はいだしょうこの宝塚歌劇団時代!成績や退団理由は?顔で怒られた? タレント

はいだしょうこの宝塚歌劇団時代!成績や退団理由は?顔で怒られた?

NHK-Eテレの子供番組「おかあさんといっしょ」の第19代「うたのおねえさん」を務められたはいだしょうこさんは、宝塚歌劇団の娘役だったことでも有名です。おねえさん時代の逸話は知られていますが、それ以前は宝塚でどのような活躍をなさっていたのでしょう。

はいだしょうこは宝塚歌劇団出身!当時の成績や退団理由は?

「しょうこおねえさん」は、歴代の「うたのおねえさん」の中でも特異なキャラクターとして知られていますが、それ以前の経歴にも特筆すべきものがあります。

宝塚歌劇団で娘役を務められていたはいだしょうこさんの当時の姿を、可能な限り調べました。

はいだしょうこのプロフィール!

宝塚歌劇団からうたのおねえさんを経て、現在舞台やバラエティー等で活躍なさっているはいだしょうこさんは、以下のような人物です。

  • 生年月日…1979年3月25日
  • 出身地…東京都
  • 身長…158㎝
  • 血液型…A型
  • 著名な親族…拝田正機(実父・ピアニスト、前国立音大准教授)、拝田由見子(実母、声楽家)
  • 配偶者…有り(一般男性と2012年に入籍)
  • 趣味…ミュージカル観劇、温泉巡り
  • 特技…バレエ、ジャズダンス

音楽一家にお生まれのはいださんは、高校二年の時に宝塚音楽学校に合格します。余談ですが、非常に耳の優れた方で、実はその為にモノマネも得意でいらっしゃいます。

宝塚音楽学校を優秀な成績で卒業し「千琴ひめか」の芸名で宝塚歌劇団に入団

はいだしょうこさんの宝塚時代の芸名は「千琴ひめか」です。退団後、宝塚時代の芸名を使用していない数少い方です。宝塚音楽学校時代には「オペラ部門主席/ポピュラー部門最優秀歌唱賞」受賞等、優秀な成績でした。

はいださんの「千琴ひめか」時代のご活躍は、詳しく後述します。

初舞台は宙組公演「シトラスの風」

1998年に音楽学校をす津行なされたはいださんは、「千琴ひめか」として宝塚歌劇団に入団します。第84期生です。初舞台は宙組公演のレビュー「シトラスの風」です。

レビューとはいわゆるミュージカルではなく、衣装や照明など視覚的効果に重きを置いた娯楽演芸です。「シトラスの風」は1998年が初演で、はいださんはその初演に参加なさったことになります。

上の映像は宙組誕生20周年記念イベントで披露された「シトラスの風」の一部です。はいださんはお出になっていませんが、このような雰囲気の作品で初舞台を踏まれたのだと、ご理解いただけるでしょう。

星組に配属され娘役として活躍!

はいださんはその後、組周り出演(研究科1年生が班に分けられ各組の公演に出演すること)を経て、星組に配属されます。主に娘役を務められました。

「ベルサイユのばら」のエトワールに3年目で異例の大抜擢!

はいださんの宝塚時代で何より書いておかなければならないのは、2001年公演の「ベルサイユのばら2001」です。「ベルサイユのばら」は池田理代子さんの同名漫画を原作とした、宝塚の代名詞的な演目です。

はいださんはこの公演で、エトワールを務められました。宝塚のエトワールとは、フィナーレのパレードで最初に登場し、大階段でソロを歌う娘役のことです。

通常入団後6年以上経たないと務められないとされますが、はいださんは3年目での大抜擢でした。

伝説的な偉業ではあるが成績はトップではなかった

「エトワール」というと、オペラ座バレエ団のイメージから「最高位の娘役」「トップの娘役」と思われる方もいらっしゃるでしょうが、宝塚歌劇団のエトワールは「娘役のトップ」が必ず務めるわけではありません。

はいださんは優秀な成績ではありましたが、トップではありませんでした。むしろその為、歌もバレエも、人一倍努力を重ね、技術を身につけられたようです。

2002年に宝塚歌劇団を退団

はいださんは「風と共に去りぬ」でもエトワールを務められるなどご活躍されましたが、2002年に宝塚歌劇団を退団なさいました。所属期間は4年です。

もっと長く在籍していれば、娘役トップの「千琴ひめか」を拝見出来たのか、今となっては想像に委ねるしかありません。

退団理由は「うたのおねえさん」になるため?

はいださんが宝塚歌劇団を退団したのは、「おかあさんといっしょ」の「うたのおねえさん」になるためだと言われています。

うたのおねえさんのオーディションをはいださんが知ったのは退団後です。その為どのような心境でお辞めになったのか理由を断言できませんが、うたのおねえさんになるという夢をお持ちだったのは事実のようです。

オーディションに見事合格して24歳で19代目うたのおねえさんに!

19代目「うたのおねえさん」に就任された時、はいださんは24歳でした。20代目の三谷たくみさんが就任時まだ大学生であったことを考えると、お若い年齢での就任だったわけでもないと分かります。

うたのおねえさんとしてのはいだしょうこさんは、宝塚仕込みの芸達者ぶりをテレビでも存分に披露されました。また、「スプーの絵かき歌事件」で、ネットを騒がせたのでも有名です。

余談ですが、「うたのおねえさん」就任後の記者会見で「今後の抱負は?」と聞かれ、「世界平和」と答えて会場を沸かせた、という逸話も残っています。

主役を演じたことはない?出演舞台は?

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宝塚時代は娘役だったはいださんですが、「娘役トップ」になったことはありません。それですので、主演を務められたこともありません。新人公演以外はカゲソロ(舞台袖で姿を見せずに歌うソロ)がほとんどでした。

その為、「ベルサイユのばら2001」のエトワールは尚の事衝撃だったのでしょう。以下はいださんが星組時代に出演なさった作品の一部です。

  • 「ウエストサイド・ストーリー」
  • 「夢・シェイクスピア」
  • 「我が愛は山の彼方に」
  • 「黄金のファラオ」
  • 「花吹雪 恋吹雪」
  • 「ベルサイユのばら」
  • 「風と共に去りぬ」
  • 「プラハの春」

はいだしょうこが憧れていたのは大地真央?

はいださんは、ご家族で宝塚のファンでした。その影響ではいださんも熱心なファンになりました。特に憧れたのが当時月組のトップ男役だった大地真央さんです。出待ちをするほど熱狂的だったそうです。

お二人は映画「ナルニア国物語/第3章:アスラン王と魔法の島」でアフレコ共演なさっています。その後の雑誌取材のご様子に、はいださんがどれほど大地さんに憧れていたのか、伺うことが出来ます。

「映画を見たけど、声、すごくよかったね」と大地が話しかけると、はいだは緊張のあまり「……」。大地が肩に手を置き、「緊張してる? お姫様って感じだったね」というと、「ありがとうございます」と、ようやく笑顔がこぼれた。

もともと、大地ははいだにとって宝塚歌劇団にはいるきっかけになった憧れの人。小学生のころは出待ちをして、何度も大地のビデオを見たほどで、「お会いできて、生きててよかった」と赤くなった。

(引用:NEWSポストセブン)

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はいだしょうこの宝塚時代の動画や歌はある?

こちらの動画は、宝塚歌劇団の象徴的な楽曲「すみれの花咲く頃」を、はいだしょうこさんが歌われた動画です。妖精を思わせる澄んだ声と圧倒的な声量に驚かされます。

はいださんの歌声は、この動画以外でも拝聴できます。ご紹介します。

しょうこお姉さんの伝説のエトワール

前述した、「ベルサイユのばら2001」でエトワールを務められた「千琴ひめか」時代のはいださんです。入団3年目とは思えない堂々たるエトワールぶりを披露なさっています。

残念ながら、ここのページからの再生は叶いません。しかしYouTubeに上の動画が存在します。「千琴ひめか」で検索して頂ければトップに出てくる動画です。

歌詞のない、アカペラでの歌唱となります。それがどれほど難しいかは、声楽経験者ならお分かりいただけることでしょう。是非はいださんの美声をお聴きになって下さい。

しょうこお姉さんの宝塚時代

こちらは「千琴ひめか」時代のはいださんを詰め合わせた動画集です。こちらも残念なことにこのページからは視聴できませんが、同様にYouTubeで検索して頂くと、リストの2、3番目に登場します。

出演シーンは勿論ですが、カゲソロで歌われている場面まで収録されています。お姿はなくても存在感のあるお声を確認できます。

はいだしょうこさんの本気

こちらの「はいだしょうこさんの本気」と題された動画は、プッチーニの歌劇「蝶々夫人」の「かわいい坊や」という歌曲を、はいださんが歌われたものです。「蝶々夫人」のドラマティックな曲です。

蝶々夫人が自殺する直前の、我が子を思っての悲痛な叫びが、はいださんの声を通して心に響く演奏です。まさに「はいださんの本気」が垣間見られます。

この動画もこちらでは再生できませんので、YouTubeで「はいだしょうこさんの本気」と検索して、是非聴いて下さい。

はいだしょうこが明かす宝塚歌劇団時代のエピソードがヤバい!

s-ms_1989 / Pixabay

宝塚歌劇団には非常に厳しい上下関係があるという話は有名です。はいだしょうこさんも例外なく、その洗礼を受けてきたといいます。

人々を魅了する歌姫たちの世界にはどのような社会があるのか、はいださんのご経験から覗いてみます。

「顔が生意気」とよく怒られていた

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宝塚音楽学校には、予科1年・本科1年の合計2年在籍することになります。校内の廊下は私語厳禁など厳しいルールがありますが、その中の一つに「本科生に歯を見せて笑うのは失礼にあたる」というものがあります。

はいださんはその為に、「顔が生意気だ」とよく怒られたそうです。御顔つきがほんわかなさっている故でしょう。当時のはいださんのには理不尽すぎる理由です。

朝5時に寮を出て校内をくまなく掃除

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宝塚音楽学校では、朝の授業の前に一時間半掃除をしなければならないことになっています。「いつどこに寝そべっても綺麗」であることが求められます。

はいださんはその為に朝5時には寮を出る生活をなさってました。髪の毛一本残っていることも許されず、ガムテープで念入りに掃除させられたとのことです。窓の桟は綿棒で汚れを掻き出さなくてはなりませんでした。

はいだしょうこは「墓場の試験」を受けてない?

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宝塚音楽学校の二年の課程を修了して歌劇団に入団した生徒は「研究科1年生」(研1)になります。研2、研3と上がる為には毎年試験があり、それは研5まで続きます。

研究科生は、この研5試験を「墓場の試験」と恐れています。宝塚では全てが成績順で判断されるからです。音楽学校時代は下駄箱の順番まで成績順です。最後の試験となる研5は「墓場までついて回る」というわけです。

しかしはいださんは研4で退団しています。その為この「墓場の試験」は受けていません。

はいだしょうこの84期の同期にはだれがいる?

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はいだしょうこさんと同じ宝塚歌劇団第48期生には、以下のような方々がいらっしゃいます(敬称略)。

  • 遠野あすか(元星組トップ娘役)
  • 白羽ゆり(元星組、雪組トップ娘役)
  • 音月桂(元雪組トップスター)
  • 桐生園加(元月組男役)

白羽ゆりさん、音月桂さん等、現在テレビドラマでもご活躍を拝見できる方も多くいらっしゃいます。

同期一番の美人・白羽ゆりとのツーショットが話題に

はいださんの公式ブログ「しょうこのメーメーblog」の2017年8月6日の記事に「宝塚学校時代から、20年」とタイトルのついた記事があります。

同期だった白羽ゆりさんと偶然観劇で一緒になった、という内容です。

はいださんはブログの記事に、その時撮ったお二人のツーショット写真と20年前の写真をアップなさりました。ファンから「お二人とも変わらず可愛い」「どんどん若くなっている」等のコメントが寄せられました。

お二人は音楽学校時代、同じ掃除場所を担当なさってたとのことです。はいださんは「離れていても、みんな、それぞれ頑張っているんだな。元気を貰えました」と記事を括っています。

宝塚は「私の基礎を作ってくれた場所」

歌手として、女優として、ファンを魅了し続けるはいださん。はいださん時代の「おかあさんといっしょ」の「今月の歌」の映像には、非常に難易度の高いダンスや演出が多かったのを、記憶している方も多いでしょう。

それらは、はいださんの芸妓技術が高かったために可能となった演出とも言えます。音楽学校時代から6年の宝塚の日々は、間違いなく今のはいださんを形成する核となっています。

「私の基礎を作ってくれた場所」。はいださんは、宝塚での日々をそう振り返ります。はいださんは今後も、そのキャラクターで、歌唱力で、技術で、我々を魅了し続けてくれるでしょう。

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