姫島村ってどこにあるの?怖い島って本当?観光に行っても大丈夫?

姫島村とは大分県にあるとされる村なのですが、そのおそろしい事件や独特の制度で、「怖い」「闇が深い」と噂されています。この記事ではそんな姫島村の噂の原因となっている事件や制度、観光に行っても良いのかなどを紹介していきます。

姫島村ってどこにあるの?どんな町?歴史は?

jpeter2 / Pixabay

「姫島村」とは具体的にどこにあり、どのような場所なのでしょうか。人口や地形、地名の由来などに迫っていきます。

また、その姫島村にはどのような歴史があるのかについても触れていきましょう。

姫島村は大分県にある村!

姫島村とは大分県の北東部に位置する離島「姫島」全体のことをいいます。2005年3月31日以来、大分県では姫島村以外の村がなくなり、唯一の村となりました。

姫島村はどんな町?

EliasSch / Pixabay

姫島村はどのような村なのでしょうか。人口や面積、地理的要因などから姫島村の特徴を紹介します。

人口は何人?

B_Me / Pixabay

姫島村の人口は現在約2000人です。この姫島には姫島村以外の自治体がないため、姫島全体の人口が2000人ということになります。

位置・地形は?

8385 / Pixabay

姫島村は大分県の国東半島から北東の瀬戸内海に位置します。周りは周防灘と伊予灘に囲まれており、大分県の内陸部から約6kmにあります。

東西に約7km、南北に約4kmと小さい島の中心部に標高266mの矢筈山があります。また、西側には標高105mの達磨岳、その北部には標高62mの城山があります。

その3つの山に挟まれた集落を中心に約2000人の住民が生活しています。

地名の由来は

Walkerssk / Pixabay

「姫島村」という名前は奈良時代から存在し、現存する最古の歴史書である「日本書紀」にもその存在が確認されています。

現在でいう韓国にある「意富加羅国」という国の王子の夢枕に、「比売語曽(ひこめそ)」という女性が立ちますが、比売語曽は日本へ逃げてしまいます。

姫島村にはその「比売語曽」を祭った神社があり、その伝説から「姫島」の名が付いたとされているのです。

姫島村にはどんな歴史がある?

12019 / Pixabay

古代神話では、「古事記」の「国産み」に記されている通り、イザナギとイザナミが最初に8つの島を産んだ後、6つの島を産みました。このうちの4つめが姫島とされています。

古代から姫島独特の黒曜石などを中心に交易が盛んにおこなわれ、中世~江戸時代は大友氏の領土となり殖産業が盛んでした。

その後下関戦争ではその関門海峡への近さから英をはじめとする連合艦隊の拠点となりました。その後近代では1889年に村制が施行され、現在の姫島になります。

姫島村はアサギマダラの生息地としても有名

Nikiko / Pixabay

姫島村には渡り鳥のように様々な場所を渡り歩く「アサギマダラ」とうう蝶が生息していることでも有名です。このアサギマダラはとても美しい蝶で「旅する蝶」の異名を持ちます。

アサギマダラは毎年5月~6月上旬にかけてスナキビソウの蜜を求め姫島村に飛んできます。その後は涼しさを求めてさらに北の方へと移動します。

その後10月には再度姫島村に飛来し、その時期にはフジバカマの花の蜜を吸いながら移動していきます。その様子を見れるのは日本では数少なく、とても貴重な場所です。

関連する記事はこちら

姫島村は怖い?おかしい島?島の評判は?

jplenio / Pixabay

姫島村はたびたびネットで「怖い」「闇が深い」などといわれます。その噂はアニメ「ひぐらしのなく頃に」になぞり「リアルひぐらし」と揶揄されるほどです。

姫島村についてなぜそのような噂が流れているのでしょうか。その原因となっている慣習や不思議な制度を紹介します。

姫島村は変わった村?無投票で村長が決まっている?

Tumisu / Pixabay

姫島村の変わっている点はその村長選のシステムです。なんとこの村では1955年~2012年までの50年以上もの間、実に16回の村長選が無投票で行われています。

しかもその村長は親子2代にわたってほぼ固定されており、村長職はほとんど独占状態にあります。

50年以上も無投票で村長選が行われているのは日本全国で最も長いことになります。

不思議な制度があることでも話題に

Free-Photos / Pixabay

姫島村は現代では変わった制度を採用していることでも有名です。例えば「空き缶デポジット制度」を採用し、本土より10円高い値段で飲料が売られています。

また、成人式では振袖を着てはならないという決まりもあります。これは経済的な理由で振袖を買うことができない家庭への配慮となっています。

姫島村は怖くて恐ろしい島とも!その理由は、過去の事件?

4657743 / Pixabay

姫島村では過去に「姫島リンチ事件」という事件が起こっています。この事件は1962年3月、姫島村の住民39名が男性2名をリンチして殺害した事件です。

姫島村出身で幼いころ別府に移り住んだこの男性2人は、姫島で商売をしようと姫島村に再度移り住みます。映画館経営が成功し、この2人は村で大きい顔をしていました。

2人は次第に住民たちに暴力を振るうようになりますが、村議会議員の叔父の権力でろくに逮捕もされないことに不満を持った住民たちが起こした事件でした。

姫島村に対する世間の印象・評判は?

kaboompics / Pixabay

姫島村は前述のとおり「リアルひぐらし」などと揶揄されており、世間からの印象は決して良くはありません。村独自のルールが多いのもその要因となっているでしょう。

ネットを見ても「大分県姫島村とかいう、日本の闇村社会の強豪」などと酷評するスレッドも建てられており、そのスレも良い評判の投稿はあまりありません。

姫島村の闇?過去に起きたやばい事件・姫島村リンチ事件の内容は?

Anemone123 / Pixabay

姫島村の闇が噂されるになったきっかけの事件として「姫島村リンチ事件」があります。

この事件は、ある青年男性2名が姫島村の住人によってリンチされ殺害された事件なのですが、どういった経緯でそのような事件が起きたのでしょうか。事件の概要と背景を紹介します。

姫島村リンチ事件とは?

「姫島村リンチ事件」とは、1962年3月29日に起きた、姫島村の住人39人が男性2人を集団リンチし、殺害した事件です。

殺害された男性2人はともに大分県別府市から移り住んできた兄弟で、姫島村で映画館を経営するなどしていました。では、なぜこの2人が集団リンチされたのでしょうか。

事件はどのように発生した?

geralt / Pixabay

姫島村の西浦港開港30周年記念として、青年クラブが主催として開かれた少年歌劇団公演のせいで映画館の客入りが悪くなったと青年2人は住民たちに因縁をつけます。

かねてから被害者2名の暴力や大きな態度に不満がたまっていた姫島村の住民たちは、その時に青年2人に報復をすることを決意します。

そうして迎えた3月29日午後7時、青年兄弟2人に襲い掛かり、兄弟が動かなくなるまで集団リンチをした後に立ち去りました。

犯人は別府市に住む兄弟

simple_tunchi0 / Pixabay

この事件のきっかけとなったのは別府市から移住してきた2人の青年兄弟でした。この青年の弟は姫島村に住む町議会議員の叔父を頼って姫島村で映画館を経営します。

この映画館は島で唯一の映画館となり、繁盛したため兄も姫島村へやってきます。しかし、兄の方はなかなか商売がうまくいきませんでした。

やがて兄弟は何かと姫島村の住人に因縁をつけては暴力を繰り返し、住民たちの不満を募らせていきました。

姫島村の若者39人が殴られた

Counselling / Pixabay

映画館経営について因縁をつけられ、「落とし前はしっかりつけてもらうからな」と脅された住民たちは、被害を恐れて公民館に集団で寝泊まりします。

この時に住民39人は報復を決意し、実行に移しました。

犯人への刑罰は?

MasterTux / Pixabay

この39名は、始めは兄弟2人を殺害するつもりはなく、単に日ごろの恨みを晴らして懲らしめてやろうといった程度でした。

裁判ではそういった理由もあり、リンチに加担した39名のうち傷害致死の罪に問われたのは15名でした。

実刑を受けたのはリーダー格の消防団員のみで、それも懲役2年でした。他のメンバーは執行猶予付きの有罪判決となります。

この事件はドラマ化もされている

Pexels / Pixabay

この「姫島村リンチ事件」は1964年11月27日、TBS「近鉄金曜劇場」で単発のテレビドラマとしても放送されました。

「目撃者」と名付けられたこのドラマでは、実際の姫島村リンチ事件をもとに映像化され、昭和39年度の芸術祭では奨励賞を受賞しています。

姫島村では村長選挙が50年以上無投票!?

姫島村では、50年以上もの間村長選挙が行われていません。これは、現在の日本で最も長い期間選挙が行われていないことになります。

姫島村の独特な慣習や姫島村リンチ事件と合わせて、姫島村の闇について噂される特徴の一つでもあり、姫江島村が恐れられる要因となっています。

実際はどのようなわけがあって姫島村は村長選挙が行われていないのでしょうか。

村長選が開催されるたび議論に!

rawpixel / Pixabay

姫島村では村長選挙が行われると必ず議論がなされます。その結果、1957年から2012年の16回の村長選のうち、ほとんど2名の村長しか誕生していません。

しかも前村長と現村長は親子であるため、親子2代にわたって村長職を独占していることになります。

村長選・村議選にはポスター掲示条例が存在しない?

姫島村には、選挙時は他の自治体にはあるはずのポスター掲示条例が存在しません。これは村長選もですが村議員選もです。

告示日でも現職の村長は公務をしている

stevepb / Pixabay

村長は告示日にも住民に対して遊説などをすることはなく、通常と同じように村長としての公務を行っています。

選挙日になると議論になる?

rawpixel / Pixabay

姫島村では選挙日になると議論が行われますが、結局村長になる人物は変わることがなく、その因習が現職の村長まで続いています。

選挙で敗北した岩本家は島から追放された?

LalalaB / Pixabay

このような無投票選挙が50年以上も続くのには理由があります。1955年の村長選では、藤本氏と岩本氏2人の争いとなりました。

熾烈な争いとなった村長選ですが、結果藤本氏が勝利をおさめます。この選挙は住民同士にも大きなしこりを残す結果となり、敗れた岩本家だけでなく岩本氏を支援した住民も島を追放されました。

このような結果となった歴史があり、それ以降の村長選は無投票で50年以上も村長が変わらず続いているのです。

親子2代による村長独占時代が誕生

Free-Photos / Pixabay

結果、親子2代による村長職の独占状態は50年以上も続くことになります。藤本家と関係のある子どもはみな学校ではリーダー的存在で、先生すらも逆らえない状態です。

前職の藤本熊雄氏は姫島村の湾岸工事やクルマエビの養殖事業など、積極的にリーダーシップを取り姫島村を良くしていこうとしました。

息子の藤本昭夫氏も漁業関係の整備をし、姫島村の暮らしを改善するなど実績を上げています。

2016年に選挙開催運動が行われた?

mwewering / Pixabay

しかし2016年、無投票選挙が続いているこの村の因習を変えようと現職の藤本昭夫氏以外の新人が村長選挙に出馬しました。

この結果姫島村としては実に61年ぶりの投票による村長選となりました。

実際には選挙は無意味だった?

61年ぶりとなる投票によるは選挙は、残念ながら現職の藤本昭夫氏が当選することになります。

しかし、この村の因習に異変を感じ一石を投じたことに変わりはなく、これから住民の意識が変わってまともな村長選が行われるようになるのではないかと期待が持たれています。

NEXT ネットではどのような反応がある?