【北九州監禁殺人事件】松永太の現在は?息子はテレビに出演? 社会

【北九州監禁殺人事件】松永太の現在は?息子はテレビに出演?

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北九州監禁殺人事件の詳細と経緯まとめ【緒方純子一家監禁・殺人編】

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主婦が逃走し、金ヅルがいなくなってしまった松永太は金に困り、遂にこれまで行動を共にし自身の支配下に置いていた内縁の妻・緒方純子に金を用立てるように命令します。

緒方純子の実家は農家を営んでおり、父親・譽は村議会議員を務めていました。金策の宛てがない松永太は「名家・緒方家」に目をつけたのでしょう。

松永太の金に対する執着・欲望のために、この後緒方家・幼い子供2人を含む一家6人が惨殺され、遺体を解体されることになってしまったのです。

金に困った松永は純子に金の工面をするよう命じた

金を引出すために複数の女性に幾重にも網をかけていた松永太ですが、監禁した主婦が逃亡した後はなかなか次のターゲットが定まらず、金に困るようになります。

すると、長く不倫関係を続けた末内縁と妻となった緒方純子に金を工面するように命じました。この時緒方純子は既に親から勘当されていたのですが、母親や妹に電話し金銭を要求します。

次々と金銭を要求する娘に対し、母親は金銭要求の内容によって送金したりしなかったりしており、母親をマンションに呼び直接金銭を求めたがこれを断られたため自分で働いて稼ぐことにしました。

松永太は過去に緒方家の資産状況を調査していた

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緒方純子が松永太と不倫関係になり数年が経過した1984年に、緒方純子は自身の叔母に「妻帯者と交際している」と打ち明けたことで、緒方純子の両親も娘の不倫を知ることとなります。

両親は娘・純子に松永太との交際をやめるように詰め寄りますが、同年8月に松永太が緒方純子の両親の元に挨拶に赴き、妻と離婚し純子と再婚する旨の書類を作成した事で態度を軟化させました。

この頃松永太は緒方家の資産状況と純子の母・静美の実家の資産状況を調べており、緒方家が名家で土地なども所有していることを把握していました。純子は最大にして最後の金ヅルだったのかもしれません。

純子が逃げ出したと勘違いした松永が緒方一家に接触し嘘を吹き込む

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緒方純子は金策のため、松永太には何も告げずにマンションを出て行きました。松永太との間に生まれた2人の子供は、長男は置き去りにし、次男は母・静美の実家に預けています。

1997年4月に緒方純子は単身で大分県湯布院町に赴くと、スナックでホステスとして働き始めました。そして緒方純子は松永太に連絡をいれることも、松永太の元に戻ることもなかったのです。

緒方純子が逃げ出したと勘違いした松永太は、純子の母・静美に連絡をとり純子が湯布院町にいることを突き止めます。そして緒方純子を連れ戻すため、緒方一家に嘘を吹き込んだのです。

緒方純子が虎谷久美雄を殺害したと緒方一家に説明する

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松永太は緒方純子を連れ戻すため、「虎谷久美雄の死」を「純子が殺人を犯した」ことにすり替え、緒方一家に『身内に殺人犯』がいると吹聴し、松永太の住むマンションに呼び寄せました。

松永太は『純子を野放しにしてはいけない』『殺人犯が身内にいると世間体が悪くなる』などと言葉巧みに緒方一家を丸め込むと、緒方純子を自分の元に取り戻すための策を練りました。

緒方純子が次男の近況を確認するため実家に連絡を入れていることを利用し、松永太が自殺・死亡し葬儀をあげることを理由に純子を呼び戻すことを緒方一家に提案し、協力を仰いだのです。

父譽、母、静美、妹、理恵子は騙され純子は北九州に呼び戻される

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緒方純子の父・譽と母・静美、純子の妹・理恵子は、松永太から緒方純子が殺人を犯した話をすっかり信じ込み、純子に自首を促すことをよりも松永太に純子を託すことを選択してしまいます。

それだけ松永太の嘘には真実味があり、名家の名が傷つくことを恐れたのでしょう。松永太の『偽葬儀』の提案に乗ると、母・静美は純子に『松永が自殺し死んだ』と嘘を伝え北九州に呼び出しました。

緒方純子は急ぎマンションに駆け付けると、松永太の遺影があり線香が焚かれ緒方家一家3人が座っていました。『偽葬儀』は緒方純子を油断させるため本番さながらに捏造されたのです。

松永太は押し入れに隠れていた

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松永太の死を確信し、打ちひしがれながら遺書を読んでいた緒方純子の目前に、押し入れに隠れていた松永太が飛び出し『残念だったな』と叫び、純子に激しく殴りかかりました。

これを機に、緒方家の3人は一斉に緒方純子の身体を押さえつけ、純子の身柄を確保し松永太に引き渡したのです。

緒方純子は逮捕後の供述の際に、取り押さえられた直後の記憶が無くなっていると話しています。松永太から解放された安堵感の直後に「生きた松永太」が現れたことで絶望したのかもしれません。

その後純子を最下層に置き虐待をはじめる

松永太の執念と巧妙な嘘により、湯布院町への逃亡から連れ戻された緒方純子は、松永太から通電・暴力などの激しい虐待を受けました。

これは自身の元から逃げ出した緒方純子への怒りと、二度と逃亡しようなどと思わせないようにする狙いがあったのでしょう。

この一件により中学生となった虎谷久美雄の娘A子と緒方純子の立場は逆転し、緒方純子は最下層に追いやられると、些細なことで松永太から責められ虐待をされるようになりました。

A子は上位になり、松永太の従順な奴隷となっていた

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1997年3月以降、死亡した父・虎谷久美雄のように浴室に監禁されていたA子でしたが、緒方純子が逃亡したことで子供の世話や緒方純子の代わりを務めることを松永太から指示されます。

そして浴室での監禁から解放され、中学校にも通学出来るようになりました。松永太は虐待をする一方で良いこと・協力したときにはご褒美を与えて被害者を懐柔しています。

A子は緒方純子が連れ戻されてからも優位な立場を維持しており、自身が最下層に落ちないため松永太の命令に服従し、緒方純子に対する監視・報告の手を緩めることはしませんでした。

松永は純子の両親、妹夫婦が互いに不信感を抱くようにした

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緒方純子の湯布院町逃亡以降、純子の両親・妹を小倉のマンションに頻繁に呼び寄せ、松永太と緒方純子の離縁話の話し合いを持ち掛けます。話し合いは酒を酌み交わしながれ明け方まで続きました。

松永太は、この酒の席で離縁話をしながらも家族間での愚痴を聞き出し、それぞれの弱みとして掌握していきました。この話し合いには途中から純子の妹の夫・主也も参加するようになります。

主也は元警察官で、松永太のマンションに連日のように通い朝帰りを繰り返す義父母・妻を見て、松永太に対し不信感を抱き警戒心を高めていました。

緒方家の血縁がない主也を取り込み、家族を引き離す

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松永太にとって緒方純子と血縁関係がなく、元警察官で正義感・猜疑心の強い主也は、最も警戒しなければならない人物であり、懐柔する必要のある存在だったはずです。

主也が家族会議に参加するようになると、家族会議とは別に主也と2人で飲みに行くようになり、緒方一家から聞き出した秘密を主也に聞かせるなどして家族とは別格に扱いました。

婿養子である主也の立場の弱さを利用し自尊心を傷つけると同時に、主也を持ち上げ『理解者』を演じると、主也から緒方家に対する不満を聞き出し、主也の緒方一家に対する不信感を増長させていきました。

妹・理恵子と主也、義父母と主也の関係が悪化

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松永太は、緒方純子の妹・理恵子が中絶していた過去や、主也と結婚後に職場で不倫していたことを酒の席で聞き出しており、それを主也に打ち明けて理恵子に対しての怒りや憎しみをもたせました。

また義父母に対しても、婿養子になる際の土地名義変更がされていないことなどを挙げ『いつまで緒方家の奴隷でいるのか』と主也を煽り、義父母に対する不信感を抱かせます。

『家長はあなただ。緒方家の人は殴られて相当』と主也を持ち上げ、義父母と妻・理恵子を主也に殴らせると、この一件を機に、緒方一家も主也に憎悪を抱くようになっていきました。

純子の姪、彩(10歳)甥の優貴(5歳)も小倉に呼び寄せる

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主也は、松永太に懐柔されていく中で自身の子どものことを心配している胸中を打ち明けました。妻である理恵子と共に小倉のマンションを訪れるときには2人の子供を置いてきていたからです。

『子供を置いて小倉に来るのは心配なので、小倉には中々足を運べない』と松永太に伝えると、松永太は主也に娘・彩と息子・優貴を連れてくることを提案し、渋る主也を説得します。

そして1997年8月の小倉の夏祭りを口実に彩と優貴を連れてこさせると、そのまま松永太のマンションに呼び寄せて同居させ、子供を人質化しました。

一家が完全に北九州に移ると虐待が始まった

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松永太は緒方純子が殺人を犯したことで匿うための費用、離縁話を純子が破談にした慰謝料、緒方一家各々の弱みを書面化しそれに対する様々な費用の名目で緒方家の資産を奪うようになります。

まずは緒方家の貯金1千万円強を父・譽から奪い取ると、次は緒方家の土地を担保に農協から3千万円を借入させました。母・静美は消費者金融から借金をして金を作り、妹夫婦は仕事を辞め退職金を渡しました。

既に松永太に弱みを握られ、責めあげられ、眠らされず、暴力・通電などの虐待を受けていた緒方一家は、全員が松永太のために金策に走り回っていました。

緒方家の親族が警察に相談するも、一家は失踪

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父・譽が農協から金を借り松永太に金を渡したことを聞きつけた、父・譽と懇意にしていた市議会議員は、緒方家を訪れ金銭を渡すことをやめるよう説得しますが、聞く耳をもつことはなかったといいます。

更に緒方純子の祖父が所有する土地の売却をしようと画策しますが、緒方家の親戚らが一家の行動を不審に思い資産保全の仮登記を行います。そして親族は警察に通報し、緒方家周辺を張り込むようになりました。

母・静美が久留米に戻った際に警察官から指名手配犯・松永太と緒方純子の居場所を聞かれるなどしたため、母・静美はこれを松永太に報告すると、その後緒方一家4人は久留米から失踪してしまいました。

緒方一家は北九州に移り住み、連日虐待を受けた

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警察の手が自身に近づいていることを知った松永太は、土地の売却も緒方家の親族に阻止され、金を用立てることが出来なくなった緒方一家を北九州に呼び寄せ監禁することにしました。

緒方家一家6人が完全に北九州に移り住むと、松永太は一家に対しての虐待を本格化させていきました。

家族は松永に気に入られる為家族を裏切り密告するようになった

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北九州に移り住んだ緒方家の6人は、虎谷久美雄と同様に連日激しい虐待を受けるようになりました。食事・睡眠・トイレの制限や蹲踞の姿勢、水シャワー、通電、暴力は日常的に行われます。

これ以外に『外出制限』で松永太の外出許可がないと外には出れないようにし、部屋では『衣類制限』で上半裸でパンツ一枚の状態とし、女性には両乳首にガムテープを貼らせました。

部屋は遮光カーテンを付け、玄関のドアチェックはドアが開かないほど短くし、ドアスコープ・新聞受けは物で遮り、外部から完全に室内をのぞけない【監禁部屋】を作りました。

家族の心の交流を遮断し、憎しみ合うように仕向ける

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松永太は、緒方一家に家族同士で悪口を言うことを強要し、言わない人には通電をすると、悪口を言われた人にもそれを理由に通電をする行為を繰り返し行いました。

悪口を言われた人は言った人を憎み、言わない人は序列が最下層となり常に通電の標的にされる構造を作ると、皆が通電から逃れたい一心で互いに悪口を言い合うように仕向けます。

こうなると皆が通電を逃れるため、松永太にまるで媚を売るようにどんな些細なことでも家族の悪い部分を松永太に密告し合うようになり、一家の心の繋がりは消え去ってしまったいました。

1997年12月通電などの虐待により純子の父が死亡

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19972年12月21日、松永太は土地の売却が出来なかったのは父親・譽の責任だと言いがかりをつけ、共犯である純子を含めた緒方一家5人を並べ正座させます。

その場で緒方純子に、父・譽の頭部に通電をするように命じます。純子は言われた通り父親の頭部に通電したところ、そのショックにより父・譽は死亡してしまったのです。

純子とA子が指示し、緒方一家が死体解体を行った

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父・譽が死亡すると松永太は緒方一家にこの後どうすれば良いかを話し合わせながらも、死体を解体するという結論が出るように誘導すると、緒方一家は父・譽の死体解体を決心します。

死体解体の詳細な手順に関しては、虎谷久美雄の死体を解体した経験を持つ緒方純子は、松永太の望む死体解体のやり方を理解しているので、松永太から死体解体の手順の指示はありませんでした。

純子とA子が指示役となり、母・静美、妹・理恵子、その夫・主也、そして妹夫婦の長女・彩までも死体解体を手伝わせ、譽の首を切断すると、死体を解体・処理し、海・公衆便所などの下水に捨てました。

1998年1月純子の母を殺害

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父・譽が死亡すると、松永太は母・静美に対する虐待を加速させました。母・静美は繰り返される通電・虐待により精神を患い奇声を発するようになると、浴室に監禁されるようになります。

松永太は、純子と妹夫婦に対策を考えさせ、「入院・別居」などの殺害以外の案を全て却下し「回復するかもしれない」という希望的意見には『暴れたら殺害が困難だ』とまくしたて殺害案へと誘導しました。

誰ともなく母・静美を殺害することを提案すると、その対策に決定させ『一家の決断』としました。すると今度は『どうやって殺害するのか』と話を先に進め、殺害方法を一家に考えさせたのです。

妹夫婦が殺害に加担する

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1998年1月20日、松永太から殺害に使用するため『電気コード』の使用許可をとった緒方家の3人は、母・静美の殺害を実行します。

純子と妹・理恵子が母親の身体を押さえると、松永太は『お前が絞めろ』と命じ、妹の夫・主也が母・静美を絞殺しました。

これまでと同様に死体を解体すると、大鍋で煮込み液状化させ海・公衆便所の下水に捨てました。母・静美の死体解体は、妹夫婦とその長女・彩が実行し、純子とA子は指示役でした。

同年2月理恵子を殺害

母・静美の死体解体・処分した後、松永太はそれまで一緒に監禁していた家族を分けて住まわせました。松永太、緒方純子とその子供2人・妹・理恵子と長女・彩が同じ屋根の下に暮らすことになります。

もう一方のマンションの部屋にはA子、妹の夫・主也と長男・優貴が住むことになります。これは松永太が家族の結託や逃亡を阻止するためにそれぞれに子供を置き分散させたと考えられます。

母・静美が死亡すると、虐待の照準は妹・理恵子に向かいました。通電は当然のことながら、髪の毛を切ったり上半裸の状態で家事を行わせるなど、心身ともに追い込んでいったのです。

緒方純子と妹の夫・主也、長女・彩で話し合う

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通電などの虐待が続き耳が聞こえ辛くなった妹・理恵子は、長女・彩と松永太からの指示の解釈を巡り口論となります。これに目を付けた松永太は妹・理恵子に『おかしくなった』と因縁をつけ始めます。

緒方純子に『母・静美のようになったらどうする』と問いかけ殺害を連想させると、一家でどうするか話し合うよう命じ『自分が起きるまでに終わらせろ』と言い残すと別室で眠りにつきました。

純子と妹の夫・主也、長女・彩は殺害の指示だと感じましたが、殺害は避けたいと悩みます。しかし松永太が望む答えでなければ自分たちが通電され、理恵子も更に酷い虐待の末殺されるのではと考えます。

妹・理恵子の殺害を決心し、実行する

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中々結論が出ない中、緒方純子は「松永太が起きるまでに終わらせておかないと酷い目に合う」、「理恵子は生きていても虐待を受け続け辛いだけだ」と妹の夫・主也に切り出します。

主也は「自分が殺る」と妻・理恵子の殺害を決心し、長女・彩に足を押さえて母親と最後の別れの挨拶をするように問いかけると、2人は理恵子がいる浴室に電気コードを握りしめ向かったのです。

1998年2月10日、主也が理恵子の首にコードを巻こうとすると、理恵子は眼を見開き『主也、私死ぬの』と呟くと、主也は『すまんな』と答え、長女・彩に足を押さえさせて理恵子を絞殺しました。

理恵子は松永太の子供を妊娠していた?

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後の裁判の際、緒方純子は妹・理恵子が松永太の子供をお腹に宿していたのではないかと証言しています。松永太本人の証言によれば、理恵子と松永太は1997年4月から肉体関係が始まったそうです。

1998年当時、松永太は緒方純子に対し、妹・理恵子に誘われたが肉体関係は持っていないと否定していたようですが、純子はそれが松永太の嘘だと気付いていたと裁判で語っています。

死亡前、理恵子の生理が止まると、松永太は体調の変化だろうと言いながらも理恵子の陰部に通電を行っており、流産目的で通電・妊娠発覚を恐れ理恵子を殺害したのではないかと推測しています。

同年4月理恵子の夫が死亡

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妻・理恵子を殺害し『自分の嫁まで殺してしまった』と泣いた妹の夫・主也でしたが、理恵子の次のターゲットとなってしまいます。

男性である主也を生き残っている女性たちに絞殺させるのは困難だと松永太は考えたのかもしれません。主也は激しい通電を受けるようになり、男性器も通電され性器は水膨れで腫れあがりました。

食事制限もそれまでよりも過酷なものとなり、1日の食事はラードを塗った食パン数枚だけとなると、主也は見る間に痩せこけ嘔吐・下痢を繰り返し歩行も困難になっていったのです。

飢餓状態の主也を外食に連れ出す

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一時症状が治まると、松永太は主也を外食に連れ出し、量の多いセットものを注文するように命じます。主也は丼と小うどんセットとメンチカツを注文し、飢餓状態の身体に無理して食べ物をつめ込みました。

帰宅した主也は浴室に監禁されると嘔吐は悪化し、吐いてもすぐに吐き気が訪れ、胃液さえも出なくなりむせる状態が続いたのです。そして上半身を起こすことさえも出来なくなるほど衰弱していきました。

缶ビールを飲ませ衰弱死させた

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1998年4月13日、衰弱して動けなくなった主也に対し、眠気防止のドリンク・500mlの缶ビールを飲み干させた。それから1時間が経過した後、主也は浴室で衰弱死しました。

松永太は主也が死ぬことを予期し『最後にビールを飲ませた』と裁判で証言しています。主也の死は長女・彩に浴室で確認させて、松永太に報告させています。

死体解体・処理は緒方純子と長女・彩が行いました。純子は主也を解体した際に「腹腔内に濃い・緑色の液体が広がり、腐敗した様な重たい臭いがした」と後に述べています。

同年5月優貴を彩と純子に殺害させる

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松永太は緒方家の資産をむしり取ると、純子の父・譽の通電によるショック死から次々とターゲットを絞り追い込みをかけ、緒方家の大人たちを殺害へと誘導していきました。

この時点で松永太以外の大人は緒方純子のみとなり、残っているのは純子の息子2人や知人女性から預かっている双子以外には、虎谷久美雄娘A子と純子の妹夫婦の子供2名だけとなりました。

主屋の死亡から1ヶ月も経つと、松永太は純子に対し『子供は大きくなると復讐することがある』『復讐されないためには早い段階で口封じをしないといけない』と暗に殺害を連想させるようになります。

長女・彩の懇願も叶わず、弟・優貴は絞殺された

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緒方純子は、甥の優貴が生きていても松永太から辛い虐待をされるだけと思い、優貴の殺害に同意しましたが、長女・彩は弟を殺害されることを阻止しようと必死に松永太に懇願しました。

「何も言わないから弟と父親の実家に帰りたい」と誓う彩に対し松永太は陰部にまでも通電し、彩が殺害や死体解体・処理に関わっていることなどを理由に説得し殺害を了承させました。

1998年5月17日、彩は優貴を台所の床に寝るように誘導すると「お母さんの所に行こう」と言い、A子が優貴の足を押さえ純子と彩が2人がかりで絞殺し、3人で死体解体・処理も行いました。

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