不思議な事件69選!神隠しやUFOの存在は?解決済の事件も! 占い・スピリチュアル

不思議な事件69選!神隠しやUFOの存在は?解決済の事件も!

日本での神隠しとは、オカルト的な不思議な事件を指します。プチエンジェル事件など、犯人が自殺するなど後味の悪い事件も。世界でも同様の事件が存在しており、ロシアのディアトロフ峠事件もその一つとされています。解決済みのものも含め様々な不思議な事件を紹介します。

目次

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不思議な事件・神隠し事件【日本編】

johnhain / Pixabay

「神隠し」とは、古くから日本に伝わる言い伝えの1つです。ある日突然、そこにいたはずの人が消えてしまうと言う何とも不思議な事件です。

現実にも様々な「神隠し」のような事件が発生していますが、解決済みには至っていない物も多いようです。

坪野鉱泉肝試し失踪事件

1996年5月5日、富山県氷見市で肝試しに行くと家族に告げ、19歳の少女2人が地元でも有名な心霊スポット、坪野鉱泉にある廃墟ホテルに出かけます。深夜になり、その後2人は車ごと姿を消してしまいました。

2人の失踪には、心霊スポットにたむろする不良に連れ去られた、UFOにさらわれた、家出をしたなどと様々な説が取り沙汰されています。

警察による大掛かりな捜索もされましたが、以前車ごと行方不明の2人足取りはつかめていないようです。

たけのこ掘り行方不明事件

2005年、香川県在住の当時5歳の大西有紀ちゃんは、家族と連れ立ちたけのこ掘りへ出かけます。夢中になった有紀ちゃんは「もう1本取ってくる」と言い残し、竹林に入っていき戻ってくる事はありませんでした。

当時は、近くの池で溺れたのでは、と池の水を全部抜いて捜索しましたが、有紀ちゃんの姿はどこにもありませんでした。

警察犬の追跡では、全ての犬が同じ場所で立ち止まった為、誘拐事件も疑われます。しかし、その竹林には、車が入るような場所が全くありませんでした。

加茂前ゆきちゃん失踪事件

1991年、3月15日の夕方、三重県四日市市で加茂前ゆきちゃんが突然、自宅から姿を消します。テーブルに置いてあった飲みかけのココアは暖かいままでした。

夜勤明けの父親は、ゆきちゃんが消えた時間もずっと寝ていて気付かなかったそうですが。パート先から、母親が電話をかけた時はゆきちゃんが出たそうです。

ゆきちゃん失踪した年後、1通の手紙が父親宛に届きますが、それはとても薄気味の悪い恐ろしい内容でした。

福島女性教員宅トイレ便槽内怪死事件

1989年2月28日、福島県で女性教員が自宅のトイレの便槽内で、若い男性が死体となって発見されます。

現在では、ほとんどの家庭で水洗トイレになっていますが昔は汲み取り式のトイレが普通でした。

男性は、女性を覗き見する目的で便槽内に入り込み、出られず胸部循環障害を引き起こし凍死したものとされました。

岡山地底湖行方不明事件

2008年1月5日、岡山県の鍾乳洞に遊びに来ていた高知大学3年生の男性が、鍾乳洞の奥にある地底湖で泳いでいた所、行方不明になる事件が発生しました。

日咩坂(ひめさか)鍾乳洞は奥行きが約1600mあり、その奥には深さ約32mの地底湖が存在します。そこで泳いでいた男子学生の仲間から110番通報がありました。

複雑な地形の鍾乳洞で6日間にわたる賢明な捜索を行っても、男子学生を派遣するに至りませんでした。

奇妙な出来事

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5人の仲間と遊びに行き、泳いだのは被害者1人だけというこの事件には様々な不可解な出来事がありました。

「鍾乳洞に入る許可を出していない、溺れるところを誰も目撃していない、救助活動を行わず全員鍾乳洞から出てきた、被害者のミクシィを何者かが削除した」などです。

高知大学探検部は女性が多く部活動内で「恋愛によるトラブルがあった」とする証言もあるようです。憶測に過ぎませんが単なる水難事故としては不可解過ぎる事件です。

嵐真由美さん失踪事件

1994年9月2日の夜、嵐真由美さんは、友人と会うと言い残し外出します。真由美さんは出産のため里帰りの為、実家に戻っている時の出来事でした。

実家には両親と姉洋子さんがおり、真由美さんは1歳半になる娘を残し、外出したまま戻ってくる事はありませんでした。

「洋子のはなしは信じるな」のメモ

真由美さんが失踪してから、警察の捜査に先だって証言したのは姉の洋子さんでした。真由美さんが既婚男性と不倫していたと証言したのも洋子さんです。

率先して警察の捜査に協力する洋子さんですが、実は妹の真由美さんとは非常に仲が悪く、昔から妹に意地悪で虚言癖があったとする証言も出ています。

そんな中テレビのインタビューに答える父親の背後に不可解なメモが貼り付けているのを視聴者が発見しました。これが「洋子の話は信じるな」です

井の頭公園バラバラ殺人事件

1994年4月23日東京都の井の頭公園内に設置してあるゴミ箱の中からポリ袋に入った人の足首を清掃員の女性が発見します。警察の捜索によって、合計27個ものポリ袋に入った遺体の一部を発見しました。

遺体からは身体中の血が抜き取られており、プロの犯行だと思われます。目撃情報として、現場近くのデパートの脇で被害者に似た男性と2人の男性が揉み合ってたと言う証言もありました。

死体が発見された当日朝、不審な2人組がポリ袋を持って歩く姿も見られています。しかしその後、被害者とそっくりの中国マフィアに追われていた男性と間違われたのではないかという説も浮上しています。

プチエンジェル事件

2003年7月東京都赤坂にあるマンション内に小学6年生の女子児童4人が誘拐監禁されたプチエンジェル事件は、女子児童の1人が手錠を外し近所の花屋駆け込んだ事で、事件が発覚しました。

犯人は児童買春の逮捕歴があり、国会議事堂の近くにあるデートクラブでローディーンの少女を男性客に斡旋して多額の利益を手に入れていました。

実は男性客の中には政治家や、とてつもない大物がいると言う噂がありました。国家予算委員会である議員が「少女が被害者かわからない」と言う答弁をしていたのも問題になっています。

石井舞ちゃん行方不明事件

1991年7月25日、福島県の自宅から、当時7歳の石井舞ちゃんが行方不明になりました。その日、遊びに来ていた友人達と3人で寝ていた舞ちゃんが突然消えたことに身内の犯行だ疑われます。

一緒にいた友達の証言により、夜中の12時に「遊びに行こう」と舞ちゃんに話しかける不審な男がいたとされます。当時、同居していた従姉妹の彼氏kが疑われましたが、事情聴取の結果、逮捕には至りませんでした。

舞ちゃんの父親は、自営業をたたんだ後、兄の犯行を疑い何とか証拠をつかもうとKの身辺を調査しますが、結局途中で断念し舞ちゃんが戻ってくることはありませんでした。

世田谷一家殺害事件

2000年12月30日午後11 5袋から翌朝にかけて東京都世田谷区で両親と長女8歳、長男6歳の4人家族が殺害される事件が発生しました。

犯人は殺害後の長時間、その殺害現場となった家に留まり、被害者のパソコンを使用したり、アイスクリームを食べるなど異常な行動をとっています。

犯人の指紋や靴跡、衣類などの多くの遺留品を残しているにも関わらず、未だ解決に至ってないこの事件は、現在有力な情報提供者に2千万もの報奨金が用意されています。

鉄道事故の不可解な謎

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2013年2月17日新快速電車が長浜踏み切りを過ぎたあたりで緊急停止しました。27歳の運転士が言うには、線路上に40、50歳位の男性が立っていたのを見て慌てて止めたそうです。

救急車が出動し、長浜警察署員が電車の車体や船の上などを調査しましたがどこにもぶつかった痕跡がありませんでした。負傷者どころか、そのあたりに人影も見当たらなかったのです。

このオカルト的な話はこの事件だけではなく石川県JRの駅、福岡県の私鉄のある駅などでも同じようなことが起こっているようです。

誰も乗っていないはずの東海道新幹線

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列車が静岡駅を通過したので、列車内を見回りに向かった専務車掌はある異変に気がつきます。富士川の鉄橋を通り過ぎ13号車のデッキに立った瞬間、誰一人乗っていなかった車席が多くの人で満席になっているのです。

名古屋で見回ったときには、13号車に誰も乗っていないことを確認していました。不安を覚えながら13号車の中に入ると米の乗客たちは、誰も口を開くことなく無表情で座っています。

乗客の老人たちは、念仏を唱え始めました。薄気味悪さに運転士に見たことを報告しましたが、取り合ってくれませんでした。仕方なく踵を返し乗務員室に戻ろうとした際は、 13号車に乗客が1人もいませんでした。

消えた風船おじさん

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ヘリウムガスで風船膨らませ大きな気球を作り、太平洋横断の冒険をする壮大な夢を抱いたのは、ピアノ調律師の鈴木さんでした。

その夢を実現しようと1192年11月23日に「ファンタジー号」と名付けた風船の気球は大空へ旅立ちました。

無線免許を持たなかった鈴木さんは、携帯で連絡を取っていましたが、11月25日に最後の飛行を確認された後行方不明となってしまいました。

グリコ・森永事件

1984年3月に人グループが、江崎グリコ社長宅に押し入り社長を誘拐した事から始まった事件です。十億円の身代金を要求されますが、3日後に監禁場所から社長が自力で逃げ出しました。

その後江崎社長宅に、60,000,000を要求する脅迫状が届き、グリコ本社が放火される事件も発生します。マスコミにエコ製品に青酸カリを入れるという挑戦状により、グリコ製品は店頭から消えてしまいます。

その後犯人は、丸大食品や森永製菓も同じように脅迫します。警察を翻弄し、マスコミを利用したこの事件は、1985年8月に犯人からの送られた終結宣言によって完結します。

赤城神社失踪事件

1998年に、千葉在住の主婦志塚法子さんは、家族で訪れた宮城県の赤城神社で突然姿を消してしまいます。

最初は、雨が降っていたため車で待機していた理子さんでしたが、お賽銭だけ上げてくると言い残し神社に続く参道を上っていきました。

そしてそのまま姿を消してしまったそうです。数日後法子さんが、誰かに傘を差しかける姿が映ったホームビデオが自宅に送られてきましたが、未だに解決には至っていないようです。

名古屋市西区主婦殺害事件

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1999年11月13日、名古屋市に住む当時32歳の主婦が、首を刃物で切られ倒れているのを、おすそ分けをしようと女性を尋ねたアパートの大家が発見しました

正午から14時の間に、人が争う大きな物音と階段を駆け下りる足音が聞こえた、と言う証言が住民から得られます。殺された女性の2歳になる息子は、無事だったそうです。

現場に残った足跡や付着した血痕等から見て、では40代から50代ぐらいの女で血液型B型ということが判明します。ですが犯人は捕まっていません。

歌舞伎町ビル火災

日本で発生した火災の中で、戦後5番目の大きな被害となった歌舞伎町ビル火災は2001年9月1日に東京都新宿の雑居ビルで起こりました。

日頃の防火体制の不備から、消防庁より注意勧告を受けていたも関わらず、大報知器の電源は切られ避難器具も未設置で、使用できない状態だったそうです。

この火災では44名の被害者を出し、全員が急性一酸化炭素中毒によって死亡したことが明らかになりました。責任を問われたビルのオーナーは執行猶予付きの有罪とされました。

多摩保母殺人マンホール死体

1997年、1月14日東京都多摩市役所に、マンホールの汚水が異様な匂いを伴って溢れ出ている、と市民から通報がありました。

駆けつけた職員がマンホールの蓋を開けたところ、だから女性の腐乱死体が座った状態で発見されます。汚水があふれたのもこの死体が原因でした。

発見された遺体は、保育士の八木橋富貴子さん39歳でした。1996年2月に行方不明となり家族から捜索願が出されていました。しかし犯人逮捕には至っていないようです。

名古屋妊婦切り裂き殺人事件

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1998年3月に仕事が終わり自宅アパートに帰宅した男性が、出産直前だった妻がお腹を切り裂かれて死んでおり、その足元にへその緒がついた赤ん坊が弱々しく泣いているのを発見しました。

縦1文字に切り裂かれたお腹の中には、電話の受話器が詰め込まれており、その猟奇的な異常な犯行に警察は、変質者か相当強い恨みを抱いた人物としました。

幸いなことに母親のお腹から犯人が取り出してあろうと思われる赤ん坊は、危機的状況を脱し、現在は順調に育っているそうです。犯人の行方は未だつかめていません。

田畑作之介ちゃん轢き逃げ連れ去り事件

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178年3月3日大阪市で、近所に住む5歳の男の子と遊んでいた田畑作之介ちゃんが走ってきた乗用車にはねられました。

事故をした40代位の男性は、自分で病院に連れて行くと言い、血だらけでぐったりしている作之介ちゃんを車に乗せて走り去って行きました。

しかし、どの病院にも運び込まれた形跡はなく作之助ちゃんはそのまま行方不明となりました。現在は、5年の時効が成立し犯人も罪には問われないそうです。

山梨19歳女性行方不明

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東京都江戸川区の女性が行方不明になりました。2015年12月10日のことです。女性は行方不明になる前に家族に「覚せい剤を打たれた助けて」と電話をかけてきたそうです。

警察にも同様の電話があり、捜査の結果女性が、出会い系サイトで知り合った26歳の容疑者「塩野直樹」が逮捕されます。女性に覚せい剤を打ったのもこの容疑者でした。

容疑者の車には、覚せい剤のほか、尿反応や血痕が残っていましたが、結局女性が見つからないまま、この事件は未解決となっています。

名古屋ホストクラブ経営者拉致殺害事件

作業員に扮した十数人のグループがが、帰宅途中の風俗店の経営者を銃撃した後、拉致しました。死亡した男性の所持金や金属を奪い遺体をバラバラにしコンクリート詰めにした後、滋賀県の川に沈めました。

後日逮捕されたのは暴力団組員と日系ブラジル人の男、無職の女、人材派遣会社の男で以前から被害者と金銭トラブルがあり犯行に及んだものです。事件を目撃した第三者がビデオでその一部始終を撮影していました。

佐久間奈々さん誘拐事件

1991年10月26日中間試験が終了した佐久間奈々さんは、クラスの友達3人を誘って自宅でお泊まり会を開きました。

夜中にお腹がすいたには4キロほど離れたコンビニに自転車で出かけます。帰り道、1人の男に夜中に出歩いてることを詰問され、詳しい話を聞くと奈々さんを指名し連れ出します。

なかなか帰ってこない奈々さんを心配した友人たちは家族に連絡し、警察に捜索を依頼しますが、20年以上経った現在も奈々さんは発見されていません。

辻出紀子さん失踪事件

1998年11月24日、伊勢市内で地域の出版雑誌「伊勢志摩」の記者だった辻英子さんが突然行方不明になりました。彼女は渡鹿野島(別名:売春島)を取材していた所、何らかの事件に巻き込まれたとみられました。

初めは単純な行方不明だとしていた警察も、必死に捜査しますが足取りがつかめないまま、やがて紀子さんが取材した事のある人物にたどり着きます。

ですが有益な証言も得られず結局未解決のまま現在に至っています。ご両親は今も、紀子さんの帰りを待っているそうです。

庄山仁くん失踪事件

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何者かに無理矢理かかされた手紙によって行方不明となった庄山仁くんは、事件が起きた1974年当時14歳の中学生でした。手紙には次のように書かれていました。

「悪い友達に誘われ人の金をました。中には40万円以上も入っていました。学校の方僕の気持ちが収まるまでいてください。どうか探さないでください」という趣旨の内容が書かれていました。

前日に、仁くんにお金をとられた、と事件の起こる4ヶ月前に少年刑務所から出所した男が訪ねてきたばかりでした。この事件の一年後、庄山家は引越しましたが、仁くんは行方不明のままです

佐賀女性7人連続殺人事件

1975年から10年までの間に佐賀県で7人もの女性が殺害される事件が発生しています。全ての女性が水曜日に行方不明となっている事から「水曜日の絞殺魔事件」とも呼ばれています。

殺された被害者は、すべて女性で年齢も11歳から50歳までの幅広い年齢層ですが、いずれもほぼ首を絞殺されて殺されたようです。

殺された7人の女性の内、6人が水曜日の夜に行方不明になっていること、その場所が半径3km以内である事はわかっていますが、その手掛かりからも事件は解決していないようです。

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