中川翔子の父は中川勝彦?死因は白血病?発覚したスキャンダルとは? タレント

中川翔子の父は中川勝彦?死因は白血病?発覚したスキャンダルとは?

今やアニメや特撮などオタクの女王といえば第一人者の中川翔子さん。彼女の父・中川勝彦さんは人気があったミュージシャン・俳優でしたが、白血病ため若くして亡くなりました。中川翔子さんと父親との関係や、亡くなってから発覚したスキャンダルまでをまとめてみました。

中川翔子の父は中川勝彦?死因は白血病?どんな父親だったの?

中川翔子さんと父・中川勝彦さんの関係にについて、そしてなによりも、勝彦さんの死因となった白血病について詳しくまとめてみました。

父親の死因やスキャンダルが話題?中川翔子のプロフィール!

中川翔子さんは1985年5月5日生まれで、現在34歳です。出身地は東京都中野区です。身長155cm、血液型はA型です。所属事務所は株式会社ワタナベエンターテインメントです。

現在は、タレント、女優、声優、歌手として幅広く活躍しています。

中川翔子の父は中川勝彦!プロフィールは?

中川勝彦さんは1962年7月20日に生まれ1994年9月14日に亡くなっています。東京都文京区の出身です。1980年代に、ミュージシャン・歌手、俳優、声優として活躍しました。

1994年に急性骨髄性白血病にて亡くなりました。享年32歳でした。

中川翔子の父はデキ婚で子供の中川翔子の存在は極秘だった?

中川翔子の父、中川勝彦さんは、1980年代に活躍したロックミュージシャン兼俳優でした。慶応義塾大学を中退して、日本版グラムロックミュージシャン・ヴィジュアル系アーチストとして人気がありました。

ヴィジュアル系アーチストという事で、イメージダウンになる情報は秘密にされました。交際していた女性が妊娠したことをきっかけに結婚しましたが、その事実を事務所も中川さんも公にすることはありませんでした。

その時に生まれたのが中川翔子さんです。信頼できる親しい関係者にしか、結婚や子供が誕生したことを知らせなかったため、中川翔子さん自身が父親のことを公表するまで、親子関係が知られることはありませんでした。

中川翔子の父、中川勝彦は若くして亡くなった?死因は白血病?

中川勝彦さんは1992年9月に急性骨髄性白血病を発症しました。骨髄移植のドナーが見つからず、抗がん剤による化学療法で治療を続けましたが、1994年8月白血病が再発して9月14日に死去しました。

中川勝彦さんは亡くなる7ヶ月前の2月には、10周年記念ライブを行っています。一連の治療後一旦は退院して、復帰に向けての活動の最中に白血病が再発しました。本人が一番悔しく、無念だった事でしょう。

中川翔子の父が患った急性骨髄性白血病とは?

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慶応義塾大学病院の「医療・健康情報サイト」によると急性白血病は次のように解説されて産ます。

骨髄の中では造血幹細胞と呼ばれる「血液細胞の種」から様々な血球が造られます。白血球、赤血球、血小板などの血液細胞は生きていく上で不可欠な細胞です。白血球は細菌などからヒトを守る細胞、赤血球は酸素をあらゆる臓器、組織に運搬する細胞、血小板は出血を止める細胞です。

造血幹細胞が様々な細胞に成長していくことを「分化」といいます。急性白血病は、分化の速い段階で細胞が成長をやめてしまうことによっておこります。この成長をやめた細胞(白血病細胞または芽球と呼びます)が骨髄中で増殖し、骨髄を占拠します。その結果、正常な血液細胞が造られなくなり、出血、感染によって致命的な経過をとります。大部分の急性白血病の原因は不明です。

(引用:慶応義塾大学病院)

中川勝彦は中川翔子からの骨髄移植を断っていた?

抗がん剤による化学療法の効果が期待できない場合や、白血病細胞が再発した場合には骨髄移植が必要となります。移植には白血球の型(HLA)が一致する必要がありますが、その確率は近親者でも大変低いそうです。

中川勝彦さんのケースでは、翔子さん以外の家族の骨髄を調べましたが、誰もHLAが一致しませんでした。翔子さんの検査も提案されましたが、勝彦さん本人が子供を傷つけることを頑なに断ったそうです。

現在中川翔子は骨髄移植のドナー提供を呼びかけている?

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2018年7月から中川翔子さんは、ACジャパン骨髄バンクを支援するキャンペーンのCMに出演して、ドナー登録の重要性をアピールしています。CMには勝彦さんや勝彦さんと翔子さんが一緒の写真が出てきます。

中川翔子さんは、生前の勝彦さんの女性スキャンダルを知って、ショックを受け反発したこともありましたが、骨髄移植で白血病が治る可能性があったのに、子供を傷つけたくないと検査を頑なに断ったことを知りました。

父親が子供の骨髄検査を断ったことを知った中川翔子さんは、これから白血病の患者さんに役立てばと骨髄移植の啓蒙活動にも力を入れるようになりました。今回のCM出演も白血病の人を助けたい一心で出演しています。

中川勝彦は子供が小さいからまだ死にたくないと語っていた?

中川勝彦さんが亡くなった1994年9月、その時翔子さんはまだ9歳でした。幼い娘を残して逝く悔しさをにじませて、勝彦さんは「子供がまだ小さいから死にたくない」と話しました。さぞかし心残りだったでしょう。

中川翔子の父・中川勝彦もオタクだった?

中川翔子さんによると、勝彦さんは「怪獣オタクの変なお父さん」だったそうです。怪獣映画や漫画が大好きで、梅津かずおや水木しげるの作品を読まないと、ちゃんとした大人になれないとまで言ったそうです。

中川翔子さんと一緒に本屋に行き、漫画全集などを大量購入して2人で楽しんでいたそうです。その後翔子さんが、アニメや漫画、特撮などのオタクになったのも、勝彦さんの影響が大きかったといいます。

中川勝彦はどんな父親だった?父に対する思いは?

中川翔子さんが生れてからも、中川勝彦さんが家に帰ってくる日は殆んど無かったそうです。そのため父親の代わりは祖父でした。そのため、父親との思い出はオタク趣味の話くらいしかありません。

父親をかっこいいと思っていましたが、亡くなったと母親から聞かされた時、ゲームをやっていて大きなショックは受けなかったようです。むしろ後年発覚する女性スキャンダルに伴う嫌悪感が支配的ではないでしょうか。

中川翔子には父の死後、怪奇現象が起こった?

中川勝彦さんが亡くなってから、中川翔子さんには幾つかの怪奇現象が起きたといいます。結構いろいろな現象が起きていますね。中川さんの思いこみも入っているかもしれません。

怪奇現象とは、具体的にいうと「父親の懐中時計が亡くなった時刻で止まる」、「誰もいないのに2階から足音が聞こえる」、「閉めきった部屋で翔子さんの髪がなびく」という現象です。

また、パソコンの中に見知らぬメールソフトが入っていて、1通メールが届いていました。開けてみると勝彦さん宛てのメールでした。しかも日付が勝彦さんの誕生日だったそうです。ハイテクな怪奇現象ですね。

中川翔子の父親の死後17年目でスキャンダルに関する記事はこちら!

中川翔子の父・中川勝彦には死後にスキャンダルが発覚した?

不幸なことですが、中川翔子さんの父・勝彦さんのスキャンダルが、死後17年も経って出てきました。どういう経緯で起きたことなのかよく見てみましょう。

中川勝彦のスキャンダルとは?父の死後に発覚した?

なんと亡くなってから17年も経って、中川勝彦さんの女性スキャンダルが発覚します。

2011年に中川勝彦が妻以外の女性と行為に及んでいる写真が流出?

2011年2月、中川勝彦さんが妻でない女性と性行為をしている写真24枚が、あるサイトにアップされました。現在そのサイトは削除され、画像も確認できません。

勝彦さんが亡くなって17年も経過しているのに、いまさら不倫の写真を公開する意図が全く理解できませんが、どう考えても大変卑劣な行為です。

スキャンダル写真の流出は意図的だったという説も?

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スキャンダル写真の流出経路や動機は明らかになっていませんが、同時期に発売された「中川勝彦さんの肉声による朗読CD付絵本」の売り上げのためだったのではないか、と言われています。いわゆる炎上商法です!

その根拠として、2011年の「復刊ドットコム」の年間ランキングで、この絵本が第1位となっています。

中川翔子は父のスキャンダルのショックで父の形見を捨てた?

このスキャンダルを知った中川翔子さんは、大変ショックを受けました。それは当然だと思います。そしてずっと大切にしてきた、勝彦さんからもらった誕生日カードを衝動的に捨ててしまいました。

9歳の誕生日のカードで、勝彦さんが亡くなる4か月ほど前に贈られたものでした。このカードは母親により元に戻されて、また大切に保管されているそうです。

中川翔子は今となっては父のスキャンダルも大目に見ている?

中川翔子さんは、父・中川勝彦さんのスキャンダルについて発覚当時は、とても反発して嫌悪していました。若かったせいもありますが、ショックを受けての当然の反応だと思います。

でも、中川翔子さんは今となっては「まあモテただろうから、そんなこともあるかも」と思えるようになったそうです。中川さんも30歳を過ぎて色々経験もした結果、父親を見る目も変わってきたのでしょう。

中川翔子は父の曲を歌ったことがある?CMでは共演も?

中川翔子さんは、2014年のオリジナルアルバムで、父・勝彦さんの曲をカバーしています。またACジャパン骨髄バンク支援キャンペーンのCMの中で、写真の父親と共演もしています。

中川翔子は父の曲をCharと一緒に歌ったことがある?

中川翔子さんの4枚目のオリジナルアルバム「9lives」を、2014年4月2日発売しました。その中に収録している「ラスト・ウィッシュ 同じ色のクリスマス」は、中川勝彦さんのカバー曲です。

収録に当たり、当時勝彦さんとユニット「MAJI-MAGIC」を組んでいた、ギタリストのCharさんが、ギターで参加しています。これはとても記念になりますね。

中川翔子は骨髄バンクのドナー登録のCMで父と共演した?

2018年7月から中川翔子さんは、日本骨髄バンクのドナー登録を支援するコマーシャルに出演しています。CMには生前の勝彦さんや翔子さんと一緒の写真が出てきます。時を越えて親子で共演しています。

中川翔子の最新情報は?父親の年齢を超えたけど結婚は?

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中川翔子さんが、『ゼクシィ Premier』AUTUMN2019(2019年8月23日発売)の表紙に登場し、ウエディングドレス姿を披露しています。

その中で、自身の結婚への想いについて、ストレートに語っています。

中川翔子は父と母のような結婚式に憧れ?ドレス姿を披露?

中川翔子さんの理想の結婚相手は、第一に猫に優しい人です。そして似たような感性があることが大事で、ゲームとかしない人でいいから、お互いに無理をしない自然な関係でいられる人が理想とのことでした。

結婚式は海外で挙げたいという中川翔子さん。理由は、両親がグアムで挙げた結婚式の写真を見せてもらった時に、素敵だなと思ったからだそうです。ほぼ駆け落ち状態でグアムに行って、挙式したそうです。

もうひとつ、結婚式ではできればお相手とデュエットをしたいそうです。中川さんと結婚するなら、歌が上手じゃないといけませんね。

健康的なオタクをめざして

中川翔子さんといえば、アニメや特撮とオタクの女王の名を欲しいままにしています。これからもこの路線は続くのでしょう。どうか元気に第一線をリードして行って欲しいと思います。

結婚も含め、これからは是非プライベートを充実させていただきたいですね。そのためにも、日々の健康に注意して、明るく健康的なオタクとなって下さい。

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