上尾事件とは?事件の概要とその詳細!国鉄VS乗客で大暴動に発展? 社会

上尾事件とは?事件の概要とその詳細!国鉄VS乗客で大暴動に発展?

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上尾事件に影響を受けた著名人

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上尾事件の当日、現場に居合わせたという著名人も存在します。ここでは上尾事件に巻き込まれた、影響を受けた著名人を紹介します。

ザンビア共和国公共事業大臣の国鉄への挨拶訪問

上尾事件の当日、ザンビアから同国のムリキタ公共事業大臣が来日していました。当時のザンビアはカナダの援助を受けて鉄道の整備を行っており、各国に車両の買い付けに訪れていました。

日本にも同様の要件で来ていたのですが、商談の前に上尾事件が発生してしまい、冒頭に在日中に迷惑をかける旨を謝罪することから会議は始まったと言います。

舟越健之輔は4年半かけてルポ「箱族の街」をまとめた

ルポライターである舟崎健一郎氏は、上尾事件の当日に現地に居合わせたと言います。

かねてから国鉄の在り方に憤りを感じていたため、暴動には参加しなかったもののこの日の様子をまとめておきたいと考え、4年半に渡って150人もの人を取材して回り、事件のルポ『箱族の街』を出版しています。

上尾事件から45年以上たった現在の鉄道は?

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上尾事件から時間が経った現在、国鉄は民営化されてJRとなり、当時を知る人からは随分と様変わりしたと言われています。ここでは、現在の鉄道会社と上尾事件について紹介していきます。

問題への対応策が網羅されている

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上尾事件後、上で紹介したように様々な施策が急ピッチで取られました。特に利用者の多い駅の付近には新たな線路が建設され、新線が設けられました。

そのため1つの路線が運休したからと言って立ち往生するということが少なくなり、特に都心には多数の駅が作られて、徒歩でも他の駅に移動できるようになっています。

そのため上尾事件の当時のように、1つの路線が運休したために何時間も乗客が立ち往生することはなくなりました。

現在、ストライキに良いイメージはない

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当時の日本では、順法闘争だけではなく様々な企業や団体が権利獲得のためにストライキを起こしていました。

しかし、現在ではストライキを起こすことによって広く顧客に迷惑が及ぶことに注目が行くようになり、以前のように頻繁にストが起こるということは考えにくくなっています。

上尾事件の大元にある「国鉄」初期の謎と上尾事件まで

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上尾事件が起こった最も大きな理由として、当時の国鉄の体質が挙げられます。発足当初から上尾事件が起こるまでの国鉄と言うのは、どのような団体だったのでしょうか?

ここでは国鉄の歴史と問題点について紹介していきます。

1949年に国鉄が発足

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国鉄が発足したのは1949年6月のことで、国営の公共事業の一環でした。国鉄は政府が100%出資のうえ設立された特殊公社であり、当時の運輸省の外郭団体だったのです。

初代総裁に選ばれたのは運輸次官であった下山定則氏で、下山氏はGHQの占領下で名古屋鉄道局長と東京鉄道局長を歴任していました。

初代総裁は赤字解消のための大規模な解雇を行う

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運輸省鉄道総局が鉄道事業を行っていた時代の赤字整理のために、下山氏は7月4日に3万700人に向けて解雇通知を出しました。下山氏は就任早々、合計で9万5千人もの人員を解雇する旨を発表したのです。

当時の国鉄は第二次世界大戦の海外引揚者や復員兵の雇用を引き受けており、そこに加えて戦後のインフラ整備に多大な資金が必要だったことから赤字が膨れ上がっていました。

そのため、経営を健全化するためにはまずは人員を最小限に絞る必要があったのです。

7月4日の解雇者発表ののち、総裁の消息が途絶える

7月4日に解雇者の名簿を発表した翌日、下山氏は5日の朝9時37に日本橋三越を公用車で訪れ、運転手にすぐに戻ると告げて入店した後に消息不明となります。

下山氏は普段であれば9時前には必ず出社しており、この日は9時から局長会議が予定されていました。しかし、何の連絡もなく会議にも出席しなかったことから国鉄内は騒ぎとなったのです。

大量解雇を発表した翌日のことでしたから誘拐などの事件に巻き込まれた可能性も大きいとして、国鉄は警察に相談。警察も失踪事件として直ちに捜査を開始しました。

7月6日に機関車にひかれて死亡しているのが発見される

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7月6日、常磐線下り線路内、北千住と綾瀬間で貨物用のD51機関車に轢き殺された下山氏の死体が発見されました。

下山氏の遺体は司法解剖の結果、D51に轢かれる前に既に死んでいた可能性が高いという結果が出たものの、損傷が激しすぎて決定的な死因は分からず、自殺と考えられる証拠もありました。

他殺か自殺かの見解は有識者の間でも対立し、警察も自殺として発表するとしながら言葉を濁し、この事件は「下山事件」として、国鉄3大ミステリーと呼ばれるようになったのです。

7月16日、無人列車の暴走で6名が死亡、元職員らが逮捕される

同年の7月15日には東京の三鷹駅の構内で無人の列車が暴走するという、国鉄3大ミステリーの1つに数えられる事件が発生しました。

この車両は三鷹駅の1番線に入ってきた車両が時速60kmで突っ込んで横転、近隣の商店街にいた6名を圧死させ、20名の負傷者を出したのです。

この事件は「三鷹事件」と呼ばれ、共謀者の存在が示唆されていながら共産党員の男1人の犯行として処分され、事件の真相は不明なままとなっています。

8月には線路の継ぎ目が外され乗務員3名が死亡

8月17日、東北本線内で青森発上野駅の鉄道が突然脱線・横転するという事故が起こりました。後に「松山事件」と呼ばれる国鉄3大ミステリーの1つです。

この事故は後に転覆地点付近を調査したところ、線路継目部のボルトが緩められ、継ぎ目板が人為的に外されていたことが分かりました。

そして9月10日に元国鉄線路工の少年の逮捕されたのを皮切りに6名が容疑者として逮捕されましたが、裁判の結果全員が無罪となり、本当の犯人と目的は未だに分かっていません。

1952年にGHQ統治が終了、国鉄は発展していく

1952年にGHQによる統治が終了し、争議権の禁止を含む公務員の労働組合活動の制限などアメリカに近い規則が整えられた後に、国鉄も完全に日本で運営されるものとなりました。

その後国鉄は発展していくのですが、赤字などの問題は山積されたままでした。

日本の経済成長は他に類を見ないものだったがそれに乗じた問題も山積していた

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敗戦後の日本は、高度経済成長期に突入していきました。日本の実質経済成長率は1955年から1973年までの約20年もの間、年間10%以上伸び続けました。

この結果、大都市の中心には会社が立ち並び、雇用が生まれ、その周辺の地域に数多くのベッドタウンが形成されていったのです。

しかしその一方で人口が都市部に集中し、地域ごとの人口過密と過疎の開きが顕著となり、住宅問題や公害といった社会問題も生み出していきました。

1970年代、国鉄は破綻寸前といえるほどの赤字を背負っていた

国鉄発足時から必須とされていた人員の整理ですが、国鉄の労働組合である国労と動労の2つの圧力が強く、人件費の削減がなかなか進まずにいました。

これが原因となって国鉄は1960年代から慢性的な赤字となり、国としても対応に頭を悩ませていたのです。

職員を退職させるにしても退職金の工面もできず、職員の受け皿がいるために赤字路線も廃線にできない、このような事情のもと、国鉄の抱える負債は年々増え続けていきました。

上尾事件は高度経済成長と国鉄の赤字を背景にした社会で起こった

上尾事件は世界的にも類を見ない速さで成長を遂げていった日本経済と、それに赤字を抱えた国鉄が対応しきれなかったことを背景として発生した事件です。

そこに国鉄職員側のさらに良い待遇を獲得したいという思惑が絡んで、未曾有の首都圏国鉄暴動に広がっていきました。

また今の時代では普通の国民が暴動を起こすというのは考え難いですが、当時の働き盛りの世代は学生運動、そして戦争の経験者たちでした。このような事情も手伝い、暴動事件は発生したと言えます。

上尾事件の類似事件

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上尾事件のような鉄道事件では、他にどのようなものが起こったのでしょうか?ここではネットで「上尾事件の再来」と呼ばれた近年の大混雑などについて紹介していきます。

あえて強硬方針を貫いた「スト権スト」

上尾事件、首都圏国鉄暴動のあった後も、国鉄労働組合側はストをする権利を求めて「スト権スト」を行っていました。

この動きは国鉄使用者の利益を完全に無視したものとなっており、国鉄当局は苦々しく思っていましたが、敢えて労組から部下が離れてストが失敗するまでやらせようという方針をとったと言います。

労組のやり方は時代錯誤なのだということを勉強させるため、失敗を見越して労組のやりたいようにやらせたとされ、実際にスト権ストは1975年の末に失敗に終わっています。

2019年、GW明けに上尾駅が大混雑しネットで「上尾事件」などといわれる

最大10連休となった2019年のGW。長すぎる連休明けには、5月病にかかる人や通勤・通学列車に飛び込む人間が現われるのではないか?と早期からネットでは危惧されていました。

そして5月7日に上尾駅で高崎線のホームから高校生が飛び込み自殺を図る事故が発生し、ラッシュの時間帯の上尾駅は上の写真のように利用客で溢れかえってしまったのです。

これに対して上尾事件をとさ彷彿とさせるという意見が集まる一方、実際に現場にいた人からは構内のTully’sにいる客を参賀してる気分だという呟きもTwitterに寄せられていました。

日本の鉄道利用者数は世界一?世界から見た日本の鉄道事情

現在は上尾事件の当時に比べると大分緩和されたとされる日本の首都圏の鉄道事情ですが、それでも世界から見ると混雑の度合いは大きいとされます。

ここでは、世界から見た日本の鉄道事情について紹介していきます。

日本の電車利用率は世界一!最も利用される駅は?

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日本の首都圏の人口は2,725万人とされ、そのうち1,767万人が日常的に電車を利用しています。つまり首都圏に住む人の約64%が電車を利用していることとなり、これは世界でトップクラスの数値です。

世界一の人口を誇る大都市、中国の北京でも日常的に電車を使用する人の割合は49%とされ、地下鉄のイメージがあるロンドンも、バスの利用者が多いことから鉄道利用者は32%にとどまっています。

そんな日本で一番利用されている駅が「新宿駅」で、新宿駅の1日の乗降客数は約358万人にも上り、なんと世界で1番利用されている駅も新宿駅なのです。

ラッシュ時の光景が酷いのはインドだけれど…?

日本の都市部の電車も、ラッシュ時の乗車率ではさすがにインドのムンバイには負けます。インドの列車と言えば混雑の代名詞となっていますが、ラッシュ時の乗車率は300%です。

この数値は上尾事件当時の高崎線の乗車率と同じです。現在の日本の都市部のラッシュ時の乗車率は160%程度とされていますが、ラッシュ時の駅構内の混雑は日本が世界一だと言います。

実はインドには駅で電車を待つという習慣がなく、来た電車に何が何でも全員乗るのだとか。そのため上の写真のような光景となり、駅舎が混雑することはないのだそうです。

昭和が生んだ大暴動・上尾事件

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上尾事件は戦後の高度成長期を背景に、国鉄の鉄道当局と職員の間で起こった利用者を無視した順法闘争が引き金となって起きた、日本の鉄道史に残る大暴動事件です。

現代の日本では上で紹介した写真のように駅構内や電車が混雑することがあっても、暴動が起こるような可能性は相当に低いと考えられています。

これに対して泣き寝入る体質が情けないとする意見も特に一部の年配者に上がっていますが、上尾事件では巻き込まれて怪我をした乗客も多数出ており、このような暴動事件が起こらないように願うばかりです。

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