【深川通り魔殺人】川俣軍司の生い立ちと現在は?事件は祖父の怨念? 社会

【深川通り魔殺人】川俣軍司の生い立ちと現在は?事件は祖父の怨念?

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被害者家族、世論は薬物中毒者による事件再発を恐れた

川俣軍司は、若い時期から覚醒剤に手を染めており、入手経路は特定されなかったようですが、この事件により割と簡単に手に入れることが分かってきます。

そして、常習性の強い覚醒剤は犯人が何度も手を染めたように、簡単に止めれるものでないため、暴力団や在日朝鮮人グループの資金源となり、労働者を中心に広く蔓延します。

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「通り魔」という言葉も覚醒剤とともに生まれたような言葉で、無差別的に行われる犯行は反人道的であり、一般庶民にとっては非常に恐ろしい時代を迎えたと感じさせました。

覚醒剤の使用だけでは、川俣軍司のように数年で出所することになります。そして今回のように取り返しのつかない事件を引き起こす結果となると知らされました。

被害者の家族をはじめ、多くの世論は覚醒剤の使用に厳罰を与えることを望み、このような陰惨な事件の再発を恐れて解決の糸口を探しますが、現在も同じような事件が繰り返されています。

深川通り魔殺人事件の判決

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深川通り魔殺人事件の判決は、事件から約半年が経過した1982年の12月に言い渡されました。

1982年12月23日初公判では無期懲役を言い渡された

6人の被害者を出した「深川通り魔殺人事件」の初公判は、1982年12月23日に東京地裁で行われました。

裁判長から、被告の川俣軍司に「無期懲役の」判決が言い渡されました。

「犯行当時、覚醒剤中毒による心神耗弱状態」にあった。

(引用:wikipedia)

裁判長から、川俣軍司の刑事責任能力は問えるとの判断がくだされたのです。

しかし、被害者の遺族らが望んでいたのは「極刑」、つまり「死刑」であったのですが、覚醒剤中毒によって「心神耗弱状態だった」といことで、死刑ではなく無期懲役となりました。

判決理由の朗読中に「俺にも電波が聞こえる」と叫び退廷させられた

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判決理由が朗読されている最中に、傍聴人席から「その通りだ。俺にも聞こえる電波が」と叫ぶ声があり、退廷させられる者もいました。川俣軍司の肩を持つ人間も存在したのです。

この退廷させられた傍聴人も覚醒剤の幻覚妄想に苦しめられており、被告人の川俣軍司を支援したいと申し出たそうです。

驚いたのは、拘置中の被告人に対して面会を求めた人間が複数存在したことです。殆どが覚醒剤で苦しんでいる人たちで、「全ての罪は覚醒剤にある」と考えた人が数多くいたのでした。

当時覚醒剤の中毒患者による事件が多発していた

深川通り魔殺人事件が有名になったのは、「覚醒剤の使用」が争点となっていたからです。覚醒剤を使用が「刑事責任能力」に与える影響が問題になった事が大きな波紋を呼びました。

先述のように「覚醒剤の第二次乱用期」に起きた、陰惨且つ無差別殺人という普通の状態では考えられない事件が、覚醒剤を引き金に起きた事件です。

その事件の結末で、覚醒剤の使用が被告の刑を軽くするのかという事に問題を感じる人が多くいました。実際に死傷者を多く出した陰惨な事件でありながら極刑は免れています。

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この時期に同様の覚醒剤使用者による事件が多発していたこともあり、この事件の結末に注目が集まっていたのです。

また、覚醒剤の常習者も増えていたのも事実であり、被告の川俣軍司を庇護する人たちからも注視されていました。

1983年1月6日無期懲役が確定

初公判から日が流れた1983年(昭和58年)1月6日に、被告人「川俣軍司」の無期懲役が確定しました。

裁判は30回以上に及び、事件から約1年が経過していました。

深川通り魔殺人事件を題材にした作品

深川通り魔殺人事件を題材にテレビで放送されたドラマがありますのでご紹介します。

【動画あり】ドラマ「深川通り魔殺人事件」

事件の名前をそのままタイトルにした『深川通り魔殺人事件』は、事件から約2年後の1983年(昭和58年)に月曜ワイド劇場で放送されました。

前年に判決が言い渡されたばかりで、まだ余韻冷めやらぬ時期に放送されて話題にもなったドラマです。視聴率も26%もあり、どれだけ注目された事件だったかが分かります。

主役の大地康雄が演じる「川俣軍司」は、迫真の演技で本物と見間違う人もあったようです。当時は大地康雄を麻薬常習犯だと思った人までいたといいます。

書籍「深川通り魔殺人事件」

文藝春秋からは1983年6月に、ノンフィクション小説「深川通り魔殺人事件」が出版されました。

月曜ワイド劇場で放送されたドラマの原作はこの小説で、直木賞作家の「佐木隆三」氏が書いたものです。

川俣軍司同様に薬物・覚醒剤服用者が起こした事件

川俣軍司が起こした「深川通り魔殺人事件」と同様の、覚醒剤服用者が起こした事件をご紹介します。

西成区麻薬中毒者殺人事件

深川通り魔事件と多くの共通点があると言われるのが、「西成区麻薬中毒者殺人事件」です。

犯行現場である大阪市西成区は、日本で一番有名なドヤ街やスラム街とも言われます。事件の起きた時期は1982年(昭和57年)で、「深川通り魔事件」から1年が経過しています。

そして、犯人は麻薬や覚醒剤に手を染めて犯行におよんでおり、刃物や鈍器で自身の妻や息子を含めた7人の犠牲者を出した凄惨な事件です。

押尾学事件

https://www.youtube.com/watch?v=L90x16eMUwY

2009年(平成21年)に起きた、まだ記憶に新しい事件です。すでに事件から10年が経過していますが、逮捕された芸能人である「押尾学」の姿が目に焼き付いている方も多いでしょう。

事件はセレブ達が集う六本木ヒルズの一角で起きました。押尾学と一緒にいたホステスの女性が、合成麻薬MDMAを服用して死に至ったという事件でした。

死因は、服用した合成麻薬MDMAによる副作用であり、これによって女性は危篤状態になりますが、一緒にいたはずの押尾学は姿を消し、助けを呼ばずに放置して女性を死なせたという事件です。

川俣軍司は宮城刑務所にいる?

情報が事実であれば、川俣軍司は東北の宮城刑務所に服役しています。因みに、この情報は複数から寄せられたもので、内容も相違ないものとなっています。

宮城刑務所はどんな刑務所

宮城刑務所は、仙台市にあり、仙台拘置支所とも呼ばれています。東北では唯一の死刑執行を行う施設がある刑務所です。

収容されている受刑者は、長期再犯者や身体障害者といった処遇困難者が収容されていいます。また男子のみの刑務所となっているのも特徴です。

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受刑者には、収容分類という格付けのようなものがあり、ここにはP級、B級、LB級に分類された受刑者が収容されています。

  • LB級 無期刑および執行刑期10年以上の犯罪傾向が進んだ者
  • B級 犯罪傾向の進んでいる者(再犯・累犯・反社会的勢力)
  • P級 身体上の疾患または障害のある者

他にもたくさんの分類がされていますが、ここに収容されているのは、3つの分類の受刑者に限られます。

川俣軍司はLB級?

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なお、参考までに「L]にランクされる受刑者は「Long」の略で、執行刑期10年(2010年4月より8年から引き上げ)以上の者となっています。

「LB級」は、LとBの二つの要素を持つ意味であり、最も危険で罪の重い受刑者といえます。

川俣軍司は、無期懲役の判決を受けており、付け加えれば何度も再犯を繰り返した受刑者に該当しますので、かなり優秀なLB級です。

帝銀事件の平沢貞通やオウム真理教の林泰男もいた宮城刑務所

かなり古い話では、帝銀事件の平沢貞通が死刑囚として収監されましたが、死刑が執行される前に獄中で死んでいます。

また、あのオウム真理教で死刑の判決を受けた林泰男も収監され、彼の死刑はここで執行されました。

川俣軍司は模範囚?

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川俣軍司は、裁判の際に「模範囚を目指す」とも語っており、これも役立って死刑を免れていますが、事件の時と同じように真面目な一面と急変する別の顔を持つため模範囚の扱いではないようです。

川俣軍司は独居房にいる?

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宮城刑務所には、受刑者が働く「工場」が用意されているそうで、川俣軍司は六工場に服役していたといいます。しかし、宮城刑務所で唯一起きたと言われる規律違反をしたそうです。

川俣軍司が侵した規律違反というのは、所長に対しての「直訴」だそうで、刑務所の天皇とも言われる所長への直訴は大罪に当たり、川俣軍司は独居房行きとなりました。

しかし、真面目な川俣軍司は、独居房がある五舎で、買い物袋の紙貼りを自分に与えられた転職のよう毎日作業しているそうです。

宮城刑務所の軍司伝説!

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宮城刑務所には、みんなに語り継がれている軍司伝説があるといいます。無期懲役を言い渡されたもので釈放されるのは30年で1人くらいだといいます。普通は出られないと思うのが当たり前です。

しかし、川俣軍司は自分は刑務所から出られることを信じていたそうです。それを担当看守がからかったのかは分かりませんが、近く出所できるようなことを話したといいます。

鵜呑みにした川俣軍司は、すっかりその気になって出所の準備をしました。かたや看守の方も引っ込みがつかなくなり、最後に川俣軍司は本当の事を知り、「親父。それはねーよ…」と言ったそうです。

始めるのは簡単でも辞めるのは困難な覚醒剤に注意!!

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深川通り魔殺人事件が起きた時期は、第二次覚醒剤乱用期とされ覚醒剤中毒者の犯行による事件が勃発した時代で、深川の事件はそれを象徴したものといえます。

2020年に向けた現在は、第三次覚醒剤乱用期の後半にあたり、実は非常に危険な時期ともいえます。実際に芸能界での麻薬の乱用が目立つようになり、特に若者の逮捕者が目立ちます。

また、麻薬を使用しての車の事故も多発しており、少し様子が変わった覚醒剤乱用期に突入しています。簡単に手に入るようになった薬物ですが、簡単に辞める事はかなり難しい事を忘れないで下さい!

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