田村英里子の現在はハリウッド女優?結婚は?レイプ事件の真相は? エンタメ

田村英里子の現在はハリウッド女優?結婚は?レイプ事件の真相は?

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田村英里子は明石家さんまと因縁がある?

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田村英里子さんについて調べていると、お笑い芸人の大御所・明石家さんまさんと何かしらの因縁があるとの噂が出てきます。

あることが原因で明石家さんまさんとの共演がNGになってしまったそうです。その因縁の真相と2人の共演NGは本当なのか調査してみました。

田村英里子は明石家さんまと共演NG?

2016年11月26日に日本テレビ系列のバラエティー特番『誰も知らない明石家さんま』で、田村英里子さんと明石家さんまさんは24年ぶりに共演を果たしました。

この番組のテーマ【さんまの共演NG(された)女優】として田村英里子さんがゲスト出演し、過去の因縁とその真相について語っています。

結論を言うと、田村英里子さん側から共演NGしたことはなく、さんまさん側が一方的にNGだと思っていただけのようです。田村英里子さんはずっとさんまさんが好きだったと語っています。

因縁の真相は?

因縁の真相は、関西ローカルで深夜に放送されている明石家さんまさん司会・冠番組の「痛快!明石家電視台」に1992年に田村英里子さんがゲスト出演したときに起きた出来事でした。

田村英里子さんは自身の新曲CDをさんまさんに手渡そうとしますが、タイミング悪くさんまさんの手にCDが当たり、CDは床に落下してしまいます。もちろんこれはわざとではありません。

しかし、何でもすぐに笑いに変えようとするさんまさんは、拾ったCDを再度(今度はわざと)床に落とします。これを目の当たりにした田村英里子さんはショックのあまり泣いてしまったのです。

明石家さんまはCDを買い取っていた

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当時19歳だった田村英里子さんは、明石家さんまさんのウケることだけを狙ったアドリブに対応出来なかったのでしょう。さんまさんは他のアイドルたちも笑いのために何人か泣かせています。

ただし【いじめ】ている訳ではなく【笑い】が欲しいだけなのです。この収録後に明石家さんまさんは床に落としたCDを自腹で購入するなどしていたことが、今回の番組で明かされました。

共演NGを気にしていたのは実はさんまさんだけで、当の本人はこの出来事を「忘れていた」そうです。噂や誤解・思い込みがいつしか真実のように語られてしまっていたことが、この共演により明確になりました。

田村英里子の画像集

田村英里子さんは人気絶頂だったアイドル時代、グラビアやカレンダーなどで水着姿やハイレグ、半ケツなどを披露し、当時若い男性が興奮するような際どい露出を数多くしていたようです。

若い頃の田村英里子さんの水着姿などの画像を集めてみましたので、いくつかご紹介します。

田村英里子の体はエロい?水泳大会時代が全盛期?

田村英里子さんはアイドル歌手として人気でしたが、実はとてもグラマラスな体形です。プロフィールでもご紹介した通り、スリーサイズは【B82,W56,H85】でバストはEカップです。

今では伝説ともいえる番組『女だらけの水泳大会』にも水着姿で登場し、その豊満なボディを曝け出しています。当時、世の男性は田村英里子さんのエロい体に興奮したことでしょう。

田村英里子のヌード?水着?セクシー画像は?

田村英里子さんはヌードになったことはないようですが、写真集や雑誌のグラビアなどの水着姿でその豊満なボディを惜しげもなく露わにしています。

まだあどけなさが残る顔つきとは裏腹に、成熟したメリハリのあるボディラインには、何とも言い難いエロさを感じる方も多いのではないでしょうか。

田村英里子さんのセクシー画像は、ネットで検索すると色々と出てきますので、もっと沢山の水着姿や色っぽい田村英里子さんを見たい方は一度検索してみると良いかもしれません。

田村英里子のおっぱい画像はある?

田村英里子さんのおっぱい画像に関しては、乳首まで出しているものはありませんが、際どいショットのものは多くあります。

Eカップの胸の谷間を強調したポーズのものも多々ありますので、興味がある方はこちらもネットで検索すると、ついおっぱいに目がいってしまうような画像と出会えるはずです。

ふんどし画像で話題?宮沢りえのカレンダーと混同されている?

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ネット上で田村英里子さんのふんどし姿の噂が一部で流れているようですが、過去に田村英里子さんがグラビアや写真集などでふんどし姿になったことはないようです。

この噂の真相は、1991年に発売された宮沢りえさんの写真集『Santa Fe』でのふんどし姿が、いつの間にか「田村英里子さんのふんどし姿」ということに情報がすり替わってしまったことが原因のようです。

実は田村英里子さんも1991年のカレンダーで『半ケツ姿』を披露しています。田村英里子さんも宮沢りえさんも同年に「尻出し」したので、間違って記憶してしまった方も多いのかもしれません。

田村英里子の写真集がヤフオクで買える?

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田村英里子さんの過去の写真集はヤフオクで多数出品されています。安いものであれば数百円で購入可能です。

若かりし頃の田村英里子さんのムチムチグラマラスボディと愛くるしい笑顔を堪能されたい方は、ヤフオクで当時の写真集を購入するのも良いかもしれませんね!

田村英里子の出演作品

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日本でのアイドル歌手・女優業を経て、努力の末にハリウッド女優にまでのぼり詰めた田村英里子さんは、日本で芸能活動をされていた時も様々なドラマ・映画に出演しています。

ここでは田村英里子さんがこれまでに出演してきた作品をいくつかご紹介します。

1988年ドラマ「ワイルドで行こう! BORN TO BE WILD」

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1988年10月からフジテレビ系列で放送されたテレビドラマ「ワイルドで行こう! BORN TO BE WILD』は田村英里子さんの女優デビュー作品です。

この作品は、当時大人気だったジャニーズ『光GENJI』のメンバーだった大沢樹生さんと内海光司さんがW主演を務めた青春コメディドラマです。

田村英里子さんは、ヒロイン・喜多嶋舞さんの親友役として出演しています。

1993年ドラマ「私が愛したウルトラセブン」

1993年2月13日・2月20日にNHKで放送されたドラマ「私が愛したウルトラセブン」は、ウルトラセブンのヒロイン・友里アンヌを主人公に当時の撮影秘話や出演者・スタッフの裏舞台を描いたドラマです。

松村雄基さんや仲村トオルさん、佐野史郎さんなど現在も活躍されている俳優さんが出演しているこの作品で、田村英里子さんは友里アンヌ役に抜擢され主演を務めています。

1994年映画「首領を殺った男」

1994年5月に上映が開始された映画「首領を殺った男」は、故・松方弘樹さんが主演を務めたヤクザ映画で、田村英里子さんはジェーンという役で出演しています。

田村英里子さんは、この映画に女優として出演しただけでなく、歌手として主題歌「悲しみでは終わらない」と挿入歌「まぼろしの愛を」も歌っています。

1995年映画「1・2の三四郎」

1995年7月より上映が開始された映画「1・2の三四郎」でヒロイン・北条志乃役として田村英里子さんは出演しています。

週刊ヤングマガジンで連載されていた漫画が原作のこの映画は、世界一のレスラーを目指す若者がプロレスの道に目覚め・成長していく青春コメディです。

主演は、1990年代に格闘技界で人気を博し、その後芸能界入りを果たした佐竹雅昭さんが務めています。

1996年ドラマ「秀吉」

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1996年にはNHKの大河ドラマ「秀吉」に出演した田村英里子さん。秀吉の生涯を描いたこの作品は、歴代のNHK大河ドラマの中でも高視聴率を取り続けた大河ドラマで、平均視聴率は30.5%だったそうです。

主演の秀吉を演じたのは、名俳優・竹中直人さん、その他に渡哲也さんや仲代達也さん、村上弘明さんなどの大御所俳優、沢口靖子さんや故・市原悦子さんなどの名女優が脇を固めました。

田村英里子さんは、明智光秀の三女・たま(のちの細川ガラシャ)役を務めています。

田村英里子の代表曲は?【動画あり】

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アイドルとは思えないほどの歌唱力と伸びのある声が高く評価され、歌手としては日本歌謡大賞やレコード大賞、その他数多くの音楽祭で新人賞を総なめにした田村英里子さん。

そんな田村英里子さんの代表曲などを動画と合わせていくつかご紹介します。

1989年発売「ロコモーション・ドリーム」

1989年3月15日に発売された『ロコモーション・ドリーム』で歌手デビューを果たした田村英里子さん。

このデビュー曲は週刊オリコンチャートで初登場9位となり話題となりました。歌い・踊る田村英里子さんから初々しさを感じます。

1989年発売「真剣(ほんき)」は#田村英里子で注目されている

1989年9月6日発売された、田村英里子さんの3枚目のシングル曲『真剣(ほんき)』は、この年の多くの音楽祭で新人賞を受賞した曲です。

1989年4月~1990年3月までテレビ東京系列で放送されたテレビアニメ「アイドル伝説えり子」の挿入歌として使用された楽曲です。

「アイドル伝説えり子」のアニメは当時アイドルだった田村英里子さんとタイアップして作られた作品で、アイドル歌手のサクセスストーリーを描いた物語となっています。

1989年発売「好きよ」

1989年6月21日に発売された、田村英里子さんのセカンドシングル『好きよ』は、週刊オリコンチャート10位を記録した曲です。

この曲もテレビアニメ「アイドル伝説えり子」の挿入歌としても使われた楽曲です。

1991年発売「リトル・ダーリン」

1991年5月17日に発売された、田村英里子さんの8枚目のシングル「リトル・ダーリン」は、TBS系列で放送されたテレビアニメ『少年アシベ』の主題歌とエンディング曲として使用されました。

動画を見ると、やはりデビュー当時よりも歌い方や表情に余裕が感じられます。正統派且つ実力派のアイドル歌手という言葉がピッタリです。

1992年発売「最後に教えて」

1992年5月1日に発売された、田村英里子さんの11枚目のシングル「最後に教えて」は、週刊オリコンチャート最高49位とそれまでの売上げよりも順位はふるいませんでした。

しかし、田村英里子さんのファンの中では好きな曲に挙げられることの多い一曲です。

田村英里子のゴールデン☆ベストがAmazonで発売している?

田村英里子さんは2003年にベストアルバム「ゴールデン☆ベスト」を出しています。現在このベストアルバムは、Amazonで販売されています。

全19曲が入った集約されたこのアルバムは、田村英里子さんの曲をもっと知りたい・聴きたいという方にお勧めです。

田村英里子の経歴

ここまでは田村英里子さんが日本での芸能活動に終止符を打ち、渡米後ハリウッドで成功を収めるまでのと現在に至るまでの道程についての出来事を中心にご紹介しました。

それ以前、日本でアイドル歌手・女優として活動していた田村英里子さんの芸能界デビュー前からの経歴についても調べましたのでご紹介します。

8~13歳まで旧ドイル・デュッセルドルフ市の日本人学校に通学

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1973年に茨城県勝田市で生まれた田村英里子さんは、両親と姉が1人の4人家族で、幼少期は泣き虫でいつも姉の後をついて回るような女の子だったといいます。

茨城県に本社を構える大手企業で働く父の海外赴任により、8歳の時に地元茨城県を離れ、旧西ドイル・デュッセルドルフ市に家族で移住しました。

現地では日本人学校に通っていたため、ドイツ語は全く話せないそうです。休日は日曜学校に行ったり、父親とテニスをするなどして過ごしていたといいます。

14歳で帰国、オーディションでグランプリ獲得

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デュッセルドルフでの暮らしの中で、アメリカでの映画出演への夢を抱いた田村英里子さんは14歳の時日本に帰国します。すぐに日本のテレビの世界に憧れを抱き、歌手になりたいと思ったそうです。

そしてラジオ番組「決定!前日本歌謡選抜」のオーデション企画『スターは君だ!』に参加し見事グランプリを獲得すると、大手の芸能事務所が挙って田村英里子さんをスカウトしました。

「花の降る午後」で映画デビューする

その後、中学校を卒業するタイミングで上京した田村英里子さんは、1989年10月から上映が開始された映画「花降る午後」に出演し、女優デビューを果たしました。

この映画は大女優・古手川祐子さんが主演を務めた作品で、古手川祐子はこの年の『日本アカデミー賞』で主演女優賞を、同じく助演女優賞を同作品に出演した桜田淳子さんが受賞しています。

1989年「ロコモーション・ドリーム」で歌手デビュー

田村英里子さんは、1989年3月に「ロコモーション・ドリーム」をリリースし、アイドル歌手としてデビューします。

テレビアニメの挿入歌でもあったこの曲は、発売初週のオリコンチャートで9位になるなどし、田村英里子さんも各音楽番組に引っ張りだこになりました。

田村英里子がモチーフのアニメ「アイドル伝説えり子」が作られる

1989年、田村英里子さんの宣伝のため、テレビアニメとタイアップし「アイドル伝説えり子」が作られました。

このアニメは1989年4月からテレビ東京系列で放送が開始され、アニメの主題歌・挿入歌などにも田村英里子さんの楽曲が多く使われました。

実在する田村英里子さんがモチーフとなって作られたアニメであることから、アニメの主人公の生い立ちなどが田村英里子本人のことだと勘違いする視聴者も多くいたようです。

1991年カレンダーで半裸姿になり話題となる

田村英里子さんは、1991年度版のカレンダーで上半裸姿を披露し大きな話題を呼びました。

当時のアイドルが水着姿になることは珍しくありませんでしたが、大胆・過激なグラビアショットをここまで披露するアイドルはいなかったでしょう。

気志團・綾小路翔さんは2018年に石橋貴明さんがMCを務めるトーク番組に出演した際、当時、田村英里子さんの半裸姿のカレンダーの大胆さが『心と股間を直撃した』と語っています。

ドラマ「愛さずにはいられない」「のんの結婚」などで注目される

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1991年に日本テレビ系列で放送された人気ドラマ「愛さずにはいられない」に出演し、主演を務めた吉田栄作さんの恋人を演じ、女優としても注目されるようになりました。

1993年には読売テレビ制作の朝の連続テレビドラマ「のんの結婚」に出演し主役を務めました。

「のんの結婚」は、結婚適齢期の女性が母・祖母から見合いを勧められたり、職場の男性が気になるなど結婚を意識する年頃の女性の揺れ動く心の様子を描いた内容となっています。

2000年に渡米

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日本では、いつの間にか田村英里子さんが消えていた印象を受けている人や、突然渡米してしまったと思っている人が多いようですが、田村英里子さんは約2年もかけ渡米の準備をしたそうです。

1997年頃に友人宅で『自己実現への道』という本と出会い渡米することを決意した田村英里子さんは、その後短期の語学留学をしたり、ハリウッド映画のオーディションをこっそり受けていました。

そして2000年の春に日本での芸能活動を終え、自身の夢を叶えるためすぐに渡米しました。

日本の歌手・女優でハリウッドで活躍したパイオニア的人物とは?

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2000年に渡米し、苦労・挫折を繰り返しながらも2007年に見事全米ドラマのレギュラーを勝ち取り、その後ハリウッド映画にも出演した田村英里子さん。

近年では栗山千明さんや岡本多緒さんなどもハリウッド女優としてデビューを果たすなど、日本で活動・活躍していた女性もハリウッドを目指す人が増えてきたようです。

実はハリウッド女優のパイオニア的存在と言われている女優・工藤夕貴さんや島田陽子さんより、数十年も昔にハリウッドで活躍した日本人女性がいました。

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