ブルース・リーの死因は脳浮腫?陰謀説や暗殺説の出る原因や息子の怪死 タレント

ブルース・リーの死因は脳浮腫?陰謀説や暗殺説の出る原因や息子の怪死

ブルース・リーは脳浮腫で死んだとされてますが、死因の真相について陰謀説や暗殺説など様々な噂が浮上しています。愛人ベティ・ティン・ペイが関係してる、鎮痛剤が原因、息子も呪いで死んだ、なども囁かれています。今回はブルース・リーの死因についてまとめました。

目次

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ブルース・リーの死の真相とは?噂される死因は?

「知らない人はいない」と言っても過言ではないほどのブルース・リーですが、彼の死は現在でも謎が多く残されているのをご存知ですか?

今回は彼のプロフィールや代表作とともに、亡くなった際の状況や死因、囁かれている噂の全てを詳しくご紹介していきたいと思います。

これから様々な噂をまとめていきますが、あくまでも噂の域を超えない情報であり、信憑性がない情報もあるということをご理解ください。

1973年7月20日にブルース・リーが突然の死去

世界を舞台にトップスターにまで登りつめたカンフーの達人、ブルース・リーでしたが、1973年7月20日(32歳)に急死して世界中に大きな悲しみをもたらしました。

特に、「ドラゴンシリーズ」で人気の波に乗っていた時期だったことや、新作の「死亡遊戯」の制作がなされている最中の出来事だったので、世界は驚きの声で溢れました。

ブルース・リーの公式発表された死因は重度の脳浮腫

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公式に発表された死因は重度の「脳浮腫(のうふしゅ)」でした。脳浮腫とは脳実質内に異常なほどの水分貯蓄が生じてしまい、脳容積が増大してしまう状態のことです。

緊急で開頭手術をして頭蓋骨の一部を取り外さなければならないケースもあり、場合によっては死に至る可能性も十分にある危険な状態です。

当初、有力視された死因は鎮痛剤による薬物アレルギーだった

ブルース・リーが亡くなった直後の医師の判断では、頭痛に対する鎮痛剤に対してアレルギー反応が出たことが死因に直接繋がったのだとも言われていました。

薬物アレルギーというのは「薬物過敏症」とも呼ばれ、かゆみやめまいなどの軽度な症状もあれば、最悪の場合死に至ることもあるといいます。

数多くある薬の中でも、特にペニシリン系などの薬や鎮痛剤、非ステロイド抗炎症薬などに多いと言われています。

ブルース・リーの体内からは微量の大麻も検出

また検死の結果、ブルース・リーの体内から微量ではありますが大麻が検出されました。このこと自体は公式に発表されてますので、信憑性の高い情報です。

ですが医師によると、「この程度の量なら死に至ることはない」とも言われているので、大麻が死因に直接繋がる可能性は低いとされています。

ブルース・リーの死因の噂①覚醒剤や筋弛緩剤

ブルース・リーの古くからの友人であるチャック・ノリスは、「彼は筋弛緩剤を飲んでいた」と語り、それが死因に直結したと主張しました。

チャック・ノリスとは、1940年生まれのアメリカの武術家、兼俳優です。2人は同じ年に生まれていて、お互いに武術に励んでいて数年間をともにした仲だと言われています。

この主張により様々な噂が浮上することとなり、「体形維持のために覚醒剤を使用していた」「健康維持のためサプリメントを飲んでいた」など根拠不明の情報が錯誤しました。

ブルース・リーの死因の噂②売春婦による陰謀

また、当時ブルース・リーは強力な媚薬を摂取しており、理性がなくなったブルース・リーに売春婦が身の危険を感じて自己防衛したという噂まであります。

ですが、その売春婦が誰なのか、いつから一緒にいたのか、売春婦はどこへ逃げたのか、など不明点が多いことから信憑性はかなり低いとされています。

ブルース・リーの死因の噂③ベティ・ティン・ペイによる暗殺

さらに死亡したのが愛人であった女優ベティ・ティン・ペイの自宅だったこともあり、彼女が大量のエクアジェシック(アスピリン系頭痛薬)を投与したという噂も出ました。

この噂自体が全く根拠のないものですが、それだけでなく「彼女は秘密組織の元で働いていた」などという突飛な噂まで囁かれました。

ブルース・リーの死因の噂④アグネス・チャンの発言

日本でも活躍していた香港出身のアグネス・チャンですが、ブルース・リーの死因について以下のような意味深発言をして話題になりました。

「本当の死因は香港の芸能人なら誰でも知っている。でも、命が惜しいから言わない」

(引用:スギサク見聞録)

香港の芸能界というのは裏社会と密接な関係があるという情報まであり、一躍スターに登りつめたブルース・リーが裏社会から恨まれていたという可能性もあるようです。

ブルース・リーの死因の噂⑤日本の暴力団の関与

なんと日本の暴力団が関与しているという情報も報じられたのです。事の発端はブルース・リーの脳浮腫に疑問を持ったハーセンという人物が、アメリカの学者に死因の調査を依頼したことです。

3か月後、日本人数人が学者の元を訪れてきた途端、その学者は失踪したといいます。ハーセンはこのことを知って不審に思って調べると、以下のことが分かりました。

筋肉を鍛える機械

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また、関連する話として、日本のとある有名暴力団が製造・販売に関与していたという「筋肉を鍛える機械」をブルース・リーが使っていたようです。

その機械は「健康を害する可能性がある」として販売停止となったのですが、機械を彼に勧めた人物はブルース・リーの死後あっという間に辞職して失踪したといいます。

この暴力団というのが、先ほどハーセンが依頼した学者の元を訪れた人物数人と同じ組織だと言われていて、どちらも謎の失踪を遂げていることから疑問視されているのです。

ブルース・リーの死因の噂⑥中国武術家による陰謀

また、ブルース・リーは人種に関係なく中国武術を教えていたようですが、それをよく思わなかった古くからの中国武術家が暗殺したのではないかという噂もあります。

確かに、どの分野にも古くからのやり方や伝統に従わないと気が済まない人はいます。そのことから、この噂が浮上したとされています。

ブルース・リーの愛人だったベティ・ティン・ペイが真相を告白!

先ほども少し触れましたが、ブルース・リーの愛人でもあり女優としても活用していたベティ・ティンペイが、2013年になってからある真相を告白して話題を呼びました。

それは「彼は日ごろから健康だった」ということと、「亡くなったその日は性行為をしていない」ということです。健康だったとしたら、なぜ心不全になったのでしょうか。

ブルース・リーの死因の噂「性的興奮剤の副作用」は否定?

性行為をしていないことを主張したことからも分かるように、「性的興奮剤の副作用」で亡くなったとされる噂については完全に否定しています。

ブルース・リーの本当の死因は癲癇だった?

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ブルース・リーは普段から、自身のトレーニングや映画の打ち合わせで多忙な毎日を送っていました。また、ハードなアクションで体を酷使していたことが想像できます。

そのため寝る前に鎮痛薬を飲むことが常習的になってきていて、その薬が神経を興奮させて癲癇(てんかん)を起こしたのが死因だとも言われています。

ブルース・リーが死去するまでの経緯

ブルース・リーの死因については色々とみてきましたが、死去するまでの細かい経緯をご紹介していきます。

彼が息を引き取るまでの時間、傍にいた人物は愛人だと噂されていたある香港女優でした。

1973年5月10日のアフレコ中に突然倒れる

ブルース・リーが亡くなる2か月ほど前の5月10日、彼は映画「燃えよドラゴン」のアフレコをしていました。その最中、突然倒れてしまいました。

脳浮腫で入院するも5月13日には退院

彼は急いで病院に運ばれましたが、激しい頭痛を訴えました。この時点ですでに脳浮腫の診断を受けています。

ですが入院によって症状が回復し、5月13日には退院できるまでになったといいます。その後は食事も普通に摂れていました。

1973年7月20日に映画のミーティング

そして運命の7月20日、ブルース・リーは香港でプロデューサーと映画の打ち合わせを1日中していたようです。その後、「死亡遊戯」で共演するベティのアパートへ向かいます。

女優のベティ・ティン・ペイのアパートで頭痛を訴える

ベティ・ティン・ペイのアパートで、ブルース・リーは突然激しい頭痛を訴えました。ベティは慌ててエクアジェシックを渡し、それを飲ませました。

午後7時半頃に横になると意識を失う

そして午後7時半頃、ブルース・リーは「少し居眠りする」と言って寝床についたといいます。

それから数時間が経過し、ベティは夕食の時間になっても彼が起きてこないことを不審に思い様子を見に行くと、すでに意識を失っていました。

蘇生し救急車を呼ぶも死去

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ベティは救急車を呼んで蘇生を試みましたが、意識は戻りませんでした。救急車が到着してすぐに医師も蘇生に試みますが、それでも変化はなかったようです。

そして彼はすぐに病院に運ばれましたが、病院に着いた時にはすでに息を引き取っていたとされています。

ブルース・リーの死去後は?

ではブルース・リーの死後、葬儀や埋葬はどうされたのでしょうか?彼の死後についてみていきます。

ブルース・リーの葬儀は香港とシアトルで行われた

ブルース・リーの死後、葬儀は香港とシアトルの両方で行われました。香港では数万人にも及ぶ多くのファンが葬儀に参列したといいます。

また、シアトルでの葬儀では、弟子だったスティーブ・マックイーンとジェームズ・コバーンも参列したといいます。

ブルース・リーはレイクビュー墓地に埋葬された

その後ブルース・リーは、シアトル市内にあるダウンタウンの近く「レイクビュー墓地」に埋葬されることとなりました。

ブルース・リーの死は日本では話題にならなかった?

日本では、ブルース・リーの死についての報道はほとんどなく、あまり話題になっていなかったようです。

というのも、日本でカンフーブームが起こったのはブルース・リーの死後だったからです。彼の死後、数々の映画が日本でも公開されて大ヒットしました。

その後はヌンチャクブームが起こるほど一世を風靡しましたが、ブルース・リーが亡くなった当時はまだ知られていなかったのですね。

ブルース・リーの息子・ブランドンも事故死!呪いだった?

謎の残る最期を迎えたブルース・リーでしたが、なんと息子のブランドン・リーもある事故で命を落としたのでした。

不慮の事故とは言い難い状況に、「一家は呪われている」という噂が浮上するほどでした。

1993年に映画「クロウ/飛翔伝説」でブランドンが事故死

そんなブランドンですが、1993年にアメリカで制作された「クロウ/飛翔伝説」という映画に、エリック・ドラヴェン役で出演することが決定していました。

ですがその撮影中に、悲惨な事故は起こりました。小道具の銃(空砲)で撃たれるシーンだったのですが、空砲のはずの銃に何故か実弾が装填されていたのです。

放たれた銃弾はブランドンの腹部に命中して、そのまま息絶えてしまったのです。

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