さくらももこ死因は乳がんでタバコが原因?闘病生活を隠した理由は? タレント

さくらももこ死因は乳がんでタバコが原因?闘病生活を隠した理由は?

2018年5月、突然の訃報で世間を驚かせた『ちびまる子ちゃん』の作者・さくらももこさん。死因は乳がんで、医療に頼らずに民間療法を行っていたと言います。タバコが原因での発病との説や離婚や再婚、息子との関係を含めてさくらももこさんの闘病について紹介致します。

目次

[表示]

さくらももこが死去!死因は乳がんだった?

geralt / Pixabay

2018年に突然逝去が報じられた、『ちびまる子ちゃん』で知られる漫画家のさくらももこさん。闘病していたとの情報がなかったことから、ショックを受けたファンも数多く存在しました。

生前は明かされなかった、さくらももこさんの闘病生活や死因とされる乳がんの病状についてまとめました。

さくらももこは2018年8月15日に死去(享年53歳)

2018年8月27日、『ちびまる子ちゃん』を連載していた集英社とさくらプロダクションにより、同年の8月15日に他界していたことが公表されたさくらももこさん。

享年53歳。若すぎる死と、事前には何も報じられていなかったことから、ファンに大きな衝撃を与えました。

さくらももこの死因は乳がんだった

集英社及びさくらプロダクションの発表によると、さくらももこさんの死因は乳がんとのことでした。

日本人女性が罹患するがんの中で最も多いのが乳がんと言われていますが、早期に発見できれば治療は決して困難ではなく、セルフチェックで発見できる可能性も高いがんだと言われています。

さくらももこは末期癌だった?がんのステージは?

さくらももこさんが亡くなった際に、死因である乳がんがどこまで進行していたのかは明らかにされていません。

しかし2017年に同じく乳がんが死因で逝去した小林麻央さんと重ねて、「骨などにも移転していたのでは?」「ステージ4まで進んでいたのかも」との噂も流れました。

闘病期間は10年近くに渡っていた

知人の話によるとさくらももこさんが乳がんを発症したのは10年近く前のことで、治療をしながら変わらずに仕事も続けていたことが明らかになっています。

病気のことはごく近しい人にしか明かしておらず、発症後長らく膠着状態だったのが、亡くなる年の夏前に急激に悪化したとのことです。

さくらももこは病気の治療を民間療法に頼っていた!

乳がんを発病した当初は病院で治療をしていたさくらももこさんですが、抗がん剤の副作用で仕事をするのが困難になってしまったことから、治療法を民間療法に切り替えたと言われています。

そうして最終的には医療ではなく民間療法に頼るようになってしまい、これが死期を早めた原因なのではないかとも囁かれているのです。

さくらももこはスピリチュアルに詳しかった

佐倉桃子さんはスピリチュアルに造詣が深く、上の画像のような精神世界関連の本を多数出版している(株)ヒカルランドの社長とも懇意にしていたとの話があります。

ヒカルランドの社長を凌駕する程、さくらももこさんのスピリチュアル系の知識は豊富で、これは現実的な視点を持つエッセイ漫画家、エッセイストの姿からはあまり想像がつかない意外な面です。

しかし科学者のように論理的思考を重んじる人が最終的に神の存在や宗教に傾倒することがあるように、さくらももこさんも歳を重ねてスピリチュアル的な考え方に至ったのでは?とも考察されています。

さくらももこが取り入れていた民間療法はバイオレゾナンス?

さくらももこさんは抗がん剤に変わる代替医療について詳しく調査、自ら研究しており、自然療法でも民間療法でも自分が良いと判断したものは取り入れていたそうです。

そしてその中には、ドイツ発祥の「バイオレゾナンス」という民間療法もあったと言います。

バイオレゾナンスとは

バイオレゾナンス医学とは、人間の体が持つ「気の感受性」を高める「ゼロ・サーチ」というオリジナルの機器を用いて、難病、難治病、ガンなどの根治や寛解を図る民間療法です。

ドイツの波動医学研究者らが生体エネルギーを研究する過程で発見した「バイオレゾナンス」という現象と、この民間療法の方針に共通点があったことから、バイオレゾナンス医学との名称がつけられたそうです。

病院で治療していれば助かった?民間療法には批判的な意見も

さくらももこさんが民間療法を選んだことに対して、ネットでは賛否両論、様々な声が飛び交いました。

病気との向き合い方は人それぞれかと思います。 しかし、民間療法は、病気との向き合い方の一つであって、”治療”ではないことをお忘れなく。

(引用:Twitter)

このような民間療法ではなく、治療法として確立され、データも定かな医療に頼るべきだったという声がある一方、そこまで人間は強くない、民間療法に頼る気持ちも推し量るべきとの意見も寄せられています。

私も複数の治らない病気抱えてて、標準治療でも寛解にすら遠いとか、薬の副作用とか。 それで多少でも軽減されればって藁にも縋る思いなんだよね。民間療法に手を出しちゃうのって。

(引用:Twitter)

さらに抗がん剤の副作用を身をもって知っている、または家族が抗がん剤治療を受けたというネットユーザーからは「代替療法があるなら逃げたい」という気持ちも当然、との声があがっていました。

さくらももこの死因となった乳がんはタバコが要因?

geralt / Pixabay

『ももこのおもしろ健康手帖』といった書籍も出版している程、健康マニアであったさくらももこさん。しかし人一倍健康に気を遣いながら、何故かタバコを手放せなかったそうです。

さくらももこさんの死因となった乳がんの原因はタバコだったのか、乳がんを誘発する要因について紹介していきます。

さくらももこの乳がんは2011年に発覚

さくらももこさんが乳がんの診断を受けたのは2011年3月の東日本大震災の直前で、心身共に相当に大変な時期を過ごしたことが予想されます。

この当時さくらももこさんは、中日新聞や東京新聞などの紙面で『4コマちびまる子ちゃん』を連載しており、3月11日の翌週に掲載された漫画には意味深な文言が見られました。

、震災1週間後、まる子が花畑の中で涙を浮かべながら「きっと大丈夫だよね。日本も」と語る内容の4コマ漫画を新聞に描いた。

(引用:ニュースポストセブン)

この言葉は当時、被災地に向けたエールと考えられていましたが、現在ではさくらももこさん自身の病状に対するものでもあったと推察されています。

健康オタクで人一倍気を遣っていたさくらももこ!なぜガンに?

さくらももこさんは1999年に『ももこの健康手帳』という対談形式の健康をテーマにしたエッセイを出版しています。

本作は緑茶を使って水虫を完治させた、風邪をひいたらとにかく厚着をして汗をかいて熱を下げるといったものから、飲尿健康法に挑戦したこともまとめられており、さくらももこさんらしい濃い内容の一冊です。

ゲストの小山田圭吾さんに健康食品やサプリメントの効果をレクチャーする章もあり、さくらももこさんが相当な健康マニアであったことが窺えます。

さくらももこは愛煙家だった

一方でさくらももこさんは2006年に出版した『ももこの話』の中で、自分がヘビースモーカーであり、仕事中はタバコが手放せないことを明かしていました。

起床したらまず一服し、寝る前にも一服と、起きている間はずっとタバコを吸っていることも公表したのです。

タバコが健康をもたらす?さくらももこのタバコ論とは

タバコを吸うことでストレスが解消されるので、むしろタバコは健康に良い、リラックスできるともさくらももこさんは同作の中で綴っていました。

さらにタバコを吸うことで他の面では健康な生活を心掛けようとするため、結果的にタバコを吸うことは健康に繋がるとの独自のタバコ論も展開していました。

タバコが乳がんと関係していた?

realworkhard / Pixabay

国立がん研究センターの発表では、特に閉経前の女性の喫煙は乳がんの罹患率を4倍近く上昇させることが発表されています。

さくらももこさんが42歳前後で乳がんになったことを考えると、乳がんを発症する原因の1つにタバコがあった可能性は否定できないでしょう。

日本禁煙学会もタバコと乳がんの関係を断定?

rawpixel / Pixabay

2006年に日本禁煙学会を発足した神経内科医の作田学医師は、さくらももこさんのタバコに対する考え方につぃて触れて、以下のように述べています。

「これはタバコと乳がんとの関連をまったくご存じなかったとしか思えません」

(引用:タバコと乳がんについての最新知見)

この見解に対しては「言わんとしていることは分かるけれど、亡くなった人へ少々キツイ言い方なのでは?」「禁煙推奨に個人の死を使うのはどうなのか」と批判も呼びました。

その他に乳がんになるリスクは?

waldryano / Pixabay

他にも乳がんの要因になるものとして、飲酒や一親等の親族の乳がん患者の有無、運動不足や閉経後の肥満、高身長などが挙げられています。

また出産経験や授乳経験がない人、高齢出産、初潮が早い人や閉経が早い人も乳がんのリスクが高くなると発表されています。

さくらももこさんには息子がいて出産経験はあるものの、和田アキ子さんと飲み友達でお酒が好きだったとの話もあるため、飲酒と喫煙の2つが原因となった可能性は否定できません。

さくらももこは精神病も抱えていた?ノイローゼで発狂?

国民的ほのぼの漫画家という印象の強いさくらももこさんですが、『ちびまる子ちゃん』の中には「発狂回」と呼ばれる奇妙な話も存在しています。

上の画像は1995年2月発売の『りぼん』に掲載された『ちびまる子ちゃん』のものなのですが、この回では「まる子の夢の中の話」という設定で不条理な展開が続き、絵のタッチの雑さも話題となりました。

この頃のさくらももこさんは息子を出産したばかりだったため、育児ノイローゼや仕事と家庭の間で心を病んでいた可能性が指摘されていました。

さくらももこは病気を隠していた?唯一会っていたのは?

ManuelaJaeger / Pixabay

さくらももこさんは自分の体が乳がんに蝕まれていたことを周囲に公表せず、病状も信頼のおける一部の人にしか話していませんでした。

そんな中『ちびまる子ちゃん』にも登場する親友が彼女の支えだったとの情報があります。さくらももこさんと「たまちゃん」の友情や葬儀について紹介していきます。

さくらももこは闘病生活を隠して漫画制作をしていた

さくらももこさんは乳がんが分かってからも『コジコジ』『ちび四角ちゃん』などの漫画を連載しており、掲載ペースも発病前と変わりませんでした。

そのためファンからは、「本当に尊敬するけれど、無理をして欲しくなかった」「身体を労わって欲しかった」との声も寄せられています。

さくらももこは闘病中に唯一会っていたのは「たまちゃん」

病気が発覚してから、さくらももこさんは友人や知人と会う回数を減らしており、地元の友人との交流も亡くなる数年前は絶っていたと言います。

しかし、その中で唯一会っていたのが『ちびまる子ちゃん』で、まる子の親友「たまちゃん」のモデルになったという幼馴染の女性で、彼女とだけは連絡を取り合っていたそうです。

さくらももこは亡くなる1年前に故郷を訪れお墓参りをしていた

漫画でも度々触れられている通り、静岡県の清水市(現在は静岡県清水区)出身のさくらももこさん。さくらももこさんは亡くなる1年前、2017年の6月に地元を訪れる姿が目撃されていました。

この時のさくらももこさんは祖父・友蔵さんらが眠るお墓をお参りしており、お寺の関係者は「自分の脚で来られるうちに、お参りをしたかったのかも」と語っています。

さくらももこの最期は両親と息子が看取る

さくらももこさんは都内にある自宅で息を引き取り、その際には上京していた両親、そして20代半ばに成長した息子が傍についていたと言います。

さくらももこさんのご両親と言えば『ちびまる子ちゃん』にも登場している、ヒロシさんとすみれさんです。

両親も馴染みのあるキャラクターであったため、ファンからは「ヒロシとすみれさんでまる子を看取ったのか…辛すぎるな」との声も相次ぎました。

さくらももこの葬儀は親族のみで行われた

さくらももこさんの葬儀は親族のみの家族葬という形で行われており、後日、2018年11月16日に「ありがとうの会」と銘打って盛大なお別れ会が催されました。

この会には『おどるポンポコリン』を歌ったB.Bクィーンズが、喪服用に真っ黒に作り替えた当時の衣装を着て参加する姿も見られ、出席者の豪華さと共に話題になりました。

さくらももこの死去による各界からの追悼コメント

Didgeman / Pixabay

さくらももこさんの訃報を受けて、『ちびまる子ちゃん』を連載していた雑誌『りぼん』の編集部をはじめ、親交のあった吉本ばななさんや声優のTARAKOさんら多数の著名人がコメントを発表しました。

ここではネットでのファンの反応も含めて、さくらももこさんの突然の死を悲しむ追悼の声を紹介していきます。

リボン編集者

さくらももこさんが漫画家デビューをした雑誌であり、『ちびまる子ちゃん』を連載していた『りぼん』編集部の現編集長・相田聡一氏からは、以下のようなコメントが書面で発表されました。

たぐいまれなギャグセンスと、親近感あふれる登場人物、そして彼らへ注がれる眼差しの温かさが魅力的で、瞬く間に一雑誌の枠を越える大人気作品となりました。その誕生の舞台となったことは、編集部の大きな喜びです

(引用:シネマトゥデイ)

同誌では2019年10月3日発売の号から、さくらプロダクションが手掛ける『ちびまる子ちゃん』の新作が連載開始することになっています。

NEXT:声優のTARAKO
1/2