デヴィ夫人はヌードになっていた!熟女の身体がエロい!美貌は整形? タレント

デヴィ夫人はヌードになっていた!熟女の身体がエロい!美貌は整形?

テレビで見ない日はないという程の活躍を見せているデヴィ夫人、そんなデヴィ夫人がヌード写真集を出していたのをご存知でしょうか。自身のフルヌード写真集から、雑誌『GORO』創刊号でのデヴィ夫人ヌード、強烈なエロさと噂の写真集などについてご紹介していきます。

デヴィ夫人は実はヌード写真集を出していた!強烈なエロさ!?

デヴィ夫人は、実はヌード写真集を出しています。現在テレビに出ているデヴィ夫人からは想像もつきませんが、強烈なエロさだと話題にもなりました。

しかし、この写真集の出版後、スカルノ大統領亡きインドネシア国内では大問題となりました。インドネシア国民からのバッシングが続き、それ以降インドネシアには行けなくなったと言われています。

ここからは、デヴィ夫人のプロフィールからヌード写真についてご紹介していきます。

デヴィ夫人のプロフィールを紹介!

デヴィ夫人は、日本生まれのインドネシア国籍です。本名は、ラトナ・サリ・デヴィ・スカルノ(インドネシア名)、根本七保子(旧名:日本名)です。1940年2月6日生まれの79歳です。

インドネシアのスカルノ元大統領の第3夫人です。スカルノ大統領との間には一人娘カリナさんを儲けています。カリナさんは2005年オランダで米系大手金融機関CEOフレデリック・シーガスさんと結婚しています。

息子キラン君を儲けており、最近では、デヴィ夫人と孫であるキラン君が度々テレビに出演し、キラン君が美少年であると話題にもなっています。

「実は熟女ヌード写真集を出していた芸能人」堂々の第1位に!

「実は熟女ヌード写真集を出していた芸能人」というランキングでデヴィ夫人は、堂々の第1位になっています。最初のヌードは33歳のときに、2度目のヌードは自身の写真集でした。

現在では、バラエティ番組に多く出演しているデヴィ夫人ですので、ヌード写真集を出していると聞いて驚く方も多いようです。

33歳のときに雑誌「GORO」創刊号でヌード写真が掲載される

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デヴィ夫人は、33歳のときに雑誌「GORO」創刊号で初めてヌード写真が掲載されました。

雑誌『GORO』は1974年に生まれました。デヴィ夫人のヌード写真掲載後は、表紙を写真家の篠山紀信さんが担当しました。

石田えりさん、浅野ゆう子さんほか、時代を象徴する多くの女優が表紙を飾った雑誌です。

自身の写真集でもヌードを披露

デヴィ夫人は、1993年自身の写真集『デヴィ夫人:Madame-D 秀雅』というヌード写真集を出版しました。

写真集は3年間かけ撮影され、140ページにも及ぶ写真が収録され、そのほとんどがヌード写真というものです。

フルヌードグラビアのセクシーさは美意識と努力の賜物

デヴィ夫人は、美意識が高く、1日に数回洗うほどの洗顔好きだそうです。肌の保湿は常にかかさないというデヴィ夫人は、朝起きると100回ほど肌を叩くという習慣を長年続けているそうです。

フルヌードグラビアで魅せる、セクシーさは日頃の美意識と、努力の賜物なのでしょう。

東洋の真珠と形容された若い頃の画像は?

デヴィ夫人は若い頃『東洋の真珠』と形容されるほど美しかったといわれています。若い頃の写真を見ても、とても美しいです。

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デヴィ夫人の美貌は若い頃の整形?総入れ歯!?コールガールという噂も!

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デヴィ夫人の美貌は若い頃の整形、総入れ歯にしたことなど数々の噂があります。高級クラブで働いていただけではなく、コールガールだったのではないかと長年言われてきました。

そういった噂は本当なのでしょうか。ここからは、デヴィ夫人の色々な噂についてご紹介していきます。

若い頃にハーフ顔に整形した疑惑があるデヴィ夫人

デヴィ夫人は、若い頃にハーフ顔に整形した疑惑があります。

真相は分かりませんが、若い頃に比べ、デヴィ夫人の目元がぱっちりと西洋風の二重になっているように見えるため整形ではないかと言われているようです。

デヴィ夫人が若い頃にも整形手術は日本にも存在していたようです。

美容整形を公表している?

若い頃に整形した疑惑があるデヴィ夫人、美しい顔を手に入れることが、人生を変えるには大事なことだとも語っています。

若い頃から美の追求は物凄いものだったようで、そういった発言が美容整形の噂へと発展したのではないでしょうか。

高級クラブ「コパカバーナ」で働いていた頃の人気はナンバーワンだった

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デヴィ夫人は、高級クラブ「コパカバーナ」で働いていた時期がありました。デヴィ夫人は若い頃、何度か「コパカバーナ」へ足を運んでいたそうで、オーナーから店で働かないかと誘われ働くことになったそうです。

働いていた頃のデヴィ夫人は17歳、人気ナンバーワンでした。しかし、ある日知り合いの社長である方から『コパカバーナは辞めなさい、紹介したい人がいる』とスカルノ大統領と出会ったそうです。

総入れ歯やコールガールの噂はデマ?真相は謎

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16歳の若さで総入れ歯にしたという噂もあるデヴィ夫人、総入れ歯に関しては、デヴィ夫人自身が見栄えがいいから総入れ歯にしたと答えているという情報もありました。

また、若い頃のデヴィ夫人はコールガールもしており、要人をもてなすために総入れ歯にしたという噂も長年言われてきました。

しかし、2018年にデヴィ夫人本人が出演したテレビ番組で、若い頃の総入れ歯の情報はデマであることが放送されました。

デヴィ夫人の華麗なる男性遍歴!

若い頃から美しい美貌に恵まれていたデヴィ夫人、国内外ともに男性からモテモテで、絶大な支持があったようです。

ここからは、そんなモテモテのデヴィ夫人の男性遍歴をご紹介していきます。

スカルノ大統領の8番目の子供を出産し、3年後にスカルノ大統領が死去

デヴィ夫人は、1959年19歳でインドネシアに渡り、スカルノ大統領の愛人となります。その後、22歳でスカルノ大統領の4人の妻のうちの第3夫人となりました。

そして、スカルノ大統領の8番目の子供を27歳で出産します。しかし、スカルノ大統領は3年後に死去してしまいます。

フランスへ亡命中だったデヴィ夫人は、未亡人となりますが、その後は再婚せず現在に至ります。

スカルノ大統領存命中にも日本で一流俳優たちと不倫関係になっていた

デヴィ夫人は、スカルノ大統領存命中にも日本で一流俳優たちと不倫関係になっていたという噂もあります。

俳優の本郷功次郎さん、津川雅彦さんと不倫関係になり、勝新太郎さんや松方弘樹さんと京都で遊び、田宮次郎さんとはデートと、気に入った男性とはとにかく交流していたようです。

フランスで社交界デビューしサブラン公爵と婚約

デヴィ夫人は、27歳の時にスカルノ大統領の子供を日本で出産しました。出産後、インドネシアへ帰国をしようとしますが、帰国が許可されず、フランスへ渡り社交界デビューを果たします。

社交界デビューを果たしたデヴィ夫人は、スペイン人フランシスコ・ぺエサや、フランス貴族エルゼアル・ド・サブラン公爵と交際をします。

サブラン公爵とは、婚約までしていました。

世界の著名人たちとも浮名を流している

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1990年にデヴィ夫人はニューヨークへ移住します。国際的ビジネスウーマンとして活躍し、世界の著名人たちとも浮名を流しています。アラン・ドロンやサヴァドール・ダリといった著名人との交流も果たしています。

デヴィ夫人は、奇跡的な美しさと、生命力溢れるエネルギーを持った、日本人としてのスケールを超えた存在だったのです。そのエネルギーが現在の活躍の源ではないでしょうか。

最近ではYouTuberデビューでセレブ生活の裏側を紹介!

デヴィ夫人は、2019年7月にYouTuberデビューを果たしました。『デヴィ夫人‐Lady.Dewi Channel』を開設し、セレブ生活の裏側を紹介しています。

世界各国での社交界などのセレブ生活や、普段テレビでは見せない素顔を発信しています。『皆様が知らない世界などを紹介したいと思います。ぜひご覧くださいませ』とメッセージを発信しています。

永遠の美の追求者デヴィ夫人

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いかがでしたか。最近ではテレビ出演で、孫のキランくんとの共演も果たしています。キランくんが美少年だと話題にもなっています。そんなキランくんの記事も是非チェックしてみてください。

テレビ出演以外でも、『選ばれる女になりなさい』という婚活本も発売しているデヴィ夫人ですが、国際的な基盤を活かし、NPOアースエイド・ソサエティを発足し、地球規模で慈善活動も行っています。

いつまでも美を追求し、元気で美しく活躍していただきたいです。

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