村田渚の現在は死去?死因は?人気芸人が認める伝説の天才芸人?

村田渚さんは、天才芸人と呼ばれ、バイきんぐの小峠さんにも尊敬されていました。2006年11月12日に、自宅マンションで亡くなっているのを発見され、死因はくも膜下出血でした。あのダウンタウンも爆笑問題の太田光さんも評価していた村田渚さんのことを紹介します。

伝説の天才芸人・村田渚が死去!死因はなんだった?

ボキャブラ天国などに出演して有名で、伝説の天才芸人と言われた村田渚さんは、35歳という若さで死去しています。

その突然の訃報に、多くの先輩芸人や後輩芸人らがその死を悼んでいましたが、その死因はなんだったのか?その時の様子なども紹介します。

村田渚のプロフィール!出身地は?

村田渚さんは、1971年7月29日生まれ、三重県鈴鹿郡関町出身の男性お笑い芸人です。

高校2年の時、中学時代から同級生だった桶田敬太郎さんと共に、お笑いコンビを結成しました。村田渚さんは東京まで毎月お笑いライブに通い、研究生としてホリプロに入社しました。

当時は「前三ツ」というコンビ名で活動していましたが、1991年に「フォークダンスDE成子坂」でデビューし、「GAHAHAキング爆笑王決定戦」で第2代チャンピオンとなって名前が売れるようになりました。

伝説の天才芸人?フォークダンスDE成子坂、鼻エンジンとして活躍!

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村田渚さんは「フォークダンスDE成子坂」としてボキャブラ芸人として人気でした。村田さんの漫才でのツッコミの才能が認められ、天才芸人と呼ばれていました。

1999年には「フォークダンスDE成子坂」を解散し、ホリプロを退社し2000年から佐野忠宏さんと路上ライブなどを行い、フリーのピン芸人として活動していました。

その後、再びホリプロ系列のホリプロコムに入社していますが、2005年3月31日に契約解除となっています。同年5月にソニー・ミュージックアーティスツに所属し、松丘慎吾さんと「鼻エンジン」を結成しました。

村田渚が死亡?2006年11月12日に自宅で倒れているのが発見された

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村田渚さんは、2006年11月12日に、東京都の自宅マンションで倒れているのが発見されています。しかし、発見時には既に亡くなっていました。

第一発見者となったのは映画パーソナリティのコトブキツカサ

村田渚さんは2006年11月12日午後4時45分頃、自宅のマンションで布団にうつ伏せになって亡くなっているのを管理人が発見しています。

その時、実は管理人と一緒の部屋に入って、第一発見者となったのが佐野忠宏の名前で活動していた、映画パーソナリティーのコトブキツカサさんでした。

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