酒鬼薔薇聖斗の現在と神戸連続児童殺傷事件の詳細や手記絶歌を解説!

神戸連続児童殺傷事件という事件をご存知ですか?この事件は未成年の起こした犯罪の中で類をみない残虐性がある事件です。この事件は酒鬼薔薇聖斗と名乗る犯人が少年を次々に殺害し、首を校門前に置き立ち去るという事件です。今回はこの事件や現在、犯人の実名などを紹介します。

酒鬼薔薇聖斗が起こした神戸連続児童殺傷事件の概要

神戸連続児童殺傷事件は兵庫県神戸市でおきた事件です。この事件は複数人の小学生児童が被害を受けました。この事件では被害者の小学生は2人が死亡し、3人が重軽傷を負いました。

この事件は犯行手口が通り魔のような方法で被害者に攻撃したり遺体に損壊を加えたりするなど異常で暴力性の高い事件でした。この事件はさらに、犯人が未成年であり中学生であったということも衝撃的でした。

この事件は犯行声明文ととらえることのできる文書が新聞社に送られてきたということも事件の特徴であります。そこで犯人は自身を酒鬼薔薇聖斗と名乗っていたため酒鬼薔薇聖斗事件とも言われています。

神戸連続児童殺傷事件とは1997年には発生した相次いで児童が殺害された事件

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神戸市連続児童殺傷事件は1997年に発生した児童が相次いで殺害された事件です。この事件に最初の事件の被害者は偶然路上にいた女児2人がゴム製のショックレスハンマーを振るわれました。

その後続けざまに第二、第三の事件が起こってしまいます。第二の事件は最初の事件の一か月後の3月に起こってしまいます。この時、小学4年生の女児を撲殺し、その後小学3年生の女児を刃物で刺します。

さらに5月に小学5年生の男児を殺害します。この男児を殺害した際に死体の損壊を行っていました。さらにこの事件のあとに犯行声明のような挑戦状を送っていました。それにより筆跡鑑定で逮捕されました。

犯人である元少年Aは当時14歳の中学生であり、世に大きな衝撃を与える

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犯人である酒鬼薔薇聖斗と名乗っていた男は当初、30代から40代くらいの男性であるという報道をされていました。しかし筆跡鑑定や聞き込みから割り出され、逮捕されたのは中学生の男児でした。

少年Aは逮捕当初、14歳であり中学生でした。しかし事件の残虐性から事件当初は成人男性が犯人であるというものが最も有力な説となっていました。そのため中学生が逮捕されたということが衝撃を与えました。

しかし事件当初、被害を受けた女児の証言によるとブレザーを着用し、学生カバンを持っていたという証言から犯人が男子中学生が犯人であったといが推測することができました。

校門に被害者の生首が置かれるなど、猟奇的な内容は世間に強い衝撃を与えた

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第三の事件は、少年Aが殺害した男児はただ殺害されるだけでなく、遺体の損壊まで加えられた状態で発見されました。少年犯罪で遺体の損害が起こることは稀でした。

そのため、衝撃的な事件でした。さらにこの事件は暴行されたり殺害された被害者全員が小学生であったということもこの事件の衝撃的な部分でした。

さらに殺害した男児の頭部を学校の正門前に放置するなどすべての行動に、異常性や猟奇性が見られたこともこの事件が世間に衝撃を与えました。

酒鬼薔薇という人物の生い立ち

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酒鬼薔薇聖斗という人物が未成年で猟奇的な行動に出たのには理由があると言われています。これは幼少期からの環境にあると言われています。

酒鬼薔薇聖斗は幼少期はネグレクトに合うこともなく、母親は酒鬼薔薇聖斗の育児を行う人物でした。しかし、厳しいしつけも行っていました。

しかしそのしつけに対して反発するかのように酒鬼薔薇聖斗は異常性が顕著にみられていくようになっていきます。今回はそんな生い立ちを紹介していきます。

1983年に3人兄弟の長男としてこの世に生を受ける

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酒鬼薔薇聖斗は1983年に3人兄弟の長男としてこの世に誕生します。両親ともに健在の中流家庭で生まれました。

そのため、何不自由ない生活を送ることはできました。しかし父親が仕事で半月ほど家を空けることが多く、母親が父親の代わりを担うことも多くありました。

1歳の頃に次男が誕生。幼くして突き放される

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酒鬼薔薇聖斗が1歳になった頃に次男が誕生しました。この時から母親から突き放されるような対応をされるようになっていきました。

次男が誕生したことにより、母親は次男に意識が集中するようになり、酒鬼薔薇聖斗を面倒を見ることが難しくなっていきました。

また長男であるということもあり、弟が生まれたことでより酒鬼薔薇聖斗に対して厳しくなっていきました。

幼少期から母親によって厳しく躾けられる

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さらに三男が生まれたことにより母親がさらに厳しくなっていきます。三男を産んだことで母親が睡眠不足になりストレスの矛先が酒鬼薔薇聖斗に向いていきます。

そして母親から厳しく躾けられるようになっていきます。そして次期に酒鬼薔薇聖斗に対して母親が体罰を加えるようになっていきます。

そして物心ついたときから自分に対して厳しい母親に対して、酒鬼薔薇聖斗は恐怖心を抱くようになっていきます。

酒鬼薔薇への躾を巡って同居の祖母と母が口論になっていた

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母親が酒鬼薔薇聖斗にとっては恐怖の対象になっていました。本来母親は子供にとっての安全基地の役割を担っていることがほとんどです。

しかし酒鬼薔薇聖斗にとっては違いました。同居していた祖母が酒鬼薔薇聖斗にとっては安全基地の役割を担っていました。

祖母は母親に対して、厳しく躾けをし過ぎであるということを伝え母親とよく口論をしていました。祖母も酒鬼薔薇聖斗の見方でいてくれました。

厳し過ぎる躾により小3の頃にはノイローゼに

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母親が酒鬼薔薇聖斗に対して厳しい躾けをし続けました。そのため母親が恐怖の対象でした。

そのため酒鬼薔薇聖斗は強いストレスにさらされている状態が続き小学3年生の時にノイローゼになってしまいます。

可愛がってくれた祖母が小5の時に死去した事を自らも転機としている

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小学5年生の時、酒鬼薔薇聖斗にとって人生の大きな転機となることが起こります。それは酒鬼薔薇聖斗をずっとかわいがっていた祖母が亡くなります。

この時に、生物の生と死に対する感覚が歪んでしまい、性的衝動と殺人が結びついてしまったと手記でも語っています。

祖母の死後、祖母の位牌の前で祖母の遺品を使って精通

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祖母の死後も酒鬼薔薇聖斗は祖母が生前遣っていた部屋によく出入りしていました。部屋では祖母との思い出に浸っているという過ごし方をしていました。

酒鬼薔薇聖斗はある日祖母の遺品である按摩器を押し入れから見つけました。それを自身の性器に当てたことで射精し、初めて精通を経験しました。

祖母の死を契機に奇行が開始される

祖母の死後、酒鬼薔薇聖斗は按摩器を使って自慰行為を行うようになっていきます。しかしそれだけではありませんでした。

彼はその時期にナメクジをジャムの空き瓶に入れるようになっていきました。彼はナメクジを集めるだけではありませんでした。

酒鬼薔薇聖斗はナメクジを集めて、そのナメクジを解剖することに熱中していきました。

中学にあがる事には猫殺しに飽き、興味の対象は人間に移った

中学校に上がるときにはより異常行動が目立つようになっていきました。酒鬼薔薇聖斗は飼っていた犬が死んだ後にその犬の餌を食べていた野良猫を殺害します。

さらに殺害する対象が小動物を殺すだけでは飽き足らず、その対象が人間へと移っていきました。

この時彼は自分自身と同じ人間をころしたらどんな感覚になるか確かめたいという衝動に襲われていました。

学校では転校を強いられる程同級生に激しい暴力も

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酒鬼薔薇聖斗は学校で転校転校を強いられるほど他の同級生に対しても攻撃的でありました。

彼の異常行動や暴力性は学校側もお手上げの状態になっており、転校を強いるようになっていきました。

その他にも意味もなく暴力を振るっていた

酒鬼薔薇聖斗は意味もなく暴力を振るうことも多かったのです。また、彼は暴力だけでなく危険行動や異常行動も多く見られていました。

年度に対して刃物で何度も刺したような跡がある作品を作ったり、他の生徒が所有する自転車のタイヤを切るなど危険行動が多く見られていました。

このように彼は何の意味もない暴力や危険行動が多く行われていました。

酒鬼薔薇が教師に語った「人の命はアリやゴキブリと同じ」

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酒鬼薔薇聖斗が教師に対して「人の命はゴキブリやありと同じである」といった内容のことを発言していました。

彼は生と死が性とリンクしていました。そのため敷物の命を奪うということが快感を得るためのものになっていました。

そのため、彼は人の命も動物の命も自身の快楽を得るためにあるものであるというような考えがあったのです。

酒鬼薔薇が書いた絵

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酒鬼薔薇聖斗は様々な絵をかいていました。しかし彼の描いた絵はどれも一般人には理科できない内容の絵が多かったのです。

また、彼は年度にナイフを何度も刺した作品を作るなど、彼の異常性や猟奇性は絵や年度の作品などにも表れていたのです。

神戸連続児童殺傷事件の犯人酒鬼薔薇聖斗の現在

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神戸連続児童殺傷事件の犯人である酒鬼薔薇聖斗の現在は出所して普通に働いて仕事をしていると言われいます。

彼は出所後にも衝撃を与えていました。これは本の出版をしたりホームページを設立したり様々な活動をしました。

さらに現在は結婚していて、さらに子供もいると言われています。今回は酒鬼薔薇聖斗の事件後の生活について紹介していきます。

現在は少年院を出所!土木関係の仕事を転々としていると言われる

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酒鬼薔薇聖斗を名乗る少年Aは事件後、逮捕され少年院に入りました。この事件では彼の残虐性や異常性が指摘され更生プログラムの実施が行われました。

そして7年間の更生プログラムを経て、彼は少年院を退院することができ、退院後は新たな人生を送っています。

そして現在は彼を取材している複数の記者によると、土木業を転々として生活しているようです。

本名は東慎一郎だったが現在は変わっている可能性が高い

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少年Aは犯行当初未成年であり、少年法によって守られていたため実名が公表されることはありませんでした。

しかし、現在は本名が東真一郎であるということが世間には漏洩しています。

しかし本名がばれていることで生活が著しく困難になる場合は本名を改名することができます。そのため現在は改名していると考えられます。

少年院を出所後、本の出版やHPの開設などが話題を呼んだ

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少年Aは出所後、自身の起こした神戸連続児童殺傷事件や事件を起こすまでに至った経緯を書いた「絶歌」という著書を出版んしました。

これは遺族に対して何の承諾を得ることなく、自身で持ち込んだ企画であるということもあり、批判が殺到しました。また出版するということは、少年Aが反省していないのではないかという批判もありました。

またpixivというサイトにも少年Aをイラスト化したものが投稿されたり、ホームページが開設されたりとインターネット界にも影響を与えました。ホームページは現在閉鎖されています。

週刊誌に年を重ねた画像が掲載される

週刊誌に都市を重ねた雅俗が掲載されてしまいます。少年法で守られていたものの、事件後本人の生活が週刊誌に取られてしまいます。

そして、現在の性格や容姿も写真でとられているため、現在の酒鬼薔薇聖斗の顔写真や生活なども漏洩しネット上などでも出回っています。

週間文春の記者への恫喝も話題に

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週刊文春の記者に対して少年Aが恐喝を行ったということでも話題になりました。

週刊文春の記者が少年Aに直接取材を行った際、少年Aが記者に対して激怒し、恫喝され追いかけられたというものです。

少年Aは出版なども行っていたため、身元もすぐ特定されてしまいます。そのため週刊文集の格好の的となりました。

一時東京に身を寄せていた事が世間に知られる。現在の住所は四国?

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少年Aは事件後、少年院を退院後は東京都内に身を寄せていました。しかし2016年に東京にいるということがばれてしまい、引っ越していると言われています。

そして現在は、四国の田舎の方に身を寄せていると言われています。しかし現在はさらに別のところで生活知っているかもしれません。

マスコミ居場所がばれ短期間で4度の引越しを繰り返していた

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2015年から2016年の期間の間に4度少年Aは引っ越しを行っています。これは少年Aがマスコミに追われるようになったためだと言われています。

少年Aは自身の著書により印税収入を得ていたため引っ越しを行うことができました。

著書の中で結婚し妻と子供がいる事を匂わせた

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著書の中で自身が結婚していて、さらに子どもがいるといったことを匂わせるような内容があります。

そして結婚相手は、酒鬼薔薇聖斗の癌であるという説もあります。

結婚相手はファンの女性だと言われる

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現在少年Aは結婚しているということを著書の中でも匂わせています。しかし結婚相手はどのような人相手であったかというと酒鬼薔薇聖斗のファンであると言われています。

そのため結婚相手は自身の結婚する相手が酒鬼薔薇聖斗であるということも理解しているうえで結婚していると言われています。

神戸連続児童殺害事件の詳細【第一の犯行】

ここまで酒鬼薔薇聖斗の現在や幼少期について紹介していきました。では酒鬼薔薇聖斗が起こした事件について紹介していきます。

神戸連続児童殺傷事件は大きく分けて、3つの犯行に分けられると言われています。

今回は神戸連続児童殺傷事件の第一の犯行について紹介していきます。

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