1948年生まれの芸能人・有名人は?歌手から俳優まで勢ぞろい!

1948年生まれの芸能人・有名人にはどんな人がいるのでしょうか?1948年は敗戦の影を色濃く残す時期で、食料や物資不足に悩んだ年でもあります。そんな終戦当時1948年生まれの芸能人・有名人を俳優、女優、歌手、落語家などジャンルごとに調べてみました。

1948年生まれの芸能人・有名人一覧【俳優編】

Pexels / Pixabay

1948年生まれは今年71歳になります。そんな1948年生まれは芸能界でも各界でも大御所として活躍しています。

それではさっそく1948年生まれの芸能人・有名人を見ていきましょう。俳優編からです。

岡本信人(1月2日)

岡本信人さんは1948年1月2日生まれの俳優です。建築業だった父を持ち、二男二女の4人兄弟でした。中学2年生の時に劇団ひまわりに入団しています。

1962年にNHKのドラマ「福沢諭吉」で子役デビューします。1968年のドラマ「肝っ玉母さん」に出演し、以降石井ふく子さんプロデュースのドラマにはなくてはならない俳優となります。

名脇役として活動を続け、野草の調理が趣味という一風変わった趣味も持っています。

あおい輝彦(1月10日)

あおい輝彦さんは1948年1月10日生まれの俳優・歌手・声優です。日本大学芸術学部を卒業後、アイドルグループ・ジャニーズから1962年にデビューをします。

グループは1967年に解散しますが、1970年にアニメ「あしたのジョー」の主人公として出演します。また1970年に放映されたドラマの主題歌「二人の世界」を歌い大ヒットします。

その後も映画やドラマなどに出演し、1983年には映画「大英帝国」で日本アカデミー賞優秀助演男優賞を受賞、芸能生活50周年を迎え記念コンサートも開催しました。

ショー・コスギ(6月17日)

ショー・コスギさんはハリウッドで活躍するアクション映画俳優です。日本では未公開映画が多いのであまりショー・コスギさんのことを知らないという人もいるかもしれませんね。

ショー・コスギさんは大学受験に失敗した後、単身渡米しアルバイトを掛け持ちしながら全米の空手大会で優勝を重ねます。名前が全米に知れ渡り、当時開いていた空手道場は大盛況だったそうです。

1981年の「燃えよNINJA」で危険なスタントをこなして評価され、以降ニンジャシリーズに主役として抜擢され全米に忍者ブームを巻き起こします。2人の息子も俳優という俳優一家です。

笹野高史(6月22日)

笹野高史さんは1948年6月22日生まれの俳優・タレントです。日本大学を中退し自由劇場に入団します。1972年に初舞台を踏み、俳優としてデビューします。

コミカルでもシリアスでもどんな役柄でも独特の味わいのある演技を見せてくれる貴重な役者です。山田洋次監督の常連で時代劇には欠かせない俳優と言ってもいいでしょう。

4人の息子さんは全員俳優として活躍中です。愛車は黄色のポルシェで木村拓哉さんのアドバイスで黄色にしたとのことで、まだまだ現役で頑張ってもらいたい俳優の一人です。

高田文夫(6月25日)

高田文夫さんは1948年6月25日生まれの放送作家・タレント・演芸評論家です。小学生の頃にフジテレビの「おとなの漫画」という番組を見て青島幸雄さんのような放送作家を志したそうです。

大学卒業後に放送作家の塚田茂さんに弟子入りし、1973年に「ひらけポンキッキ」で放送作家としてデビューします。

「夜のヒットスタジオ」「オレたちひょうきん族」などのヒット番組を手がけ、自身でもタレントとして活躍するなどマルチな才能を発揮しています。

柄本明(11月3日)

柄本明さんは東京都中央区銀座の出身で1948年11月3日生まれの俳優・コメディアンです。家族が映画・演劇好きだったことが俳優を目指すきっかけになったそうです。

自由劇場への参加を経て1976年に東京乾電池を結成します。シリアスな演技だけでなくコミカルな演技も得意です。

志村けんさんとのコントでは婚期を逃した四十路女や、年増の芸者等強烈な個性を持つボケ役を披露しています。

塩見三省(1月12日)

塩見三省さんは京都府出身、1948年生まれの俳優です。凄みのあるヤクザ役から温かみのある人格者まで演じる塩見三省さんは、その役柄になりきりまるで別人のように完璧に演じます。

「アウトレイジ ビヨンド」でヤクザの若頭補佐という悪役を始めてしましたが、北野武監督さえ「えらい怖くて」と言わしめるほどの演技を見せました。

2014年の3月に脳出血で倒れ、5か月間入院しました。2016年2月のNHK総合テレビ「恋の三陸 列車コンで行こう!」の番組で復帰しています。

角野卓造(8月10日)

角野卓三さんは東京都出身、1948年生まれの俳優です。エリートコースを進んでいた角野卓三さんでしたが、中学2年の時に出演した芝居で褒められ、俳優を目指すようになります。

1971年に学習院大学を卒業後、食べていける可能性がある文学座に1971年に入団します。「花咲くチェリー」で初舞台を踏みました。

石井ふく子さん・橋田壽賀子さんコンビによるTBSドラマの常連で、2008年11月には紫綬褒章を受章という名誉に預かっています。

関連する記事はこちら

1948年生まれの芸能人・有名人一覧【女優編】

skeeze / Pixabay

個性的で渋い俳優が勢ぞろいの1948年生まれですが、女優にはどんな人がいるのでしょうか?ここからは1948年生まれの女優について見ていきましょう。

いしだあゆみ(3月26日)

いしだあゆみさんは女優・アイドル・歌手という顔を持つ1948年生まれの有名人です。実妹は歌手の石田ゆりさんで、また石田ゆりさんの夫は小説家・作詞家のなかにし礼さんです。

いしだあゆみさんはフィギュアスケート選手を経て芸能界にスカウトされます。1960年に梅田コマ劇場で初舞台を踏み、1962年には上京していずみたくさんに師事します。

1964年に「ネェ、聞いてよママ」でレコードデビューし、テレビドラマにも出演し女優としても活躍しています。1968年に発売された「ブルーライトヨコハマ」はいしだあゆみさんの代表曲です。

篠ひろ子(3月8日)

篠ひろ子さんは仙台市出身、1948年生まれの女優です。1968年に東北学院大学法学部2年生の時に、ゴルフ場でスカウトされ芸能界へ入っています。

同じ年に「水色の風」で歌手デビューを果たしますが、ヒットせず篠ひろ子さんが注目されるようになったのは女優として活動を始めてからです。

TBSドラマ「悪魔のようなあいつ」などヌードシーンにも臆することなく挑戦して話題になりました。1997年以降は活動を休止し、現在では仙台市に移住しているとのことです。

薫ジュン(5月26日)

黛ジュンさんは女優・歌手として活躍する1948年生まれの有名人です。8歳の時に歌手活動を始め、中学を卒業後は本名で各地の米軍キャンプをジャズ歌手として巡ったそうです。

1964年にデビューしますが、ヒット作に恵まれませんでした。作曲家の黛敏郎さんのファンだったことから「黛ジュン」と改名し「恋のハレルヤ」でデビューします。

そのパンチの効いた声とミニスカートで一気に注目を集めました。女優としても活躍していましたが、一時病気で療養していました。現在では復帰し、活動を本格的に再開しています。

木野花(1月8日)

木野 花さんは女優・演出家で1948年1月8日生まれです。女優になる前は彫刻家で、粘土を使って彫刻を作成していましたが自身の才能に限界を感じ悩んでいたそうです。

大学を卒業後、中学校の美術教師になりますが、1年で退職し演劇の世界に飛び込みます。1974年には劇団「青い鳥」を結成しアングラ演劇ブームの代表的存在となります。

1986年に同劇団を対談し、現在では劇団☆新幹線に参加しています。2018年に出演した「愛しのアイリーン」で第92回キネマ旬報ベストテン主演女優賞を受賞しています。

前田美波里(8月8日)

前田美波里さんは1948年8月8日生まれ、鎌倉市出身の女優です。アメリカ人の父親と日本人の母親との間に生まれたハーフで1963年に東宝の募集を見て劇団に応募し、東宝に入団します。

翌年1964年にミュージカル「ノーストリング」で初舞台を踏み1966年には資生堂のキャンペーンガールに起用されます。しかし踊る仕事がしたかった前田美波里さんは仕事で悩んだそうです。

29歳で劇団四季のオーディションに落ちますが、頼み込んでやっとつかんだ端役で出演したという経歴を持っています。以降舞台やテレビドラマ、CMなど多方面で活躍しています。

1948年生まれの芸能人・有名人一覧【タレント編】

SgtGreenjeans / Pixabay

1948年生まれの女優を見てきましたが、ここからは1948年生まれの芸能人・有名人、タレント編を見て見ましょう。

ヨネスケ(4月15日)

ヨネスケさんは1948年4月15日生まれの落語家・タレントです。4人兄弟だが、父親がそれぞれ違う複雑な過程で育ち、父親の本名も知らないそうです。

1967年に4代目桂米丸に入門して桂米助を名乗ります。1970年には日本テレビ「笑点」で座布団運び役として出演し、これが事実上ヨネスケさんのテレビデビューとなりました。

1982年には日本放送演芸大賞ホープ賞を受賞しています。1989年に古館プロジェクトに所属し、バラエティ番組やテレビドラマ、ラジオ番組など各方面で活躍しています。

林家パー子(8月13日)

林家パー子さんはタレント・落語家・写真家という多才な才能を持つ1948年生まれの有名人です。夫はタレントで兄弟子の林家ぺーさんです。

落語界に入門するとすぐに「美人落語家」として注目を浴びます。落語家としては簡単な喋りで素人っぽさが目立ちましたが、そのアイドル並みのルックスから人気がありました。

名前の由来は「周囲をパーっと明るくする性格」から来ているそうです。タレントになる前は歌手を目指していた時期もあり、藤圭子さんは妹弟子だそうです。

きたろう(8月25日)

きたろうさんは1948年8月25日生まれ、千葉県市川市出身のタレント・俳優です。学生時代から俳優を目指して演劇活動をしていましたが、演出家から指摘されて演劇を学び直すことにします。

大学4年生の時に芸談俳優座小劇場に入り、1971年に同劇団が解散するまで在籍します。解散後は同期の仲間たちと新たに劇団を立ち上げ、活動を続けるほかテレビや映画に多数出演しています。

名前の由来であるきたろうは「ゲゲゲのきたろう」そっくりであったことからつけた芸名ですが、現在では作者の水木しげるさん公認であるそうです。

夏木ゆたか(12月2日)

夏木ゆたかさんは1918年生まれのタレント・歌手・司会者で千葉県出身です。1969年クラウンレコードから「愛のかけら」で歌手デビューします。

しかし歌手としては一向に目が出ず、夏木ゆたかさんは途中でタレントに転向することにします。「ルックルックこんにちは」のコーナー「ドキュメント女ののど自慢」の司会者に就任しています。

陽気でテンションの高いアップテンポの司会で知られ、演歌への知識を生かしてラジオ日本で番組に演歌も出演しています。

1948年生まれの芸能人・有名人一覧【歌手編】

691806 / Pixabay

1948年生まれの芸能人・有名人について見ていますが、1948年生まれの歌手はどんな人がいるのでしょうか?さっそくチェックしてみましょう。

森山良子(1月18日)

森山良子さんは1948年1月18日生まれの歌手・タレントです。ジャズミュージシャン一家の家庭に生まれ、高校時代に友人たちとフォークグループを結成し作品がラジオで流されました。

そのことがきっかけとなり、19歳の1967年に黒澤プロダクション所属の歌手として「この広い野原いっぱい」でレコードデビューします。1969年「まごごろ」で日本レコード大賞大衆賞を受賞します。

1998年の長野オリンピック開会式にはテーマソングを披露、2013年には初のクラシックアルバムを発表し、年間100公演以上もコンサートやディナー賞を精力的に開催、ドラマにも出演しています。

鈴木康博(2月18日)

鈴木康博さんはオフコースの元オリジナルメンバーで1948年生まれのシンガーソングライターです。中学受験の時に通っていた電車内で小田和正さんと出会います。

2人そろって進学した聖光学院の学園祭でステージを披露し、これがオフコースの前身となります。大学を卒業後、小田和正さんと共にジ・オフコースを結成し、プロとして音楽の道に進むことを決心します。

1982年の武道館公演で日本市場初10日間公演を成功させ、同年オフコースを脱退、ソロ活動を始めます。2017年には小田和正さんと35年ぶりの共演を果たしています。

財津和夫(2月19日)

財津和夫さんはシンガーソングライター、作曲家、音楽プロデューサー、俳優などマルチに活躍する1948年生まれの有名人です。和製ポールマッカートニーとの異名を持つ日本のメロディメーカーです。

大学に入学し、1969年に「チューリップ」の前身となるバンドを結成、甲斐バンドや井上陽水を生んだ博多の伝説的音楽喫茶「照和」でライブ活動を展開し人気を博します。

1972年、デモテープをユニバーサル・ミュージックに送り「魔法の黄色い靴」でデビュー、1973年の「心の旅」でブレイクし、松田聖子さんなど多くの歌手に楽曲を提供するなど幅広く活動しています。

都はるみ(2月22日)

都はるみさんは昭和後期を代表する国民的歌手として、多くのヒット曲を世に送っています。1948年2月22日、京都市生まれです。

幼少期から日本舞踊やバレエを習い、6歳の時には母親自らが浪曲と民謡を教えたそうです。高校の時に歌手になりたいといって高校を中退してしまいます。

1963年第14回コロムビア全国歌謡コンクールで優勝し、1964年にデビューします。唸り声のような力強いこぶしが特徴でしたが、2019年現在、芸能活動は休止中です。

五木ひろし(3月14日)

五木ひろしさんも日本を代表する演歌歌手の一人で1948年月14日生まれの有名人です。小学生の頃から歌手になりたいと思っていたそうで、中学卒業後に関西音楽学院に入学します。

1964年にはプロ歌手を目指し上京して作曲家の上原げんさんの内弟子として歌を学びます。1964年6月にはコロムビアの専属歌手としてコロムビアから歌手デビューを果たします。

しかしそれから約5年ほど売れない苦難の時期が続きます。1971年「よこはま・たそがれ」でブレイクし現在まで多数のヒット曲を出しています。

泉谷しげる(5月11日)

泉谷しげるさんはシンガーソングライター、俳優、タレントでその個性的なキャラクターで人気の1948年生まれの有名人です。高校を中退していろいろな職に就いていました。

ローリングストーンズに憧れロックバンドを組んでいましたが、当時は漫画家になろうと漫画作品を投稿していたそうです。1971年にエックレコードからデビューし、役者としても活躍するようになります。

役者としてテレビ大賞や芸術祭優秀賞など様々な賞を受賞し、歌手として役者として多方面に活躍中です。

沢田研二(6月25日)

日本のデビッド・ボウイと称される沢田研二さんは1948年鳥取県生まれの歌手、俳優、作詞・作曲家です。1960年代後半のグループ・サウンズ全盛期にスーパースターとして活躍しました。

高校を中退し京都のダンス喫茶で働いている時に声をかけられ、「ファニーズ」のボーカリストとして活躍を始めます。その後プロと契約し「ザ・タイガース」として当時の日本に旋風を巻き起こします。

1971年にタイガースが解散後はソロとして活動し、音楽ランキングトップの常連になります。作詞家・作曲家としても活動し、現在でも歌手活動を精力的に続けています。

瀬川瑛子(7月6日)

瀬川瑛子さんは1948年7月6日生まれの演歌歌手、女優です。町田学園高等学校を卒業後、1967年にデビューしています。歌手瀬川伸さんの次女で自然に歌手になる環境が揃っていたのでしょう。

1970年に「長崎の夜はむらさき」で50万枚のヒットを記録します。1986年に出したシングル「命くれない」がシングルチャート年間1位を記録します。

「命くれない」は自身の代表的な曲となります。歌手活動以外にも柔和で天然のキャラクターを生かしてバラエティ番組にも進出しています。

NEXT 大瀧詠一(7月28日)