さだまさしが借金35億円を返済!その方法は?原因は映画「長江」? エンタメ

さだまさしが借金35億円を返済!その方法は?原因は映画「長江」?

さだまさしさんは歌手としてだけでなく、その多才ぶりを発揮して小説を書いたり、映画を製作したりしています。しかし、過去に製作した映画「長江」で35億円という多額の借金を背負い、返済に追われることになりました。さださんがこの借金をどうやって完済したのかに迫ります

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さだまさしが借金35億円を完済!驚きの借金返済方法とは?

Maklay62 / Pixabay

29歳の頃に、35億円という驚きの額の借金を抱えることになったさだまさしさん。その背景をご紹介します。

さだまさしのプロフィール!

  • 本名:佐田雅志(さだまさし)
  • 生年月日:1952年4月10日(2019年現在67歳)
  • 出身地:長崎県長崎市
  • 職業:シンガーソングライター、テレビタレント、小説家、映画監督
  • デビュー:1973年

借金の原因は映画「長江」!28億円の借金を背負う

映画「長江」は、さださんの初監督作品であるドキュメンタリー映画で、1981年に公開されました。

それまでの歌手活動により2億円の余裕があると考えたさださんは、これを製作資金に自社のさだ企画と中国中央電視台との共同製作という形で撮影を行います。

映画は大ヒットし、興行としては大成功でしたが、撮影スケジュールの長期化、人件費などの制作費が膨らみ、最終的にさださんは約28億円の融資を受け、金利含めた35億円の借金を抱えるに至ったのです。

借金を返し続けるという「逃げ」の選択

さださんは借金を返し続けることを、「逃げ」の選択だったと語っています。これは一体どういう意味なのでしょうか。とあるインタビューでこのことについて語っています。

だって自己破産するとかって言ったら、これはもう「攻め」ですよ。何と言っても自分の人生に対して、ある種の決断をしなければならないわけですから。そんなの怖くて、僕には考えることもできませんでした。そして「もうお願い、いっその事ダメになるまで走らせて~!」というのが、僕の選んだ道です。

(引用:AERA.com)

普通の人はもちろん、有名人だからといって35億円もの借金を完済することはどう考えても困難です。それでも返済することを選んださださん。それでも「逃げ」と言ってしまうのが、さださんらしいところです。

借金返済のためコンサートではトーク力を磨いた

借金の返済のために全国各地で年間180回以上のコンサートを開催したさださんですが、2日に1回以上歌うと喉をいためてしまい、歌手活動に支障をきたすことになります。

そこでさださんは歌よりもトーク力を磨くことに。するとトークが面白いと評判になり、それ目当てに集まるお客が増えました。中には歌の間はトイレに行き、トークだけを熱心に聞いている人もいたと言います。

また、さださんの軽妙な語り口が人気を呼び、トークだけを集めたCDが発売されるなど評判になりました。

コンサートを4000回以上こなし利子含む35億円を完済!

レコードは順調に売れていたので印税は入ってきましたが、35億円の完済には到底追いつかないものでした。そこで全国各地でのコンサートを年に180回以上行い、借金の返済に充ててきたさださん。

現在までに4000回という驚異的な数を超えるコンサートを行い、ついに利子を含む35億円の借金を完済したのです。実に30年の歳月をかけての返済となりました。

借金完済のコツは開き直ること?さだまさしの人生観は?

さださんは、何かしらの困難を抱えている人に、開き直ることを提案しています。まずは「どうにかなる」と開き直り、モノへの執着を手放す。そこから新しく生き直すくらいの意識を持ってみては、というのです。

また、人生観についても「切ないこと、苦しいことがあるのが当たり前。でも、何があっても自分が不幸せだとは思わないこと。そこから不幸せが始まってしまう」と語っています。

多額の借金を抱え、それを完済したさださんの言葉ですから重みがあります。また、困難を抱え、悩んでいる人の心にしみるような優しさも感じられませんか?

実は歌が得意じゃない?曲はラップ?

多くの曲を作り、コンサートも人気のさださんですが、実は歌が好きではないし得意でもないと発言しています。小さな頃からバイオリンを嗜み、一旦は音楽から離れますがやはり音楽に関わりたいと作曲家を目指します。

しかし作った曲を歌う人を見つけられなかったため「仕方なく」自分で歌うことにしたのだといいます。

また、自分の歌はラップだと思っているとも語るさださん。確かにさださんの曲は歌詞が長く、一小節に言葉を詰め込むことが多いようです。結果、メロディよりも歌詞を聞かせる曲になりラップに近い形になるそうです。

歌手生活は「空前絶後」!活動を続けられた理由は借金だった?

2013年7月にコンサート開催が4000回を超えたさださんは、それまでの歌手活動を「空前絶後」であり、「二度とやりたくないくらいしんどかった」としています。それでも続けた理由はやはり借金の存在でした。

借金の返済のためにはいかなる理由があろうと歌手活動をやめるわけにはいかなかったし、何よりコンサートに集まってくれるファンのためにも続けなければいけないという気持ちがさださんにはありました。

そしてついに30年かかって35億円を完済した時は「もう返さなくていいんだ」と心の底からホッとしたそうです。

借金を返済していく経験で学んだものは?

借金返済の過程で学んだことはたくさんあると語るさださん。その一つが銀行の担当者を始め周囲の人々から受けた「人の情け」。完済を信じてくれた銀行の人、援助したいと申し出てくれた友人などに支えられました。

また、何事も最後までわからないから途中で諦めてはいけないということ。「だから僕は決して投げない」と力強く語っています。

莫大な借金を通して、失敗したことは変えられないけど、過去は変えられるということを学んださださんですが、何よりも「そもそも借金はしちゃダメ!!」と強調しています。

ファンに恩返しするために今後も歌手活動を続ける

銀行の担当者や友人に支えられて返済を続けられたさださんですが、応援してくれるファンのおかげだともしています。ファンがあってこそ4000回以上のソロコンサートを達成し、借金も完済できたのだといいます。

今後はファンへの恩返しの意味を込めて歌手活動を続ける。だからやめたくてもやめられないと、得意のさだ節でユーモアを交えて語っています。

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借金を背負った原因・映画「長江」とは?

そもそもそこまでの借金をするほど、さださんがこだわった「長江」とはどんな映画なのでしょうか。さだ家のルーツにも触れてみたいと思います。

父親が総監督・さだまさし主演の映画

さださんのお父さん、佐田雅人さんは映画の製作総指揮、つまり映画製作に関するすべての権限を持つ役割で、中国では国賓としてもてなされましたが、これは名目上の肩書きに過ぎませんでした。

後年、さださんは製作総指揮に父親の名前があることについて「名前が載っているだけで、父は何もしていない」「死ぬまで一度も詫びも礼も言わなかった」と冗談めかして語っています。

映画制作は父親の夢だった?祖父はスパイ?

映画「長江」の企画を、「大河の最初の一滴を見たい」と強く望んだのはさださんのお父さんだったといいます。お父さんは第二次大戦中に中国戦線で戦っていたことがあり、そこがまさに長江の沿岸部だったのです。

また、おじいさんも中国にゆかりのある人でした。中国からシベリアを活動拠点とするスパイだったのです。さらにおばあさんはロシアの都市で料亭を経営しており、中国大陸がさださんのルーツと言えるのです。

これらの縁と、さださん自身の幼い頃からの中国大陸への憧れがあり、中国で映画を撮ることになりました。

1980年代の中国内陸を撮影したフィルム

映画は1980年代の中国内陸、主に長江の流域に暮らす人々の生活や風景を中心に撮影が行われました。当時の長江流域の様子を記録した貴重な資料でもあり、フィルムは未使用シーンも含め今でも保管されています。

映画用に撮影された映像に、中国のテレビ局が独自に取材した映像を加え、再編集して連続ドキュメンタリーを放送しています。この番組は中国国内で40%の視聴率を獲得し、記録に残る作品となりました。

また、このドキュメンタリーの続編では、映画の撮影を行うさださんの様子も放送されています。

中国との交渉が難航したことや予算が原因で切り上げている

撮影当初はテレビ用のビデオカメラでの撮影でしたが、映像の長期保管を考え途中から35ミリ映画フィルムに変更しました。当時35ミリフィルムは劣化が少ないため、多く使われていました。

また、撮影にあたって長江の源流にも足を運びたいと思っていましたが、当時は中国当局が源流地域への立ち入りを厳しく制限していました。この交渉が難航したため撮影スケジュールも超過、制作費も増えていきました。

結局長江の源流、「最初の一滴」を撮影することはできず、四川省での撮影を以って撮影継続を断念することになりました。

映画はヒットした?制作費が増大し28億円の借金に

完成した映画「長江」は、当時のシルクロードブームに後押しされました。当時NHKで放送された「NHK特集 シルクロード」が人気となり、「長江」もそのブームに乗ったのです。

結果、興行としては5億円と、ドキュメンタリー映画としては大成功と言える出来でしたが、制作費の増大でさださん個人の借金は28億円、金利合わせてトータル35億円という膨大なものになったのです。

さだまさしは借金があっても詩島を手放さなかった?理由は?

さださんは長崎県の大村湾南西に、詩島(うたじま)という島を所有しています。1979年に2,000万円で購入し、1億円かけてログハウスや浴室棟を建て、友人と釣りなどを楽しんでいたと言います。

そんな資産がありながら、さださんはなぜ島を手放して借金の返済に充てようとはしなかったのでしょうか?

「大改造!!劇的ビフォーアフター」に出演!Yahoo!検索で急上昇!

借金を完済したさださんは、2017年にはABCテレビの「大改造!!劇的ビフォーアフター」に出演、島全体の大改装を行いました。番組の大ファンだったこともあり、番組初の「島のリフォーム」に乗り出します。

さださんは3,500万円の予算を用意し、匠の指示のもと自らも歌手活動の合間を縫って島を訪れ、ペンキ塗りなどを行いました。

番組が放送された2017年4月2日のYahoo!検索のデイリーランキングではさださんの名前が急上昇し、世間の関心の高さが伺えました。

借金を返済しながら長崎県の詩島を所有していた

映画「長江」で多額の借金を抱えた後も、さださんは詩島を所有し続けていました。しかし、返済に追われて以前のように島で遊んだり泊まったりすることは不可能となり、30年間島は放置されていました。

その間に当然、島内の建物や設備は朽ちていきました。

詩島を手放さなかった理由は?活動のモチベーションは?

さださんが借金を返済している間も詩島を手放さなかった理由は、「子供の頃からの夢だったから」と語っています。確かに、無人島で気心の知れた仲間たちと楽しく過ごすなんて誰もが一度は思い描く夢ですよね。

加えて、詩島にはそれほどの資産価値も望めなかったので手元に置いておいた、という理由もあるようです。もしかしたら、借金を完済したらまたあの島で過ごしたいという思いもあったかもしれません。

島の改装は成功!島でミニライブも開催?

さださんと仲間達、匠の協力の結果、島のリフォームは大成功に終わりました。母屋である住居棟だけでなく、来客用のバンガロー、海を見渡せるテラスなどもまさに劇的に生まれ変わったのです。

この結果にさださんは大喜びで、島でミニライブをやると提案しています。番組司会の所ジョージさんにも、「ぜひ島に来て」と熱心に誘っていました。

さだまさしの最新情報は?

多方面でマルチに活躍するさださんですが、最近はどういった活動をしているのでしょうか。

OB戦でさだまさしが国歌独唱!借金14のチームにエール

今年の7月11日に、球団創設50周年記念のヤクルトスワローズのOB戦「スワローズドリームゲーム」が行われました。ファンクラブ名誉会員であるさださんは、この場で国歌独唱を行っています。

現在のスワローズは借金14を抱え低迷していますが、さださんは「2回くらい8連勝すれば大丈夫」と明るくエールを送りました。

ヒット曲の裏話は?「北の国から」は即興だった?

数々のヒット曲を世に送り出しているさださんですが、特に有名な「北の国から」のテーマソングには意外なエピソードがあります。

脚本家の倉本聰さんに「北の国から」のビデオを見せられ、作品に感動したさださんがそう伝えると、その場で音楽をやれ、今作れと無茶振りされてしまいます。

何度も同じシーンを見て、その日のうちにできあがったのが「北の国から~遥かなる大地より~」だったのです。

堀江貴文がさだまさしを高評価!「1兆人に1人の価値」とも!

各界の著名人がそれぞれの視点でさださんの素顔を語った「うらさだ」という本があります。その中で実業家の堀江貴文さんはさださんについて「1兆人に1人の価値」を持つ人だと評しています。

人はひとつのことに1万時間取り組むと誰でも「100人に1人」の人材になれるそうです。つまりさださんは、マルチに色々手を出して、しかもその分野にのめり込んだお陰で、「100人に1人(歌手)」×「100人に1人(詩人)」×「100人に1人(作曲家)」×「100人に1人(小説家)」×「100人に1人(経営者)」×「100人に1人(生放送のキャスター)」=「1兆人に1人」という価値を持つ人材になっている。他にも色々極めているでしょうから、「1兆人に1人」どころじゃないかもしれません。

(引用:うらさだ)

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