パリ人肉事件とは?カニバリズムの事件?犯人の佐川一政とは?

パリ人肉事件とは、日本人の佐川一政氏がフランス・パリにおいて起こした殺人・死体損壊事件です。そのあまりに猟奇的な犯行で世界に衝撃を与えたこのカニバリズム事件について、また佐川一政氏の生い立ちと現在、事件に着想を得た作品についてまとめました。

パリ人肉事件の概要は?犯人は日本人?

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この事件の犯人は日本人の佐川一政氏です。彼は裕福な家に生まれ、事件当時は大学の留学生としてパリに滞在していました。

世間に衝撃を与えた、「パリ人肉事件」について詳しくみていきましょう。

パリ人肉事件とはフランスパリで起きた猟奇殺人事件

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パリ人肉事件は、1981(昭和56)年にフランスの首都であるパリに留学していた日本人留学生、佐川一政氏が友人のオランダ人留学生の女性を殺害し、その遺体を食べたというショッキングな事件です。

犯人は日本人の佐川一政!当時の画像はある?

この事件の犯人、佐川一政氏の画像があります。佐川氏は幼少時から体が弱く、事件当時は身長152cm、体重35kgと日本人としてもかなり小柄でした。

本人は否定していますが、体が小さく頭が大きい自分の容姿に劣等感を抱いていたのではないかともされています。

カニバリズム(食人)とは?

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カニバリズムとは、人間が同族である人間を食べる行為、または習慣のことを言いますが、その理由は様々です。

  • 社会的風習:ある民族では仲間が死んだ時にその肉を食べる習慣がありました。または世界各地で、戦時に敵の肉を食べその力を得ようとする考え方もありました。
  • 宗教的儀式:いわゆる悪魔崇拝者の間では人間の肉を神(サタン)に捧げ、その肉を食べることで神の祝福を得るとされています。
  • 薬効:中国では古来から胎児から成人まで、漢方の妙薬としてその肉を食べる習慣がありました。この習慣は現在では禁止されています。
  • 嗜好:単純に人肉が好き、食べたいという欲求から食人行為を行うこともあります。

遭難事故などで、生き残るために止むを得ず行われる食人行為は一般的にアントロポファジーと言い、厳密にはカニバリズムとは区別されます。

パリ人肉事件について本人である佐川一政が出演している動画

佐川一政氏が自らの体験を語る動画があります。衝撃的なシーンも収録されていますので閲覧の際は注意してください。

佐川氏の行った行為は決して許されるものではありませんが、これほどの凶悪事件を起こした人間が自らその詳細を語り、それが誰でも気軽に見られるというのはかなり珍しいケースです。

この動画を見た海外の視聴者の反応を一部ご紹介します。

なんでこんな男がまだ生きてるんだ。悪魔だ! 何よりこの人が人間を食べる行為を淡々と話しているのが恐ろしい。

(引用:NAVERまとめ)

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パリ人肉事件の経緯と詳細について

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パリ人肉事件と呼ばれる本件の詳細について時間を追ってまとめました。

事件が起きたのは1981年6月11日で場所はどこ?

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1981(昭和56)年6月11日、フランスの首都パリで事件は起きました。

佐川氏はパリの16区、エルランジェ通りにアパートを借りていました。アパートの名は「ヴィラ・エルランジェ」と言い、佐川氏は「私の住所の中で一番美しい部分」と表現しています。

この16区はエッフェル塔の真向かいのエリアで、治安が良く、閑静な高級住宅地です。佐川氏は裕福な家の出身であった為、このような場所に住むことができたのでしょう。

被害者はオランダ人のルネ・ハルデルベルト

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被害にあったのは、佐川氏と同じく外国人留学生としてパリに滞在していたオランダ人女性、ルネ・ハルデルベルトさん(当時25歳)でした。

彼女と知り合ったのは大学でのフランス現代文学の講義を受けた時に偶然隣に座ったことがきっかけであったと、自身の著書で明らかにしています。

佐川氏は小柄で目立たない東洋人である自分と対象的な彼女の体格の立派さと美しさに徐々に惹かれていき、芸術について語り合ったり、二人で食事をするなど交流を深めました。

自宅に呼びカービン銃で射殺

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しかし、佐川氏にとって相手を好きになることは同時に相手を食べたくなることでした。

事件当日、佐川一政氏は自宅にルネ・ハルデルベルトさんを招きます。ドイツ語の詩を録音したいから朗読して欲しいとの、佐川氏の嘘に協力しようとしたルネさんを背後からカービン銃で射殺する凶行に及んだのです。

カービン銃とは銃身の長いライフルを短くした物で、短機関銃、サブマシンガンと呼ばれます。フランスは世界でも比較的銃規制の緩い国で、ライセンスは必要ですが狩猟や競技の他に護身目的での所持も許されています。

屍姦後に生食し遺体を解体

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佐川氏はルネさんを殺害した後、その衣服を脱がせました。小柄な佐川氏にとってその作業は容易ではありませんでしたが、裸の彼女の遺体に性的行為を行った後、遺体の一部を生で食したのです。

まず尻の部分に直接嚙みつき、力を込めますがそう簡単には噛み切れません。そこで台所から肉切包丁を持ってきて脂肪の奥の肉をえぐり取り、口に入れました。

後に佐川氏はこの時の感想を「においのないトロ」と表現しています。そして太ももの肉も削ぎとって口に入れ、どちらもこの上なく美味であったとしています。

カメラで過程を撮影後に遺体の一部を調理し食べる

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その後佐川氏は遺体をカメラで撮影しました。当時はフィルムカメラが一般的でしたので、現像するときに写真屋の店員に本物の死体だとバレないよう、死体の顔の部分を写さないようにしました。

再び苦労して今度は遺体をバスルームへ運び入れます。そして今度は尻、乳房、太ももを包丁で削ぎ、フライパンで焼いて食べました。この時脱がせた彼女の下着をナプキン代わりに食卓に添える徹底ぶりでした。

長年夢見た最高のご馳走で夕食を済ませ、その晩は満ち足りた気持ちで眠りについたと言います。

残りは近くの公園の池に捨てようとしたところを目撃され2日後に逮捕

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6月13日、食べきれなかった遺体は臭いを放つようになります。保管に限界を感じた佐川氏は、遺体を解体して捨てることにしました。解体しながらも、様々な部分を切り取って食べたり、冷蔵庫に入れたりしています。

佐川氏は遺体をスーツケースに入れて近くのブローニュの森に運びました。公園の池に遺体を捨てようとしますが、近所の人間に見られてしまいます。佐川氏は、遺体が入ったスーツケースを捨てて逃亡しました。

その後目撃者が警察に通報し、スーツケースを警察が開けたところ遺体を発見、佐川氏は2日後の6月15日に逮捕されました。ちなみに逮捕当日も、肉を細かく切って焼き、ゆっくり味わったとしています。

佐川一政の生い立ちは?目的はカニバリズムで過去にも事件を起こしていた?

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このような凄惨な事件を起こした佐川一政氏はどんな家庭に生まれ、どんな人生を送ってきたのでしょうか。佐川氏の生い立ちについてまとめました。

兵庫県に未熟児として生まれ、生後1年で腸炎を患った

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佐川氏は1949(昭和24)年4月26日に兵庫県神戸市に生まれました。出生時は父親の手に収まるほどの未熟児でした。未熟児の臓器は成長の途中であり、子宮の外で生きて行く準備ができていません。

そのため佐川氏は生後1年の時に腸炎を患いました。未熟児は腸の機能も未発達のため、血流の悪い腸は損傷しやすくなります。そこに細菌が侵入し、感染症を起こすのです。

幸いこの時は手術を受ける必要はありませんでした。注射や点滴で命をつなぐ必要はあったといいますが、両親や周りの心配をよそに虚弱ながらも順調に成長していきました。

芸術を好む子供で内向的な性格だった

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虚弱であったからか、あまり外で遊ぶことはなく、内向的な性格に成長した佐川氏は芸術に興味を持つ少年でした。

文学では「嵐が丘」「戦争と平和」を愛読し、シェークスピアにも興味を持っていました。白樺派という自由主義の文学を好み、白樺派の中心人物である武者小路実篤氏に紹介状も持たずに会いに行ったこともありました。

音楽ではベートーヴェンやヘンデルを好んで聴いていました。

小さい頃に聞いた童話が元で人肉に興味を持った

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佐川氏は、魔法使いが幼い子供をさらってきて食べる童話を叔父から何度も聞かされていたといいます。実際に著書の中で、自分が「赤ずきん」の狼になって美しい娘の前でよだれを垂らしているところを想像しています。

また、「眠れる森の美女」の続編で、王子様の母親が人食い女で、オーロラ姫やその子を食べようとする描写を見て若い女性の肉の味、それはどんな味だろうと想像したりしていました。

実際に、佐川氏は小学生の頃には食人に興味を抱き、クラスメイトの太ももやお尻を食べたい、色の白い子はお餅の味、黒い子はパンの味かななどと具体的な想像を膨らませています。

神奈川県立鎌倉高等学校に進学し精神科医に相談するも取り合ってもらえず

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人肉食への興味を募らせていった佐川氏は、食人をテーマにした短編小説をいくつか書いています。

自分の欲求の異常さに悩んだのでしょうか、ある日電話帳で見つけた精神科医に電話をかけます。しかし、「電話での診察はできない」と断られ、激しく後悔したと言います。

このことがきっかけで「どうせ自分のこの気持ちは他人にはわからない」と、周囲に相談することをやめてしまいました。

大学時代に食人目的でドイツ人女性を襲い一度逮捕されていた

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それでも佐川氏は食人への欲求を抑えることができず、ついに行動に移すことになります。30歳までには必ず若い女性を食ってやると決心した、日本での大学生時代のことです。

ある秋の日、実家の近所に住む35歳のドイツ人女性の部屋に忍び込みます。すぐに女性が気づき、抵抗したため佐川氏は慌てて逃げ出しますが、その場で捕まってしまいます。

その後、家宅侵入と強姦未遂で1週間勾留されました。もちろん、この行動は抑えきれなくなった食人衝動が根底にありました。

示談金を支払って解決

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この事件は父親が相手方に示談金を支払い、解決しました。

猟奇犯罪者はその生い立ちの中で貧困や虐待を経験している例も多く見られますが、佐川氏は違いました。父親は大会社の社長でしたし、小さい頃から体が弱かったことで大切に育てられています。

そんな家庭環境でしたから、金銭での解決も比較的容易だったことが想像できます。

関西学院大学、大学院を修了しフランスのパリ第3大学に留学

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関西大学大学院を修了後、文学の研究のためにフランスへ渡り、パリ第3大学に入学しています。

関西大学は大阪府下の私大ではトップクラスの名門大学で、数々のタレント、歌手、アスリートを輩出しています。

パリの大学にはそれぞれの分野があり、パリ第3大学は主に文学・東洋語を教える大学です。佐川氏はここの比較文学科に通っていました。。

大学院博士課程に在籍していた1981年にパリ人肉事件を起こす

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事件が起こったのは1981(昭和56)年のことでした。ちょうどこの頃、フランス第21代大統領にミッテラン氏が就任しています。

佐川氏はパリ第3大学大学院比較文学専攻修士課程に在籍していました。

パリ人肉事件のその後は?佐川一政はなぜ不起訴処分になったのか

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これだけの凄惨な猟奇事件を起こしたにもかかわらず、佐川氏は罪に問われませんでした。それは何故なのでしょうか。

逮捕された際に腸炎を脳炎と通訳が誤訳していた

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佐川氏は生後1年で腸炎を患っていますが、この資料を通訳者が誤訳し、脳炎と取り違えたために判断を誤ったのではないかとされています。

つまり、幼い頃に脳炎にかかると、認知機能障害や人格障害などが後遺症として残ることがあるため、佐川氏も後遺症のために正常な判断が出来ない状態であった可能性が高いとされたのです。

誤訳の結果心神喪失状態と判断され不起訴処分となりアンリ・コラン精神病院へ

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誤訳のために佐川氏は事件当時心身喪失状態であったと判断され、不起訴となりアンリ・コラン精神病院へ護送されました。ここで約14か月間の療養生活を送っています。

不起訴となったことについては、被害者のルネさんの両親が決定の取り消しを求めましたが、申し立ては却下されました。

佐川一政がフランス政府を欺いたと言われている?

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一説には、佐川氏はもともと食人嗜好は持ち合わせておらず、フランス政府をうまく騙したのだとも言われていました。

パリ人肉事件後に帰国した佐川一政と世間について

パリ人肉事件のニュースは佐川氏の逮捕とともに、全世界をかけ巡りました。佐川氏の母国である日本では、その帰国に伴いどのような反応があったのでしょうか。

1984(昭和59)年に日本へ帰国し東京都立松沢病院へ入院

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帰国した佐川氏は、世田谷区にある東京都立松沢病院という精神病院へ入院しました。ここでは約1年4か月間の療養生活を送りました。

人肉食の性癖はないと診断され人格障害であると指摘

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松沢病院副院長の金子嗣郎氏は、佐川氏は精神病ではなく人格障害で、刑事責任を問われるべきであると発言しています。さらに、フランスの病院が腸炎と脳炎を誤ったために不起訴になったのだとしました。

人格障害(パーソナリティ障害)とは周囲の人とは違う反応や行動をしてしまったり、物の考え方や感情、コミュニケーションの偏りにより本人や周りの人が困っている状態です。

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