木村束磨呂の今現在は?改名して海外逃亡?【大津いじめ自殺】 エンタメ

木村束磨呂の今現在は?改名して海外逃亡?【大津いじめ自殺】

目次

[表示]

加害者③木村束磨呂

geralt / Pixabay

木村束磨呂は水泳をやっていて運動神経は抜群。体つきもよく高身長で勉強もよくできたと言われてます。また父親は会社を経営しており、PTA会長なども務めるほどの人物でした。

木村束磨呂は文武両道に加えて性格も優しかったことから、女子たちにも人気があったと言われていますが、相手によって態度を使い分ける二面性があったとのクラスメートの証言もあります。

イジメの内容はかなり悪質なものだった

いじめを苦に自殺する事件は近年相次いで報告されていますが、大津事件ほど壮絶極まるいじめはなかなかあるものではありません。3人の加害者のいじめ行為は世間に衝撃を与えました。

いじめの詳細を知った人からは「中学生がこんなことをやっていたのか!」や「人間のすることじゃない」といった驚きの声も上がっていました。いじめの範疇を超えるとの指摘もありました。

いじめの内容①殴る蹴るの暴力行為

生徒によるアンケートで分かったことの一つに、殴る蹴るの暴力行為があったとされています。しかもその行為をしっている生徒はたくさんいました。誰もが見ている前で堂々と暴力を振っていたようです。

リーダー格とされている山田晃也は元々喧嘩をすることが好きで、自分の気持ちを満足させるためなら相手が傷ついても構わないと考えているタイプです。「スネ夫」の小綱健智がそれに続きます。

いじめの内容②被害者の首にロープを巻きつけ吊るす「自殺ごっこ」

またアンケートの中には、自殺した生徒の首にロープを巻き付けて吊るす「自殺ごっこ」を無理やりやらされている現場を目撃した生徒もいたようです。例え遊びでもこの行為は大変危険なものです。

事件後、裁判で木村束磨呂は「被害者が嫌がっていると認識していなかった」といった主旨の発言をしていますが、好きで自殺ごっこをする人間はいません。遊びやいたずらの範疇を越えた行為です。

いじめの内容③被害者のキャッシュカードを奪い勝手にお金を引き出す

jarmoluk / Pixabay

さらに被害者生徒が持っていたキャッシュカードを奪って勝手にお金を引き出させていたとの証言も上がっています。加害者の3人が被害者に無理やり家からキャッシュカードを持って来させたのです。

リーダー格の山田晃也は中学生とはいえ不法侵入や恐喝など、窃盗や強盗も平気でやりかねない人物ですから、被害者のキャッシュカードを使って勝手にお金を引き出す行為も躊躇うことなくやっていました。

蜂の死骸やごみを口の中に入れる

Myriams-Fotos / Pixabay

3人の行為は日に日にエスカレートしていきます。被害者を精神的に追いつめて行く事もありました。蜂を死骸を見つけては被害者の体を抑えつけて無理やり口の中に放り込むこともあったといいます。

またゴミを口に入れることもありました。肉体的ないじめだけでなく精神的にも追い詰められることで被害者は次第に生きる希望を失っていったことは想像に難くありません。

担任はいじめを見て見ぬふり

Pexels / Pixabay

「大津いじめ事件」の異常性をさらに世間に露呈したのは、学校側の対応でした。自殺した生徒の担任教師は被害者が壮絶ないじめにあっていることに気づいていました。

担任が見ている目の前でいじめ行為をすることもあったといいます。しかし担任はいじめを止めるどころか被害者に「君が我慢しろ」と、あたかも被害者の側に原因があるかのような言い方をしました。

さらに担任は被害生徒が3人によって抑えつけられているのを見て「やりすぎるなよ」と笑いながら言っていたとの証言もありました。担任はいじめを止める立場でありながら、加害者側に立っていたのです。

被害者は自殺する前に3人にメッセージを残した

ribkhan / Pixabay

精神的に追いつめられた被害者生徒は、マンションから飛び降りる前日に加害者側に一通のメールを送っています。その内容は「もう俺死ぬわ」といった内容でした。

しかし加害者の3人は、そんな被害者の声にも笑って「死ねばいいや」と返信しました。普段から自殺ごっこや葬式ごっこを楽しんでいた3人ですから、このメールにも鈍感になっていたようです。

事件後は、学校や教育委員会の対応も問題視された

ivanacoi / Pixabay

事件発覚後には、学校と教育委員会に対して世間から激しいバッシングがされました。いじめを知っていながら止めるどころか加害者側に立った担任もそうですが、その後の学校の対応も問題視されたのです。

学校ではいじめについてのアンケートや聞き取り調査を実施していますが、それは真実を明らかにするためではなく事実を把握した上で事を最小限に抑えるための隠蔽工作だったのです。

生徒たちには「何も言うな」と指示を出していたことが発覚しますが、教育委員会は「いじめと自殺に関連は認められなかった」と報告し、そのことに対しても激しいバッシングを浴びました。

被害者が自殺したあとも3人は反省せず

geralt / Pixabay

自宅マンションから飛び降りるなどして最悪の結末を迎えてしまったいじめ事件ですが、その後も加害者の3人はまったく反省の態度を見せなかったといわれています。

学校も教育委員会もいじめの事実を否定したり、いじめの隠蔽が発覚したのちもいじめと自殺に関連は認められないと報告するなど、完全に加害者側の立場に立ったものでした。

このことから、3人の加害者は大人たちはみんなで自分たちを守ってくれると高を括っていた可能性もあります。さらに行政の対応の悪さは学校や教育委員会だけではありませんでした。

被害者は3回も警察に被害届を出すが警察は受取拒否

Alexas_Fotos / Pixabay

自殺した生徒の両親は、学校や教育委員会はもう信用できないと考え、警察に被害届を出そうとしますが、警察は既に本人が自殺しているため捜査は出来ないと受け取りを拒否してしまうのです。

その後も両親は繰り返し被害届を提出して息子の死の真相を明らかにしてくれるよう訴えますが、警察は重い腰を上げません。結局警察が動いたのは、マスコミに取り上げられた後のことでした。

被害者の父親が木村束磨呂など加害者を刑事告訴した

Free-Photos / Pixabay

学校での生徒たちによるいじめの実態を調査したアンケートの内容を知った両親は怒りに震えます。暴力行為だけでなく、金銭を取られたり両親のことまでいじめの対象になっていたからです。

被害者の父親はアンケート結果などで分かったいじめ行為の45件を加害者3人を暴行・恐喝・強要・脅迫・窃盗・器物損壊など6つの罪で刑事告訴に踏み切りました。

木村束磨呂の生い立ちと家族

marvelmozhko / Pixabay

「大津いじめ事件」でその悪行が全国に知れ渡ることになってしまった木村束磨呂ですが、事件が起きる前の木村束磨呂の人物像はどのようなものだったのでしょうか?

木村束磨呂の生い立ちや父親の仕事、さらには事件後に母親がとったある行動についても合わせて取り上げていきます。

木村束磨呂のプロフィール

  • 木村束磨呂(きむら つかまろ)
  • 職業:不明
  • 生年月日:1998年1月3日
  • 身長:167cm(いつ頃の情報か不明)
  • 血液型:B型

「大津いじめ事件」の加害者の一人である木村束磨呂は当時まだ未成年でありながら、その行為があまりに非道極まるものだったためネット上で個人情報を特定する動きが苛烈しました。

その結果、名前や住所から両親の職業連絡先に至るまでありとあらゆる情報が流出してしまいます。事件発覚後、瞬く間に全国に知れ渡ることとなってしまいました。

事件を起こす前は優しく、女子生徒からも人気があった

Free-Photos / Pixabay

「大津いじめ事件」ですっかり悪者のイメージが定着してしまった木村束磨呂ですが、事件を起こす以前の木村束磨呂は事件とは程遠い穏やかで優しいイメージで周りから見られていたようです。

いつも優しくて明るい性格だったことから女子にも人気があったと言われています。また勉強ができて成績優秀だったことも有名でした。

中学では水泳部に所属しており体格が良い

Comfreak / Pixabay

木村束磨呂は水泳をやっていたことから体つきもよく中学生にしては高身長だったと言われています。ちなみに種目は100mバタフライと200mの自由形との情報があります。

勉強がよく出来てスポーツも万能な文武両道な生徒だったことから、周りからも悪い目で見られることはなかったようです。

木村束磨呂は4人家族

木村束磨呂は4人家族で両親と妹がいます。現在は情報が途絶えているので木村束磨呂本人と妹の所在は分かっていません。しかし家族は昔からとても仲が良かったと近所でも評判でした。

ネット上には木村束磨呂が家族と一緒に撮ったと思われる写真がいくつも公開されていますが、どの写真を見てもクラスメートを自殺に追いやるほど極悪非道な人物には見えないといった意見も聞かれます。

父親は「木村真束」で会社を経営している

木村束磨呂の父親は名前を木村真束といい、現在京都市内にある「FES株式会社」を経営しているとの情報があります。どのような会社なのか詳細は公表されていません。

息子は木村束磨呂という変わった名前ですが、「束」という字が父親の真束から取ったものだということは分かります。現在木村束磨呂は父親が経営する会社で働いているとの情報もあります。

父親の会社は「マヅカ3Ⅾワークス」から「FES株式会社」に変更

息子の木村束磨呂による「大津いじめ事件」が世間に大々的に報じられて以降、父親の木村真束は自身が経営する会社の名前を変更せざるを得ない状況に追い込まれたようです。

現在は「FES株式会社」という社名にしていますが、以前は「マヅカ3Dワークス」という企業名でした。事件後、息子に関する情報が流出したことで父親の仕事面にも影響が出たようです。

父親は元AV男優?

geralt / Pixabay

木村束磨呂の父親として顔と名前が知られてしまった木村真束が、昔はAV男優として活動していたとの情報があります。木村真束は映像・パフォーマンス集団「キュピキュピ」に所属していました。

その仕事の流れでAVに出演することもあったようです。現在の「FES株式会社」は元々「マヅカ3Dワークス」という名前だったので、昔の流れで映像に関わる仕事をしている可能性もあります。

父親は石橋氏監督の映画「狂わせたいの」に出演

木村真束は役者として活躍していた時期もあったようで、石橋義正監督のコメディ映画「狂わせたいの」に出演しています。終電に乗り遅れたサラリーマンが不可思議な体験をしていく物語です。

この映画で木村真束は居酒屋の男を演じています。全体的によく分かりにくい芸術性を含んだ内容に見た人の感想は賛否両論です。劇中で木村真束が首を吊るされている画像が出回っています。

制作されたのは1998年のことで、ちょうど息子の木村束磨呂が生まれた頃に出演した映画です。全編を通して白黒で撮られています。

母親の名前は木村恭子

JillWellington / Pixabay

木村束磨呂の母親は木村恭子といって、地元でも有名な女性だったようです。「大津いじめ事件」の発覚後にも数々のエピソードで話題となっています。

事件当時木村恭子はPTA会長の他、地域女性団体連合会で会長を務めるなど行政機関に対しても意見が通る立場にいました。

母親はPTA会長で有名なモンスターペアレントだった

RobinHiggins / Pixabay

「大津いじめ事件」のあとに行なわれた緊急保護者会で木村恭子は鬼の形相で「うちの子はプロレスごっこを楽しんでいただけで、なぜ犯人扱いされるのか!」と憤慨していたといいます。

さらに木村恭子は事件後学校に行けなくなった息子について「もしうちの子が自殺したら保護者や学校の責任」と一方的に責任を他方へ押しつける発言が印象的だったと周辺の関係者は語っています。

大津市地域女性団体連合会の会長も勤めていた

peter_pyw / Pixabay

木村恭子はPTA会長だけでなく、大津市の地域女性団体連合会で会長を務めていたこともあって行政に対しても意見が通りやすい立場にいました。

自分の都合に合わないことがあるとすぐに激高して自分の一方的な考えを相手に押しつけることも多々あったといいます。

母親は事件後「息子は無実」とビラを配り話題になった

さらに木村恭子は事件を受けて世間が注目する中、「息子は無実」と書いたビラを校門や学校周辺で配るなどかなり目立った行動を取っていました。

このことから木村束磨呂は家庭では優しい息子を演じていたことが分かります。母親は息子の悪行を最初からデマ情報と決めつけて木村束磨呂の無実を訴え続けたのでした。

事件後は自宅の住所などもネットで拡散されていた

whoismargot / Pixabay

木村束磨呂たち3人のやったいじめの内容があまりにも凄惨極まるものであったことから、木村束磨呂本人だけでなく、その周辺の家族に関する情報までネット民の追及の手は止まりません。

ついには自宅の住所まで電話番号付きで暴かれ公開されてしまうなど、日々の生活にも影響を及ぼしかねない事態に発展していきます。結局、木村束磨呂は大津市を出て行かざるを得なくなりました。

事件におけるその他の犯人の現在

Comfreak / Pixabay

木村束磨呂は名前が独特だったために大きく扱われることになりました。ではそれ以外の加害者はその後どうなったのでしょう。ここからは他の2人について取り上げていきます。

山田晃也は京都の中学へ転校

JordyMeow / Pixabay

リーダー格ともいわれている山田晃也は京都府宇治市にある広野中学校へ転校したとの情報があります。木村束磨呂と同じように地元大津市には居づらくなったことが考えられます。

「足立」に名前を変えている

5598375 / Pixabay

ネット上には山田晃也は転校後に名字を山田から「足立」に変えたとの情報があります。しかし母親の旧姓である「佐田」を名乗っているとの情報もあるため確証はありません。

小綱健智は転校しなかった

山田晃也にくっ付いて歩き、周りからは「スネ夫」と揶揄されていた小綱健智は事件後も同じ学校に留まり続けます。しかし事件から一年後に女性教師に暴行し全治1カ月の怪我を負わせました。

NEXT:住所などがネット上に拡散され北九州に転校
2/3