トーヨーボール殺人事件の概要と犯人の詳細まとめ!主犯は関東連合? 芸能人

トーヨーボール殺人事件の概要と犯人の詳細まとめ!主犯は関東連合?

トーヨーボール殺人事件は18歳の少年が被害者となった殺人事件です。犯人は関東連合で石元が主犯でした。暴行の詳細は非常に残虐で、舌を切るなどされていました。また三田佳子の車が使われたことでも話題となり、高橋祐也の関与が囁かれました。そんな事件についてまとめます。

目次

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トーヨーボール殺人事件の概要は?関東連合が人違いで殺害?

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トーヨーボール殺人事件は、2000年に起きた凄惨な殺人事件です。犯人は関東連合のメンバー20数名で、無関係な18歳の少年を間違えて襲撃しました。執拗に暴行を加えた上で殺害した、悲惨な事件です。

トーヨーボール殺人事件とは?関東連合が起こした殺人事件

トーヨーボール殺人事件とは、2000年5月13日に起きた殺人事件です。大田区池上にある「トーヨーボール」というボウリング場の駐車場で起きた殺人事件なので、このように呼ばれています。

被害者となったのは18歳の小笠原一也さんでした。暴走族とは無関係な人物でしたが、20名を超える暴走族に襲われて殺害されました。襲撃したのは、石本太一を始めとした関東連合に所属する暴走族でした。

犯人グループは小笠原さんに対して執拗に暴行を加えた上で放置して、死亡させました。発見された小笠原さんは、誰だかわからないほどに暴行を加えられていたと言われています。

事件現場は池上のボウリング場「トーヨーボール」の駐車場

トーヨーボール殺人事件が起こったのは、大田区池上にあるボウリング場「トーヨーボール」の駐車場でした。

被害者である小笠原一也さん(当時18歳)は友人とトーヨーボールの駐車場でダンストレーニングを行っていたそうです。そこを突然、暴走族に襲われて命を奪われることとなってしまいました。

被害者は無関係な寿司職人見習い・小笠原一也さん

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トーヨーボール殺人事件の被害者となったのは、寿司職人見習いの小笠原一也さんでした。小笠原さんは襲撃してきた暴走族とは無関係な人物で、友人とダンスの練習をしていただけでした。

その後の調べで、小笠原さんは犯人らと対立するグループに所属する人物と間違われて襲撃されてしまったことが分かっています。

当時、小笠原さんはまだ18歳でした。将来のある少年が、人違いによって無残に殺害されてしまった、非常に痛ましい事件でした。

犯行に使われた車が女優・三田佳子名義のものだったことでも話題に

トーヨーボール殺人事件では、犯行に三田佳子名義の車が使用されたことでも話題となりました。警察の調べによって、犯人の一人が、三田佳子の次男である高橋祐也から借りたのだと話していることが分かりました。

事件後、三田佳子の夫は会見を開いて、事件との関わりを否定しました。また、車は何者かによって持ち出されたのだと主張をしました。三田佳子本人も、息子の事件への関与を涙ながらに否定しました。

しかしその後、高橋祐也が関東連合のメンバーに車を貸出していたことが明らかになっています。高橋祐也は関東連合と繋がっていて、覚せい剤の受け渡しもあったと考えられています。

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トーヨーボール殺人事件を起こした関東連合とは?石元太一ら、犯人の詳細は?

トーヨーボール殺人事件を起こしたのは、関東連合の暴走族グループでした。主犯とされているのは石本太一で、その他にも15名以上が逮捕されています。

事件を起こしたのは関東連合?暴走族の集団だった?

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トーヨーボール殺人事件を起こしたのは、関東連合に所属するメンバーでした。関東連合とは、東京周辺で活動していた暴走族が連合体となったものです。

関東連合は2003年に解散しましたが、OBの結びつきが非常に強く解散後も様々な事件を起こしてきました。

いわゆる暴力団とは異なる集団ですが「半グレ」と呼ばれる集団として知られています。集団で連携して、様々な犯罪行為を繰り返す存在です。

実行犯①関東連合の元リーダー・石元太一

トーヨーボール殺人事件の主犯とされているのは、関東連合の石本太一です。関東連合に所属する暴走族「千歳台ブラックエンペラー」のリーダーだった人物です。父親は暴力団の組員だったようです。

石本のトーヨーボール殺人事件での少年院での服役期間は、2年間だったと言われています。また、石本は小笠原さんの殺害について、自叙伝の中で「人生最大の過ち」だと語っています。

石本は2010年に起きた市川海老蔵暴行事件や、2012年の六本木クラブ襲撃事件にも関与していて、非常に危険な人物だと言えます。現在は服役中です。

実行犯②残虐なリンチの主犯・柴田大輔

残虐なリンチの主犯と考えられているのが、柴田大輔です。元々は「宮前愚連隊」という暴走族の総長で、関東連合の中心人物であったとされている人物です。

現在は工藤明男という名前で、関東連合の内幕を描いた著書などを出版していることでも知られています。

柴田大輔は犯行に参加を否定している?

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柴田大輔は、トーヨーボール殺人事件の直前まで、犯人グループと一緒にいたことが分かっています。しかし、犯行に加わったことは認めていません。

柴田の著書である「聖域」の中では、犯行に誘われたが行っていない、としています。しかし、ネット上では柴田を犯行の主犯だとする声が多いです。

実行犯③市川海老蔵暴行蔵事件でも有名・伊藤リオン

トーヨーボール殺人事件の実行犯の中に、伊藤リオンが含まれています。伊藤リオンは、後に市川海老蔵暴行事件を起こしたことで有名になった人物です。

伊藤は犯行グループの中で唯一、事件への反省の言葉を口にしていたようです。取り返しのつかないことをしてしまったと、被害者の父親に反省した様子を見せていました。

また、伊藤は警察に対して事件のことを詳細に供述しています。被害者に対してきちんと賠償金を支払ったのも、伊藤だけだとされています。伊藤は、この事件のことを本当に悔いていたのかもしれません。

実行犯④後に逮捕されたリーダー格・原田英俊

犯行のリーダー格とされ後に逮捕されたのが、原田英俊です。事件の前日に対立グループと喧嘩になっていて、原田の車が破壊されていたようです。

その報復のために、原田がメンバーに声をかけて襲撃を計画したと言われています。結果的には、原田英俊の車を破壊した人物ではなく、無関係の小笠原さんを襲ってしまうこととなりました。

事件の原因を作ったという意味では、原田英俊こそが事件の元凶であったとも言えます。

その他にも多くのメンバーが関わったとされ、15人以上の逮捕者が

トーヨーボール殺人事件に関わったとされて逮捕されたのは、少年ら15名以上となりました。他にも関係している人物がいたとみられていて、実際には20名を超える人物が関与していたと言われています。

トーヨーボール殺人事件の発端は?

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トーヨーボール殺人事件の背景には、犯行を行った関東連合と、対立グループである全狂連との抗争がありました。抗争の中で、原田の車が壊されたことが事件の発端となったようです。

当時、関東連合は全狂連と抗争中だった

トーヨーボール殺人事件が起こった当時、関東連合は全狂連と抗争中だったとされています。全狂連も、関東連合と同様に暴走族の連合体でした。

後に石本太一は著書「不良録」の中で、全狂連との全面抗争について詳しく語っています。逮捕された犯人達は、全狂連と抗争中であったことは認めています。

トーヨーボール事件の発端は原田の車が壊されたこと

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トーヨーボール殺人事件の発端は、原田英俊の車が壊されてことでした。事件の前日、全狂連との喧嘩の中で、原田の車が破壊されたとされています。

その報復のためにメンバーが召集され、襲撃に至ったと言われています。しかし、実際には間違って全く無関係の小笠原一也さんが襲撃されてしまいました。

小笠原一也さんはなぜ殺されたのか?トーヨーボール殺人事件の詳細

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小笠原一也さんは、友人たちとダンスの練習中に襲撃されて執拗な暴力を受け、命を落とすこととなってしまいました。

小笠原さんは暴走族などとは無関係の人物で、人違いで殺されてしまったということが分かっています。

2000年5月13日の深夜、小笠原一也さんは友人とダンストレーニング中だった

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事件のあった200年5月13日の深夜、被害者となった小笠原一也さんは、トーヨーボールの駐車場で友人達とダンスのトレーニングをしていました。

ダンスの練習をしている最中に、突然暴走族集団に襲撃され、命を落とすこととなってしまいました。

暴走族の襲撃を受け、友人たちは逃走し小笠原一也さんは逃げ遅れた

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小笠原一也さんたちは、突然の暴走族による襲撃に驚き逃げ出しました。

友人たちは車で逃走することに成功しましたが、小笠原さんは焦ったために車の操作を誤りガードレールに乗り上げてしまいました。

そのため、小笠原さん一人が暴行を加えられ、殺害されることとなってしまいました。

暴走族は小笠原一也さんの車に群がり、引きずり出して暴行

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襲撃した暴走族は、逃げ遅れた小笠原一也さんの車に群がり、身動きの取れない小笠原さんを外に引きずり出しました。

ここから、関東連合とは無関係の小笠原さんに対して、殴る蹴るの執拗な暴行が開始されることとなりました。

ぐったりとした小笠原一也さんを車に押し込んで連れ去ります。

世田谷市場へ拉致し、更に暴行を加えた

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犯行グループは、小笠原和也さんに対して殴る蹴るの暴行を加えた上で、後頭部をマグライトで殴りました。そして、ぐったりと動けなくなった小笠原さんを車に乗せると、世田谷市場へ拉致しました。

世田谷市場に移動した後も、動けなくなっている小笠原さんに集団での暴行は続きました。暴力は収まるどころか、エスカレートしていったようでした。

暴行は1時間半におよび、その内容は、舌を切るなど残酷だった

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世田谷市場に連れ込むと、犯行グループはさらに凶器を使って暴行を加えていきました。至近距離からエアガンで打ったり、舌をハサミで切断するといった、非道な暴力によって小笠原さんを痛めつけていきました。

髪にライターで火をつけるなど残酷な暴力を加え続け、小笠原さんの頭部は家族が見ても誰だか分からないほどに腫れ上がっていたと言われています。

執拗で残虐な暴力行為は、なんと1時間半にも及んだとされています。

犯人たちは小笠原一也さんを東京慈恵会医科大学の看護師寮の前に放置

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犯人たちは、暴行によって動かなくなった小笠原一也さんを車に乗せて移動しました。そして、狛江市にある東京慈恵会医科大学の看護師寮の前に、小笠原さんを放置して逃走しました。

ぐったりと動けなくなり命の危機にある小笠原さんを助けることはなく、路上に置き去りにしました。

小笠原一也さんは発見され病院に搬送されるも死亡

路上に放置されている小笠原一也さんを、通りかかりのタクシー運転手が発見して通報に至りました。すぐに救急車で病院に搬送されましたが、その後死亡しました。

死因となったのは、脳挫傷とくも膜下出血だとされています。頭部を殴打されたことが致命傷となったようでした。

小笠原さんは発見されたとき、意識を失って大きないびきをかいていたそうです。路上に放置せずにすぐに病院に搬送されていたら、助かる可能性があったのかもしれません。

人違い?小笠原一也さんらは関東連合の対立グループに間違われた?

被害者となった小笠原一也さんは、暴走族とは無関係の人物でした。当時、関東連合と対立していた全狂連のメンバーに間違われてしまったのだと考えられています。

人違いによって無残な暴力で殺されてしまった、あまりにも凄惨な事件であったと言えます。

トーヨーボール殺人事件で使われた車は三田佳子名義だった!次男が関与?

トーヨーボール殺人事件では、使用された車が三田佳子の名義のものだったことでも大きな話題となりました。

三田佳子とその夫は事件との関与を否定しましたが、後に三田佳子の次男である高橋祐也が、関東連合のメンバーに車を貸したことが分かっています。

犯行に使われた車は三田佳子の車?

トーヨーボール殺人事件で犯行に使用されたのは、女優である三田佳子の車でした。このこともあり、事件は大きく取り上げられることになりました。

犯人たちは、三田佳子の次男である高橋祐也から車を借りたと供述しました。

会見で三田佳子と夫は関与を否定

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この事件を受けて、三田佳子の夫は2000年8月16日に会見を開きました。そして、事件との関与を否定しました。車は貸出したものではなく、何者かが持ち出したのだと説明を行いました。

三田佳子も、次男である高橋祐也は事件とは無関係であると、涙を流して訴えました。

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