エンセン井上の現在は数珠職人で通販?彼女もいる?ボランティアも? エンタメ

エンセン井上の現在は数珠職人で通販?彼女もいる?ボランティアも?

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エンセン井上の兄はイーゲン井上

エンセン井上にも兄弟は存在します。兄の名前はイーゲン井上といって、兄もまたエンセン井上と同じくブラジリアン柔術で黒帯の腕前で、全盛期は地元ハワイでも人気を博していました。

現在はイーゲンズ・トレーニング・センターに所属していますが、かつてはSUPERBRAEL無差別級やミドル級で王者に輝くなど格闘家としての実績を残しています。

エンセン井上の経歴は?

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格闘家として数多くの伝説を残してきたエンセン井上ですが、日本で活躍するようになったきっかけはどのような経緯があったのでしょうか?

また引退後はどのような人生を歩もうとしているのでしょうか?ここからはエンセン井上の経歴について取り上げていきます。

エンセン井上は日系アメリカ人4世で修斗四天王の一人

後に総合格闘家として活躍することになるエンセン井上は、広島を起源とする日系アメリカ人の4世としてアメリカ合衆国ハワイ州のホノルルに生を受けます。

エンセン井上にはイーゲンという兄がおり、兄は祖父の影響で幼少期から空手を習っていたため格闘技に関しては子供の頃から身近な存在でしたが、本格的にブラジリアン柔術を習うのは22歳でした。

エンセン井上の来日のきっかけはラケットボールの選手としてだった?

エンセン井上は兄が格闘をやっていながらも、自身は元々格闘技ではなくラケットボールをやっていました。ハワイ大学ラボラトリースクール在学中には、ハワイ州で優勝するなど実績を挙げています。

最初に日本に来日したきっかけも格闘技はまったく関係なく、あくまでラケットボールの選手として来日していますが、この頃からブラジリアン柔術に関心を持ちはじめ習い始めたといいます。

大学を卒業した後もラケットボールを辞めることはなく20歳の時にはスポンサーと契約してプロの道へ進んでいます。1986年と1990年に世界タイトルを獲得するなど実力を持った選手でした。

エンセン井上は米兵に志願するも刺青で断られた

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エンセン井上は2000年の同時多発テロをきっかけに本国アメリカが始めたイラク戦争に自らも戦力の一員として志願していました。しかし全身の刺青を理由に入隊を拒否されてしまいます。

エンセン井上さんの体には刺青が多数彫られており、中でも「大和魂」はエンセン井上のキャッチフレーズとしてファンにも親しまれています。その刺青が米軍入隊では仇となったのです。

キャッチフレーズは「大和魂」!格闘技Tシャツブームの火付け役にもなった

米軍入隊の志願は結局刺青を理由に叶えることができませんでしたが、それでも日本国内での人気は凄まじく、「大和魂」のキャッチフレーズは格闘技界に新風を巻き込みます。

特に「大和魂!」と印字されたTシャツは、当時の格闘技界では前例がなかった格闘技Tシャツブームを牽引したといわれており、格闘技人気を向上させた点においてもエンセン井上は伝説を残しています。

エンセン井上の信条は「ワタシは絶対にタップしない」

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エンセン井上がイラク戦争への派遣を志願した理由の一つに、自分は絶対にタップしないという勝負師としての意識の高さがあるといわれています。

エンセン井上はリング上を一つの戦場と考えており、例え相手の攻撃が厳しくこちらが劣勢に追い込まれても戦場では逃げることも隠れることもできないので、そもそもタップは有り得ないのです。

過去のすべての試合においてエンセン井上さんが実際にタップしたことは宣言どおり一度もなく、一本勝ちか相手がタップするかタップせずに無様に負けるかのどちらかしかありませんでした。

1995年からは埼玉県の総合格闘技ジムで指導を開始

エンセン井上は自身も修斗四天王として活躍していた1995年からは埼玉県の総合格闘技ジムで若手の育成にも力を注いでいます。

ジムで若手の育成に尽力する傍ら自身も試合への出場を繰り返し、特に必殺技の腕ひしぎ十字固めで数々の強敵を相手に一本勝ちを繰り広げていきました。

また同じ1995年には地元ハワイでもエンセン井上はグラップリング・アンリミテッドを設立しています。エンセン井上は日本で活躍する一方で、ハワイへの郷土愛も忘れていませんでした。

2000年のイゴール・ボブチャンチン戦で大怪我して引退へ

2000年になるとエンセン井上は苦境に立たされます。強敵イゴール・ボブチャンチンとの試合ではリングから外れてスタンドでの場外乱闘に発展。お互いパンチを繰り出し鼓膜を破る大怪我を負います。

結局エンセン井上はこの試合を最後に現役の格闘家としての人生にいったんはピリオドを打ちますが、引退の理由は他にも「イラク戦争」や「気持ちが乗らなくなった」など様々な説が噂されています。

エンセン井上は吉田英彦の引退興行で復帰したことも

勝利から遠ざかってしまったことで一度は格闘技を引退してしまったエンセン井上でしたが、格闘技に対する未練を断ち切ることは出来なかったようです。

引退から6年が経った2010年には、かつて共に汗を流して闘った吉田秀彦の引退興行にエンセン井上が駆けつけています。そのイベントでエンセン井上も対戦選手として追加されたのです。

エンセン井上はこれが格闘技での最後の試合になると心を決め「死んでもいい」と会見で述べるなど、試合に対する意気込みを語っています。吉田秀彦の存在はエンセン井上にとっても特別な存在でした。

エンセン井上の入場曲は?CDがある?

エンセン井上が試合に臨むとき、いつも必ず場内に流れていた入場テーマ曲がありました。そのテーマ曲を収録したCDも発売されています。

エンセン井上のキャッチフレーズ「大和魂」を前面に押し出したCDは、タイトルがその名もズバリ「大和魂」。1999年の格闘家としてのピーク時に発売されたCDです。

エンセン井上は実は優しくて動物好き?

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強面の顔に全身刺青のエンセン井上ですが、実際に会ったことのあるファンの証言によるとエンセン井上はとてもきさくでファンに対して優しいと誰もが口を揃えて言います。

またエンセン井上は動物好きとしてもファンの間で夙に有名で、「YOUは何しに日本へ?」の番組でも自宅で犬を飼っていました。

エンセン井上はファンに優しい

試合になると厳つい顔に全身刺青という姿からはとても怖い人の印象を与えてしまうエンセン井上ですが、試合が終わるとファンからサインや握手、写真撮影などを頼まれることもあります。

エンセン井上さんはどんな状況であっても常にファンを大切にし、笑顔で応対してくれるといいます。そんな優しい一面を持っているからこそエンセン井上は現在の数珠職人の道に進んだともいえます。

エンセン井上は動物好き?

またエンセン井上は動物好きとしてもファンの間で以前から有名でした。2010年に他界してしまった愛犬には「修斗」と名前を付けていました。エンセン井上のブログにも度々登場しました。

現在はマーモセットの「モシャンくん」を飼っているといいます。大きな体に似合わず小動物を可愛がる優しい一面をうかがい知ることができるエピソードです。

エンセン井上が格闘技に進んだ原点にはヒクソン兄弟の存在が大きかった

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エンセン井上は学生時代にラケットボールの選手として活躍していましたが、その後格闘技の世界に目覚めて本格的にブラジリアン柔術を習い始め、黒帯の実力を持つまでに成長します。

ですが、その背景に日本でも世界でも注目を集めたグレイシー兄弟の存在があったことは、エンセン井上ファンの間でもあまり知られていないようです。

グレイシー柔術を世界に広めたグレイシー兄弟

グレイシー兄弟といえば世界中にグレイシー柔術を広めた格闘技界の王者としてその名を知らない者は格闘技ファンの中には1人もいないとさえ言われています。

父親のエリオ・グレイシーはグレイシー柔術の創始者として知られており、特に三男のヒクソン・グレイシーは日本でも総合格闘技で活躍するなど名前を轟かせています。

エンセン井上はハワイ時代、ヒクソンの兄の家で暮らしていた

実はエンセン井上はまだラケットボール選手として活躍していたハワイ時代に、ヒクソン兄弟とは縁がありました。

ヒクソン・グレイシーの兄、へウソン・グレイシーの家で若き日のエンセン井上は家族同然で生活していたのです。その頃からエンセンはへウソン・グレイシーから直に柔術を習っていました。

来日後は日本の選手にグレイシー柔術を教えていた

来日したエンセン井上は修斗の選手として活躍した中井祐樹に「教えたらダメなんだけど」と前置きした上で、グレイシー柔術のテクニックをこっそり教えてくれたことがありました。

グレイシー柔術をへウソン・グレイシーから直に教わっただけでなく、それを来日後にライバルであるはずの日本の選手にまでこっそり教えてしまうエンセン井上の人柄の良さが伝わってきます。

エンセン井上の登場によって日本における総合格闘技の世界は大きく変化したと、中井祐樹と作家の増田俊也は対談の中で語っています。

エンセン井上は格闘家としての伝説を残し引退後も「大和魂」を胸に被災地に寄り添う

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エンセン井上はブラジリアン柔術を習得して日本の総合格闘技「修斗」デビューを果たすと、破竹の勢いで強敵を必殺・腕ひしぎ十字固めで撃破していきました。

またプライベートでは暴行を受ける高田延彦の友人を20人の敵から救出するなどの伝説を残しています。強面の顔に刺青と一見コワい印象を与えてしまいますが、優しい一面も持ち合わせています。

引退後は格闘技からは遠く離れた数珠を作って通販で人気を集め、その収益を東北震災の被災地ボランティアに充てるなど、エンセン井上は現在も「大和魂」を忘れることなく戦い続けています。

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