1951年生まれの芸能人・有名人は?俳優から歌手まで総まとめ! エンタメ

1951年生まれの芸能人・有名人は?俳優から歌手まで総まとめ!

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三宅裕司(5月3日)

三宅 裕司さんはコメディアン、俳優、タレントとして活動されている方です。ご出身は東京都千代田区神田神保町です。

現在はアミューズという事務所に所属され、劇団スーパー・エキセントリック・シアターでは座長を務めていらっしゃいます。

多趣味なご両親

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ご実家の家業は印刷業でしたが、お父様は8ミリ映画を撮影を趣味にされておりました。お母様は松竹歌劇団という劇団に所属されていました。

さらに、お母様は日本舞踊の名人でもいらっしゃいました。このようなご両親の影響で幼少のころから日本舞踊や三味線などの習い事をされていました。

モト冬樹(5月5日)

モト 冬樹さんはギタリスト、タレント、歌手、声優として活動されている方です。バンドの結成は暁星高等学校に在学されていた頃にグッチ裕三さんと同クラスとなったことをきっかけでした。

兄のエド山口さんとバンドを結成し音楽活動を始められました。ローズマリーというバンドで、東冬木の芸名でプロデビューされました。

人気バンドへ

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その後、別のジュテームというバンドにも参加されていました。そして、1978年にグッチ裕三さん達と「ビジーフォー」というバンドを結成されました。

そのバンドではコミックソングというお笑いの要素のある歌やものまねで人気を獲得されました。

テント(5月16日)

テントさんは、漫談家、タレントとして活動されています。現在は吉本興業に所属されています。ご出身は大阪府八尾市でご実家はテント商を営んでいらっしゃいます。

ご本人も何度か芸名を変更されていますが、いずれもテントにちなんだお名前になっています。近畿大学附属高等学校を卒業されたあと、川上のぼるさんに入門されていた時期があります。

ツチノコ芸人と呼ばれることも

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メディアへの露出が少ないため、「ツチノコ芸人」「お笑い界のツチノコ」と言われることもあります。

また、合間にギャグをはさむ漫談を行い、その漫談の最後に珍芸を披露するという前衛的な芸風が特徴でいらっしゃいます。

南部虎弾(7月14日)

南部 虎弾さんはコメディアン・パフォーマーとして活動されていました。現在は電撃ネットワーク、TOKYO SHOCK BOYSのメンバーとして活動されています。

南部ちゃんという愛称で親しまれています。デビュー当初はダチョウ倶楽部というお笑いグループのリーダーをされていました。

現在はお笑い以外の活動も

また、所属されている事務所は芸能プロダクション「株式会社電撃兄弟社」です。

また、お笑いの活動だけでなく通信販売の番組に出演されたりプロレスなど格闘技関連のイベントのプロデュースをしたりと幅広く活動されています。

1951年生まれの芸能人・有名人一覧【歌手編】

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1951年生まれの歌手の方もたくさんいらっしゃいます。心に響く歌をたくさん歌われています。

もんたよしのり(1月8日)

もんた よしのり さんはシンガーソングライター、俳優として活動されている方です。ご出身は広島県です。元COLORの門田こむぎさんのお父様です。

報徳学園高等学校に入学されましたが、中退し、音楽活動を開始されました。

そして1980年 に「もんた&ブラザーズ」というバンドでリリースした「ダンシング・オールナイト」が大ヒットし、沢山の賞も受賞され、大人気となりました。

五輪真弓(1月24日)

五輪 真弓 さんはシンガーソングライターとして活動されている方です。ご出身は東京都中野区です。

1972年CBS・ソニーという会社からリリースされた『五輪真弓/少女』というアルバムでデビューされました。アルバムはオリコンで最高6位となり、大人気になりました。

結婚や出産のため、一時期は活動を抑えていらっしゃいましたが、2000年代に入ってから少しずつに 活動を増やしていらっしゃいます。

山本リンダ(3月4日)

山本 リンダ さんは、歌手、アイドル、タレント、として活動されている方です。現在はご自身で立ち上げたリンダ・ミュージック・オフィスに所属されています。

「こまっちゃうナ」「狙いうち」など沢山のヒット曲をお持ちです。

自らが仕事をして、お母さまに楽をさせたいと思い応募されたモデルのオーディションで合格し、「装苑」という雑誌でモデルデビューをされました。

中村耕一(2月15日)

中村 耕一さんは、ミュージシャンとして活動されている方です。ご出身は北海道で、函館大学有斗高等学校を卒業されています。

函館で音楽活動を開始し、THE JAYWALKというバンドでギター、ボーカルを担当されていました。

デビューされてから10年以上経ったころ、「何も言えなくて…夏」というヒット曲で第44回NHK紅白歌合戦に出場を果たされました。

松崎悦子(3月11日)

松崎悦子さんはチェリッシュという夫婦で結成されているデュオで活動されている方です。お二人とも福岡ご出身です。

デビュー曲は「なのにあなたは京都へゆくの」という曲です。

忌野清志郎(4月2日)

忌野 清志郎さんはロックミュージシャンとして活動された方です。ご出身は東京都中野区で、芸名の忌野は「いまわの」と発音する日本で唯一の苗字です。

RCサクセションをはじめとし、いくつものバンドで活動されていました。

1983年にリリースされたRCサクセションの「THE KING OF LIVE」というアルバム名からザ・キング・オブ・ロックと呼ばれることもありました。

人気は葬儀の様子にも

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2009年5月にご病気のため亡くなられた際にはファンの方を対象としたロック葬が行われました。この時の弔問数は4万3000人に及び、日本国内では2位の多さとなりました。

近藤房之助(5月4日)

近藤 房之助さんは、ブルース歌手として活動されている方です。所属されているのはビーイングというレコード会社です。

ご出身は愛知県刈谷市で、房さんの愛称で親しまれています。高校を卒業されてから一度、京都にあるデザイン会社でお仕事をされていました。

その後、 大学へ入学され、「ブルース・ハウス・ブルース・バンド」というバンドにスカウトされたことをきっかけに音楽活動を開始されました。

村山一海(6月17日)

村山一海さんはロックンロールバンドCOOLSのボーカリストとして活動されている方です。ご出身は京都府綾部市です。

俳優として活動されている舘ひろしさんたちとともに、モーターサイクルチームであるCOOLSを結成されたことが音楽活動のきっかけとなりました。

その後、矢沢永吉さんの活動されていたキャロルというチームの親衛隊を経験され、COOLSのメンバー内の8名でロックンロールバンドとしてデビューされました。

藤圭子(7月5日)

藤 圭子 さんは、歌手として活動される方で、大人気歌手の宇多田ヒカルさんのお母様です。宇多田照實さんという音楽プロデューサーの方と結婚されていました。

代表曲は「新宿の女」や「京都から博多まで」など多くあり、抜群の歌唱力を生かしてほかの歌手の人気の歌などもカバーでも人気がありました。

また、宇多田ヒカルさんの母親として、世界で通用する歌手として育てるために何度もアメリカへ渡り人気の歌手へ育て上げました。

青山孝史(8月10日)

青山 孝史さんは歌手、俳優、タレントとして活動された方です。ご出身は佐賀県佐賀市高木瀬町で、神奈川県横浜市で生活されていました。

所属されている事務所は約5回ほど変更されており、現在は株式会社エフエンタープライズとなっています。途中、ジャニーズ事務所へ所属されている時期もありました。

受験勉強と芸能活動を両立されていたため、浪人期間を経て日本大学芸術学部演劇学科に入学されました。1977年にはロサンゼルスで嶋田じゅんさんというタレントの方とご結婚されました。

天地真理(11月5日)

天地 真理さんは歌手、アイドルとして活動されていた方です。ご出身は埼玉県大宮市です。TBS系で放送されていた番組の「ヤング720」に出演したことから芸能活動を開始されました。

その後、渡辺プロダクションという事務所に所属され、国民的アイドルとして人気を獲得されました。

デビューしたばかりの頃は「可愛いアヒルちゃん」という愛称で親しまれていました。現在はご自身の個人事務所、そして天地真理ファンクラブ事務局に所属、活動されています。

あべ静江(11月28日)

あべ 静江さんは、歌手、女優として活動されている方で「しーちゃん」の愛称で親しまれていました。ご出身は三重県松阪市中町です。

高田高校を卒業された後、東海学園女子短期大学へ進学され、在学中に東海ラジオで人気のDJとなりますが、こちらの東海学園女子短期大学は中退してしまいます。

現在はバルシカという事務所に所属されており、一般社団法人日本歌手協会の理事も務めていらっしゃいます。

千葉和臣(12月24日)

千葉 和臣さんは、海援隊のギタリストであり、シンガーソングライターとして活動されている方です。

海援隊としての活動を始められる前は、ライラックというアマチュアバンドで活動されていました。そのご、中牟田俊男に誘わたことをきっかけに海援隊としての活動を開始されました。

海援隊の代表曲は人気ドラマ「3年B組金八先生」の主題歌として起用されました。その曲である「贈る言葉」は千葉和臣さんが作曲されました。

1951年生まれの芸能人・有名人一覧【落語家・芸人編】

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1951年生まれのお笑い芸人さん、落語家の方を紹介します。笑うことは人間にとってとても大切なことなので様々な方法で笑いを届けてくださる芸人さんの存在は欠かせません。

桂きん枝(1月5日)

桂きん枝さんは落語家として活動されている方です。ご出身は大阪府で吉本クリエイティブ・エージェンシーに所属されています。大人気の長寿番組である笑点にも出演されています。

大木こだま(4月26日)

大木こだまさんは大木こだま・ひびきという漫才コンビでボケ担当で活動されている方です。

コンビを結成された当初はファースト企画という事務所に所属されていました。現在はよしもとクリエイティブ・エージェンシーという事務所に変更されました。

経歴は建設会社人事課で勤務された後、1973年に大木こだま・ひかりというコンビを結成されました。大木こだま・ひかりのコンビでもボケ担当でした。

豊富な受賞経験

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大木こだま・ひびきの活動で受賞経験も大変豊富で、上方漫才大賞 の奨励賞を2回、大賞を2回さらに上方お笑い大賞の 金賞を1回大賞を2回受賞されています。

芸の幅が広く、庶民的なぼやきをテーマにされることもあり、多くの層に支持されていました。

西川のりお(5月12日)

西川 のりおさんは漫才師として活動されている方です。ご出身は奈良県吉野郡川上村で、大阪府大阪市都島区で生活されていました。

現在は よしもとクリエイティブ・エージェンシーに所属されています。茨城県坂東市のねぎ大使としての活動もされています。のりやんの愛称で親しまれていらっしゃいました。

じゃりン子チエというアニメではヒロインの父親役の竹本テツ役を演じられていました。ご自身は竹本テツの役を「人生ナンバーワンの当たり役」と評されていました。

オール巨人(11月16日)

オール巨人さんはオール阪神・巨人という漫才コンビで活動されている方です。よしもとクリエイティブ・エージェンシーに所属されています。

巨人、阪神という名前は林家染三さんに頂いたもので、漫才コンビの活動をする前は落語家を目指していらっしゃいました。

オール阪神・巨人はよしもとクリエイティブ・エージェンシーで初のスカウトされたコンビと言われています。

紫緩褒賞も受賞

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受賞経験が大変豊富で、1980年から1987年までほぼ毎年複数の賞を受賞されていました。花王名人大賞名人賞や上方漫才大賞大賞などです。

さらに、2019年 には阪神、巨人のお二人ともが、紫綬褒章を受章されました。

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