トーヨーボール殺人事件の概要と犯人の詳細まとめ!主犯は関東連合? 社会

トーヨーボール殺人事件の概要と犯人の詳細まとめ!主犯は関東連合?

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その後、警察の調べで次男の高橋祐也が車を貸していたと判明

三田佳子と夫は高橋祐也の関与を否定していましたが、警察の調べによって高橋祐也が犯人グループに車を貸していたことが判明しています。

次男・高橋祐也は覚せい剤で前科があった

三田佳子の次男である高橋祐也は、高校在学中の1998年に覚せい剤取締法違反で逮捕された経歴がありました。

この事件で車を貸していたことが判明したことで、関東連合と覚せい剤の受け渡しがあったのではないかと疑惑が持たれています。

また、高橋祐也は、この事件の後も複数回に渡って覚せい剤で逮捕されることになっていきます。

薬物乱交パーティーでも逮捕されている

三田佳子の次男である高橋祐也は、事件の後の2000年10月に薬物乱交パーティーを行ったことで逮捕されています。自宅の地下室でパーティーを行っていたことで、大きな衝撃を与えました。

薬物乱交パーティーを受けて、三田佳子も1年間活動を自粛することになりました。

高橋祐也から車を手配したのは境谷誠?

高橋祐也から車を手配したのは、関東連合の境谷誠という人物でした。境谷はトーヨーボール殺人事件によって逮捕されて実刑判決を受けた人物です。

高橋祐也と境谷誠はかなり密接な関係にあったのではないかと言われています。

境谷誠は高橋祐也への覚せい剤の譲り渡しでも逮捕されている

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境谷誠は2018年に、高橋祐也に覚せい剤を譲り渡したとされ逮捕されています。境谷誠と高橋祐也は、互いに家を行き来して覚せい剤を使用していたようです。

トーヨーボール殺人事件によって関係が明るみに出たので、関係は切れたのではないかと言われていましたが、むしろ二人は結びつきを強めていったようでした。

トーヨーボール殺人事件のその後は?犯人たちは少年院へ?

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トーヨーボール殺人事件の犯人たちは、未成年の少年でした。そのため、少年法によって守られており、少年院で2年ほどの刑期で済んでいるようです。

犯人は未成年だったため少年法で石元太一のみ実名報道

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トーヨーボール殺人事件の犯人は、未成年の少年でした。そのため、少年法により実名報道されることはありませんでした。

主犯とされた石元太一だけが実名報道されることとなり、共犯した柴本大輔や伊藤リオンらの名前は、当時公表されていませんでした。

石元太一は特別少年院に送致された

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石元太一は、トーヨーボール殺人事件で傷害致死罪に問われ、特別少年院に送致されました。刑期は2年ほどだったようで、残虐な殺人事件であるにも関わらず、あまりに短いのではないかとの声もありました。

他の犯人も少年院へ送検されたと言われている

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石元太一以外の犯人たちも、少年院に送検されたと言われています。しかし、少年法に守られていて、その後の詳細は不明です。

石元以外の犯人たちも、2年ほどで出所したとも言われています。やはり、事件の残虐性に見合わない刑期ではないかとの見方もありました。

少年法により、判決は軽いものだった

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石元太一を始めとした犯人グループは、未成年であったため少年法が適応されることとなりました。そのため、判決は非常に軽いものとなったようです。

石元太一らは2年ほどで出所

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石元太一ら犯人グループは、少年院を2年ほどで出所しています。人違いによって非道な暴力行為によって人を死なせていることを考えると、とても軽すぎる刑期であったと言えます。

被害者の父親が起こした損害賠償請求に対する加害者の対応は?

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トーヨーボール殺人事件の被害者である小笠原一也さんの父親は、犯人グループ23人に対して損害賠償請求をしています。金額は、一人あたり500万円でした。

しかし、多くの加害者や加害者の保護者は、刑期が終わったら払うなどと言って支払いから逃げています。現在までうやむやにしていて、支払っていない犯人がほとんどだとされています。

伊藤リオンだけは賠償金を支払った?

ほとんどの加害者が損害賠償金をきちんと支払っていない中、伊藤リオンだけは500万円を一括で支払ったと言われています。

伊藤リオンは、賠償金を支払った上で反省の態度を見せ、被害者の父親に謝罪したそうです。

伊藤リオンは非常に凶暴な性格だとも言われていますが、この事件については悔いていたのかもしれません。

事件にショックを受けた?同級生の女の子が自殺

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トーヨーボール殺人事件の衝撃は大きく、被害者の同級生の女の子が自殺してしまっています。自殺したのは、被害にあった小笠原一也さんの高校の同級生でした。

事件によって強いショックを受けて、精神的に不調をきたしてしまったようです。2001年にオーストラリアのウィーンで、ドナウ川に身を投げて自殺をしてしまいました。

この話は、大崎善生の「ドナウ川よ、静かに流れよ」という小説の題材にもなりました。

事件が起きたトーヨーボールはパチンコ屋に?

事件が起きたトーヨーボールは、しばらくして閉店となりました。テレビなどでも大きく取り上げられた場所となりましたが、建物は取り壊されています。

その後、トーヨーボールの跡地はパチンコ屋になっているようです。

トーヨーボール殺人事件の犯人らが起こした他の事件は?

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トーヨーボール殺人事件の犯人ら関東連合のメンバーでした。彼らは他にも多数の事件に関与しています。有名なものでは、市川海老蔵暴行事件や六本木クラブ襲撃事件が挙げられます。

市川海老蔵暴行事件

トーヨーボール殺人事件の犯人であった石本太一と伊藤リオンは、市川海老蔵暴行事件も起こしています。都内の会員制バーで市川海老蔵が暴行を受けた事件で、伊藤リオンが逮捕されています。

都内の会員制のバーで石本太一と酒を飲んでいた市川海老蔵は、灰皿でテキーラを飲むように石本太一に強要したそうです。それを見ていた伊藤リオンが激怒して暴行を加えたとされています。

伊藤リオンの暴行は執拗で、市川海老蔵は命の危険を感じて逃げ出しています。全治6ヶ月のけがを負わせたとして、伊藤リオンは傷害容疑で逮捕されることとなりました。

六本木クラブ襲撃事件

六本木クラブ襲撃事件は、2012年9月2日に起きた殺人事件です。この事件の主犯格とされているのが、石本太一でした。

この事件では、六本木にあるクラブ「フラワー」にいた客の男性が、突然10人ほどの男らによって襲撃されて殺害されました。この事件で被害にあった男性も、人違いで襲撃されたことが分かっています。

被害者の男性は、関東連合が報復のために追っていた男と間違われて殺害されたとされています。この事件によって石本太一は逮捕され、懲役11年の実刑判決を受けています。

その他、多数の傷害・殺人事件に関与している

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トーヨーボール殺人事件の犯人であった石本太一や伊藤リオン、柴田大輔ら関東連合のメンバーは、多数の傷害、殺人事件に関与しています。

1997年には品川区で柴田大輔が傷害致死事件を起こしています。また、2010年には港区で朝青龍による傷害事件にも関与しています。

警察は関東連合について、暴力団とは異なるものの、集団的かつ常習的に暴力的不法行為を行っているグループであると認識しています。

トーヨーボール殺人事件を起こした関東連合の成り立ちや変遷は?

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トーヨーボール殺人事件を起こした関東連合は、1973年に結成された暴走族の連合体でした。様々な事件を起こしてきましたが、現在は壊滅的な状態だと言われています。

関東連合は1973年に結成

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関東連合は、1973年に結成された都内で活動する暴走族の連合体でした。2003年には解散していますが、その後もOB同士の繋がりが強く結束されていました。

解散後にも都内で発生する事件に度々関係していることから、OB同士の繋がりを指して「関東連合」と呼ぶことが多いです。

「半グレ」の象徴的存在とされる

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関東連合はいわゆる暴力団とは異なる存在ですが、都内の渋谷や六本木、新宿などで一定の勢力を持つ集団です。

そのため関東連合は、常習的に暴力的な犯罪を行う集団である「半グレ」の象徴的存在とされています。また、愚連隊などと呼ばれることもあります。

半グレは暴力団とは異なりますが、反社会勢力として度々話題になる存在です。

関東連合のメンバーは比較的裕福な家庭に育った人が多かった

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関東連合のメンバーは、比較的裕福な家庭に育った人が多かったと言われています。貧困が素行の悪さや暴力行為に繋がるとの見方もありますが、関東連合については事情が異なるようです。

貧困や差別とは縁が遠いと考えられる、世田谷区や杉並区といった地域で育ったメンバーが多くいました。

関東連合の成り立ちは?グループに分かれていた?

関東連合は、1970年代に暴走族「ブラックエンペラー」や「マッドスペシャル」を中心に結成されたものでした。

その後1980年代の中頃には衰退しましたが、1980年代後半には所属チームである「鬼面党」や「メデューサ」「マッドスペシャル」などが関東連合を名乗り始めるようになっていきました。

1990年代にはチーマーとの抗争を経て、力を強めていったとされています。

関東連合の現在は?壊滅状態?解体された?

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関東連合は、2012年の六本木クラブ襲撃事件によって多数の逮捕者を出しています。この事件をきっかけに、関東連合は解体されていくこととなりました。

現在では関東連合を名乗る勢力はほとんど消失していて、壊滅状態になっていと言われています。

トーヨーボール殺人事件の主犯・石元太一の生い立ちや経歴は?

トーヨーボール殺人事件の主犯である石元太一は、暴力団組長の父を持つ人物でした。幼少期から暴力行為に関係し、10代のほとんどと少年院や少年鑑別所で過ごしたとされています。

石元太一の生い立ちは?父親は石元会という暴力団組織の組長だった

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石元太一は、1981年12月13日生まれ、浅草出身の人物です。父親は、石元会という暴力団組織の組長の石元正弘でした。

父の石元正弘は、強い男になれと教え育ててきたそうです。石元太一はその教えの元、体を鍛えていたそうです。その中で、暴力性を強めていったとされています。

中学校卒業後、千歳台ブラックエンペラーに入り総長を務めた

石元太一は、世田谷区立烏山中学校を卒業しています。卒業後は16歳で千歳台ブラックエンペラーに入りました。その後、16代の総長を務めていました。

千歳台ブラックエンペラーは関東連合とつながっていった?

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暴走族であった千歳台ブラックエンペラーは、「鬼面党」「マッドスペシャル」といった他の暴走族と共に、関東連合を組織することとなっていきます。

石元太一は10代のほとんどを少年院や少年鑑別所で過ごした

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関東連合は、暴力団組織との繋がりを持ち、半グレ集団として刑事事件などに多数関係していきました。関東連合のメンバーであった石元太一も、喧嘩や違法行為に関わるようになっていきます。

そのため、石元太一は10代のほとんどを少年院や少年鑑別所で過ごすこととなりました。

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