酒鬼薔薇聖斗の現在と神戸連続児童殺傷事件の詳細や手記絶歌を解説!社会

酒鬼薔薇聖斗の現在と神戸連続児童殺傷事件の詳細や手記絶歌を解説!

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1997年2月、酒鬼薔薇による第1の事件が発生。女児2人がハンマーで殴られる

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1997年2月に酒鬼薔薇聖斗による第一の犯行が発生しました。この事件は午後4時頃に神戸市内の路上で小学生の女児2人がハンマーによって殴られるという事件です。

この事件は通り魔のように起きた事件でした。この事件で1人が重症を負いました。

この事件の際、酒鬼薔薇はしっかりと目撃されており、後に学校には批判が寄せられた

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この事件では酒鬼薔薇聖斗を逮捕することができたのではないかという事件でした。この事件で酒鬼薔薇聖斗はしっかりと目撃されていました。

被害者の女児が父親にブレザーを着用し、学生カバンを犯人が持っていたという目撃情報を伝えており、父親も現場周辺の中学公に児童の写真を見せてほしいということを伝えていました。

しかし中学校側が拒否し、被害届を提出後、再度開示要求を行いました。しかし中学校側はそれも拒否しています。この時に中学校側がしっかりとした対応が行われていればその後の事件は防げたかもしれません。

神戸連続児童殺害事件の詳細【第二の犯行】

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第二の事件は第一の事件から1か月後に起きた事件でした。この事件は酒鬼薔薇聖斗が起こした事件で初の死者がでる犯行でした。

今回はそんな神戸連続児童殺傷事件の第二の犯行について紹介していきます。

1997年3月16日、小学生女児山下彩花さんの頭部をハンマーで殴りつけ殺害

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1997年3月16日に第二の犯行が行われます。この事件では初めて死者を出す犯行になりました。

この事件では酒鬼薔薇聖斗が当時小学4年生だった山下彩花さんの頭部をハンマーで殴り殺害をします。

山下彩花さんは病院に運び込まれたものの、3月23日に脳挫傷で死亡しました。彼女を殴りつけた後、すぐ酒鬼薔薇聖は逃走をしました。

上記事件から僅か10分後、小学3年の女児の腹部をナイフで刺し重傷を負わせる

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第二の犯行ではハンマーで少女を殴った後のわずか10分後に別の小学3年生の女児をナイフで刺します。

ナイフは女児の腹部に刺さります。そして、女児の意を貫通し、背部の静脈の手前で止まりました。その後女児は病院に搬送され手術を受けます。

術中に少女は1.8リットルの輸血を使用されました。そして少女は重症を負いますが一命を取り留めます。

神戸連続児童殺害事件の詳細【第三の犯行】

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神戸連続児童殺害じけんを最も有名にさせたものがこの第三の犯行であると言われています。

この犯行では男児一人を殺害するだけでなく、遺体を損壊するなどの異常性がみられる事件でした。さらに遺体を損壊するだけでなく、その男児の頭部をっ学校の正門前に置くという異常行動まで見られました。

今回は酒鬼薔薇聖斗が起こした第三の犯行について紹介していきます。

殺害される土師敦君とは2月頃に知り合った

少年Aは殺害する土師敦君とは2月頃に知り合ったと言われています。しかし、知り合った頃は、殺害を考えて知り合ったわけではありません。

土師敦君は少年Aの弟と同級生であり、少年Aとも知り合いになりました。

知り合ったときは特に殺害しようという計画はなかったのですが、5月に再び会ったときに、自分より小さい土師敦君がターゲットになりました。

5月24日、殺害する目標を探して家を出る

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5月24日に少年Aは次に殺害するための対象を探すために、町内を10分ほど歩いていました。その際、歩道を歩いている土師敦君を発見します。

その際に自身よりも小さいから殺害することができると考えました。そしてこの時に殺害方法まで考えていました。

敦君と遭遇しとっさに思ったのは「僕より小さいので殺せる」

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少年Aは土師敦君を見たときに、「僕より小さいので殺せる」と考え、殺害しようということを考えました。

さらに土師敦君は障碍者学級に通っている事もあり、少年Aはターゲットとしては最適であると考えました。

「おじいちゃんの家に行く」が敦君と家族が交わした最後の言葉

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事件当日、土師敦君は家族に対して、「おじいちゃんの家に行く」といって外出していきました。

しかし土師敦君はこの言葉を最後に、家に帰ってくることはありませんでした。

「亀が居る」と敦君を欺き、殺害現場まで移動し殺害

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少年Aは土師敦君がカメが好きであるということを知っていました。そのため土師敦君に「亀が居る」といって殺害現場まで誘導していきました。

そこで少年Aは誘導していきた土師敦君を手にかけます。

殺害方法は絞殺。何度も何度も首を絞めた

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殺害方法は絞殺でした。これは少年Aが土師敦君を殺害対象に選んだ際に、すでに殺害方法を考えていました。

そして絞殺を選んだ理由は、一度絞殺を行ってみたかったという供述を行っています。そのため少年Aは何度も首を絞め絞殺を行いました。

また犯行がばれるのを恐れていたため、手袋を使用し、指紋が残らないようにして絞殺を行っていました。

殺害に踏み切った理由を敦君が怖かったと後に記述している

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殺害に踏み切った理由は少年Aが絞殺死体からという理由だけではありませんでした。

これは被害者である土師敦君に対して、恐怖心があったと後に述べています。土師敦君は少年A自身が自分と比較したときに純粋でありました。

それにより、自身が汚らわしく感じてしまいました。それにより不安や憎しみが強く表れてしまい、殺害したと述べています。

翌25日、首を切断する為に再び殺害現場を訪れる

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殺害した後、少年Aは一度死体を隠し現場から離れました。しかし、再び現場に訪れます。

この時、遺体の首を切断するために戻りました。そして首を切断するために、ビニールやのこぎりなどを準備して戻りました。

首を切断中、酒鬼薔薇は射精したとも言われる

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酒鬼薔薇聖斗は一度遺体を解体するために戻った際に、のこぎりやビニール袋を持って、遺体のもとに戻りました。

殺害現場で遺体を解体していきました。酒鬼薔薇聖斗は遺体から首を切断しているときに快楽を得ていたと後に述べています。

そして遺体を解体するということで快楽を得て、そこで射精していたと言われています。

切断した首との会話。目を潰す、口を切り裂くなど死後も冒涜は続く

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酒鬼薔薇聖斗は遺体を損壊する際に抵抗はなかったということを発言しています。これは、遺体の首を切ってみたかったという好奇心が強かったとも後に語っています。

その後首を切断後、遺体の首と会話をしていたと後に供述しています。これは遺体の頭部が「よくも殺したな」という発言や、「苦しかった」などの発言をしていたと語っています。

また、切断した頭部の眼が気に入らなかったという理由で、目をナイフで刺し、さらに口を切り裂くと言った冒涜行為を繰り返しました。

自分の穢れた血を浄化する為に被害者の血を飲む

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さらに遺体の冒涜だけではなく、切断時に出た血を飲むと言った異常行動を行います。

これは、殺害した男児が酒鬼薔薇聖斗にとって清らかな存在でありました。そのため彼の血を飲むことにより、自身が清められると考えました。

そのためビニール袋の中にたまった血を飲むことによって、自身を浄化するために行ったと供述しています。また彼にとっては、糸つの儀式であったとも言われています。

その後、首を持って入角の池へ。木の根元に隠して帰路につく

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酒鬼薔薇聖斗は首を切断後、首を持って池に向かいました。この池に向かった理由は首をよりじっくり見たいと思い、向かったと言われています。

しかし、2~3分ほどしてから、興味を失ってしまい、首をビニールに戻してから、木の根元に隠して自宅へと帰っていきます。

26日、自宅に首を持ちかえる

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26日に酒鬼薔薇聖は損壊した首を自身の自宅に持って帰ります。持って帰る際に酒鬼薔薇聖はその後の計画を考えていました。

持ち帰った理由としては捜査の眼を自身から逸らすために使う予定でした。

持ち帰った首を自宅の風呂で洗った

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その後酒鬼薔薇聖は自身の家のお風呂場で持ち帰った頭部を洗浄しました。

切断した頭部をたらいに入れ、ホースを使って洗ったと言われています。そして15分ほどかけて、しっかり洗いました。

その後、洗ってから、自身の屋根裏の上に首を隠していました。

酒鬼薔薇が首を洗った理由

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酒鬼薔薇聖斗が首を洗った理由は二つあります。まず一つ目は、殺害現場を特定されないようにするためです。頭部には、殺害現場の土屋気などが付いているため、頭部から現場が特定されるリスクがあったのです。

もう一つ頭部を洗ったことには理由があります。これは頭部を自身の学校の通う学校の校門に置くため、晴れ舞台であると考えていたためです。

酒鬼薔薇聖は頭部を放置する校門に飾るということは頭部を晴れ舞台に出すという感覚であり、そのため頭部をきれいにしたという供述を行っています。

切断された首の髪をとかしながら射精

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酒鬼薔薇聖斗は頭部を洗い終わった後に髪をとかしたいました。そして切断されている頭部にくしを入れているときに射精しました。

これは彼が性という概念と、生死という概念が結びついていたということを表したいます。そのため興奮し射精してしまったと考えられます。

自分が通っていた学校に首を置く事で捜査の目をかわそうと決める

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自身の通っていた学校の前に頭部を置くと行くことを計画します。これは酒鬼薔薇聖斗が通っていた学校の前に置くということで捜査の目をくらまそうと考えたためです。

そのため、自分自身の通う中学校の前に頭部を放置しようと考えるのです。

27日深夜、予定通り校門に首を設置。犯行声明文をくわえさせる

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酒鬼薔薇聖斗は経過う通りに頭部を自身の通っていた学校の前に放置しに行きます。頭部の入っているカバンを自身の自転車のかごの中に入れて運んでいきます。

そして学校の校門前に遺棄します。正門に置くことですぐに発見されると考え、正門に頭部を遺棄しました。

そして、犯行声明とも考えられている、手紙を頭部にくわえさせて校門を離れていきました。

午前6時40分頃、用務員が首を発見。事件が発覚する

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5月27日の午前6時40分に学校の用務員が、少年の頭部が生きされているところを発見します。

そして通報することにより事件が発覚します。酒鬼薔薇聖斗は頭部を午前3時までには頭部を遺棄していたと逮捕後に供述しています。

酒鬼薔薇が書いた犯行声明文の内容

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酒鬼薔薇聖斗の書いた手紙の内容は、「ゲームの始まりです。」といった文章で始まります。またその後、警察に対して愚鈍な警察という様に警察の事を挑発するような内容が記載されています。

また「殺しが愉快でたまらない」という内容の文章も書かれています。また「人の死が見たくてたまらない」ということも書いていました。

そして人の事を野菜という様に書かれています。この手紙は次の殺人も予告するような内容になっていました。

事件発覚から逮捕まで

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事件発覚から逮捕までの一連の流れは、一か月ほどで酒鬼薔薇聖斗を逮捕することができます。

しかし、逮捕するまでの間に少年Aがすぐに捜査線上に上がってくるわけではありませんでした。これはマスコミが取り上げた犯人像が少年Aとはかけ離れていたのです。

しかし、犯行声明から捜査チームは聞き込みなど様々な情報を集めて、少年Aに辿り着き逮捕することができます。今回は事件発覚から逮捕までを紹介していきます。

事件はその日の内に報じられ日本を揺るがす。ニュースを見た犯人の反応

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少年Aは5月27日の朝、校門の前に遺棄した頭部が発見されたことをニュースを見て知ります。頭部は自身で発見されるように遺棄したため、大きな問題はありませんでした。

しかし、その日の間に殺害現場に遺棄した胴体も発見されてしまいます。この時少年Aは「早すぎる」と驚きを隠せなかったと、逮捕後に供述しています。

しかし、マスコミの報道していた犯人像と自身が異なっていたということにより自分はうまくやれば捕まらず、疑いがかかることもないのではないかと考え始めました。

事件発覚当初、マスコミが報じた犯人像は酒鬼薔薇とはかけ離れていた

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しかし、事件当初にマスコミが発表していた犯人像は少年Aはかけ離れていました。

マスコミは当初、犯人は30代から40代の男性であるという報道を行っていました。そして事件当日に校門付近でブルーバードが目撃されていたため、犯人の使用していた車ではないかと考えられていました。

そのため少年Aは犯人として疑われなくなるのではないかという様に考えるようになりました。

5月30日、6月1日と酒鬼薔薇と警察は接触していた

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事件後に少年Aは警察と二度の接触がありました。しかし、捜査線上に少年Aが現れていなかったため、逮捕までは至りませんでした。

まず最初の接触は5月30日です。この時は少年Aが自転車で外出時に警察官から職務質問を受けて接触しました。この時少年Aは警察官に対して、聞かれるがまま受け答えを行いました。

また6月1日にも捜査員と少年Aは接触をしていました。この時は捜査員に対してまともに答えませんでした。しかし声明文をすらすら暗唱するなど怪しいこともあり捜査員は少年Aについて報告書を上げました。

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