尾崎豊は遺書が血で書かれた内容や意図は?お墓に刻まれた言葉の意味エンタメ

尾崎豊は遺書が血で書かれた内容や意図は?お墓に刻まれた言葉の意味

26歳の若さでこの世を去った尾崎豊さん。2011年に遺書が公開されて話題に。死因についても多くの仮説があり、自殺説、妻の謀殺説、創価学会が関係しているとの噂も。遺体の画像も流出との事。尾崎豊さんの遺書やお墓、死因の噂、息子・尾崎裕哉さんの現在を紹介。

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尾崎豊は2通の遺書を残していた!遺書の内容とは?

https://twitter.com/y_o_yukari/status/1177030454093873152?s=20

1992年にこの世を去った尾崎豊さんですが、2011年に2通の遺書が発表されました。遺書の全文や意図、世間の反応についてご紹介致します。

妻がセカンドバッグから発見した遺書の内容は?

尾崎豊さんが亡くなった後、妻がセカンドバッグから遺書を発見したそうです。遺書は破ったルーズリーフに書かれており、文藝春秋から発表された全文は以下の通りです。

先立つ不幸をお許しください。
先日からずっと死にたいと思っていました。

死ぬ前に誰かに何故死を選んだのか話そうと思ったのですが、そんな事出来るくらいなら死を選んだりしません。ただ死という状況が瞬く間に訪れるのです。

生と死を知り、生を葬るのです。
生と善意はあれど死を感ずるところ、ただ失意の如くに死に向かい今、人の群棲を歩き、痛み、ただ雨の如し

思いう虻まだ浅き月日おも人の言う己を語り尽すには足らず。
最果ては全てを許したいけれど、その余り今なお生きる我に痛みの雨ぞ降りて折り、あなたの歌が聞こえてきます。

まだ若かった頃のあなたの声があなたのぬくもりが甦ってきます。
さようなら、私は夢見ます。

(引用:文藝春秋)

いつ遺書を書いたのかは明らかになっていません。尾崎豊さんの父親によると、亡くなる3年前にも自殺を図ろうとしていたようで、その時に書いたものではないかと推測されているようです。

父親の話によると、尾崎豊さんは気分が落ち込むと突発的に遺書を書く癖があったそう。自殺を考える事も頻繁にあったそうです。

死の1ヶ月後に血で書かれた遺書が発見された!その内容は?

尾崎豊さんが亡くなって1ヶ月後、新たに遺書が尾崎豊さんの自宅で発見されました。”血染めの遺書”と呼ばれており、血番と「愛してます」という血文字で結ばれているそうです。以下、全文になります。

今の悲しみに真のあなたの美しき綺麗な優しさを覚えます。
やがてこの暮らしを鏡として、そしてあなたを求愛し貴方を幸せに導きます。

私たちの愛に育まれる天使、裕哉を天命の元に敬愛します。
あなたは天命たる天女、そして天命たる女神、子はその道のもとに生まれたる天使。

やがて世の幸を待つ人々にとって使徒となるものたちが私たちの為に幸働く日が来るでしょう。
その日のためにあなたをこよなく愛します。

あなたを生涯守ります。
あなたに世界、そしてこの世の全ての幸せとなる尾崎豊より捧げます。​

天の女神、そして天の使徒を守る天の子、そして幸を待つ人々のために。
繁美、あなたは本当に女神なのですよ。

裕哉、あなたは間違いなく天使なのですよ。
私はただ、あなたを愛し続ける名の神であり続ける。
皆の言うことをよく聞いて共に幸になってください。

(引用:ごちゃごちゃWORLD)

“繁美”というのは妻の名前、”裕哉”というのは息子の名前ですね。2人を女神と天使に例え、自分は神になって2人を愛し続けるといった趣旨の遺書でした。

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