野際陽子さんの華麗なる人生!そして彼女の一人娘・真瀬樹里とは? 女優

野際陽子さんの華麗なる人生!そして彼女の一人娘・真瀬樹里とは?

「『まなせじゅり』?ああ、聞いたことある!野際陽子役だっけ?ソックリだったよね」。でも、いるんじゃないですか?真瀬樹里さんが演じたのは実の母親だったこと、知らない人!亡くなられてはや一年の故・野際陽子さん、そして真瀬樹里さんについて調べてみました!

母・野際陽子さんと娘・真瀬樹里との関係

野際さんの遺作『やすらぎの郷』』(2017年、テレビ朝日)の後番組である『トットちゃん!』(2017年)で、真瀬樹里さんは「トットちゃん」こと黒柳徹子さん本人のオファーで「野際陽子」役を演じました。しかし生前の野際さんと真瀬さんのツーショットを見れば見るほど、本当に似たもの母娘ですよね!

母娘共々仲が良く、旅番組などに出演していたこともありますが、「そういえば野際さんの旦那さんは誰だったかな?」と思う人、今は若い人を中心に多いかもしれません。あと、真瀬さんの誕生についても当時はちょっとした話題だったんですよ!その辺りも含めて、まずは女優になるまでの野際さんの経歴から見ていきましょう。

野際陽子さんの経歴(女優に転身するまで)

  • 1936年1月、石川県河北郡津幡町生まれ。その後、富山県富山市で、3歳からは東京都杉並区で育つ。
  • 1958年、立教大学文学部英米文学科を卒業。
  • 同年、アナウンサーとしてNHKに入局。
  • 1962年、NHKを退局。
  • 翌年、本格的に女優に転身。
  • 英語、フランス語に堪能。

「ミス」と「ミスター」

大学時代では初代の「ミス立教」に選ばれるほど、才色兼備だった野際さん。身長163cmと当時としては背が高く、のちに女優に転身するのも納得ですよね。大学時代の同期には、こちらはプロ野球の「ミスター」、元巨人の選手・監督として活躍された長嶋茂雄さんがいました。

アナウンサーから女優へ

NHK入局後は、名古屋放送局に、そしてNHK東京放送局へと配属され、活躍されましたが、1962年にNHKを退局。その後、司会業を経て、翌年にドラマ『悲の器』(TBS)で女優デビューします。女優転身後は『キイハンター』、『ずっとあなたが好きだった』、『ダブル・キッチン』など、数々の有名ドラマに出演されました。

時代の最先端を行く女性「野際陽子」

実は、野際さんは女優転身後しばらくして、1年ほどパリへ留学します。1966年2月から翌年3月にかけて、パリのソルボンヌ大学で古典仏文学を学ぶとともに、フランス語も勉強されました。フランス語に堪能になられたのもこの頃なんですね。

また、パリから帰国した際、ミニスカートを着用していたという野際さん。1967年10月に来日したミニスカートの女王・ツィッギー来日よりも半年前に、野際さんは時代の最先端を行っていましたわけです。こうした経歴が、のちに出演するドラマ『キイハンター』(1968年~1973年、TBS)につながったのかもしれません。

野際陽子さんの旦那はいったい誰?

野際さんの初期の代表作となったドラマ『キイハンター』。ここで主演の故・丹波哲郎さん、そして千葉真一さんと共演することになります。このドラマが縁となり、丹波さんには公私共にかわいがられ、そして、千葉さんとは1972年に婚約、その翌年に結婚することとなりました。

千葉真一さんはアクションを活かした映画スターとして人気を博し、あのJAC(ジャパン・アクション・クラブ、現在はJAE)の創始者でもあります(特撮好きの方ならばご存知ですよね)。現在も俳優、アクション監督として、また、活躍の舞台をアメリカに移してからは「サニー千葉」の名でも有名な方です。

野際陽子さん、娘・真瀬樹里を授かる

1975年、野際さんは待望の子供を出産します。それが一人娘の樹里さんです。当時、野際さんは38歳11か月。これは当時の芸能人の高齢出産最高齢記録だったそうです。晩婚化や高齢出産の増加が加速した現代では珍しくないかもしれませんが、当時はそうした意味でも野際さんの初産は話題になりました。

結婚生活と離婚

野際さんと千葉さんは夫婦そろってカレーのCMに出演するなど、「おしどり夫婦」として有名でした。千葉真一さんと言えば、タレント・関根勤さんのモノマネを思い浮かべる人もいると思いますが、そのなかでもこのCMを使ったネタがありました。

ところが、そんな「おしどり夫婦」だった二人の結婚生活に突然ピリオドが打たれます。1994年、二人は離婚。「日本に居たい」野際さんと、「アメリカに活動の拠点を置きたい」千葉さんと考え方がズレたため、けじめをつけるために野際さんは離婚を決意したと言われています。真瀬さんもショックだったでしょうね。

野際陽子さんの一人娘・真瀬樹里

さて、野際さんの一人娘、真瀬樹里さんについて改めて紹介しましょう。冒頭でバレてしまっていますが、母と同じ、女優として活躍しています。日本大学在学中の1994年に映画『シュート!』で女優デビュー、その後、NHK大河ドラマ『風林火山』(2007年)など、映画やドラマ、舞台で活躍中です。

父・千葉真一と娘・真瀬樹里との関係

女優としての真瀬さんは、千葉さん譲りのアクションが持ち味。『トットちゃん!』で演じたような役どころよりも、どちらかと言えば、アクション主体の役どころが多いんです。映画『キル・ビル Vol.1』(2003年、アメリカ)や『風林火山』では、父・千葉真一さんとの共演もされていました。

血は争えない?アクション俳優一家!

真瀬さんの父親が千葉さん、ということは、そう、真瀬さんの叔父は矢吹二朗さん(『仮面ライダー』で滝和也を演じた千葉治郎さん、と言ったほうがおなじみ)、そして真瀬さんの「弟」は、今売り出し中の俳優、新田真剣佑さんなのです。この4人の顔ぶれを見ても運動神経高そうなイメージですが、事実、そうなんですね!

娘・真瀬樹里はどちら似?

このように、母親譲りの容姿と父親譲りのアクションと両方のDNAをしっかり受け継いでいる真瀬さん。アクションは『キル・ビル』の監督Q. タランティーノも認めるところで、真瀬さんの演技はまるで、若かりし野際さん自身がアクションを演じているかのようです。

真剣佑は野際陽子さんの子供!?

千葉さんは野際さんと離婚後、一般の方と再婚(のち離婚)、子供にも恵まれました。真剣佑さんもそのひとり。ロサンゼルス生まれの真剣佑さんは、日本とアメリカで活躍中。映画『ちはやふる』シリーズで「新田真剣佑」に改名、いまやお茶の間でもおなじみになりましたね。

ただ、真剣佑さんが千葉さんの息子だと知っていらしゃる方には、「じゃあお母さんは野際さんでは?」と思う方もいるかもしれません。しかし先ほど述べたように、野際さんの子供ではありません。ですから、真瀬さんにとって真剣佑さんは、正しくは「異母弟」ということになります。

野際陽子さん、晩年の活躍

話題を野際さんに戻しましょう。彼女は亡くなる直前まで、映画やドラマ、司会などにひっぱりだこ。多忙なスケジュールをこなされました。特にドラマでは母親役が多く、『ずっとあなたが好きだった』では佐野史郎さん演じるあの「冬彦さん」の母親、『TRICK』では仲間由紀恵さん演じる奈緒子の母親など、紹介しきれません!

野際陽子さんと黒柳徹子

またバラエティー番組では、野際さん、じつは『徹子の部屋』の常連のひとり。女性ゲストとして最多、21回も出演しました。野際さんの死の直後、『やすらぎの郷』の後番組、そして何より「そっくり!」というのもありますが、黒柳さんが真瀬さんに『トットちゃん!』への出演オファーをしたのにはそうした関係性もあるのですね。

野際陽子さんは二度目の結婚をした?

振り返ってみれば、野際さんに主人公の母親や姑役が多くなったのは、千葉さんと離婚する前後1990年代辺りからではないでしょうか。離婚時の「ずっと日本に居たい」という野際さんの思いも、そうした背景をみるとすごく分かる気がしませんか?

千葉さんとは違い、母親役の代名詞となった野際さんが再婚することはありませんでした。また、離婚の原因は活動拠点についての考え方の違いと言われているので、離婚後も、野際さんと千葉さんの関係は良好だったそう。二人の間をとりもつ真瀬さんの存在が大きいのかもしれませんね。

野際陽子さんの死去

野際さんはいわゆる健康オタクで、年齢を感じさせない若々しさで精力的に活動していたのですが、2014年、肺腺癌と診断されます。遺作となった『やすらぎの郷』の撮影の合間では酸素吸入器を付けるなど、体調は悪かったようです。しかし、出演シーンはすべて撮り終え、最後まで女優魂を貫き通されました。

野際さんがお亡くなりになったのは、昨年の6月13日。癌が見つかり、手術、再発をくり返した末での死去でしたが、81歳でお亡くなりになるというのは、医療技術が進んだ現代ではまだ早いほうですよね。出演していたドラマ『やすらぎの郷』もまだ放映中でしたから、野際さんの死が信じられなかった人も多かったのでは?

秘密にしていた、病気のこと

なお、闘病に関しては、これまで共演した浅野ゆう子さん(ドラマ『長男の嫁』で共演)や羽田美智子さん(ドラマ『花嫁のれん』で共演)などごく一部の関係者にしか告げていなかったそうです。芸能人のなかにも野際さんの死にビックリした人もいるでしょうね。

真瀬樹里の「母、野際陽子」

野際さんの一周忌を目前に控えた今年5月21日、野際さんが溺愛した一人娘の真瀬さんは亡き野際さんを綴った本を出版されました。「母、野際陽子 81年のシナリオ」。野際さんを最後まで看病し、母と共に闘った真瀬さんが、母親としての野際さんを綴った本です。若かりし母娘の貴重なプライベート写真も掲載されています。

「私」を「わたし」ではなく「わたくし」と読んだり、英語やフランス語に堪能だったりと、「エレガント」なイメージの野際さん。しかし、私生活は子煩悩で、まさしく「母親」そのものだったと思います。真瀬さんのこれからの活躍を野際さんも天国で見守っていることでしょう!以上、野際さん・真瀬さん母娘についてでした!