佐世保事件の概要!その後は?辻菜摘が現在結婚しているって本当? 社会

佐世保事件の概要!その後は?辻菜摘が現在結婚しているって本当?

2004年、小学生の少女が同級生を殺害する「佐世保事件」という痛ましい事件が起こりました。この少年犯罪は世間に大きな衝撃を与えたわけですが、今回は事件の概要や動機についてご紹介します。また、犯人・辻菜摘のその後や結婚したという噂についても詳しくまとめました。

目次

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佐世保事件とは?事件の概要は?

2004年6月1日、長崎県佐世保市の小学校にて児童が同級生を刺殺するという衝撃的な事件が起こりました。

この事件は起きた場所から「佐世保事件」、または「佐世保小6女児同級生殺害事件」と呼ばれ、小学校を舞台に起きた事件に、ニュースは瞬く間に日本中に広がっていきました。

2004年長崎県佐世保市の小学校で女子児童が同級生をカッターナイフで殺害

2004年6月1日、給食の準備中の時間に、長崎県佐世保にある市立大久保小学校の6年生の女子児童が同級生の女子児童をカッターナイフで刺殺するという事件が起こりました。

被害児童の死因は、首を切りつけられたことによる失血死でした。

なお事件が起きた大久保小学校は現在でも存在する学校で、ホームページには「みんな輝いて おおくぼしょうがっこう」というスローガンが掲載されています。

同級生を殺害したのは当時小学6年生だった辻菜摘

同級生を刺し殺したのは、この大久保小学校に通う6年生の「辻菜摘(つじなつみ)」という児童でした。

周囲の大人には控え目な印象を与えていたといいますが、同級生から見た辻菜摘は、普段から激高しやすい危ない性格だったと言われています。詳しい性格などについては後半でご説明させていただきます。

また一部メディアが辻菜摘の写真を報道した際、彼女の容姿が可愛らしかったこと、着ていた洋服にNEVADAという文字がプリントされていたことから、ネットでは「ネバダたん」と呼ばれるようになりました。

殺害されたのは御手洗怜美さん

そして辻菜摘に殺害されてしまったのは、同じく6年生の「御手洗怜美(みたらいさとみ)」という児童でした。ちなみに「御手洗」という苗字は全国でも5,400人ほどしかいない珍しい苗字です。

彼女の性格などについても、のちのち詳しくご説明させていただきます。

御手洗怜美さんの父親は毎日新聞佐世保支局長の御手洗恭二氏であり、事件時にはそのことも注目を集めました。

御手洗さんは左手の甲の骨が見える程傷つけられていた

御手洗怜美さんは首と左手を切りつけられましたが、左手の傷は手の甲から骨が見えてしまうほどの深さだったといいます。辻菜摘がかなり強い殺意を持って切りつけたことが分かります。

加害者の辻菜摘と被害者の御手洗怜美さんは友人関係にあったことが明らかになっていますが、なぜ殺意を持つほどの憎しみが辻菜摘の中に生まれてしまったのでしょうか。

加害者の年齢が11歳だった事もあり、世間から注目が集まった

Wokandapix / Pixabay

加害者・被害者ともにわずか11歳の少女だったことから注目を集め、2000年代を象徴とする未成年殺人事件とまで言われました。

大人から見ると問題のないように感じられた少女が、よりによって友人関係にあった同級生を学校で刺殺するという事件は後にも先にも類を見ません。

佐世保事件の詳細

佐世保事件についての大まかな概要はご説明しましたが、ここからより詳しくまとめていきます。

御手洗さんと辻はパソコンでチャットや電子掲示板で書き込みをする仲だった

Free-Photos / Pixabay

被害者の御手洗怜美さんと加害者の辻菜摘の関係性は、険悪なものではありませんでした。むしろ「カフェスタ」というサイトのチャットや電子掲示板などでコメントを投稿しあうほど仲が良かったといいます。

「カフェスタ」とは自分のアバターを使って交流しあうコミュニケーションポータルサイト(2009年5月サービス終了)です。そのサイト内で、2人ともそれぞれのウェブサイトを運営していました。

2人が友達になったのは5年生に進級した頃で、辻菜摘は御手洗怜美さんのことをミタちゃんと呼んで慕っていたといいます。

2人とも絵を描くのが好きだったことから、意気投合

「カフェスタ」で仲が良かっただけでなく、2人には絵を描くという共通の趣味があったため現実でも意気投合していました。お互いに絵を見せあったりもしていたようです。

事件後に辻菜摘が描いた絵がテレビで放送され、「怖い」「不気味」だと話題になったこともありました。その絵は現在でもネット上に出回っており、一部が上の画像のようなものです。

仲の良い2人の間にトラブルが起こる

2人は他の友人も交えて交換日記も行っており、この交換日記やネットの書き込みで辻菜摘は猟奇的なものに惹かれていることを暴露し、露悪的な書き込みも数多く行っていました。

また、大人から見ると「大人しい」とされていた辻菜摘は友人に対してはキツイ態度を取ることも多く、交換日記内で自分のイラストやフレーズを使われると激怒する、といった面も見せていました。

そしてそんな二面性を自分でも恥ずかしく思っていた辻菜摘に対し、御手洗怜美さんが悪意なく「ぶりっ子ぽかったよ」と言ったことが、殺意を抱かせる決定打になったとされています。

6月1日、辻は御手洗さんを学習ルームに呼び出した

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2004年6月1日、午前中の授業が終わってこれから給食だという時間に、辻菜摘は殺害することを目的に御手洗怜美さんを学習ルームに呼び出しました。

辻菜摘と御手洗怜美さんの関係は「ぶりっ子」発言以降険悪になっていき、この時も喧嘩中の状態でした。しかし喧嘩中であっても友人からの誘いであったために、御手洗怜美さんは呼び出しに応じたのです。

部屋のカーテンを閉め、御手洗さんを床に座らせる

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御手洗怜美さんが学習ルームに入ると、辻菜摘は教室のカーテンを全て閉めきり、彼女を床に座らせました。

この時、床ではなく椅子に座らせたという情報や御手洗怜美さんも一緒にカーテンを閉めたという情報がありますが、どのような状況であったのかは定かではありません。

手で御手洗さんの目を隠して背後からカッターナイフで切りつけた

カーテンを閉めてから座った御手洗怜美さんの後ろに回った辻菜摘は、手で彼女の目を隠してカッターナイフで切りつけました。

傷跡の深さから、何のためらいもなく殺意を込めて刺したことが分かっています。最初に切りつけた時に辻菜摘は「あーあ、やっちゃった」という感想を持ったといいます。

御手洗さんは首と左手を切りつけられた

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首と左手を切りつけられた御手洗怜美さんの傷跡ですが、首の傷は深さ10センチに達していました。通常の大人の首の太さ(直径)は13センチから15センチと言われていて、華奢な人だと10センチほどです。

当時小学6年生だった御手洗怜美さんも10センチ前後であったことが想像できるため、あと少しで貫通してしまうほどの力で刺さされたのです。

そして首を庇った左手は手の甲には、骨が見えるほどの深さの刺し傷が残っていました。

辻は事件前日に見たドラマ「ホステス探偵危機一髪6」を参考に殺害

辻菜摘は前日の5月31日にTBS系列で放送されていた「ホステス探偵危機一髪6」というドラマを参考にしていたことが、あとから分かっています。

実際にこの放送回では、カッターナイフで人を刺し殺す描写があります。そしてこの事件を受けて、テレビドラマの在り方が問題視されるまでに至りました。

御手洗さんの死因は失血死だった

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御手洗怜美さんの死因は、首を切られたことによる失血死でした。彼女は後ろからカッターナイフで切りつけられたとご説明しましたが、首の後ろには多くの静脈があるため多量出血を引き起こすのです。

最初に切りつけられた際に致命傷を負ったとされる御手洗怜美さんですが、最終的には学習ルームの入口付近で倒れてそのまま息絶えたとされます。

辻は御手洗さん殺害後15分ほどその場で様子を伺っていたという

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辻菜摘は事件後の供述で、カッターナイフで切りつけたあとに15分ほどその場に留まっていたと語りました。

また、御手洗怜美さんが息絶えた様子を自分の目で確認していたとも話しているため、明確な殺意があったということが分かります。

本当に絶命したのかどうかを確かめるため、御手洗怜美さんの遺体を手や足で突いていたことも供述によって明らかになっています。

その後、辻は担任を呼びに行った

そして彼女の死を確認した辻菜摘は、返り血に染まった姿のまま、担任の先生を呼ぶために自分の教室に戻っていきました。

当初は校内に不審者が入ってきて御手洗怜美さんを殺害したと装う予定だったそうですが、実際に犯行を終えた後は何も考えられなくなり、放心状態で教室に戻ったとされます。

その後警察に通報があったわけですが、事件の経緯として分かっているのはここまでであり、駆け付けた担任の先生の対応などは明らかにされていません。

佐世保事件の犯人・辻菜摘の生い立ち

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そんな残虐な事件を起こした辻菜摘ですが、どのような環境で育ったのでしょうか?彼女の生い立ちについてみていきましょう。

長崎県佐世保市生まれで5人家族

辻菜摘は1992年11月21日、長崎県佐世保市小野町に生まれました。両親、祖母、姉(当時高校生)の5人家族で、山に囲まれた集落に実家がありました。現在も自然豊かで静かな町だそうです。

両親の言う事をよく聞く手のかからない子だった

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大久保小学校に通っていた辻菜摘ですが、幼い頃から両親の言うことをきちんと聞く良い子で、ほとんど手のかからない子だったようです。

彼女は良く言えばとても大人しい性格で、悪く言えば自己主張が苦手で内向的な性格だったとされています。

父親は保険会社勤務、娘との関係は良好

彼女の父親は生命保険会社に勤務している普通のサラリーマンで、「2人の娘たちとの関係は良好だった」とあとから語っています。

そんな父親は1995年に脳梗塞を起こし寝たきりになってしまったことがあり、母親がパートで家計を支えていた時期がありました。父親の闘病生活は無事に終わり、リハビリを経て社会復帰を果たしています。

ですが体には障害が残り、よく娘の辻菜摘に着替えを手伝ってもらっていたようです。事件当時は自宅で保険の代理店を経営しながら、副業のアルバイトとしておしぼりの配達をしていました。

辻はホラー小説「ボイス」「バトルロワイヤル」のファンだった

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辻菜摘は事件を起こすずっと前から、「ボイス」や「バトルロワイアル」などのホラー小説をよく読んでいました。事件の4か月ほど前には、「バトルロワイアル」の小説を友達に貸し出しています。

「ボイス」

「ボイス」とは元々2002年に韓国で公開されたホラー映画で、2003年の日本公開に合わせて角川ホラー文庫より出版された小説になります。作家は吉村達也です。

ストーカー行為に悩まされていた女性記者ジウォンは、携帯電話を新しく6644に変えた。と、その日から悲鳴とも泣き声ともつかぬ不気味な電話がくるようになり、偶然それを耳にした親友の幼い娘が、怒れる女の人格に取り憑かれ、呪いの言葉を吐きはじめた!驚いたジウォンが6644の番号契約履歴を調べると、過去にその番号をもらった人間は全員死んでいた…。

(引用:Amazon)

「バトルロワイアル」

「バトルロワイアル」は、1999年に発行された高見広春によるホラー小説です。残虐な内容と、2000年に藤原竜也主演で映画化されたことで大きな話題を呼びました。監督は深作欣二が務めています。

瀬戸内海に浮かぶ小島の分校。42名の中学3年生たちは、新しい担任と名乗る見知らぬ男から「プログラム」の開始を告げられる。クラスメート同士が与えられた武器で殺し合い、ただ1人の勝者を決めるという残酷な椅子取りゲームだ。

(引用:Amazon)

次第にホラー小説などの影響を受けるように

また、前述した作品以外にも多くのホラー小説に興味を抱き、2000年に公開された「呪怨」というホラー映画の書籍版を買いたいと、父親にお願いしていたことが分かっています。

色々なホラー小説を読んでいくうちに辻菜摘自身も小説の影響を受けて、現実での言動に変化が表れるようになってしまいます。

御手洗さんと辻はミニバスケットボールクラブに所属

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また小学5年生の頃には、2人揃ってミニバスケットボールに熱中していたといいます。地域が運営するミニバスケットボールクラブにも所属していました。

ちなみに学校では、辻菜摘は「コンピューター研究部」に、御手洗怜美さんは「映画研究クラブ」にそれぞれ所属していたようです。

もともと内向的な性格の辻菜摘でしたが、明るく目立つ存在であった御手洗怜美さんの影響を受けて、バスケに熱中していったといいます。

クラブを辞めた事によって辻は居場所を失う

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辻菜摘にとって趣味でもあり熱中できるものでもあったミニバスケットボールですが、小学5年生の終わり頃に突然クラブを辞めてしまいます。理由は、中学校へ向けての受験勉強でした。

ミニバスケットボールクラブを辞めたことによって、辻菜摘は自分の居場所を実感できる場所がなくなり、「自分は孤立している」と思い込んでしまうようになりました。

それだけ、当時の辻菜摘にとってミニバスケットボールクラブの存在は大きかったのです。

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