モンターニャシウバの現在はプロレスのIGF?反則の動機の真相は? タレント

モンターニャシウバの現在はプロレスのIGF?反則の動機の真相は?

2000年代よりK-1やプロレスと総合格闘技の団体IGFで活躍し「アマゾンの大巨人」と称されたモンターニャシウバ選手の現在や戦歴を紹介するとともに、2003年の武蔵選手との対戦でのモンターニャシウバ選手の反則の「なぜ」という理由に迫ります。

目次

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モンターニャ・シウバの現在は?プロレスのIGFで活躍中?

ブラジルからK-1に参戦し、その大柄な体軀ながらリング状で機敏な動きをすることから評価が高く「アマゾンの大巨人」として知られたモンターニャ・シウバ選手の現在についてご紹介します。

2003年にはK-1に初参加し、武蔵選手との対戦における反則行為(マウントパンチ)により失格となっていますが、その理由や背景については後ほどご紹介します。

その後はプロレスと総合格闘技の団体IGFに移籍して活躍したモンターニャ・シウバ選手についてご紹介します。

IGFとは?プロレスと総合格闘技の団体?

IGFとは「イノキ・ゲノム・フェデレーション」の略で「アイ・ジー・エフ」と読みます。その名の通りアントニオ猪木氏が発起人で、2006年に企画された総合格闘技のイベント名が元になっています。

2007年に団体として発足し、「猪木祭」の大晦日中継などで知られたIGFでしたが、その後アシストという社名に変わり、中国での興行(東方英雄伝)やノアとの提携など活動を行っていました。

2019年現在は公式ホームページも閉鎖となり、今後の活動の見通しは立っていないようです。

モンターニャ・シウバのIGFでの戦績は?小川直也に勝利したことも?

モンターニャ・シウバ選手は2007年9月に愛知県の会場(日本ガイシホール・旧レインボーホール)で開催されたIGFに初参戦しました。

GENOMEでの田村潔司選手との対戦では優位な局面もありましたが、フロントスリーパーホールドにて敗退を喫しています。

2008年6月の小川直也選手との対戦では勝利しますが、8月に再戦した際は敗退しています。

2015年には青木真也とも対戦!結果は?

2015年大晦日には青木真也選手と対戦し、敗退しています。

青木真也選手はその2日前に桜庭和志選手との対戦を白星で終えたばかりの中1日というハードスケジュールに加え、モンターニャ・シウバ選手との大きな体格差が話題となりました。

身長差は45cm、体重の差は105kgもありました。

2017年には「世界平和プロジェクト『ファイト&ピース』」に参戦

2017年、アントニオ猪木氏がパキスタンとインドの国境で行われた「世界平和プロジェクト ファイト&ピース」にもモンターニャ・シウバ選手は参戦しています。

「アジアのベルリンの壁」とも称される地「ワーガ」で開催されたこの試合においてはモンターニャシウバ選手はTNA世界ヘビー級の王者ボビー・ラシュリー選手と対戦しています。

「INOKI ISM.2 猪木劇場=アントニオ猪木生前葬~」にも参戦

2017年10月に東京・両国国技館で開催された「INOKI ISM.2 猪木劇場=アントニオ猪木生前葬」にもモンターニャ・シウバ選手は参戦しています。

この試合においてモンターニャシウバ選手は第4試合でハマー・ストーン選手と対戦し、敗退しています。

現在は引退?IGFには所属していない?

IGF所属選手としてはWikipediaにも記載がなく、現在の日本国内でのモンターニャ・シウバ選手の活動状況は情報がなく、日本での活動は行っていないようです。

2018年9月、41歳となったモンターニャシウバ選手はムエタイ世界ランキング8位だそうです。

2018年9月の時点では母国ブラジルのサンアントニオで家族とともに過ごしつつ怪我の回復を図る一方で、自身の経験を活かした地域の青少年育成プロジェクトに意欲的に取り組んでいます。

モンターニャ・シウバはK-1で反則負けしたことがある?なぜ?

ここでは、モンターニャシウバ選手の2003年のK-1における有名な反則負けの詳細やその理由についてご紹介します。

モンターニャ・シウバは武蔵との対戦で反則していた?

2003年6月29日にさいたまスーパーアリーナにて開催された「K-1 JAPAN シリーズ K-1 BEASTⅡ 2003」で武蔵選手と対戦したモンターニャシウバ選手は反則行為により失格しました。

問題の反則行為は2R、優勢に試合運びをしていた武蔵選手にモンターニャシウバ選手はタックルを行い、倒れたところをマウントパンチという馬乗りになった姿勢で攻撃し続け意識を失わせました。

この行為は観客の激しいブーイングを浴び、K-1競技統括プロデューサーを務めていた角田信朗さんにも「K-1から追放したい」と激しい口調でモンターニャシウバ選手を責めていました。

モンターニャ・シウバが反則した当時の試合動画

問題のシーンは5分25秒あたりからです。

「あぶない!ダメです!」という実況のあたりで一度引き離されますが、マットに伸びたままの武蔵選手に再び襲いかかっています。激しいゴングが連打され、最後にはボブ・サップさんも止めに入っています。

最終的には失格となりリングの外に出されますが、最後まで大きな唸り声を上げながら激しい怒りを顕にしていたモンターニャシウバ選手の振る舞いに「この男、感情も規格外です!」と言われていました。

モンターニャ・シウバはなぜ反則した?理由は?

モンターニャ・シウバ選手のコメントは以下のとおりです。

ストリートファイトに慣れているので、馬乗りになってパンチしてしまった。判定負けになったことは納得している。武蔵選手に心から謝りたい。こういうふうにするつもりはなかった。日本の観客、K-1にも謝りたい。今後は練習をしてスポーツマンの姿を見せに戻ってきたい。

(引用:BOUT REVIEW)

非常に反省しているようですが、練習のための期間がわずか2週間しかなく、その短い期間中に右足を痛めて思うようなキックができなかったとも話しています。

武蔵選手のパンチにはそんなに痛みを感じなかったとのことなので、不利な条件のもと思うような試合運びができず苛立ちを募らせたことも理由としては可能性があります。

武蔵選手の試合運びに苛立った説もある

質問サイトにもこの試合に関して、なぜあそこまでモンターニャ・シウバ選手が激怒していたのかという理由についての質問が寄せられていました。

これに対し「カウンター狙いで自分から仕掛けない選手には、相手からすればむかつく」「ローキック中心の武蔵選手のやりかたに苛立ったか、初参戦で気合が入りすぎたのだろう」と回答されています。

上記をまとめると、ポイントを稼いで判定勝ちに持っていこうとする武蔵選手の試合運びに闘志が感じられず腹が立ったという説です。

K-1の運営に問題はなかったのか?

当時は2002年に脱税問題で退任した石井氏の後任としてプロデューサーに就いた谷川氏の意向で、海外から大柄で話題性のある選手を連れてきて、悪く言えば見世物にして使い捨てにする風潮がありました。

それに対して武蔵選手やレミー・ボンヤスキー選手など特定の選手に対しては次世代の看板選手として厚遇しており、疑惑の判定も多々あったことも問題視されています。

試合までの準備が2週間しかなく、無理な調整で怪我をしたモンターニャシウバ選手にはとても不親切でアンフェアな待遇だったことが予想されます。非常に悔しい気持ちもあったのではないでしょうか。

ネットの反応は?

匿名掲示板に寄せられたファンのコメントは、概ね以下のような論調でした。

(モンターニャ・シウバ選手について)

こいつほんとはいい奴なのか?会見後すげー反省してたみたいだけどキャラになりきってたんじゃないのか?
プロレス出身なんだろ?サップがああいうキャラだから俺もやってみようってなったかもしれん
ああいうサップキャラが許されてる限りああいう奴は出続けるんじゃないの?

(武蔵選手について)

簡単に転がされて、殴れて、失神。 あんなのが日本最強かよ。
デカブツが自分の土俵(キック)にわざわざ上がってきてるんだからさあ、
軽くいなせよって思った。

(引用:5ch)

試合後のプロデューサーのコメントは?

総合プロデューサーの谷川貞治氏と、競技統括プロデューサーの角田信朗氏が非常に厳しいコメントをしています。長いので要点をまとめます。

谷川氏は、ルールを知らない参入者による反則行為は想定外だったので、これからはファイトマネー没収など罰則を強化したい。もう少しで武蔵が巨人を倒すところが見たかったのにという趣旨の発言をしています。

角田氏は、選手にも連れてきた人間にも苦々しい思いだ、何かあったら全部自分たちの責任になるから今回の顛末には非常に怒りを覚えており追放以外ありえないという旨の発言をしていました。

モンターニャ・シウバと戦った武蔵のコメントは?

武蔵選手は、頭がフラフラして焦点が合わないと前置きした上で以下のようにコメントしています。

「とても腹ただしい。(中略)謝るならやるなと言いたい。リングを降りるとき、手をあげて勝ったような仕草をしたので、カチンときた。自分のローは効いていて、相手は嫌がっていた。これから攻めるつもりだったのに、こんな終わり方では納得ができない。」

(引用:BOUT REVIEW)

その後武蔵からの再戦要求で負けた?

問題の対戦から3ヶ月後の2003年9月、武蔵選手から再戦の要求を受けたモンターニャシウバ選手はこの対戦で判定により敗退しています。

モンターニャ・シウバは武蔵との試合でK-1から追放された?

反則で失格となった当時には追放という言葉も出ましたが、その後も2004年に藤本祐介選手に勝利し、2005年のセーム・シュルト線(敗退)までモンターニャシウバ選手はK-1に出ています。

モンターニャ・シウバがでかすぎる?あだ名はアマゾンの大巨人?

モンターニャ・シウバ選手は身長225cm、体重145kgもあり「アマゾンの大巨人」と呼ばれています。

そんなモンターニャシウバ選手のプロフィールを中心とした人物像をご紹介します。

モンターニャ・シウバのプロフィール!国籍は?

  • 生年月日:1977年2月4日(2019年10月現在の年齢:42歳)
  • 出身地:ブラジル
  • 身長:225cm
  • 体重:145kg

モンターニャシウバはアマゾンの大巨人!身長が高すぎ?

225cmもあるというモンターニャシウバ選手の身長は、格闘家の中でも飛び抜けた大きさです。

NBA選手の平均身長が201cmとのことなので、いかにその身長が高いかが伺えます。

モンターニャシウバの体重は?

モンターニャシウバの体重は142kgです。30・40代の一般男性の平均体重は71kgと言われているので、概ね倍程度の体重があります。

モンターニャシウバは昔バスケットボール選手だった?

15歳の頃から2mもあったというモンターニャシウバ選手ですが、バスケットボール選手であったのではないかと言われています。

実際ブラジルにいた頃モンターニャシウバ選手はチームに所属していたようですが、すぐにボクシングに移行し、ボクシングジム代を稼ぐためトイレ清掃を行っていたそうです。

一般的には、名前と大柄なところが似ているジャイアント・シルバ選手(219cm)が昔バスケットボール選手であったことが知られています。

今でも語り継がれるモンターニャ・シウバ!もしあの選手と戦ったら?

ここでは、優れた格闘家としてその存在を惜しむ声も多いモンターニャシウバ選手が戦ったらどうなっていたかという質問が寄せられた対戦カードをご紹介します。

モンターニャシウバの試合がやばい!藤本祐介との試合は?

「和製ボブ・サップ」「ブンブン丸」として人気を博し、永谷園のCMにも出演していた藤本祐介選手との対戦ではモンターニャ・シウバ選手は勝利しています。

内容は右ストレートを食らった藤本選手は5カウント農地に立ち上がることができず、モンターニャシウバ選手ののKO勝ちでした。

この勝利はK-1にモンターニャシウバ選手が参戦して初めての勝利でした。

モンターニャ・シウバとボブ・サップが戦ったら?

モンターニャシウバ選手と全盛期のボブ・サップ選手が対戦したらどちらが勝つかという質問が質問サイトに寄せられていました。

これに対する回答は質問者を含めた2名のうち2名がモンターニャシウバ選手だろうとしています。

実際には2009年11月3日に開催されたIGFのJCBホール大会で対戦し、ボブサップが勝利したようです。

2人は張り手を打ち合ったが、互いに大振りが目立ち正確性を欠く。フィニッシュもしまらない。サップがボディスラムで3カウントを奪うという唐突な展開に、客席からは「エーッ」という不満の声が漏れた。

(引用:リアルライブ)

モンターニャシウバとチェ・ホンマンが戦ったら?

質問サイトには、218cmの身長から「韓流大巨人」「KOREANモンスター」として知られた全盛期のチェ・ホンマン選手がモンターニャシウバ選手と対戦したらどんな展開になるだろうという質問もありました。

これに対する回答は1件寄せられており、以下のようなものです。

共にスタンドで勝負する両者。総合力ではホンマンか。右ローキックの連打でシウバをぐらつかせ、狙いすました左フックを繰り出すホンマン。
これがヒットし倒れるシウバ。パウンドで追撃するホンマン。ホンマンのTKO勝ち。

(引用:Yahoo!知恵袋)

ちなみに、ボブ・サップ選手とチェ・ホンマン選手との対戦は過去にK-1にて組まれており、このときはチェ・ホンマン選手が勝利しています。

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