錦織圭のコーチはマイケルチャンとダンテ・ポッティー?現在も2人? エンタメ

錦織圭のコーチはマイケルチャンとダンテ・ポッティー?現在も2人?

世界のトップレベルのプレーヤーとして活躍する錦織圭には、歴代のコーチが二人いて成績アップに大いに貢献しています。ダンテ・ポッティーニとマイケルチャンです。この二人のコーチそれぞれの指導方法や錦織圭との相性、またコーチ同士の相性などについて調べてまとめました。

目次

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現在のコーチはだれ?錦織圭のプロフィール

今や世界でトップレベルのテニスプレーヤーとして活躍する錦織圭。先ず彼のプロフィールをご紹介します。そして、そういう現在の錦織圭を育てたコーチは誰なのか、見て行きましょう。

錦織圭のプロフィール

錦織圭は1989年12月29日、松江市に生まれ、6歳の時から松江市のグリーンテニススクールに通い、12歳で全国選抜ジュニア大会で優勝、2003年8月に渡米、2004年6月モロッコのジュニア大会で優勝。

2007年10月プロに転向、2008年ATPツアー初優勝、2009年怪我、2010年には復調し2011年に世界ランキング30位という日本人歴代の最高ランクを記録、2012年には4大大会ベスト8に進出。

2014年にグランドスラムで準優勝、世界ランキング5位、2015年には世界ランキングを自己最高の4位に上げ、2017年は右手首の怪我で不調に終わるが、2018年、2019年には復調を果たしています。

錦織圭の歴代のコーチはだれ?①マイケルチャン

さて、錦織圭のコーチは誰か?実は彼にはコーチが二人いるのです。その一人がマイケルチャンという名コーチです。この人は台湾系のアメリカ人です。次にこのマイケルチャンのプロフィールをご紹介しましょう。

マイケルチャンのプロフィールを紹介

ニュージャージー州のホーポーケンに1972年に生まれ、幼少時からテニスを始めました。1988年、16歳でプロ入りし、1989年の全仏オープンでは、17歳3か月という最年少記録で優勝を果たしました。

1995年の全仏オープンで準優勝、1996年には全豪オープンと全米オープンで決勝に進出し、準優勝を果たしました。プレースタイルは、抜群のフットワークを活用したストロークが強みのプレーヤーでした。

2003年の全米オープンを最後として31歳で現役引退した後は、1999年に設立した「チャン・ファミリー財団」を通して慈善事業を営んでいます。2013年12月には錦織圭のコーチ陣に加わると発表しました。

錦織圭とマイケルチャンの出会いは復興支援

東日本大震災復興支援のチャリティ・マッチ「ドリームテニスARIAKE」は東京の有明で2011年の秋に第1回が開催され、以後毎年開催されています。この第1回大会で錦織とチャンの出会いがありました。

この時の第1試合は錦織圭 vs マイケルチャンの8ゲームマッチ、第2試合は錦織圭・松岡修造 vs 鈴木貴男・マイケルチャンの4ゲームマッチだったのです。

その後、とんねるずの番組で再会

有明の第1回復興チャリティマッチでの出会いの後、錦織とチャンは「とんねるずのスポーツ王は俺だ」というテレビ番組で再会します。この番組で錦織圭・松岡修造 vs とんねるずの試合が行われました。

この時、とんねるずは自分たちのチームの助人としてチャンを呼びました。実はとんねるずの石橋はその前にアメリカに行ってチャンから特訓を受けたのです。

現在もコーチを担当している?

マイケル・チャンは2013年12月から現在まで、もう6年近く錦織のコーチを担当しています。チャンの身長は175cmと小柄なので178cmの錦織と近く、アジア人同士という点でも相性が良いと思われます。

錦織自身のチャンに対する評価も「常に新しい刺激を受け、必要なことをいろいろ教えてもらえる」と高く評価しているので、コーチの変更は当面考えていないようです。

錦織圭の歴代のコーチはだれ?②ダンテ・ポッティーニ

錦織圭の二人目のコーチはダンテ・ポッティーニです。この人のプロフィールや錦織がこのコーチに出会うきっかけなどを、これからご紹介して行きます。

ダンテ・ポッティーニのプロフィールを紹介

ダンテ・ポッティーニはアルゼンチンのブエノスアイレス州コロネル・プリングレスという町の出身、1979年8月生まれなので、今年ちょうど40歳です。幼年時代からテニスに目覚め、練習を重ねます。

13歳にブエノスアイレスに移り、あるスポンサーの主催するヨーロッパを回って大会を行うテニスツアーのチームに加わります。その後テニスの奨学金を得てアメリカに留学しウエストフロリダ大学を卒業します。

2003年から2007年にわたる大学時代には、2003年にMid South大会で最優秀選手賞受賞など、テニスプレーヤーとして活躍、卒業後にIMGアカデミーに入り、プロのコーチの道を歩み出します。

出会いのきっかけは錦織のオファーだった

2010年12月、錦織圭の代理人からダンテ・ポッティーニに声がかかりました。この時、錦織は情熱のあるコーチを新たに探していたのです。ダンテも錦織が気に入り、このオファーを受けました。

現在もコーチを担当している

ダンテ・ポッティーニは2010年12月より錦織のコーチを引き受け、9年後の現在も彼のコーチを担当しています。楽天的な性格のダンテは錦織もリラックスできて、この二人の相性は良いようです。

マイケルチャンの指導は厳しい?錦織との相性は?

2013年から錦織圭のコーチを務めているマイケルチャンの錦織に対する指導はたいへん厳しいと言われています。その指導の内容はどんなもので、錦織との相性はどうなのか、見て行きましょう。

鬼コーチだった!マイケルチャンの指導方法は?

マイケルチャンが錦織のコーチとして最も重点を置いたのは精神面の強化です。アジア人として欧米で人種差別を経験してきたチャンは、錦織に対して先ずその差別に負けない自信を持たせることに徹底しました。

技術面でもチャンは妥協を許さない厳しい指導に徹底しました。サーブの際のボールの上げ方や足の運び方など基本的なポイントについて繰り返して練習を課し、まさに鬼コーチの様相を見せました。

指導は厳しいけど、相性は良い?

錦織に対してたいへん厳しい指導を行うチャンには、何よりも同じアジア人として錦織が差別をはね返して世界のトップの位置で活躍してほしいという情熱があります。

錦織にもチャンのその温かい思いやりはよくわかっています。その上チャンのアドヴァイスはどれもたいへん的を射たもので、このおかげで精神面でも技術面で大いに向上したことも分かっています。

従ってこの二人の間には深い信頼関係が築かれており、相性は良いと言うべきでしょう。

マイケルチャンの指導のおかげ!錦織圭は世界トップクラスに

マイケルチャンが錦織のコーチに就任した2013年末以後の錦織の躍進振りを見ましょう。2014年にはグランドスラム準優勝、マスターズ1000準優勝という成果を上げ、世界ランキング5位に上がります。

2015年には世界ランキングを自己最高の4位に上げました。続く2016年にはリオデジャネイロ5輪で銅メダルを獲得、2017年には手首の怪我のために欠場を余儀なくされ世界ランキングは22位に転落します。

しかし2018年には復調して世界ランキングも9位に戻しトップ10に帰り咲きます。このようにチャンがコーチに就任後の飛躍的な向上を見ると、チャンの果たした貴重な役割がよくわかります。

マイケルチャンの収入はどのくらい?

世界のトッププレーヤーだったマイケルチャン、そして確実に錦織選手の成績アップに貢献しているマイケルチャンが錦織から受け取るコーチ料はどのくらいでしょうか?

マイケルチャンは大事な試合や練習の場だけに錦織に帯同する契約を結んでおり、大体1年間に20週くらいのコーチを受けています。金額は1日につき50万円とのことです。

そうするとこのコーチ料だけで1年間に約7000万円になります。他にチャンが帯同した試合の賞金の10%をチャンに支払う契約があるので、結局チャンの年収は1億円以上になると推定できます。

錦織圭とマイケルチャンが対談!お互いどう思っている?

マイケルチャンのインタビューの動画を見ると、彼の錦織に対する大きな期待と思いやりがよく分かります。チャンは錦織には世界のトップに立てる才能があり、4位に満足せずその先を目指してほしいと願っています。

一方錦織圭もチャンの優れた指導力と情熱を高く評価して深い信頼感を抱いています。また、同じアジア人としての連帯感もあり、チャンに対して大きな好意を寄せています。

ダンテ・ポッティーニの指導方法は?錦織圭との相性は?

今度はもう一人のコーチ、ダンテ・ポッティーニについて、その指導方法や錦織圭との相性はどうなのかといったことを調べてみましょう。

ダンテ・ポッティーニの指導方法を紹介!

ダンテはチャンとは違って年間52週、絶えず錦織に付き添って指導しています。技術指導や練習相手としてのサポートの他に、彼の精神面でのサポートも重要です。

チャンとは対照的に元来楽天的な性格の持ち主であるダンテは、錦織をリラックスさせる上で大きな働きをしています。厳しい指導をするチャンとの間の緩衝剤の役割も果たしているのです。

ダンテ・ポッティーニと錦織圭は相性も抜群に良い?

上にも述べたようにダンテ・ポッティーニは楽天的な性格の持ち主で、細かいことにあまりこだわりません。このおかげで錦織は精神的に大いにリラックスできます。

錦織選手もダンテのこういうところが大好きなので、この二人の相性は抜群に良いのだと言えます。ダンテ自身も錦織と自分との相性はとても良い、と言っています。

成績は?全米オープンに出演した錦織圭を支えた!

ダンテが錦織のコーチを始めるのは2011年から、そしてチャンがコーチを始めるのは2014年からです。そこで2011年から2013年までの錦織の成績の上昇はダンテの影響によるものと言えます。

先ず世界ランキングは2009年:421位、2010年:100位、2011年:25位、2012年:19位、2013年:17位と飛躍的に上がったことがわかります。

そして2012年の全豪オープンではベスト8に進出、また2012年の全米オープンでは20位という成果を上げています。以上にダンテの指導の効果がよく現れています。

ダンテ・ポッティーニの収入はどのくらい?

錦織圭はダンテ・ポッティーニに年間3000万円の契約料を払っていると言われています。トップクラスの選手につくコーチのコーチ料は1000万円を超えるのが相場です。

その他に獲得賞金のインセンティブを払う契約があり、仮に獲得賞金が4億円、これに対して5%のインセンティブを払うとすると2000万円、これにコーチ料を合わせると3000万円という数字は納得できます。

錦織圭とダンテの信頼感がすごい!

ダンテは2018年のインタビューで、錦織との関係について次のように語っています。「錦織は今は8年前よりずっと成長して物事をよく理解できている。」

「私が彼を見ていると、彼も私を見ていて、お互いに相手の考えが分かり合えていると感じる。私たちは理解し合えている。」これを見ても二人の間に深い信頼感が築かれていることがよく分かります。

錦織圭の2019年の活動は?コーチは交代するの?

2017年に右手首の腱の部分断裂という大怪我のために不調を余儀なくされた錦織圭は早くも2018年には立直りを見せ、世界ランキングも前年の22位から9位とトップ10に返り咲きました。

さて、今年、2019年の活躍振りはどうでしょうか?またコーチ交代の噂も聞かれますが、その見込みはどうなのでしょうか?その辺を探ってみましょう。

2019年の錦織圭の活躍

先ず、今年9月までで優れた成果を挙げたものだけを拾ってみます。1月のブリスベン国際:優勝、1月の全豪オープン:ベスト8、2月のABNアムロ世界テニス・トーナメント:ベスト4。

4月のバルセロナ・オープン:ベスト4、5~6月の全仏オープン:ベスト8、7月のウィンブルドン選手権:ベスト8、この先、9月30日~10月6日の楽天ジャパン・オープンに出場予定です。

今年、2019年のこれまでの成績を挙げます。世界ランキング:8位、ポイント:3330ポイント、出場大会数:15大会、優勝回数:1回、という結果です。

コーチ陣は引き続きマイケル、ダンテの2人?

錦織圭自身のこの二人のコーチに対する評価を聞くと、常に新たな刺激を与えてくれ、必要なことをいろいろな観点から教えてくれるコーチたちなので、満足している、という返事です。

そして、今、コーチを変える必要はないと言っています。従って今後も引き続きマイケル、ダンテの2人のコーチ陣で行くと思われます。

コーチはお互いも仲が良い?

細かい点にまで気を配り、厳しい練習を課すチャンと大らかで楽天的なダンテと、性格は対照的な二人ですが、この二人の仲はとても良いと言うべきです。

ダンテによると、チャンとの関係はとても良い、お互いにうまく補い合って助けあっている、ということなので良くバランスを保つ関係が築かれていると言ってよいでしょう。

錦織圭を育てた元コーチが死去?

錦織圭は小学生時代に地元島根県松江市のグリーンテニススクールに通っていました。そこで錦織を教えた同スクール代表の柏井正樹コーチが2019年6月に58歳という若さで亡くなりました。

さて、錦織の育ての親とも言うべき柏井コーチとはどんな人だったのか?58歳という若さで亡くなった死因は何だったのか?などの疑問にお答えしましょう。

元コーチ・柏井正樹とは?死因は何だった?

柏井正樹コーチは1960年、松江市に生まれ、四国学園大学福祉学科卒業後、松江市のグリーンテニススクールに勤務していました。錦織選手は1995年6歳の時ここに入会し、柏井コーチの指導を受けました。

柏井コーチは温かい言葉をかけて指導する名コーチで、錦織にも自分で正解を見つけ出すような指導を行い、2001年には錦織を全国小学生選手権で優勝させる所に導きました。

亡くなった時は、自宅で朝家族がなかなか起きて来ないので見に行って気づき、病院に運んだ後、病院で死亡が確認されました。死因は発表されていないようですが、とにかく予期されない突然死でした。

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