野際陽子の娘は女優の真瀬樹里!娘が明かした大女優の素顔とは? エンタメ

野際陽子の娘は女優の真瀬樹里!娘が明かした大女優の素顔とは?

野際陽子の娘は女優の真瀬樹里で、父親はおアクションスターの千葉真一です。真瀬樹里が幼い頃に両親が離婚しているため、母である野際陽子の手で育てられました。真瀬樹里が語る母親の教育方針や娘への思いとお互いの葛藤、そして現在の状況などをご紹介してまいります。

目次

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野際陽子の娘は女優の真瀬樹里!殺陣のプロ!?

野際陽子の娘である女優の真瀬樹里は、父・千葉真一にも劣らぬ殺陣の名人だといわれています。

野際陽子の娘・真瀬樹里が母親そっくりと話題に!

野際陽子と真瀬樹里の写真をそれぞれ見比べてもあまり気付きませんが、野際陽子の若い時の写真は真瀬樹里にそっくりです。

また、現在の真瀬樹里にメガネをかけさせて、野際陽子の多い役どころでもあったスーツ姿を披露してもらえば、本人と見間違いそうになると評判異なっています。

ドラマ「特捜9 season2」の第2話で村上光代役としてゲスト出演した時の真瀬樹里のオフショットが公開され、同様に驚きのコメントが多数寄せられていました。

「本当に野際さんによく似ていますね!!」「母娘はやっぱり似てくるのですね」

「あれ? 野際陽子さん? 一瞬ドキッとしました」「樹里さん! 本当にそっくり! 野際さん!? って驚きました!」

(引用:nlab.itmedia)

2010年に放送された、ドラマ「花嫁のれん」で共演した羽田美智子は、本物の娘の姿を「瓜二つ」だといって、亡くなった野際陽子を忍んでいるようだったともいわれています。

真瀬樹里のプロフィールを紹介!

日本国内ではあまり知名度が高くない真瀬樹里は、父が千葉真一で母が野際陽子という大物2世タレントで、二人の間にうまれた一人娘です。

  • 芸名:真瀬樹里(まなせじゅり)
  • 本名:野際樹里(のぎわじゅり)
  • 生年月日:1975年01月01日
  • 出身地:東京都
  • 血液型:A型
  • 最終学歴:日本大学藝術学部演劇学科卒業
  • 職業:女優
  • ジャンル:テレビドラマ・舞台・映画
  • 活動期間:1994年 –
  • 特技:殺陣・クラシックバレエ・日本舞踊・ピアノ・水泳・スキー 他
  • 身長:164cm
  • 事務所:レプロエンタテインメント
  • 公式サイト:JURI MANASE OFFICIAL

真瀬樹里は1994年の映画「シュート!」でデビューし、父と共に渡米してハリウッド映画で大ヒットした「キル・ビルVOL.1」にも出演して海外デビューもしています。

その後も、映画やテレビドラマをはじめ、演劇や様々な分野に活動を広げています。

真瀬樹里は殺陣のプロ!?海外でも話題に!

真瀬樹里の殺陣は、父の千葉真一を唸らせるほどのプロ級で、海外でも話題になっていると言われています。ここに動画もありますのでご覧ください!

殺陣を伝授するワークショップを開催!

また、真瀬樹里は殺陣を披露するワークショップも開催しており、第一回は2018年の11月29日から12月7日に東京・銀座九劇アカデミアにて開催され、第二弾も2019年3月に行われています。

ワークショップでは、初心者と経験者にクラス分けして、基本の所作や意識の持ち方から始まり、メインの殺陣へと入っていきます。2回とも好評で、今後の予定があれば公式サイトなどでお知らせしています。

真瀬樹里曰く、殺陣は究極の芝居であり、味わった事のない緊迫感や、やってよかった、楽しかったという満足感や達成感を味わって欲しいと言っています。心と体の鍛錬になるとのことです。

真瀬樹里の現在の活動状況は?

母の野際陽子は偉大な女優であり、この世を去ってしまったため、2年の月日が流れた3回忌に、追悼の番組などが催されています。

7月3日と7月17日には、ラジオNIKKEI の「Heart&Life〜ありがとうを言わせて〜」に真瀬樹里が出演し、亡き母である野際陽子のエピソードなどを話していました。

野際陽子と娘・真瀬樹里との親子仲は険悪だった?

野際陽子と娘の真瀬樹里とは、成人しても親子仲は険悪あったとも聞いています。本当だとすれば、原因は何であったのか調査してみました。

真瀬樹里の生い立ちは?幼少期の画像はある?

真瀬樹里は、野際陽子の一人娘であり、遅くになってできた子供であることもあり非常に可愛がられていました。

父親の千葉真一の方も溺愛に近かったようで、たっぷりと愛情を貰って幼少期を過ごしています。

野際陽子の娘を見る表情は、いくら大女優とはいっても愛する子供への眼差しだけは変わってしまいます。

野際陽子は厳しい教育ママだった!?殴られることも?

野際陽子の晩年の役柄は、イジメ抜く姑のようなものが多く、厳しい母親のイメージがありますが、本当の姿は「それ以上に厳しい教育ママ」だったと娘の真瀬樹里は話しています。

習い事にも熱心で、家での練習には横に付きっきりで指導していたと言っています。特に野際陽子はピアノへの憧れがあったらしく、かなり厳しく何時間も練習させられたそうです。

何度も同じ間違いをすると手が飛んでくることもあり、テストの点数が悪い時も叱られたと言います。かなり怖い教育ママであったと言うのは画面だけでなく、現実だったようです。

真瀬樹里が女優を目指したきっかけは?

383961 / Pixabay

真瀬樹里は、幼少期から多くの習い事をしていました。ピアノ・日本舞踊・バレエ・ボイストレーニング・ヴァイオリン・水泳・スキーなど全て女優になるために役立つと思い始めたそうです。

女優になろうと思ったのは5歳の時だったと彼女は言っています。父親の千葉真一が5歳の娘を舞台に出そうとしたら野際は即座に断ったといいます。真瀬樹里は舞台に立ちたかったそうです。

この時に舞台に出れなかったことが、真瀬樹里にはとても残念で悔しかったそうで、他の子が自分やるはずだった役を演じているのを見て、絶対に女優になろうと心に決めたと言っています。

野際陽子と真瀬樹里は仲が悪かった?確執の理由は?

野際陽子が真瀬樹里を生んだのは、野際陽子が38歳(もう39歳になる1ヶ月前)という高齢で、芸能界では高齢出産の記録保持者だったそうです。

それだけに娘を可愛がり、その反対にしつけや教育には非常に厳しかっといいます。教育ママの上に、娘が希望することには反対しました。

GDJ / Pixabay

中学生になって劇団に入りたいとも母親に訴えたらしいですが全く聞き入れてもらえず、辛く苦しい気持ちが募り母親との壁をつくるようになったと真瀬樹里は回想しています。

一人娘を持つ母親として、高校を卒業するまでは勉学に勤しむべきであるという信念を持ち、生活も普通の生活を送ってキチンとした教養としつけを身につけるべきだと野際陽子はこだわったといいます。

このように、互いの気持ちがすれ違ってしまったため、二人の間に確執が生まれたという事です。

野際陽子の死去間際の家族仲は?和解した?

母の野際陽子は、真瀬樹里が芸能界入りして役者になってからも厳しい態度を変えなかったそうです。母は娘を叱咤激励するだけで、娘の気持ちをなぜ受け止めてくれないのかと真瀬は苦しんだといいます。

しかし、真瀬樹里が30歳を過ぎたころに、その溜まった気持ちが爆発して今まで思っていたことを、全て母親にぶつけたそうです。それがキッカケで、こじれていた気持ちはほどけていきました。

「苦しい思いをさせてごめん。気付かなくてごめんね」

(引用:sukusuku.tokyo-np)

母の野際陽子も娘のためにと思ってしてきたことですが、今まで娘がこんなに悩んでいたとは思わなかたようで、二人で泣いて抱き合ったそうです。

それからは、母親への言葉遣いもかわるとともに、素直な言葉が自然に出るようになったといいます。そんな二人は交換日記を始めたそうです。

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野際陽子「ママは自分の心の中を言えないことが多いですが、いつも樹里のことを思っています。」

真瀬樹里「ママの子供に生まれてよかった。」

・・・・・・・

野際陽子さんが抗がん剤を使うことになった時の日記

真瀬樹里
「副作用が本当に心配。正直こわいよ。本当にこわい。ケータイの電話がなる度、びくってする。悪い連絡じゃなきゃいいと。どうか、、、どうか、、、副作用がなく効果だけあってほしい。神様、、、私の命をあげるから、、、私の命を全部ママにあげていいから、ママの病気を治して。」

(引用:matsui-pharm)

二人が和解したときは、既に野際陽子は70歳になっていたそうで、その後彼女に「癌」が見つかりました。上記にもあるように抗がん剤治療もしましたが、2017年6月13日に野際陽子は肺がんで亡くなりました。

野際陽子は、死の1ヶ月前まで仕事をしていたそうで、仕事から帰ってくると元気になっていたともいわれます。彼女の生きがいは「仕事」だったと娘の真瀬樹里が語っています。

真瀬樹里は現在、母・野際陽子の自宅マンションに住んでいる?

野際陽子が住んでいたマンションには、今は野際陽子娘の真瀬樹里が一人で暮らしているそうです。一人と言っても母親がいた時から一にいた犬も何匹か同居しているとも聞いています。

6月13日は野際陽子の3回忌でしたが、真瀬樹里は毎日仏前の花を絶やさないようにしているといいます。また、母の親友であった黒柳徹子から花が届いたこともあったそうです。

野際陽子は花が好きだったらしく、近所の花屋の店員さんも語っていました。その花屋には40年も通ってくれていたと彼女の昔話もしてくれていました。

真瀬樹里が、母・野際陽子の素顔を明かす本を出版

真瀬樹里は、母であり大女優であった野際陽子の素顔を書いた「母、野際陽子 81年のシナリオ」を2018年5月21日に発売しています。彼女の一生をあますことなく描いています。

また、娘しか知らない面白いエピソードや、画面とは全く違う「おっちょこちょい」なところや、人を楽しませたりするのが好きながらも、シャイで人見知りすることなども綴っています。

ただ、仕事にかける情熱は凄いもので、カメラが向いた瞬間に女優に変身する姿なども見られる楽しく感動できる一冊です。優しく可愛らしい一面も見逃さないで下さい!

野際陽子に関する記事はこちら

野際陽子の娘・真瀬樹里の出演作を紹介!

野際陽子の娘である、女優・真瀬樹里の出演作品をご紹介いたします。

「トットちゃん」で母・野際陽子役に!

黒柳徹子と真瀬樹里の母である野際陽子は親友で、黒柳徹子の半生を綴ったドラマ『トットちゃん!』への出演のオファーが、黒柳徹子本人から直接にあったといいます。

2017年の10月から放送されたドラマの中で、真瀬樹里は黒柳の親友である母親の「野際陽子」を演じています。

徹子の部屋で親子共演も!

真瀬樹里と野際陽子は、親友の黒柳徹子の番組の「徹子の部屋」に二人で出演したこともありました。親子の共演の時に野際陽子はとても楽しそうだったと周囲の人は言っていました。

映画『シュート』

1994年に公開された、映画「シュート」は、当時大人気だった「SMAP」の5人(当時は森且行も在籍中の5人グループ)が主役を務めた、「週刊少年マガジン」の連載漫画を実写化した映画です。

真瀬樹里のデビュー作品ですが、母の野際陽子も出演しており、主人公・田仲俊彦(中居正広)の母親を演じています。親子共演でのデビューとなりました。

映画『キル・ビル』

この映画には、父である千葉真一が大きく関わっています。剣術の指導や指揮監督を務めたのが千葉真一で、世界でも大きな注目の的となりました。

ハリウッド映画で大ヒットしたこの作品は、監督はクエンティン・タランティーノ氏で、主役には女優のユマ・サーマンが抜擢され、彼女の代表作品にもなっています。

2003年に大ヒットを記録したこのハリウッド映画に、真瀬樹里は悪祖組織の一員とし出演しています。この時には田中要次・北村一輝・高橋一生も出演していました。

時代劇『寺子屋ゆめ指南』

真瀬樹里は19歳で女優デビューしますが、NHK「寺子屋ゆめ指南」の時代劇で、父の千葉真一と殺陣の共演をしています。後に千葉真一が娘の演技を絶賛しており、殺陣のシーンは15分にも及んでいます。

映画『エリカ38』

「エリカ38」は、実際に起きた詐欺事件を題材に「女の本性」ということに焦点をあてたサスペンスにもので、2019年の6月に公開された日本映画です。

真瀬樹里は、主役の浅田美代子が演じる「エリカ」の詐欺仲間で詐欺の恩師でもある平澤という男の支援者であり愛人でもある「中井亜紀」を演じています。

野際陽子の娘・真瀬樹里の家族が超豪華!新田真剣佑は兄弟!?

人気俳優の新田真剣佑の父親は千葉真一で、真瀬樹里は母親違いの兄弟ということになります。兄弟とはいっても、新田真剣佑は19969年の生まれで、姉とは20歳以上も年の離れた姉弟です。

母親は大女優・野際陽子

真瀬樹里の母親は、ドラマ「キーハンター」でお馴染みとなった野際陽子です。あまり歌手としてのイメージは薄い彼女ですが、「キーハンター」では主題歌を歌っています。

野際陽子は、NHKにアナウンサー出身の女優という珍しい経歴の持ち主で、立教大学を卒業しており、在学中に「ミス立教」にも選ばれた女性です。

生まれは石川県ですが、3歳からは東京の杉並で育っています。

  • 生年月日:1936年1月24日
  • 没年月日:2017年6月13日(81歳没)
  • 出生地:石川県河北郡津幡町
  • 最終学歴:立教大学文学部英米文学科卒業
  • 身長:163 cm
  • 血液型:A型
  • 職業:女優・アナウンサー・司会者・歌手・ナレーター・声優

大学卒業後の1958年にNHKのアナウンサーとして入局しましたが、その後に広告代理店に勤務したり、生放送の司会を務めたあとに芝居に目覚めて女優となります。

1963年に放送されたドラマ「悲の器」で主演であった佐分利信お教え子役となる「美人で知性ある女性」を探していましたが見つからず、NHKの美人アナウンサーとして人気だった野際陽子が目にとまったようです。

その時の評判は上々で、その後も映画やドラマへ出演する機会が増えていきました。1968年から放送された、ドラマ「キーハンター」で千葉真一と共演し、1972年に二人は結婚しています。

真瀬樹里の父親は千葉真一!?幼いころに離婚?

1972年に結婚した千葉真一と野際陽子は子供にも恵まれ、1975年にに真瀬樹が誕生しました。

その後、夫の千葉真一はハリウッド進出を目指しアメリカに拠点を移し始めます。対する野際陽子は着物を着たイジワルな姑役が板につき、人気の悪役となりました。

日本にいることに固執した野際陽子は千葉真一との離婚を相談して、円満な離婚が話し合いで解決しました。18歳になっていた娘は、野際陽子が引き取ることで1994年に離婚が成立しています。

千葉新一が親ばか発言!?今でも仲がいい?

千葉真一は、よほど娘が可愛かったらしく、本人は「親ばか」とは思わなかったようですが、かなりスゴイエピソードをテレビで語っています。

彼女がデビューした時に父親と共演して殺陣のシーンを繰り広げていますが、いまだに娘をべた褒めしています。

「あの時の樹里ちゃんの情熱はすごかった。とても難しいこと(撮影)をやらせたら、全部できちゃった。うまかったですね~。」

「あのスピードは日本の女優さんで、今できる人はいない。あの子は日本の財産ですよ」

(引用:hochi.news)

また、娘が小学生の時に「23億円?」の新築の別荘を京都に購入したとも言っています。ここで行われたのかハッキリしませんが、娘の誕生パーティーを開いたそうです。

50人ばかりのパーティーだったとのことですが、司会を務めたのはナント「真田広之」と「志穂美悦子」の二人だったというのですから驚きの「親ばか」です!!

なお千葉真一は今でも娘を「樹里ちゃん」と呼んでいるようです!

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