杉咲花の父親はレベッカなどで活躍した木暮武彦!関係はどんな感じ? エンタメ

杉咲花の父親はレベッカなどで活躍した木暮武彦!関係はどんな感じ?

テレビやドラマ、CMと個性的若手女優で大人気の杉咲花ですが、そんな杉崎花の父親は小暮武彦です。木暮武彦はレベッカの生みの親で、レベッカの初代リーダーであり、ギタリストでした。杉咲花の母親とは離婚しており、その真実に迫っていきたいと思います。

目次

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実は二世タレントの杉咲花!父親は伝説的なバンドのメンバーだった!?

出演する映画、ドラマそしてCMが話題に上り、年齢問わず杉崎花の世界に虜になっている人も多いことでしょう。杉咲花の可愛らしい顔と、小柄な体型、声や喋り方も魅力です。

あまりプライベートは明らかになっていないようですが、父は木暮武彦、杉咲花は二世タレントだったのです。父親のはどんな人なのか、母親は誰なのか明らかにしていきます。

杉咲花のプロフィール!

  • 生年月日:1997年10月2日
  • 出身地:東京都
  • 血液型:B型

本名は非公開となっており、子役時代は梶浦花の名前で出ていたようです。上の画像は2007年ちびまるこちゃんで城ヶ崎姫子役として出演した時の画像です。

元来芸能界には興味があったようで、中学校の時に女優になりたいと、研音のオーディションに応募し、2011年4月より所属芸名を杉咲花に変更し再スタートしています。

杉崎花の出る作品は話題になる!?

たくさんの作品に出演し話題を振りまいていますが、作品を見ていきたいと思います。

「Cook Do」のCMで知名度をあげる

まず一番は2011年から放送された「Cook Do」の麻婆茄子と回鍋肉のCMです。

山口智充さんと麻婆茄子と回鍋肉を食べていますが、その食べっぷりは豪快で、一躍杉咲花を有名にし好感度もアップしたことは間違いないでしょう。

その他にもほんだしのCMで小栗旬と共演し、兄の家にやってきて兄の手作り料理に舌づつみを打つ可愛い妹役です。お母さんと同じ味と褒めるセリフも自然体で惹きつけられますね。

ドラマもインパクトありすぎる杉咲花

ドラマでも杉咲花ワールド前回の「ハケン占い師アタル」です。2019年1月にスタートし、イベント会社で派遣社員として働き特殊能力で仲間たちの悩みを解決していく役でした。

又2016年のNHK朝ドラ「とと姉ちゃん」ではヒロイン高畑充希の妹役で出演し、マイペースながらしっかりものの、可愛い女の子を演じました。どの作品もひときわ光っていますね。

父はレベッカなどで活躍したギタリスト・木暮武彦

杉咲花の父親は誰でしょうか。それは木暮武彦です。レベッカといえばNOKKOが有名ですが、レベッカのバンドのメンバーでギタリストを担当した日本を代表するギタリストです。

杉咲花の母は歌手やキャンドルアーティストとして活動するチエ・カジウラ

それでは母親が気になるところですが、ライブハウスを中心に活動している歌手で、キャンドルアーティストとしてイベントやネットに作品を出しているそうです。

木暮武彦ってどんな人?経歴や生い立ちは?

それではギタリストで作曲家でもある木暮武彦とはどんな人なのか詳しく見ていきたいと思います。

13歳でフォークギターを始め、15歳の時に友人がエレキギターを弾いた姿に影響を受け、その後ロックに夢中になっていったようです。

1976年には初めてロックコンサートをやっており、主に演奏曲はビートルズやディープパープルの曲をコピーして演奏。そんな10代を過ごしたようです。

木暮武彦のソロアルバムってどんな曲?

「水と光の魔法」2011年に発売されたソロアルバムで、木暮武彦の初めてのアコースティックアルバムになっており、富士山麓に移住して自然から受けるインスピレーションを元に作られたようです。

「儚」2013年発売で、「水と光の魔法」から2年後の作品で、アコースティックインストゥルメンタルアルバムの第2弾になっています。評判もいいですね。

届いてから、ずっと車の中で聴いています。癒されます。歌詞がないのがいいところ。木暮様が過去にロックをやっていたらしいのですが、こちらの方が木暮様に向いていると思います。中途半端なロックなんて、どうでもいいので。これからも、癒しの音楽をお願いしますって感じです。アルバム全部を通して、1曲と感じる作品です。素晴らしい!

(引用:amazon.co.jp)

木暮武彦のプロフィール

  • 生年月日:1960年3月8日
  • 出身地:東京都杉並区
  • 学歴:国士舘大学中退

小さい時は、上野駅付近の一筆書きの龍を見て創作者になりたいと思ったこともあり、高校1年の夏までは野球部に所属していました。それから運命が変わっていきます。

愛称はシャケ、その理由は?

木暮武彦の別名シャケ、木暮”shake”武彦、など目にしますが、この木暮武彦の相性シャケにはどんな理由があるのでしょうか?

ライブの時にはいつもアンプのところに魚の絵(鮭?)を貼ってったよね。(引用:mixi)

“木暮”をよく間違えて“小暮”と書かれるコトに怒って『オレはデーモンじゃねー!サーモンだ!!』と。
たしかロキノン・ジャパン誌、市川バカボン哲史さんの酒飲み日記での発言だったと思います。(引用:mixi)

他にも顔が鮭似ているとか、本人が歯並びが悪くてと言ったとか様々あるようです。

二十歳の頃、プロデビューを目指し、21歳の頃に渡米

10代は自主コンサートなどをやって過ごしていた木暮武彦ですが、1980年プロのミュージシャンなりたいと、家を出て曲を作り始めます。

そして1981年初めて渡米し、ロサンゼルスで2ヶ月間黒人のバンドに参加し、自分の音楽を追求し続けていました。

1984年、24歳の頃レベッカのメンバーとしてメジャーデビューを飾る

1984年レベッカのメンバーとしてデビューします。レベッカはヒット曲を数々だし、第二次バンドブームの先駈けとして代表されるバンドです。

レベッカは木暮武彦がリーダーとなり、埼玉県のアマチュアミュージシャンが集まって結成され、バンド名は小説「黒い瞳の少女レベッカ」から取って名付けられました。

前身のバンドは男性ボーカルだったのですが、ベースの山田貢司の妹、そのときガールズバンド「DOLL」のボーカルだったNOKKOが加入してきました。

レベッカの代表曲「フレンズ」

レベッカの代表作「フレンズ」は1985年、中山秀征主演のドラマ「ハーフポテトな俺たち」のエンディングテーマに器用されて大ヒットとなりました。

作詞はNOKKOが担当しており中学3年の時初めて出来た彼氏で、ファーストキスのお相手のことを詩にしたようです。高校になって離れ離れになる悲しい気持ちを歌に込めました。

このフレンズは1985年10月21日に発売されており、木暮武彦が脱退したあとの作品で、NOKKOと新リーダー土橋安騎夫との作品です。

事実上の解雇でレベッカを脱退し1986年「RED WARRIORS」を結成

レベッカを結成した1982年7月、木暮武彦とNOKKOはロサンゼルスへ渡り、アメリカでの活動を試すが、夢は叶わず、1983年1月ベースの高橋教之が加入し、レベッカの再始動となりました。

その後、キーボードの土橋安騎夫が加入し、1984年目メジャーデビュー果たし、ライブハウスを中心にファンも増えてきましたが、レコード売り上げは今ひとつ伸び悩んでいました。

そして1985年1月音楽的方向性の違いから、木暮武彦は脱退し、1986年「RED WARIIORS」で二度目のデビューを果たします。

RED WARIIORSの楽曲

1985年木暮武彦とDIAMOND☆YUKAIを中心に結成され、バンド名も木暮武彦がどうしても「R」をつけたかった、またレベッカにライバル心を持ってつけられたということです。

木暮武彦が作詞作曲した「RED WARIIORS」のシングル曲は、1987年4月のバラとワイン、1987年11月ルシアン・ヒルの上で、1988年11月STIL OF THE NIGHTなどがあります。

又アルバムでは、1986年10月LESSON1,1987年6月CASINO DRIVE、1988年4月KING’Sなどがあり、この3曲は「ロックンロール3部完結編」と呼ばれているそうです。

1989年、RED WARRIORSが解散し渡米

1988年には広島ピースコンサートのテーマソングで「君を守りたい」の作曲で日本レコード大賞特別賞を受賞しますが、1989年には解散して、ロサンゼルスに移住します。

1990年、レベッカのボーカルだったNOKKOと結婚するも3年で離婚

1990年頃NOKKOと結婚しているようです。NOKKOは1990年1月に行われたレベッカのコンサート日本武道館を最後に活動を休止し、1991年2月に解散しています。

1990年頃ロサンゼルスで教式を挙げたものの1993年には離婚しています。離婚の原因は音楽に対する考え方が夫婦間にも影響したのではないかと囁かれています。

NOKKOのプロフィール

  • 出生名:山田信子
  • 生年月日:1963年11月4日
  • 出身地:埼玉県浦和市(現さいたま市)

小学1年生の頃から10年間クラッシクバレエを習い、高校時代は軽音楽に所属し、サックス担当でバンドに参加し始めた頃はキーボードー担当だったようで、才能はすごいものです。

1996年、杉咲花の母であるチエ・カジウラと結婚する

1993年NOKKOと離婚、1995年には帰国し、ソロ活動を始めるとともに、再結成した「RED WARIIORS」の活動も並行して活動しています。

チエ・カジウラのプロフィール

  • 生年月日:?年7月25日
  • 出身地:東京都
  • 職業:歌手

1994年10月16日から放送されたテレビアニメ「マクロス7」に登場するロックバンドのボーカルを担当し、1995年シングル「・・・だけどベイビー!!]」がヒットしています。

木暮武彦が帰国した1995年には活躍されているので、仕事を通じて交際し結婚につながったのでしょう。

翌97年には杉咲花が誕生するも、2000年に離婚、親権は母親へ

1996年チエ・カジウラさんと結婚。1997年に杉咲花が生まれますが、2000年には離婚しています。離婚理由はNOKKOと同じ音楽の違いなのでしょうか。

離婚後杉咲花は母親と一緒に暮らしているそうで、木暮武彦は4年後に再婚しているので親権はチエ・カジウラさんが持っていたのでしょう。女の子ですし。

2003年、一般人女性との間に子供を設け、翌04年に3度目の結婚

2004年には一般の女性と入籍、3度目の結婚をしその方との間に男の子をもうけています。家族写真を見ても、美しい奥さんと可愛らしい男の子、幸せそうな家庭が垣間見れます。

息子への願いも有り、富士河口湖街に移住し音楽活動を継続中

入籍より1年前になりますが、息子が生まれたことで富士山麓に移住し、それ以後は自然をテーマーににしたソロ活動を中心に、また2011年まではMtデリシャスを結成し活動しています。

それからは自然をテーマに木暮武彦のアコースティック世界を作り続けています。子供と一緒に暮らし、自然の美しさが木暮武彦の才能を引き出してくれるのでしょう。

離婚後の杉咲花と木暮武彦の関係は?

杉咲花が3歳の時に離婚し、今は新しい家庭をもつ木暮武彦の関係はどうなのでしょうか。

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