山下智久と亀梨和也には不仲の時期があった!?現在は仲良し?

ドラマから派生したユニット『修二と彰』で『青春アミーゴ』などの大ヒット曲を輩出した山下智久さんと亀梨和也さん。ユニット結成時は不仲説が流れましたが、私生活では大の仲良しなんだそうです。仲良しエピソードと共に新ユニット『亀と山P』について見ていきます。

山下智久と亀梨和也は実は不仲だった?

多くの男性アイドルを輩出するジャニーズ事務所の中堅として、事務所を支える山下智久さんと、亀梨和也さんが不仲だった時期があるそうです。

山下智久のプロフィール

  • 生年月日 1985年4月9日(34歳)
  • 出身地 千葉県
  • 身長 174 cm
  • 血液型 A型
  • 学歴 明治大学商学部卒業
  • 事務所 ジャニーズ事務所
  • 元グラビアアイドルの山下莉奈は実妹

1996年から芸能活動をスタートし、B.I.G.EastやFour Topsなどのユニットを経てNewSのメンバーとして2003年『NEWSニッポン』でCDデビューします。

2005年のドラマ『野ブタ。をプロデュース』(日本テレビ系)で亀梨和也さんとW主演(初主演)し、このドラマ発の期間限定ユニット『修二と彰』を結成します。

2006年はドラマ『クロサギ』の主題歌『抱いてセニョリータ』ソロCDデビューし、2009年にソロコンサートを開催後2011年にNewSを脱退してソロ活動に専念しています。

亀梨和也のプロフィール

  • 生年月日 1986年2月23日(33歳)
  • 出身地 東京都江戸川区
  • 身長 171 cm
  • 血液型 B型
  • 事務所 ジャニーズ事務所

1998年から活動し2001年にアイドルユニットKAT-TUNを結成します。ジャニー喜多川さんプロデュースの舞台『DREAM BOY』シリーズに毎回出演し、2007〜1年までは主役を務めています。

2005年1月期ドラマ『ごくせん』(日テレ系)第2シリーズにメイン生徒役として赤西仁と出演しブレイクします。このドラマ主題歌『絆』をソロで担当しました。

2006年にはベストジーニストに選出され、5年連続で受賞しています。

2005年修二と彰で大ブレイクした2人

2005年に日本テレビ系で放送されたドラマ『野ブタ。をプロデュース』の役名を使った『修二と彰』で、山下智久さんと亀垣和也さんは期間限定のユニットを結成します。

主題歌になった『青春アミーゴ』はCD年間売り上げ1位、ミリオンセラーを達成し、お二人ともこのリリースでトップアイドルとしての地位を確かなものにしました。

しかし、ユニット結成の裏では、二人の考え方の違いから一触即発の状況だったそうです。

グループ結成時は、不仲だった?

山下さんと亀梨さんはジュニア時代に喧嘩をして、それ以来口を利かなかった、と言われています。

加えて、NewSとKAT-TUNは同年齢のグループで、ライバル意識が強くあったそうです。

実際共演すると、何でも器用にこなし、女性ファンの声援にウインクで返す亀梨の魅力的な対応に対し、山下さんが嫉妬していた、という図式のようでした。不仲であるというよりも、ライバルへの嫉妬という印象です。

亀梨の人気ぶりに山下が嫉妬?

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山下さんは、男同士で一緒に居ることが多かったため、女性ファンに対して、どうしても照れくさくてスマートな対応が苦手だったそうです。

反対に亀梨さんは、『修二と彰』での活動が、KUT-TUNのCDデビューより前だった事を気にしており、あまり目立ちすぎても、と悩みながらだったそうです。

しかし、クールでマイペースに見える山下さんも、嫉妬することがあるのですね。

喧嘩も多かった?当時を振り返ったコメントは?

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『野ブタ。をプロデュース』の撮影に入る前、二人で嫌いなところや納得いかないところ等をぶつけ合ったそうです。その上でお互いを理解したことがドラマ、そしてユニットの成功につながったようです。

亀梨さんは、当時そんなに自分が嫌われていたとは感じていなかったそうで、立ってるだけで絵になる山下さんにそこまで嫉妬されていたとは光栄です、とコメントしています。

亀梨さんとしては、山下さんが動かなくても人を引き付ける魅力を持っているので、自分は逆に一癖あるキャラクターを担当しようと動いた結果だったそうです。

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山下智久と亀梨和也が12年ぶりに共演!現在は仲良し?

2017年4月期のドラマ『ボク、運命の人です。』(日テレ系)で山下智久さんと亀梨和也さんが12年ぶりに共演しました。

ドラマ「ボク、運命の人です。」で共演した2人

初回の視聴率は12%とヒットの予感をさせたスタートを切ったものの、以降の視聴率は10%を超えることはありませんでした。しかし、大幅に落ち込むこともなく、堅調なドラマだったといえます。

『野ブタ。をプロデュース』は12年前で平均視聴率16.8%で、年間ランキングでは10位に入る成績でした。どちらのドラマも亀梨さんが主役、山下さんは主役級に出番の多い準主役、という立ち位置です。

「亀と山P」として主題歌を担当!

『ボク、運命の人です。』でも、お二人はユニット『亀と山P』を結成しています。今回のユニット名は役名を使っているわけではなく、前回とは違い、ドラマが終了した後も継続の可能性を残しています。

ドラマの主題歌を担当し、『背中越しのチャンス』はオリコン週間シングルランキングで初週175,569枚を売上げ、1位を獲得する大ヒットとなりました。

話題の主題歌「背中越しのチャンス」はどんな曲?

ドラマの主題歌を意識して、耳に残るキャッチーなサビが印象的に繰り返されています。明るくポップな曲調で、甘酸っぱい恋愛が歌詞に載せられています。

ジャニーズのタレントさんが得意とする王道スタイルの曲です。

再共演のきっかけはカウコン?

2015年~16年のジャニーズカウントダウンコンサートのサプライズ出演で久しぶりに『青春アミーゴ』を披露した際、ファンの方が非常に喜んでくれたことが二人にとってとても印象的だったそうです。

また二人でやりたいね、と思い、機会を待っていたところに、このドラマの話が来て、意外に早く実現できたとのことでした。

12年ぶりに復活にファンも大興奮⁉︎

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2015-16のカウントダウンコンサートの盛り上がり方から見て、今回も大興奮のうちにファンの方に受け入れられると思いきや、亀梨さんファンと山下さんファンの間では温度差があったようです。

亀梨さんファンの間では、亀梨さんのドラマ主演の情報を耳にしたときから、KAT-TUNの活動再開のきっかけとして主題歌を担当すると思われていたからです。

『亀と山P』が活動することで、KAT-TUNの再始動に遅れが生じるのでは、という心配から手放しで喜べなかったようです。

山下智久と亀梨和也の仲良しエピソード

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『修二と彰』以来、亀梨さんと山下さんは公私ともに仲良しなのだそうです。

一緒に食事やカラオケ?

亀梨さんは2017年3月25日に『メレンゲの気持ち』に出演された際、ジャニーズで仲の良いのは誰?という質問に、最近は山P(山下さん)だと答え、プライベートでのエピソードを披露しています。

二人で食事や呑みに行ったりするようで、酔ってくるとカラオケで『青春アミーゴ』を歌うらしいです。しかも最初と締めの2回がお約束だとか。

年越しは2人で飲んで過ごした?

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毎年年末は毎年亀梨さんの家に山下さんがお邪魔して一緒に飲んでいらっしゃるそうで、ここ4-5年続いているそうです。

亀梨和也の山下智久愛がすごい

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亀梨さんは2017年5月、バズリズムに山下さんと出演された時、山下さんが酔った時がとてもかわいいととろけそうな笑顔で語っていらっしゃいます。

呑みすぎてしまった山下さんを支えて、自宅なりへ送り届けた際、ベットに寝かせたとき『ありがと~』とふにゃふにゃの笑顔で答えるのが愛おしいそうです。

お二人はパジャマで自宅を行き来するくらいの仲良しなのだそうです。

一緒に風呂に入ることも⁉︎

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亀梨さんと山下さんは以前は良く近くのスーパー銭湯に一緒に行ったりしていたそうです。自宅のお風呂にも一緒に入ったりすることもあるそうです。

ジャニーズ事務所は男ばかりなので、ライブの時も、前室で人目はばからず衣装替えしたりするので、仲間同士で裸を見られることに抵抗は無いそうです。

頻繁にメールもしてる?

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お二人は頻繁にメール(LINE)のやり取りもされているそうです。山下さんの方が細目に送られるそうです。一度亀梨さんが、山下さんからのメールに返信を忘れてしまったことがあったそうです。

夜遅くのメールだったので、明朝にするつもりが忘れてしまったそうです。内容は大したことではなかったそうですが、亀梨さんが山下さんに謝ったところ、かなり凹んだとおっしゃっていました。

山下智久と亀梨和也の出会いは?

それぞれ別々のグループで活躍していた山下さんと亀梨さん。出会いはやはりジャニーズJr.での活動になるのでしょうか。

2人がジャニーズ入りしたのはいつ?

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山下さんは1996年にオーディションに参加し、はっきり合格といわれていないうちにレッスンに参加するようになったそうです。1998年に同期の生田斗真さんと最初のユニットB.I.G.Eastを結成します。

亀梨さんは1998年に入所しています。履歴書を送ったのは亀梨さんのいとこで、当時野球少年だった亀梨さんはジャージ姿でオーディションに行ったそうです。同期には中丸雄一さん、赤西仁さんがいます。

2人の出会いはジュニア時代?

お二人は、ジュニアとしてレッスンに明け暮れる中学生の時に出会ったそうです。

最初、山下さをは亀梨さんの事が不良っぽくて嫌いだったそうです。

公園で喧嘩した事もあったそうで、2005年の『野ブタ。をプロデュース』までは口を利く事も無かったそうです。

山下智久はNEWSでデビューするが、脱退

2003年にNewSとしてCDデビューしますが、活動期間中に別ユニットやソロでの活動も増えて来たため、2011年にNewSを脱退しています。

NewSは結成当初、山下さんを含む9人で構成されていましたが、現在は4名に減っています。

亀梨和也はKAT-TUNでデビュー

亀梨さんは2001年にKAT-TUNを結成しますが、CDデビューの機会には恵まれず、『修二と彰』で先にCDデビューします。

翌2006年KAT-TUNとして『Real Face』でCDデビューを果たします。KAT-TUNも、結成時は6名でしたが、現在は亀梨さんを含め3名構成です。

それぞれの道

12年ぶりの共演で、再びお互いの存在の大切さを感じた山下さんと亀梨さんですが、今回のユニットも継続的な活動は未定の様です。

山下さんがNewSを脱退したのはソロ活動のためでしたので活動に専念しています。一方亀梨さんは、一緒に苦楽を共にしてきたKAT-TUNが再始動した大切な時です。

お互い大事な物が別にあり、専念されていますが、今回の活動で、「また、できたらいいね」は実現しました。今後もその「また」はきっとやって来るでしょう。

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