上申書殺人事件の概要は?死刑執行を延長するための告発だった? 社会

上申書殺人事件の概要は?死刑執行を延長するための告発だった?

上申書殺人事件は、殺人犯後藤良次が先生と呼ばれる三上静雄という凶悪犯を告発するため、過去に自分が犯した殺人を上申書で告白する事で明らかになった一連の事件です。書籍化や映画化、アンビリバボーなどでも取り上げられたこの事件の概要やその後の展開についてまとめます。

目次

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上申書殺人事件とは?事件の概要は?

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「上申書殺人事件」は1999年に茨城県で発生した3件の凶悪殺人事件の総称です。

3件の事件とは別事件で逮捕され死刑判決を受けていた元暴力団組長の男が、自らも関わった茨城県で発生した3件の殺人事件の首謀者を上申書の提出によって告発した事から判明したためこの名で呼ばれます。

今回は、平成の時代を代表する極悪事件の1つに数えられる上申書殺人事件の概要について詳しく解説します。まずは事件が発覚する原因となった、事の発端から見ていきましょう。

「宇都宮監禁殺人事件」の首謀者として死刑判決を受けていた男が上申書を提出

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元暴力団組長の後藤良次は2000年7月30日、過去に刑務所に服役していた時に知り合ったという当時33歳の人材斡旋業者、斎藤正二さんに因縁をつけ、手足を縛ったまま那珂川に突き落として殺害します。

また同年8月、後藤良次は面子を潰されたと因縁をつけて別の男の自宅に押し入り、その場にいた4人を監禁その内の女性1人に高濃度の覚せい剤を注射し中毒死させ、現場に放火して逃走します。

この一連の「宇都宮監禁殺人事件」で後藤良次は逮捕され死刑宣告を受けていました。後藤良次はその上訴中に別の複数の殺人事件に自分が関与している事。それら事件には首謀者が存在する事などを上申書で告発します。

死刑囚が「新潮45」の取材をうけ殺人事件が明るみとなった

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後藤良次は上申書を提出するにあたり、他の服役囚のツテを頼って、月刊雑誌「新潮45」の記者宮本太一さんにコンタクトを取り「上申書殺人事件」の3件の事件の詳細の全てを語ったとされます。

その上で、2005年10月17日に後藤良次は、この事件の内容を詳細に記した上申書を茨城県警へ提出し、その詳細を告発したのでした。

これを受けて、「新潮45」は上申書提出の翌日、10月18日に発売された号にこの「上告書殺人事件」の詳細について記された記事を掲載し、世の中に広くこの事件が知れ渡る事になりました。

死刑囚が新たな殺人事件を告発するという事件は大きな話題になった

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凶悪事件で死刑判決を受けていた犯罪者が、過去に関わった新たな殺人事件を自ら告発するというセンセーショナルな展開に、この事件は世間で大きな話題になりました。

世間からの注目を集めた事で「上申書殺人事件」は刑事事件化。そして、2006年12月9日、上申書の中で「先生」と呼ばれ首謀者とされた、当時57歳の不動産ブローカー三上静男が茨城県警によって逮捕されます。

次の項からは、何故、後藤良次は上申書を提出し、この三上静雄を告発するに至ったのか?その経緯について詳しく見ていきます。

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上申書提出に至った経緯

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後藤良次は何故、過去の自分の犯した凶悪犯罪を公にしてまで上申書を提出し、事件の首謀者とされる「先生」こと三上静雄の告発するに至ったのでしょうか?

後藤良次が自らも関与した過去の3件の凶悪事件の内容を記した上申書の提出に至るまでの経緯について詳しく見ていきます。

上申書を提出したのは元暴力団員組長の後藤良次

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まず、上申書を提出したのは元暴力団員組長の後藤良次という男です。この男は地元暴力団関係者の間でも「大前田の殺し屋」の異名が知れ渡るほどの凶暴な男だったと言われます。

後藤良次はこれまでにも多数の殺人事件や凶悪犯罪に関与しています。後藤良次の経歴や生い立ちについては、別の項で詳しく紹介します。

「先生」と慕っていた三上の指導で、後藤は膨大な利益を得ていた

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後藤良次が上申書で告発したのは、後藤が過去に「先生」と慕っていた不動産ブローカーの男三上静雄でした。

後藤良次は三上静雄と40歳の頃に知り合ったとされます。この男と知り合った頃から後藤良次の羽振りが急に良くなったとされ、当時は内縁の妻に月々生活費などとして100万円ほども渡していたとされます。

三上静雄は、完全犯罪を繰り返す事で巨額の利益を得ていたとされ、その指導のもとで後藤良次は実行犯役を担当し、その報酬として莫大な利益を得ていたと見られています。

三上が殺人計画を立て、後藤が実行

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今回上申書によって告発された「上申書殺人事件」の3件の事件においても、三上静雄が殺人など犯罪計画を立て、その計画に沿って後藤良次が犯行を実行するといった役割分担が行われていたと見られます。

後藤は殺人の報酬を受ける取り決めをしていた

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後藤良次が上申書を提出するきっかけとなったある事件も、三上静雄が犯行の筋を描き、それを後藤良次とその取り巻き達が実行するという方法がとられた事が明らかになっています。

そして、事前に三上静雄は後藤良次ら実行犯に対して報酬を支払う、という約束が交わされていた事なども、その後の調べで明らかになりました。

後藤は別の事件で逮捕され三上に報酬の支払いを破棄された

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このようにして、後藤良次は三上静雄の支持を受け、複数の事件の実行犯役を受け持つ事で多額の金銭報酬を得ていたとされています。

そして、後藤良次が上申書で三上静雄を告発した理由の一つは、ある殺人を実行し報酬を受け取る約束になっていたものを、直前に後藤良次が別の事件で逮捕されたため、三上静雄が一方的に支払いを破棄した事でした。

後藤は三上に舎弟の世話を頼んでいたが舎弟が自殺

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さらに、後藤良次は上申書で告発した理由として三上静雄に対するある不満を口にしています。後藤は服役中、自分の舎弟の藤田幸夫という男を心配し、その世話を三上静雄に頼んでいました。

しかし、三上静雄はこの約束を反故にして藤田を見捨て、結果、藤田は追い詰められて自殺してしまったと言うのです。

舎弟の財産を三上が勝手に処分した

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さらに後藤良次は、三上静雄は藤田幸夫が自殺した後、その財産をさっさと自分の手で勝手に処分してしまったと言い不満をあらわにしています。

2つの出来事がきっかけとなり上申書を提出する事になった

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以上の2つの出来事が引き金となり、後藤良次は自分が過去に関与した発覚していない殺人事件を明らかにしてまでも、三上静雄を追い詰めるために上申書で告発する事を決断したと言われています。

後藤は死刑執行を引き伸ばす為に告発した?

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また、後藤良次は少しでも自身の死刑執行を引き延ばしにするために上申書の提出で告発を行ったという見方もあります。

後藤良次はこの上申書を提出した時点では、上告中であり死刑判決は確定してはいませんでしたが、おそらく死刑判決は免れないと悟り、少しでもその執行を引き延ばそうとしたのではないか?との見方です。

3件の殺人となると死刑執行までの時間稼ぎができる

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後藤良次自身が関与した殺人事件が新たに3件も発覚となれば、警察の捜査やその事件の裁判には数10年規模の膨大な時間がかかる事が予想されました。

その事件の係争中は後藤良次の刑が執行される事はなくなるため、かなりの時間稼ぎが可能になります。

三上への復讐ではなく「生」への執着から告発した?

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よって、後藤良次は三上静雄への復讐心からというのはあくまでも建前であり、少しでも長く生き延びたいという「生」への執着から、あえてこの事件を告発したのではないか?と見られているのです。

上申書殺人事件の詳細

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ここからは「上申書殺人事件」について、さらに詳細に見ていきます。ここではまず、後藤良次が「新潮45」にコンタクトを取った方法やその後のやり取り、記者に語った内容について紹介します。

後藤は三上を告発するため「新潮45」の記者に手紙を出す

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三上静雄を告発する事を決断した後藤良次は、服役仲間のツテを頼ってマスコミとの接点を探り、月刊雑誌「新潮45」の編集者の知り合いがいるという東京拘置所に勾留中の人物を探し出します。

その人物は新潮45の記者宮本太一さん宛に「東京拘置所内で重大な秘密に触れた、相談したい」との内容の手紙を出しています。宮本太一さんは、この手紙をきっかけにして後藤良次への取材を開始する事になるのです。

その後、後藤良次から宮本太一さんの元に、自身の余罪事件について詳細に記された手紙が届きます。その手紙には絶対に当事者にしか知り得ないと思われる情報が克明に書かれていました。

手紙には2件の殺人以外に3件の殺人事件に関与している事が書かれていた

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後藤良次から宮本太一さんに送られた手紙には、現在発覚している2件の殺人事件(宇都宮監禁殺人事件)以外にも3件の凶悪事件(2件の殺人、1件の死体遺棄)に自身が関与している事が詳細に書かれていました。

後藤の手紙の真偽を調べる為に記者が直接後藤に会う

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後藤良次からの手紙に書かれていた3件の殺人事件は、未だ明らかになっていないか、警察が把握していても事件性のないものとして自殺や行き倒れとして処理されている案件でした。

そして、後藤良次の手紙の内容が真実だとするのならば、その凶悪犯罪の首謀者は未だに野に放たれている状態という事になります。

この衝撃的な内容の手紙を受けた新潮45の記者宮本太一さんは、その真意を確かめるために後藤良次と面会し、直接取材する事を決意します。

告発した理由は「三上がいつもと同じ生活を送る事が許せないから」

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後藤良次は宮本太一さんからの何故今この事件を告発しようと思ったのか?という質問に対して「首謀者である『先生』が何食わぬ顔で世間で堂々と生活しているのが許せないと思った」と答えています。

後藤は、自分に対しての報酬の約束を一方的に反故にし、刑務所に入る前に面倒見を頼んでいた自分の舎弟を見殺しにし、自殺に追い込んだ三上が何食わぬ顔で平然と生きているのが許せなかったという事でした。

また、後藤良次は「どうせ死刑は覆らないだろうし、これまでの罪を全て告白して綺麗な身で死んでいきたい」という想いも宮本太一さんに話していたようです。

上申書殺人事件は8ヶ月に及び取材された

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宮本太一さんは後藤良次と何度も何度も面会を重ね、膨大な量の手紙も受け取っています。

そうして得られた情報を元に、ひとつひとつの情報の裏取りのために実際に現場に足を運んでの調査、関係者を訪問しての聞き取り調査などを繰り返し綿密な取材を繰り返しています。

この取材はおよそ8ヶ月間にも及んだそうです。こうした宮本さんの徹底的な取材の結果「上申書殺人事件」は闇の中から引きずり出され世の光に当てられる事になりました。

後藤は三上静男が関係した3つの事件で上申書を提出

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2005年10月17日、後藤良次は三上静雄の主導のもとに自身が関与したとする3つの事件「石岡市焼却事件」「北茨城市生き埋め事件」「日立市ウォッカ事件」の詳細な内容を記した上申書を茨城県警に提出します。

そして、その翌10月18日、宮本太一さんによる後藤良次からの綿密な取材の上に構成されたこの事件の詳細な記事が「新潮45」に掲載され、この事件は世の注目を集める事になったのでした。

三上静男が関係した事件は?①「石岡市焼却事件」

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ここからは、三上静雄が主導したとして後藤良次が告発した3つの事件の詳細について書いていきます。まずは最初の事件「石岡市焼却事件」について見ていきましょう。

石岡市焼却事件の概要は?

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「石岡市焼却事件」は三上静雄が金を貸していた60歳くらいの男「大塚何某」を自ら殺害し、その遺体を茨城県石岡市のとある会社に運び、その敷地内の焼却場で燃やして処分した事件です。

後藤良次はこの事件で車を使って「大塚何某」の遺体を運ぶ役目を担当したとされます。事件の概要を見ていきましょう。

1999年11月三上が金銭トラブルを起こし男性を殺害

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「石岡市焼却事件」は1999年11月上旬に発生したとされます。三上静雄は当時60歳くらいのある男性に金を貸していましたが借金返済が滞り、三上が催促したところ男は「返さない」と開き直ったのだそうです。

これに三上静雄は激昂し、思わずネクタイでその男の首を絞めて殺害してしまいます。

茨城県石岡市の会社まで遺体を運び焼却炉で燃やす

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後藤良次はこの殺人事件を三上静雄からの電話を受けて知り、その後相談して遺体を燃やして処理する事に決めたのだそうです。

三上静雄から借金があるという経営者男性に電話で事情を話し、茨城県石岡市にあるこの男性の会社の敷地内の焼却炉で遺体を焼却することになります。

後藤良次は遺体をこの会社まで車で運搬し、車から焼却炉まで運んでいます。そして、経営者の男性が灯油を撒き三上静雄が新聞紙を丸めて火をつけ、それを焼却炉の中の遺体に放ち焼却したそうです。

被害者男性は推定60代で苗字しか知らない人物

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後藤良次はこの被害者男性については「大塚」という苗字しか知らず、年齢についても推定で60歳くらいだと言っています。

後藤良次は名前すら知らない人間の死体処理を手伝った事になりますが、そもそもこの時、後藤良次は三上静雄と知り合ってまだ数ヶ月目だったそうです。

この死体処理に手を貸したのも、後藤良次が三上静雄から借りていた480万円をチャラにする事と、それとは別に200万円の報酬を提供するという条件に釣られたというのが理由だったそうです。

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