漫画家・岡崎京子の事故から現在までの様子は?夫とは離婚した?

1980年代から90年代にかけ活躍した漫画家・岡崎京子さん。代表作は「Pink」「チワワちゃん」などで、他に多数の作品を発表しています。しかし1996年元夫と共に交通事故に遭い、現在も活動を休止しています。そんな岡崎さんの事故や作品について詳しくご紹介します。

岡崎京子の現在は?漫画家生命を絶たれた今の体調は?

漫画家・岡崎京子さんは、1996年5月に交通事故に遭い、その後20年以上経った現在もなお活動を休止しています。まずは、岡崎さんのプロフィールと近況をご紹介します。

漫画家岡崎京子のプロフィール

  • 生年月日:1963年12月13日
  • 出身地:東京都世田谷区下北沢
  • 学歴:跡見学園女子大学短期大学部 生活芸術科卒
  • 血液型:B型
  • デビュー:1983年 『漫画ブリッコ』(白夜書房)6月号

岡崎京子さんは、下北沢にある理髪店の娘として生まれました。高校時代からイラストや漫画を雑誌に投稿し、大学在学中に漫画家としてデビューします。

1983年にデビューしてから活動休止を余儀なくされた1996年までに、多くの作品を発表しています。漫画誌だけでなく、ファッション誌やサブカル誌のイラストも手掛け人気を博しました。

活動を休止してからも、過去の作品が復刊されたり映画化されたりと、現在もファンからの支持を得ています。

2018年映画「リバーズ・エッジ」舞台挨拶の際に岡崎京子がコメント

2018年1月31日「リバーズ・エッジ」の完成披露試写会が開かれ、行定勲監督や主演の二階堂ふみさんをはじめ主要キャストが登壇しました。

16歳の時、原作の「リバーズ・エッジ」に出会いその魅力を知った二階堂さんが、自ら行定監督に企画を持ち掛け実写化にこぎつけたそうです。

そんな二階堂さんが、舞台挨拶の最後に岡崎京子さんからのメッセージを読み上げました。とてもシンプルですが、とても力強いメッセージでした。

スイスへ海外旅行へ行けるほど回復している

narya / Pixabay

交通事故に遭った後の岡崎京子さんは、後遺症により作家生命を事実上絶たれてしまいました。一時期は意識障害もあったそうで、その容態は数年間にわたり厳しい状況が続きました。

2000年頃からは、少しずつではあるものの着実に回復されているようで、岡崎さんは日々リハビリに励んでおられるようです。

ご本人の頑張りと、家族や友人を含めた周りの人達の支えがあり、近年では、2018年に家族でスイス旅行へ行けるようにまで回復されているようです。

【動画あり】2019年1月映画「チワワちゃん」が実写映画化

岡崎京子さんが1994年に発表した短編作品「チワワちゃん」が実写映画化、2019年1月に公開されました。「チワワちゃん」の死をきっかけに「自分の知るチワワちゃん」との思い出を回想していく物語です。

東京に住んでいる若い男女のグループの中でマスコット的存在だった「チワワちゃん」が、ある日バラバラ遺体となって発見されます。しかし、仲間たちは「チワワちゃん」の本名さえ知らなかったのです。

主人公を演じたのは門脇麦さん、他には成田凌さん、村上虹郎さん、玉城ティナさん、栗山千明さん、浅野忠信さんらが出演しています。

実写化された「チワワちゃん」をいち早く鑑賞した

映画公開前の2018年12月には、映画「チワワちゃん」を岡崎京子さんがいち早く鑑賞したと、弟の岡崎忠さんからのコメントが発表されました。

ファンに向けパソコンでメッセージを残した

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そして、映画を応援してくれるファンに向けて、岡崎京子さんご自身がパソコンで書いたという「みんな、ありがとう」というメッセージも発表されました。

映画公開を記念し原作が新たなカバーデザインとなり復刊

こちらは、1996年に刊行されたコミックスで、表題となっている「チワワちゃん」を含めた岡崎京子さんの短編集です。1994年から1995年の間に発表された作品6編が収録されています。

そして、この画像が実写映画の公開に先駆けて、2018年に復刊されたコミックスの新たなカバーデザインです。岡崎京子さんの珠玉の短編作品、8編が収録されています。

岡崎京子の世界観が見事に表現されており、岡崎本人も喜んでいた

岡崎京子さんの弟・忠さんは、「見事なまでに岡崎京子の世界観にご自身の情熱とスキルを最大限に乗っけて表現してみせた」と本作を大絶賛しました。

映画を鑑賞した姉・京子さんの様子を見て、「この映画を非常に喜んでいた」と忠さんからコメントがありました。

姉・岡崎京子についても「心の中までは理解することはできないが、岡崎京子がこの映画を非常に喜んでいたことは間違いなく理解できた。監督は間違いなく心の扉を叩いてくれたのだ。本当に有難いことだと思うし、これは彼女の作品に対する愛だとも思う」と、その思いを熱く代弁した。

(引用:Movie Walker)

2017年4月23日「love music」で岡崎京子の漫画のセットが登場

ファンの間では知られていますが、岡崎京子さんとシンガーソングライターの小沢健二さんは大親友です。そんな小沢さんが、2017年4月23日に放送された音楽番組「love music」に出演しました。

その際に小沢さんがセットに選んだのが、岡崎さんの漫画・イラストでした。

岡崎京子の漫画に囲まれ小沢健二が楽曲を披露

セットに使われた岡崎京子さんの漫画は、1996年漫画雑誌に1話のみ掲載された未完の作品「森」でした。この作品は全3話の予定でスタート、その後事故によって中断しています。

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岡崎京子の経歴と代表作

1980年代から1990年代を代表する漫画家である岡崎京子さん。活動休止となってから20年以上経っている現在でも、作品の復刊や実写映画化が続いています。

そんな岡崎さんの経歴と、岡崎さんの代表作と言われる作品を詳しくご紹介します。

高校生の頃から投稿雑誌「ポンプ」などに漫画やイラストを投稿

岡崎京子さんは、漫画家としてデビューする前の高校生時代から投稿雑誌「ポンプ」に漫画やイラストを投稿していました。漫画、イラストだけでなく文章や写真など多数投稿、掲載されています。

「ポンプ」は全誌面が読者の投稿から成り立っており、1978年から1985年まで制作されていました。その他にもミニコミ誌や同人誌にも投稿し、人気を集めていました。

妹とともに雑誌の表紙を飾った事もある

岡崎京子さんの投稿が多数掲載されていた「ポンプ」では、表紙にも読者からの投稿写真やイラストを採用していました。1983年8月号では妹さんとともに表紙を飾っています。

岡崎さんは読者の間で非常に人気があり、1981年5月には岡崎さんの私設ファンクラブが結成されるほどでした。

1983年「漫画ブリッコ」6月号でデビュー

いくつかの雑誌に漫画等を投稿していた岡崎京さん。友人の同人誌に投稿した作品がメジャーミニコミ誌「東京おとな倶楽部」に転載されたことをきっかけに、漫画家としてデビューすることになります。

1983年「漫画ブリッコ」6月号(白夜書房)、『ひっばあじん倶楽部』で漫画家人生がスタートしました。

1980年から1990年にかけて多くの人気作品を生み出した

1983年に漫画家デビューした岡崎京子さんは事故に遭うまでの間、短編から連載物まで数多くの作品を手掛けてきました。

また、漫画誌だけでなくファッション誌やサブカル誌、男性雑誌にもイラストを提供したり漫画を連載していました。代表作には、「pink」「くちびるから散弾銃」「東京ガールズブラボー」などがあります。

2003年「ヘルタースケルター」は文化庁メディア芸術祭で優秀賞

1996年まで女性漫画誌『FEEL YOUNG』に連載されていた岡崎京子さんの作品です。しかし、連載途中で事故に遭ったことにより未完のまま現在に至ります。未完作品ですが2003年に単行本化されました。

そして、第7回文化庁メディア芸術祭のマンガ部門で、「ヘルタースケルター」が優秀賞を受賞しました。文化庁が発表した受賞理由は以下の通りです。

これは、作者の登場してきた時代の少女漫画、それもレディースコミック分野において目を見張るような表現を展開した1群の作家達の活動を集大成したような思いのする作品である。この時代を生きる者だけの価値観や、主人公がそうなってゆく社会的な事由などを余すところなく描き、読者を次第に戦慄させる強烈なパワーを持っている。その上にポピュラリティを持ったこの作品には十分に受賞の資格があると思う。

(引用:文化庁)

2004年に手塚治虫文化賞・マンガ大賞を受賞

翌年2004年には、「ヘルタースケルター」が第8回手塚治虫文化賞のマンガ大賞を受賞しました。

この『手塚治虫文化賞』は、1997年に“マンガ文化の健全な発展”を目的に創設され優れたマンガ作品に授与される、朝日新聞社主催の賞です。第1回の受賞作品は「ドラえもん」でした。

受賞が決まった際には弟・忠さんが「このような賞を頂き本人はもとより家族一同本当にビックリしております」とコメントを発表。本作の出版にあたっては本人が原稿チェックをした、と報告しました。

代表作➀Pink

岡崎京子さんが世間に広く知られるようになった代表作の1つ「Pink」は、1989年に『Newパンチザウルス』で連載されました。後に、ドイツ・フランス・アメリカでも出版されました。

主人公・OLのユミちゃんは自宅でワニを飼い、そのエサ代と自分が欲しいもののために夜はホテトル嬢という生活を送っています。ユミちゃんと、継母、義妹、継母の愛人が繰り広げる独特な世界観が広がる作品です。

初めにご紹介したカバーデザインが1989年の初版版、上記のカバーデザインが2010年発売の新装版です。

代表作➁リバーズ・エッジ

1993年4月からファッション誌『CUTiE』で1年間連載された「リバーズ・エッジ」。1994年に初版、その後新装版・愛蔵版・復刻版、と4度にわたり発売され、フランス・台湾でも発売されました。

とある町の高校が舞台で主人公・ハルナとLGBTの山田君、後輩のこずえの3人は草むらの中の“死体”という秘密を共有することになります。その死体を眺めることで、自分が生きていることを実感するのです。

主人公・ハルナの孤独と閉塞感が当時の社会と通ずるものがあり、そのためかコアなファンが多いとされています。

代表作➂ヘルタースケルター

「ヘルタースケルター」は、月刊『FEEL YOUNG』の1995年7月~9月号にPart1、1995年11月~1996年4月号にPart2が連載されました。

Part3まで連載予定でしたが前述したように岡崎京子さんの事故により連載が中止、未完の作品となっています。2003年に単行本化、ドイツ・フランス・アメリカでも発売されました。

2012年には実写映画化され、主人公・りりこを沢尻エリカさんが演じました。全身に美容整形を施しているという秘密を隠しながら人気トップモデルとなったりりこが心身ともに蝕まれていく様を描いています。

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岡崎京子の身に起きた交通事故とは?後遺症について

交通事故により20年以上にもわたる療養生活が続いている岡崎京子さんですが、いったいどんな事故だったのでしょうか。また、現在も残る後遺症について調べてみました。

1996年5月19日自宅近くで飲酒運転の4WDにひき逃げされる

その日、岡崎京子さんが交通事故に遭ったニュースはテレビの速報で流れました。その他にも、ラジオ・インターネット・新聞各紙で報じられました。

岡崎さんは1996年5月19日18時半頃、東京都世田谷区にある自宅近くを散歩中に交通事故に遭いました。飲酒運転の4WD  によるひき逃げ事故でした。

一緒にいた夫も全身打撲と骨折で重症

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岡崎京子さんと一緒に散歩をしていた夫の朱雀正道さんも、事故により大怪我を負います。全身打撲と骨折で、全治1ヶ月の重症でした。

岡崎さんとは別の病院に搬送されましたが、事故の翌日には妻の入院している病院へ車椅子で見舞いに行ったそうです。

頭蓋骨骨折、内臓破裂で東京女子医大に入院

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岡崎京子さんは、頭部打撲・頭蓋骨骨折・脾臓破裂で東京女子医大に搬送され、緊急手術を受けるも意識不明の重体でした。開頭術と脾臓摘出を受け、21日には危篤状態を脱したそうです。

翌22日には、『(手で)グーを出して、パーを出して』といった指示に反応するようになったとの事でした。この様子を聞いたファンは、再び岡崎さんの作品を見られると信じていたでしょう。

事故から2ヶ月間は自発呼吸もできなかった

事故から2ヶ月経った頃の病状が綴られたコラム記事を紹介しているサイトがありました。この頃も、まだまだ予断を許さないといった状態だったようです。

「まだ集中治療室で治療中で、 ようやく肺の手術で自分で呼吸ができるようになった、意識はない」といったとこです。身体面では、1カ月近く人工呼吸器を外せなかったわけです。既に脾臓も摘出して いますから、全身の臓器にダメージが及んでいると思われます。従って相当体力も消耗しているはずで、回復にはかなり時間がかかりそうです。精神面では、1カ月半集中治療室にいて、まだ呼びかけに対して明確な反応はないようです。脳の損傷も軽くはないと思われます。

(引用:iOkazaki 岡崎京子ファンサイト)

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