこ・早すぎる死を悼んで

『ちびまる子ちゃん』の作者さくらももこさんの死因である乳がんについて、取り入れていた民間療法やタバコとの関係を紹介するとともに、離婚や再婚、息子の出産、漫画家としての活動を紹介致しました。

闘病中も仕事を休まず、周囲に弱っている姿も見せなかったさくらももこさん。最期までまる子のイメージを崩さずに、明るく朗らかだったと言われています。

享年53歳。あまりにも早すぎる死ではありますが、ご冥福をお祈りしましょう。

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