デヴィ夫人はハーフ?両親は日本人?ハーフ顔なのは整形だった? エンタメ

デヴィ夫人はハーフ?両親は日本人?ハーフ顔なのは整形だった?

スカルノ元大統領の第3夫人として知られるデヴィ夫人ですが、日本人離れした彫りの深い顔立ちからハーフや整形ではないかとまで言われています。そこで、デヴィ夫人の若い頃から現在に至るまでのデヴィ夫人の歩みを振り返りつつ、その噂について調べます。

目次

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デヴィ夫人はハーフ?日本人なの?

ここでは、デヴィ夫人の日本人離れした美しさから噂となったハーフである可能性について調べます。

デヴィ夫人のプロフィールは?

  • 生年月日:1940年2月6日(79歳)
  • 出身地:東京都港区西麻布
  • 国籍:インドネシア
  • 日本名:根本七保子(ねもと・なおこ)
  • インドネシア名:Ratna Sari Dewi Sukarno(ラトナ・サリ・デヴィ・スカルノ)
  • 血液型:A型
  • 身長:159cm

実はハーフじゃない!デヴィ夫人の両親は日本人で本名は根本七保子?

デヴィ夫人はその美貌からハーフであるようなイメージがありますが、東京都生まれ(旧東京府東京市麻布区霞町、現在の港区西麻布)のれっきとした日本人です。

デヴィ夫人の父・根本兵七郎さんは大工の棟梁、母・政子さんは福島県双葉郡浪江町出身でいずれも日本人です。

デヴィ夫人は根本七保子さんという名前で、弟に八曾男さんという方がいました。太平洋戦争も経験しており、その時期は福島県の母方の実家に母と弟と3人で疎開をしていたそうです。

デヴィ夫人のハーフ顔は整形だった?

デヴィ夫人が日本人であるにしてはあまりにも彫りの深い顔立ちをしているために浮上した整形疑惑についてですが、中学時代の写真を見ると彫りが深いのは昔からであったことが判ります。

さらに、ご両親も非常に彫りの深い美しい顔立ちをされていますので、デヴィ夫人の美貌は整形と言うよりも持って生まれたものである可能性がかなり高いです。

歯も整形?若い頃から入れ歯だった?

デヴィ夫人には、16歳で総入れ歯にしたという噂があります。自らの美貌と知性を武器に海外の社交界で通用するには、審美的にも実用面でも入れ歯が都合が良かったため…と言う最もらしい理由で語られています。

この噂は事実無根であり、それどころか2018年3月のテレビ番組ではデヴィ夫人の元気の源は28本全ての歯が治療の跡さえなくきれいに保たれていることによるものだったことが明らかになりました。

デヴィ夫人が入れ歯などではないことは、番組の収録で行われた歯科医院でのレントゲン撮影によって明らかになった事実です。

デヴィ夫人は若い頃からハーフ顔!画像は?

デヴィ夫人は若い頃からハーフのような彫りの深い顔立ちをしていました。

両親が共に彫りの深い顔立ちの方で、母親は町でも美人と評判の美人でした。そのためデヴィ夫人も美しく生まれたのでしょう。

デヴィ夫人の本名の七保子さんには「ラッキーセブンを保つ」という意味があるそうですが、ここまでの美貌に生まれつき、それを活かして自らの運命を切り開いたので「名は体を表す」を体現していると言えましょう。

スカルノ大統領と結婚しインドネシア国籍に

デヴィ夫人は16歳の時、当時勤めていた生命保険会社と定時制高校を辞め、海外の要人御用達の高級クラブでアルバイトをして英語力を磨きます。

多くの大富豪のプロポーズをかわしていましたが、19歳の時に出会ったインドネシアのスカルノ大統領に運命的なものを感じます。

スカルノ大統領との文通ののちインドネシアに呼ばれ、プロポーズを受けて結婚し、そしてインドネシア国籍を取得しています。

「私のインスピレーションとなり、力の源泉となって、私の人生の喜びとなってください」
このような美しい言葉はこれからの人生でもう聞くことはできないのではないかと心を打たれ、これがプロポーズなのだと悟りました。
(引用:Withオンライン)

デヴィ夫人は日本人だが日本国籍ではなかった!

デヴィ夫人は現在も国籍はインドネシアのため、日本国籍ではありません。

ハーフのようですが純粋な日本人であり、しかし国籍は日本でなくインドネシアです。

デヴィ夫人の波瀾万丈な人生とは?

ここでは、デヴィ夫人の波瀾に満ちた人生をご紹介します。

幼少期は貧乏な暮らし

デヴィ夫人の父親の根本兵七郎さんは大工の棟梁でしたが、義侠心が強く貧しい人の家ばかりを建て、あまり儲けようという欲がない方であったようです。

家業が儲からないのでデヴィ夫人たち一家も線路沿いに生えている食べられそうな草を持って帰って雑炊の具にしていました。

母親の政子さんは足が不自由ながらも家計を助けるため裁縫や薪割りのような内職に励んでいました。

父の死後、高校を中退して高級クラブで働く

デヴィ夫人は中学を卒業後、150倍の倍率の難関であった千代田生命保険(現・ジブラルタ生命保険)に就職し、夜間は定時制高校へ通い、昼休みや休日にも喫茶店などでアルバイトをする生活を送っていました。

しかし、16歳の時に父親が亡くなり、デヴィ夫人は家計を助けるため、勤務先も高校も辞め、高級クラブでホステスとしての仕事を始めました。これは、弟を大学に行かせるためであったと言われています。

デヴィ夫人が籍を置いた赤坂の「コパ・カバーナ」は、水割り1杯の値段が大学新卒者の初任給と同等の高級クラブでした。ここでデヴィ夫人は持ち前のルックスと賢さで評判のホステスとなりました。

スカルノ元大統領の愛人を経て第3夫人に

コパ・カバーナで働いていたデヴィ夫人を見初め、インドネシアのスカルノ元大統領に会わせたのは、同国を相手に巨額のビジネスを行っていた貿易会社の人物でした。

デヴィ夫人は当初はスカルノ氏と文通をしていたようですが、後にスカルノ氏からインドネシアに呼ばれ、インドネシアに派遣されています。貿易の秘書という名目でとも言われています。

スカルノ氏はすぐにデヴィ夫人を気に入り、愛人・そして第3夫人へと昇格しました。結婚当時スカルノ氏は58歳、デヴィ夫人はわずか19歳と、39歳の年齢差でした。

長女・カリナを出産しフランスへ亡命

デヴィ夫人は25歳の時、長女カリナさんを出産します。折しもクーデターによるインドネシア情勢の悪化によって大統領夫人たちは海外亡命を余儀なくされており、デヴィ夫人も単身日本に戻っていた時期の出産でした。

クーデターによる失脚でスカルノ氏は「国父」としての地位以外の全役職だけでなく家族との生活も奪われ、失意のうちに死去しました。デヴィ夫人が出産してからわずか2年後のことでした。

このころ、デヴィ夫人と娘のカリナさんはフランスへと亡命していました。デヴィ夫人は美貌と知性を武器にフランス社交界にデビューし「東洋の真珠」という異名をとるほどに逞しく活躍しました。

現在はバラエティで大活躍

デヴィ夫人は現在ではタレントとしてバラエティ番組などで大活躍しています。時には体を張った芸も厭わない姿勢や、芸人の出川哲朗さんとの息の合った掛け合いも人気を博しています。

若い頃から様々な壁を乗り越えてきたデヴィ夫人は、生涯にわたりそのチャレンジ精神を持ち続けています。この気持ちの若さがデヴィ夫人の若々しい美貌を保つ秘訣であろうと言われています。

体を張ったチャレンジ以外では「人を傷つけたり、礼節をわきまえない」デヴィ夫人が意見を言いたくなった人に対しての辛口コメントもしばしば話題となり、お茶の間をにぎわせています。

デヴィ夫人の孫・キランが現在イケメンに成長?

2007年生まれの現在12歳というデヴィ夫人の孫のキランさんがとてもイケメンだと話題になっています。

キランさんの母親はデヴィ夫人の娘のカリナさんで、父親はオランダ出身のシティバンクに勤務するフレデリック氏と言う方です。

キランさんは英語だけでなくインドネシア語、フランス語、オランダ語も堪能で非常に優秀であるとも話題になっています。近いうち、キランさんも有名になるかも知れませんね。

いつまでも挑戦を続けるデヴィ夫人に注目です

デヴィ夫人の人生は波瀾に満ちた非常に中身の濃いものです。日本に生まれ、純粋な日本人として比較的貧しい環境で育ちながらもそれに留まらず、自らの持てる才能を最大限に磨き、現在の地位を築き上げました。

最近ではYoutuberとしてもデビューし、高級ジュエリー紹介やタピオカ飲み比べなど、面白い動画も色々とアップしています。

いつまでも挑戦を続けるデヴィ夫人の動向から、今後もますます目が離せないですね。