引っ越しおばさんの真相は?事件の経緯や現在を紹介!関連動画も! 芸能人

引っ越しおばさんの真相は?事件の経緯や現在を紹介!関連動画も!

騒音で隣人を病院送りにし傷害罪で逮捕された引越しおばさん。真相は創価学会の被害者だったとの噂をはじめ、事件の経緯から現在の様子も詳しく紹介。また、話題となった引越しおばさんの歌の動画やaa(アスキーアート)などの派生作品なども含めて詳しくまとめます。

目次

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引越しおばさんとは誰?有名になった奈良騒音事件とは?

引越しおばさんとは、2002年頃から発生していた「奈良騒音事件」の加害者として逮捕された主婦です。

引越しおばさんは騒音おばさんの名前でもよく知られており、連日CDラジカセで大音量の音楽を響かせながら、布団を布団叩きで猛打し「引越し!引越し!」と叫ぶ姿で全国的注目を集めました。

今回はこの引越しおばさんについてや、引越しおばさんが引き起こした「奈良騒音事件」について詳しくまとめていきます。

引越しおばさんが起こした奈良騒音事件とは?

引越しおばさんが2002年から2005年頃にかけて引き起こした「奈良騒音傷害事件」は、騒音を発し続ける事で近所の住民の心身に打撃を与え通院にまで追い込んだとされる傷害事件です。

引越しおばさんは、CDラジカセでヒップホップやユーロビートなどの音楽を大音響で響かせ、それに合わせて近隣住民に大声で罵声を浴びせる、布団を猛烈にたたくなどの嫌がらせ行為を連日行ったとされます。

被害住民が証拠を集めて警察に被害届を提出し、2005年4月、引越しおばさんは奈良県警に傷害容疑で逮捕されています。その後の裁判で2007年に引越しおばさんに実刑判決が下されています。

布団を叩きながら暴言を吐く姿がワイドショーで流れる

引越しおばさんが、騒音を発しながら布団を叩き、近隣住人に暴言を浴びせる姿をとらえた映像は連日繰り返しワイドショーなどで流され、その常軌を逸した姿で全国的なムーブメントを巻き起こします。

「引越し!引越し!」という歌が報道されて話題に

特に騒音おばさんがラップ調にシャウトする「引越し!引越し!」という歌が報道されると、ある意味で人気を集めインターネット上ではこれをモチーフにしたgifやaaなども多数作成され話題となります。

隣人への騒音・嫌がらせで引越しおばさんに懲役刑が下されている

qimono / Pixabay

引越しおばさんは2005年4月に奈良県警に傷害容疑で逮捕され、その後裁判が開始されます。

裁判は控訴審まで争われ、被告側はさらに上告しますが、2007年4月、最高裁判所は被告側の上告を棄却し「傷害の故意があり、犯行は陰湿」として高裁で下された懲役1年8ヶ月の判決が確定しています。

引越しおばさんの当時のニュース動画を紹介

続いて、当時のニュース映像をまとめた動画を紹介します。これを見れば当時のメディアの過熱ぶりや世間からの注目度の高さの理由がよくわかります。

また、引越しおばさんの気合の入り方が尋常ではない事もよく伝わってきます。実は、この引越しおばさんをここまでの暴走状態にしたのは、ある裏事情があったのではないか?との説が存在します。

次の項からは、噂として囁かれている「引越しおばさん事件の真相」について詳しく紹介していきます。

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引越しおばさん事件の真相とは?逮捕後に起きた疑惑

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引越しおばさんをこうした尋常ならざる暴走状態に追い込んだのは、ある原因があったのではないか?と噂されています。

ここでは引越しおばさんは実は被害者だったのではないか?とされている「引越しおばさん事件の真相」の説について見ていきます。

引越しおばさんは創価学会の被害者?

引越しおばさんからの騒音被害を受けたとして警察に被害届を出した被害者は1組の夫婦でした。この被害者夫婦が創価学会員だったのではないか?との噂があるのです。

そして、この被害者が近所に住む引越しおばさんを創価学会の会員にならないかと勧誘します。おばさんがそれを断ったことが原因となってトラブルが発生したというのです。

その後、被害者は近所の創価学会員を数十名ほど動員して、集団での嫌がらせ行為を引越しおばさんに対して行い、それに対してついに切れてしまった引越しおばさんがあの様な暴挙に出たという噂があるのです。

隣人が照明を設置したことからトラブルに

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トラブルが始まる原因となったのは、隣の家に住む被害者夫婦が家の敷地に大光源のライトを設置し、その光が引越しおばさん家の窓から入る様に向けたという事だとも言われています。

引越しおばさんには、難病を患い自宅で寝込んでいる子供がいました。その子供の寝込んでいる部屋に向けて光が飛び込むようになったので、光が入らないようにして欲しいと引越しおばさんが被害者に頼んだそうです。

しかし、このお願いに対して被害者が逆上し、陰湿な嫌がらせ行為が始まったと言われているのです。

キチガイうるさい!病気の息子の声に暴言?

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被害者とされる隣人は、障害を伴う難病で寝込み「うー」といったうめき声をあげる引越しおばさんの子供の声に対して「キチガイがうるさい」などの苦情を自治会で言うなどの行動を取ったとされます。

亡くなった娘のことを笑いものにされた?

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さらに、これまでに亡くなっていた引越しおばさんの2人の娘の事を指して、創価学会に入らなかったからその娘2人には天罰が下ったのだなどと言う噂を近所に広め、笑い者にしたとも言われています。

監視ビデオの観賞会を開かれた?

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騒音おばさんの抗議行動が開始されると被害者側は自宅に監視カメラを設置し、その時撮影された映像に編集をほどこし近所の仲間たちを集めて観賞会を開いていたとも噂されています。

苦しんでいる人を狙うのは創価学会の常套手段との声も

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騒音おばさんは、家で寝込んでいた息子のほか、夫も同じ難病に苦しんでいました。これは夫側の血筋からの遺伝病で、亡くなった娘2人も同じ病気が原因でした。

創価学会員だった被害者とされる隣人は、騒音おばさんのこの不幸な境遇に目をつけ、学会員への勧誘をはじめたのではないか?と指摘する声も出ています。

真相は不明ですが、苦しんでいる人をターゲットにするのは創価学会の常套手段であり、騒音おばさんはそのために目をつけられたのではないか?と噂されているのです。

獄中から送られた引越しおばさんの手紙とは?

ある騒音おばさんの支援者が、獄中にいた騒音おばさんに励ましの手紙を送っています。そして、その手紙の中でここまでに書いてきた様な事件の真相についても真偽を尋ねたようです。

上に掲載したのが、その手紙に対する騒音おばさんからの返事だとされています。綺麗な文字で書かれていて文体も柔らかく、とてもあの狂気に満ちた行動を取った騒音おばさんが書いたとは思えません。

手紙には「出来事のたいはんはそのとうり(文面そのまま)」との一文も見られ、騒音おばさん被害者説が事件の真相と言っているようです。これが本当に騒音おばさんからの手紙だとしたらとても興味深い内容です。

逮捕後の引越しおばさんの親族の反応は?

qimono / Pixabay

引越しおばさんの親族からの証言によると、引越しおばさんは遺伝病を持つ旦那さんと、そうとは知らないままに結婚し3人の子供全員が同じ病気にかかると言う不幸を背負っていたそうです。

それにもかかわらず騒音おばさんは、明るく前向きに子供や旦那さんの介護を続けていたとされます。そのため、この騒音事件の顛末はとても信じられないと言うコメントも出ています。

もしもこれが真実だとすれば、騒音おばさんは不幸な境遇で前向きに生きていたところを被害者とされる夫婦からの陰湿な嫌がらせを受け、ついに精神を崩壊させてしまったという状態が見えてきます。

ワイドショーの映像は悪意のある編集をされていた?

また、繰り返しワイドショーやニュース番組などで流された騒音おばさんが暴れまわる映像は、かなり悪意のある編集がされていたようです。これは当時の報道が実際にそうなっていたので真実だと思われます。

オリジナルの映像では、騒音おばさんと被害者側が言い争いをして喧嘩をしている映像が多いのですが、何故か被害者側の音声は消され、騒音おばさんだけが一方的に暴言を吐いているかの様に編集されています。

さらに、騒音おばさんが怒りの形相で近づいてきた映像では、被害者の「どついたろか?」との声が入っていたのが消され、代わりに「ウッ」というまるで暴力を受けた様な本来無い音が入っているものが存在します。

ネットでは隣人夫婦の様子がおかしいと話題になっていた

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ネットでは事件発生の当初から、騒音おばさんのあまりに必死な様子に、何か裏があるのでは?隣人の夫婦の様子も少しおかしいのでは?との意見も少数ながら出ていました。

インタビューに受け答えする被害者側の夫婦が、自分たちは被害者で正義はこちらにあるという事を必要以上に主張している様に見えた事も、こうした意見が徐々に増える事につながりました。

その後ネットでは、まず被害者側が騒音おばさんを挑発し、それに怒りを爆発させた騒音おばさんの様子を撮影、それを証拠として警察沙汰にしたのでは無いか?との見方が次第に有力になったのでした。

初期の報道では被害者がおばさんを煽る様子も見られた

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事件の報道が始まった頃は、映像が編集される事なくそのまま使用されていました。そのため、被害者側の夫婦が騒音おばさんを撮影しながら笑い声をあげる音声なども入っていたのです。

そのため、この被害者夫婦の方が騒音おばさんを煽って面白がっているのでは無いのか?との意見がネットを中心にちらほら出ていました。次第にこうした被害者側に都合の悪い部分は編集され放送されなくなります。

引越しおばさん被害者説を報じたのは「新潮45」だけだった

ここまで見てきた引越しおばさんが実は被害者だった説「騒音おばさんの真実」は情報ソースがほとんどが2ちゃんねるの書き込みしかないため、信憑性があるのか?と疑問を呈する声も出ています。

しかし、実はこの説にはれっきとした週刊誌からのソースが存在します。それは、事実上廃刊状態にある雑誌「新潮45」の記事「特別ルポ「ヒップホップ布団叩き騒動」 何が彼女をそうさせたか」でした。

「新潮45」は編集体制の不備から事実上廃刊となったとはいえ、権威ある出版社から出されていた雑誌です。つまり、騒音おばさん被害者説には、ある程度しっかりと取材されたであろう情報ソースが存在するのです。

現在も引越しおばさん加害者説と被害者説が対立している

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ある程度信ぴょう性のある情報ソースが存在しているとはいえ、この「引越しおばさんの真実」説は、あくまでもネットを中心に囁かれている仮説に過ぎません。

その真相はいまだに明らかにされておらず、現在でも引越しおばさん加害者説と被害者説は対立が続いています。

引越しおばさんは既に刑期を終えて静かに暮らしているそうで、これ以上この件で波風を立てられる事は避けたいのではないかと思います。本人の口から真相が語られることはおそらく無いでしょう。

引越しおばさんの現在はどうしている?

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そんな引越しおばさんの現在の様子についても詳しく見ていきましょう。

2007年7月出所・今は平群町の自宅で暮らしている

引越しおばさんはこの奈良騒音傷害事件によって懲役1年8ヶ月の実刑判決を受けて服役していましたが、既に刑期を終えて出所しています。

その後は、事件現場となった奈良県生駒郡平群町の自宅へと戻り、騒音を出す事もなく静かに暮らしているという情報があるようです。

出所後の近隣住民の反応は?

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騒音おばさんは実は、被害者とされる隣人夫婦が引っ越してくる前までは、近所からの評判のとても良い主婦として平和に暮らしていたそうです。

そのため、刑期を終えて出所してきた騒音おばさんを平群町の近隣住人たちは「再び騒音を出さないのであれば元の家に住んでも構わない」として温かく迎えたとの情報があるようです。

被害者夫婦は事件後に引越しをしている

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そして、被害者とされた騒音おばさんの家の隣人夫婦は、事件後すぐにこの家から引っ越しており、現在は別の場所で暮らしているという事です。

周辺住民から被害者夫婦に嫌がらせがあったとの噂も

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実は、この隣人夫婦は騒音おばさん事件の後に、その他の周辺住民たちから報復とも言えるような嫌がらせを受け、それが原因で引っ越ししたという噂もあります。

元々、周辺住民はこの隣人夫婦の方が引っ越しおばさんに対して陰湿な嫌がらせを行なっていたのを知っており、周辺の住人からは少しおかしな夫婦として距離を置かれたと噂されています。

これが真実かどうかは不明ですが、仮にそれが真実だとしたら、何故騒音おばさんがあそこまで暴走する前に近隣の住民は助けてあげなかったのか?という疑問は残ります。

引越しおばさんとの噂も!ラジカセおばさんミルクとは?

引っ越しおばさんがその後、東京都原宿へと進出しラジカセを肩に担いでGReeeeNなどの曲を熱唱する、通称「ミルクさん」へと進化を遂げているという噂もあるようです。

このミルクさんがテレビで取り上げられ、全国的に有名になると、ネットでは正体はあの引っ越しおばさんではないか?との噂が持ち上がります。

比較画像なども作成され、確かに似ていると噂になっていますが、おそらくこれはよく似た別人かと思われます。

Youtubeにあるミルクの動画がこちら

原宿竹下通りでラジカセを肩に担ぎ、熱唱するミルクさんの動画を紹介します。動画で見るとやはり引っ越しおばさんとは顔が違うようです。

引越しおばさんとはどんな人物?

続いては、奈良騒音傷害事件の加害者だとされる引越しおばさんの人物についても詳しく紹介していきます。

引越しおばさんの本名は河原美代子

引越しおばさんの本名は河原美代子と言います。事件当時は60歳前後でした。夫はお見合い結婚で間に3人の子供がいました。結婚の時期や夫や子供達の年齢などは不明でした。

1988年に大阪府から事件現場となった奈良県生駒郡平群町へと転居してきており、その翌年に別の隣人とトラブルを起こして裁判沙汰になっているようですが、この件の詳細情報は残されていないようです。

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