レッサーパンダ帽男殺人事件とは?事件の概要と犯人の生い立ち 社会

レッサーパンダ帽男殺人事件とは?事件の概要と犯人の生い立ち

レッサーパンダ帽男殺人事件は2001年に浅草で起きた殺人事件です。被害者は女子短大生でした。犯人は発達障害と自閉症を持っており、社会問題にもなった事件です。また、犯人の妹が過酷な生活を強いられていた事や父親も発達障害があった事なども後に判明し注目されました。

目次

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レッサーパンダ帽男殺人事件の概要は?犯人の帽子が話題に?

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レッサーパンダ帽男殺人事件は、2001年に東京都で女子短大生を刺殺した殺人事件です。犯行時にレッサーパンダの帽子を被っていた事から話題になりました。

当時は事件の異様さや犯人が被ってた帽子が特徴的だったため、週刊誌やマスコミで取り上げられていましたが、犯人が軽度の知的障害を持っていた事が判明した後はメディアで騒がれる事がなくなりました。

裁判では発達障害があった事から事件当時、犯人は責任能力を持っていたのかいなかったのが争点となりましたが、結果的に責任能力はあったと判断され、無期懲役の刑を言い渡しました。

レッサーパンダ帽男殺人事件とは?犯人がレッサーパンダの帽子を被っていた?

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レッサーパンダ帽男殺人事件とは、2001年に東京都大東区で起きた殺人事件です。犯人がレッサーパンダの帽子を被っていた事からつけられたようです。

レッサーパンダの帽子は函館で購入したようで、動物が好きなので被っていたようです。犯人にとってレッサーパンダの帽子は大切な物だったらしく、寝る時も抱いたまま寝るほど大事にしていたようです。

事件を起こす前にカプセルホテルに宿泊した時に従業員の人に帽子が可愛いと褒められた事があったようです。その時は帽子を差し出して嬉しそうにしていたそうです。

事件は2001年4月30日に発生、現場は東京都台東区浅草だった

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事件が起きたのは2001年4月30日の午前10時30分頃でした。場所は東京都大東区浅草の路地です。

被害者は女子短大生で、ブラジリアン柔術大会に出場する恋人の応援に向かっていた

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被害にあったのは19歳の女子短大生です。恋人がブラジリアン柔術大会に出場するので、応援しに試合会場へ向かっている所でした。

試合会場は隅田公園の隣にある「リバーサイドスポーツセンター」でした。

犯人の山口誠は女子短大生をかわいいと思い尾行していた?

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山口誠容疑者は被害者の女子短大生を見かけた時に可愛いと思って後ろをついて歩いていたようです。逮捕後、山口誠は「友達になりたくて近づいた」という証言を繰り返ししてようです。

女子短大生が驚いた顔で振り返ったため馬鹿にされたと思った?

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後ろをつけていた山口誠容疑者に気づいたのかは分かりませんが、女子短大性は突然驚いた顔で振り返ったそうです。

その驚いた顔が容疑者には馬鹿にされたように感じ頭に血が上ってしまい犯行に及んだそうです。

山口誠は女子短大生を路地に連れ込み包丁で刺して殺害、被害者は失血死

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山口誠容疑者は女子短大生を無理矢理路地に連れ込んで、馬乗りになり持っていた包丁で背中や胸、腹等を数回刺して殺害しました。被害者は刺された事による傷口からの失血で亡くなりました。

被害者の悲鳴を聞いた住人が駆けつけ、山口誠は隅田川上流方面へ逃走

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女子短大生の悲鳴を聞いていた住人が駆け付けてきた事が分かった山口誠容疑者は路地を抜け出し、隅田川上流方面へ逃走しました。

現場近くで帽子と血のついた包丁、メガネが発見された

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隅田川上流方面へ逃走途中で捨てたのか、現場付近である隅田川公園で帽子と血のついた包丁、メガネが発見されました。

帽子は殺害現場から200mほど離れた隅田川公園内の茂みの中で発見されました。また、その帽子が落ちていた付近で山口誠容疑者が使用していた見られるメガネも発見されました。

包丁は翌日の5月1日に同じ公園内で発見されました。帽子が発見された場所から50mほど上流になる茂みにありました。包丁は茂みに隠すような状態ではなく、上に引っかかったような形であったそうです。

山口誠は5月7日に作業員募集の業者に声をかけられ翌日から偽名で勤務

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山口誠は5月7日にJR東京駅周辺で作業員募集の業者に声をかけられてました。工事現場の派遣業だったようです。

女子短大生を殺害後は都内の駅構内等で野宿をして過ごしていた山口誠はお金がなかったので工事現場の派遣業に「コバヤシ」という偽名を使って働き始めました。

会社関係者が公開されている似顔絵と似ていると情報提供し逮捕へ

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工事現場の派遣業で働いていた山口誠ですが、警察が公開した似顔絵と山口誠が似ている事に気が付いた会社関係が警察に通報し逮捕する事ができました。

山口誠は知的障害があったことが発覚し、報道されなくなった?

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事件発生直後からレッサーパンダの帽子を被った男が殺人を起こしたという異様さから大々的に取り上げようとマスコミや週刊誌考えていたようです。

しかし、精神鑑定の結果山口誠が軽度の知的障害を持っていた事が発覚してからは、事件を取り上げる事はありませんでした。

Youtubeには、事件についてまとめた動画も

異常な殺人事件だった事から凶悪事件としてYoutubeには事件内容をまとめられた動画もあります。こちらが実際の動画になります。

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レッサーパンダ帽男殺人事件の犯人・山口誠の生い立ちと家族

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奇抜な恰好で殺人を犯した山口誠ですが、彼の家庭環境や生い立ちは恵まれた環境ではありませんでした。

だからといって犯した罪が軽くなるなんて事は決してありませんが、彼がどのような環境で育って犯罪行為をしてしまうようになったのかのヒントが隠されているかもしれませんので、紹介します。

山口誠はレッサーパンダの帽子を被っていたことから話題に?写真は?

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事件が起きた直後、山口誠はレッサーパンダの帽子を被っていたという特徴から一時期メディアや週刊誌で話題になりました。また写真はないようですが、捜査の時に警察が公開した似顔絵が現在も残っているようです。

山口誠の生い立ちは?家族は両親と妹、弟がいた

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山口誠はの1972年2月に札幌市で生まれました。家族構成は両親と妹、弟がいました。父親は定職につかず大のパチンコ好きで金使いが荒かったようです。

そんな父親から山口誠は酷い暴力を受けて育ってきました。家族の経済的にも精神的にも柱であった母親は山口誠が高校生の時に白血病で亡くなってしまいます。

山口誠には軽度から中程度の知的障害があった

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山口誠には軽度から中程度の知的障害がありました。話す事はできますが、話の前後が続かない事がよくあった為簡単な会話ぐらいしかできなかったそうです。

しかし、買い物や乗り物に乗る等の社会スキルはちゃんと身に着いていたので、知的障害だけではなく自閉症も持っていたのではないかと言われています。

父親は暴力を振るい、母親が家庭を支えていた

父親はよく山口誠に暴力を振るっていました。また、無類のパチンコ好きで働きに行くこともなかったそうです。そんな父親の代わりに母親が働き、家庭を支えていました。

また、レッサーパンダ帽男殺人事件が起こった後、父親にも軽度の知的障害があった事が分かり、後日障害者手帳が交付されたようです。

母親は山口誠が17歳の頃病死し、その後は札幌市内を転々とした

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よく働いて家庭を支えていた母親は山口誠が高校入学頃から体調不良を訴えだし、山口誠が17歳の頃に白血病により病死しました。

父親は金使いが荒く、母親の入院費用である200万も母親の兄弟に建て替えてもらったようでした。

母親が亡くなった後、家族は札幌市内を転々としました。山口一家が引っ越した後に入居した人によると部屋の汚れがひどく、壁には足で蹴ったような穴が開いている事があったそうです。

妹は母親の死後家計を支えていたが難病に苦しんでいた

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母親が亡くなった後、家庭を支えていたのは妹でした。母親が亡くなってからは経済的に余裕がなく、妹は中学卒業後に進学せず家事のすべてを切り盛りするようになりました。

しかし、3年後の1994年には自身もパートへ働きに出るようになり、さらに4年後の1998年に肺炎・多発性肺気腫という大病を患います。

腫瘍の摘出手術を行いましたが、その半年後に右大腿部軟部肉腫という病気が発覚し外科的手術を行います。肺気腫はこの右大腿部軟部肉腫の腫瘍が転移したものでした。

弟は名古屋で就職し、結婚もしている?

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弟は1994年には名古屋で就職先を見つけたので、名古屋の方に移り住む事になりました。その後は結婚をして家庭を作っています。レッサーパンダ殺人事件の後、弟がどうなったかは誰もわかっていません。

山口誠の経歴は?就職するも長続きせず?前科もあった?

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山口誠の経歴は良いとは言えないものでした。高校を卒業後は就職をしますが、知的障害を理由にひどくいじめられて退職してしまいます。

その後はアルバイトもしていたようですが、お金に困った時は盗みをしたり、無銭飲食をしたりして前科4犯を犯していました。

山口誠は高等養護学校卒業後就職するも長続きせず退職

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山口誠は高等養護学校を卒業した後、クリーニング店に就職しますが、一か月もたたずに退職します。その次に、印刷会社に就職しますがこちらも突然職場から逃げ出すように退職しました。

知的障害を持っており、養護学校を卒業していた事を理由にひどくいじめられていたようです。

就職先ではいじめを受けていた

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山口誠は、クリーニング店でも印刷会社でも酷いいじめを受けていました。養護学校を卒業した知的障害者だと言われていたようです。

特に印刷会社でのいじめは酷いものだったようで、印刷会社で受けた暴力によって前歯がほとんどなくなってしまったようです。

家出を繰り返し、アルバイトをしながら北海道と東京を放浪していた

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印刷会社も退職した後は就職せずに飲食店や工事現場でアルバイトをしながら北海道や東京をフラフラと放浪するような生活になりました。

また、放浪先で帰る為のお金がなくなった場合、警察署へ行き実家までの交通費や面倒を見てもらっていたようです。

そしてこの交通費は後で実家の方へ請求されますので、半強制的に家族から特に妹の稼ぎから出してもらっていました。

1994年には強制わいせつと強盗容疑で逮捕されていた?

山口誠は1994年の当時22歳の時に強制わいせつと強盗容疑で逮捕されています。函館市内の公園で女性にモデルガンを突きつけ体を触り、金銭を要求したようです。

女性はお金を銀行から降ろしてくる、と山口誠に言いその場から離れる事ができたようです。そのまま警察署に駆け込み山口誠を現行犯逮捕する事ができました。

山口誠は女性が銀行からお金を降ろしてくるという言葉を信じて、ずっと公園のベンチで待っていたそうです。

山口誠はその他にも事件を引き起こしており前科4犯だった

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山口誠は上記で紹介した強制わいせつと強盗の事件の半年後には警察から職務質問を受け、自転車泥棒をしていた事が判明し、窃盗罪で逮捕されました。

その後、10カ月の刑務所生活を送りますが、残りの景気は保護観察となり仮釈放となりました。実家に戻るように言われますが、実家には戻らず行方を暗ましました。

しかも、保護観察所への出頭義務も果たしていない状態だったので、保護観察は取り消され、見つけ次第確保し刑務所の中で残りの刑期を過ごす事になりました。

2001年には家出人として保護されていた

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上記のように刑務所の中で過ごした後は、刑務官に付き添われて函館行の列車に乗りますが実家に帰る事はありませんでした。父親に暴力を振るわれるのが怖かったようです。

そして、どのような目的があったか分かりませんが東京へ行っていたようです。そこで、お金が底をつきてしまい上野署へ行き、家出人として保護されたようです。

山口誠の事件前の足取りは?

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山口誠は事件前は、浅草の辺りで野宿をして生活していたようです。そこでも警察沙汰にはなっていないようですが、目立つような行動を取り目撃情報がいくつか残っていました。

中には人に暴行を加えていたような所も目撃されていたり、事件前からレッサーパンダの帽子を被っていたりしていた事から、結構印象に残っていた人が多かったようです。

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