有村架純の出身地は兵庫!?中学時代は太ってた?週6バイトの過去も エンタメ

有村架純の出身地は兵庫!?中学時代は太ってた?週6バイトの過去も

有村架純の出身は兵庫と言われていますが実際はどうなのでしょう。その家族や学歴などに関するエピソードなどを調べてみます。今よりも太っていた中学時代の卒アルや、もっと古い時期の画像なども集めて有村架純の生い立ちを再確認してみようと思います。

目次

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有村架純の出身地はどこ?家族構成や生い立ちは?

有村架純の出身地がどこなのか、ネット上では推測も含めて信憑性のある情報がいくつかあるようです。家族構成やその生い立ちについて、波乱万丈な10代の頃の話も探すことができます。

有村架純の生い立ちに関する情報を集めて、精査してみたいと思います。

有村架純のプロフィール

有村架純は伊丹市の高校在学中の、2009年12月に、現所属事務所のフラームのオーディションに合格しました。翌年1月には初仕事があり、4月には親元を離れ上京しました。

生年月日  1993年2月13日
出生地   兵庫県伊丹市
身長    160cm
血液型   B型
職業    女優
ジャンル  映画、テレビドラマ
活動期間  2010年~
著名な家族 有村藍里(姉)
事務所   フラーム

(引用:wikipedia)

2013年のNHK朝の連ドラ「あまちゃん」で、小泉今日子が演じる役の若い時期を演じて大好評となりました。2015年の「ビリギャル」では、金髪の劣等生が慶応大学に受かった実話ベースの映画に主演します。

この作品で翌年、日本アカデミー賞・主演女優賞と新人賞をW受賞します。2016年2017年の2年連続でNHK紅白歌合戦の司会に抜擢され、国民的女優としての地盤を固めました。

有村架純の出身地は兵庫県伊丹市!

有村架純の出身地は、公表されている内容では、兵庫県伊丹市出身となっています。それは伊丹市の公立中学の卒アルが存在するのと、高校も伊丹市の高校で間違いないからです。

しかし小学校まで遡ると、最初から伊丹市だった説に対して、育ちは奈良県香芝市だったという説もあります。そして幼稚園の卒アルが見つかったことから、小学4年生までは香芝市にいた可能性が高いのです。

この出身に関する生い立ちと、幼稚園まで遡った学歴に関しての詳細は後述します。

有村架純はシングルマザーで育てられた?

有村架純の両親は、彼女がまだ小学4年生の頃に別居状態となり、母親の女手一つで育てられました。いくつかの情報を整理すると、この時期に伊丹市へ母と姉の3人家族で転居した可能性が高いです。

ほとんど母子家庭同様の状態だったようで、生活には困窮したようです。家族のために有村架純は、高校に入ってすぐにアルバイトを週に6日も掛け持ちでしたようです。この件に関しても、後述致します。

有村架純の父はどんな人?

有村架純は家族については多くを語りません。母と共に苦労した生い立ちまでは表に出ても、父親に関する何かを公でコメントしたことがないのです。一説には現在父親は、鹿児島県にいると言われています。

有村架純が小4で別居し、中学1年の時に正式に離婚したことは信憑性があります。ただ、父親の性格や浮気等が離婚の原因だという根拠はありません。有村架純は父親のことが大好きだったようです。

別居前から夫婦喧嘩は絶えなかったという噂はあり、家族が大変な思いをしたことは間違いないでしょう。父親に関しては憶測の情報ばかりで確証が得られず、人物像まで特定できませんでした。

母親は現在居酒屋「日本酒バル・酌」を経営!

反面、母親の近況は非常にはっきりしています。有村架純の母は、念願だった居酒屋を2016年にオープンしました。店名は「日本酒バル・酌」で、常時100種以上もの日本酒を取り揃えているそうです。

このお店はカウンターと一部座席の25席程度らしく、ほぼ一人で切り盛りしているそうです。今現在も大盛況で完全予約制、完全禁煙と本格志向なお店で、料理の品数も非常に豊富とのことです。

扱うお酒も「十四代」などを始め、入手困難な日本酒も置いているそうです。店構えもオシャレで、有村架純の母親のセンスの良さがうかがえます。

有村架純の姉はグラビアアイドルの有村藍里!

有村架純には実姉がいて、グラビアアイドルとして「新井ゆうこ」の芸名で先にデビューしていました。有村架純デビュー後、2015年にスポーツ紙のスクープでその存在が明らかになりました。

自分の存在が妹の成功を邪魔してはならないと、引退を決意するも有村架純から慰留され、留まりました。2017年には芸名を本名の「有村藍里」へ変更しました。

2019年にはテレビ番組にて、顔を整形手術したことをカミングアウトしました。

家族写真はある?

家族全員のショットはありませんが、姉妹のツーショットが2019年1月3日、インスタにアップされました。姉の藍里もまた同日に自分のインスタでほぼ同様の画像をアップし、「幸せな時間」とコメントしました。

有村架純はどんな子供だった?恥ずかしがり屋?

有村架純の子供の頃は、恥ずかしがりな性格だったそうです。このことは本人がインタビューで答えています。小学校低学年の頃は、自分の気持ちをちゃんと言葉でいうのがヘタで苦手だったそうです。

しかしそんな性格も小3くらいから変わり始め、「野生児」のように駆け回るようになったそうです。自由奔放で活発な女の子だったと、映画試写会の席で述懐した記録が残っています。

有村架純の幼少期の写真が可愛すぎる!?

そしてこれが有村架純の、幼稚園の卒園式会場での写真です。面影もありますし、この天使レベルの可愛いさはそういないレベルです。画像中の立て看板から、奈良県の「香芝市」が確認できます。

いくつかの情報から、これは香芝市立の「五位堂幼稚園」だと推測できます。そして両親の別居から、転居で伊丹市へ移ったのならば、小学校4年生まではこの学区域の小学校にいた事が濃厚です。

調べますとこの区域ならば「香芝市立五位堂小学校」の可能性が極めて高いです。伊丹市転居後の小学校は公表がなく諸説あります。その中でも、伊丹市立稲野小学校説が最有力のようです。

有村架純の出身中学や高校はどこ?卒アルはある?

有村架純の歩んだ学歴とはどんなものだったのでしょうか。出身中学や高校などは、ほぼ確定的なようですのでご紹介します。中学の卒アル写真もご紹介しましょう。

出身中学や高校は?卒アル画像はある?

これが有村架純の中学校の卒アル画像です。下の名前が、本名である「架澄」となっていることがお分かりいただけるでしょう。ふっくら気味ではありますが、この時点でも相当可愛いことがよく解ります。

この中学は、伊丹市立西中学校で間違いないようです。そして高校は、同じ伊丹市内の、兵庫県立伊丹西高校へ進学しました。

高校時代にはアルバイトを週6日していた!?

有村架純は高校入学時には、家族の困窮を少しでも救おうと、アルバイトに精を出しました。なんとそれは週6日という働きぶりで、どんな体調不良でも決して休まなかったそうです。

働き場所は主に飲食店で、喫茶店・蕎麦屋・寿司屋などだったと言われています。そのうちの寿司屋は、伊丹の「栄鮨」だったことが解っています。栄鮨の大将はお友達の父親という関係だったようです。

スターとなった今でも、「栄鮨」に行き来があり、親交があるようです。

有村架純は高校時代に陸上部だった!?

有村架純が部活で陸上部に在籍したという噂がありますが、これは本当でしょうか。調べたところ、これは間違いで、有村架純によく似た陸上選手がいたことの「勘違い」だったようです。

それは「市川華菜」という選手のことを、動画タイトルで有村架純と紹介したことから起きた誤解でした。参考画像を載せておきますが、確かにぱっと見は似ている感じはします。

高校2年生で上京!?どこかの学校に転校した?

有村架純は高校1年の終わり近い12月に、現事務所フラームに席を置きました。そして高校2年に進級する矢先の、2010年4月に上京し移住しました。この時、伊丹西高校は自主退学しています。

そしてその後、都内でどこかの高校に転校したのかというと、それはありません。仕事に専念することが1つの理由です。そしてこの時点では経済的余裕がなかったため、私学への転入は断念したのだそうです。

有村架純は大学進学している?

有村架純は大学に進学したのでしょうか。その答えはNOで、上記の通り有村架純の最終学歴は「高校中退」です。つまり大学受験資格がそもそもないので、大学には進んでいません。

有村架純のデビューのきっかけは?

有村架純の芸能界デビューのきっかけとはどんなことだったのでしょう。本人の証言などをもとに、その経緯を探ってみます。

中学校1年生の時に役者に興味が!?

中学1年の時には、すでに役者に興味があったようです。このことは2013年8月19日の「笑っていいとも」出演時に、回想として語っています。夢がもっと具体的になるのは中学3年生だったようです。

高校1年生でフラームのオーディションを受け入所

有村架純は役者を夢見て、現所属事務所の「フラーム」のオーディションに合格しました。それは彼女が高校1年生、2009年12月の時でした。

中学校3年生の時に一度落選していた!?原因は体型!?

そして実は上記の合格前、中学3年生の冬に最初のオーディションを受けていたそうなのです。ここでは最終選考に残ったものの、落選してしまいました。

この時事務所サイドは有村架純に2つの「条件」を出したのだそうです。それはまず「関西弁を直すこと」と、「2kg痩せること」だったそうです。有村架純は約1年かけて、この公約を果たしました。

上京してからブレイクするまでが過酷!?

有村架純はデビューに漕ぎつけたものの、その後事務所からはかなり辛辣な助言を受けたそうです。19歳の折り、20歳の節目を前に言われた内容は、引用で確認しましょう。

「そんな芝居をするなら役者をやめなさい」とはっきり言われたんです。その言葉をきっかけに、「役者の仕事がしたくて兵庫から上京してきたんだから、そう簡単には帰らないぞ」という仕事に対する自分の情熱を再確認して、なんとか停滞している状況を乗り越えたという感じです。自分が好きで始めた仕事なので。

(引用:PINTSCOPE)

この担当マネージャーからのキツイ助言を受け、落ち込むことなく有村架純は精進しました。そして結果として、超大ヒットしたNHK朝の連ドラ「あまちゃん」に出演し、大ブレイクを果たしました。

有村架純のデビュー作は?

有村架純のデビュー作は、2010年のTVドラマ「ハガネの女」です。吉瀬美智子主演の学園ドラマで、吉瀬のかつての教え子で苦労人の役を演じています。

このドラマの大筋は、1年で3人もの担任が辞めてしまう小4の「問題クラス」に立ち向かう女教師の奮闘を描く物語です。2010年の本作は好評で、翌2011年にはseason2が制作・放送されました。

熾烈な生い立ちを持つ有村架純!夢を叶えたのはその努力と根性と才能!

有村架純の家族の波乱万丈と、苦労したバイト歴やブレイクまでの厳しかった日々を追ってみました。2013年の「あまちゃん」が社会現象的な人気を博し、有村架純は一気に知名度を上げました。

その後の女優としての活躍は、映画「ビリギャル」でまず不動のものとなりました。そしてTVドラマ「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」では自身の半生をなぞる清冽な演技が高く評価されています。

イメージに縛られずどんな役柄もこなす存在感は、現代売れっ子女優の中でもピカイチレベルです。これからもまた違った役柄をきっと見せてくれる、有村架純の今後に、大いに期待しましょう!