山下久美子の現在は?双子の子供に障害の噂? エンタメ

山下久美子の現在は?双子の子供に障害の噂?

山下久美子さんは、1980年代後半を代表する歌手で、ロック界を牽引してきました。私生活では、布袋寅泰さんとの離婚や双子の出産を経験しました。現在の山下久美子さんの歌手活動だけではなく、過去に出したアルバムや、暴露本の出版についても詳しくご紹介します。

目次

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山下久美子の現在の活動は?

山下久美子さんは、1980年代に独特のパフォーマンスと、歌唱力でJ-POPSの中でも我が道を行くタイプのロック歌手として認識されています。

かつては、布袋寅泰さんとの共演などで認知度が高まりました。一時期は、プライベートの関係で音楽よりも家庭を優先していました。山下久美子さんの現在の音楽活動の内容に関して調査しました。

山下久美子の画像とプロフィール

  • 生年月日    1959年1月26日
  • 出身地        大分県別府市
  • 学歴            別府大学付属高等学校 中退
  • 活動期間    1980年~

歌手としてデビューしたのは16歳の時でした。好きなことに対して時間を注ぎ込むことを決意したそうです。しばらくは地元で歌手活動をしていました。

本格的な歌手活動は、19歳で東京に上京して過酷な歌のレッスンを受けた後になります。デビューしたのは21歳の時でした。

2013年に大澤誉志幸とアルバム「& Friends」リリース

山下久美子さんは、還暦を迎えていますが現在も歌手としての活動を継続しています。2005年からは歌手としての活動を意図的に減らしていたそうですが、2013年に完全復活を遂げています。

2013年にリリースしたアルバムは、歌手の大澤誉志幸さんとのコラボによるものでした。アルバムのタイトルは「& Friends」となっており2人の関係性を表現しています。

大澤誉志幸さんは歌手だけではなく作曲やプロデュースを行っています。山下久美子さんの楽曲の提供を長年続けてきた戦友のような間柄です。

その後も大澤誉志幸との絆は続く

大澤誉志幸さんとコラボしたアルバムには第二弾があります。「& FriendsⅡ」というタイトルで2014年にリリースされています。

リリースするにあたり大澤誉志幸さんは山下久美子さんのアルバムに収録された楽曲、全て聴き直しをしたそうです。

大澤誉志幸さんは、長年の付き合いもあり、どんなニュアンスの指示を出しても山下久美子さんにツーカーで意志が伝わることは、助かったと語っています。

ライブの本数も徐々に増やしている

2013年に歌手として完全に復活した山下久美子さんの音楽活動の一環であるライブも本数を徐々にではありますが増加させています。

ライブツアー「山下久美子 The Sweet Sixty ☆Special Rockin’Live」をスタート

2019年では還暦を迎えたことを記念したライブツアーを行っています。ツアーの名前は、「山下久美子 The Sweet Sixty ☆Special Rockin’Live」でロック前提のスタンスは変わらないようです。

ツアーに合わせてDVDやパンフレットの発売も行われています。

昔と変わらないライブパフォーマンスを見せている

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山下久美子さんは、過激なライブパフォーマンスをすることで有名です。かつては「総立ちの久美子」という異名を付けられるほど、ファンを惹きつけて止まないものでした。

現在のライブ活動に関しては、到底還暦を迎えた女性のライブとは考えられない程エネルギッシュで昔と変わらない歌声とパフォーマンスを見せています。

2006年リサージカフェに出演(Yahoo!動画で配信)

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2006年は、山下久美子さんの音楽活動をセーブしていた時期になりますが、リサージカフェへの出演を行っています。動画はYahoo!動画でも配信されました。

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【動画あり】山下久美子の代表曲は?

山下久美子さんはデビュー以来数多くの楽曲をリリースしてきました。その中でも代表と言われている曲をご紹介します。

山下久美子の代表曲①「赤道小町ドキッ」

山下久美子さんがデビューして2年後にリリースした6枚目のシングル「赤道小町ドキッ」がヒットしたことで名前を知られるようになりました。カネボウ化粧品のCMソングとして抜擢されています。

後年この歌を評価した歌手によりカバー曲としてCDやアルバムに収録されています。中川翔子さん、Crystal Kayさん、橋本絵莉子さんなど6名の歌手がカバーしています。

 山下久美子の代表曲②「SINGLE」

1986年にリリースしたシングル「SINGLE」の動画を見ることができます。渋谷公会堂で行われたライブの中で披露さました。

ボーイッシュなショートカットにデニムとTシャツというシンプルなスタイルでロックを楽しんでいる様子が伺えます。

視聴者コメントには、「山下久美子さんといえばこの曲だ」というコメントが何件か書き込まれています。

山下久美子の代表曲③「真夜中のルーレット」

1993年にリリースされたシングル「真夜中のルールレット」は、作詞を山下久美子さん、作曲を布袋寅泰さんが手がけています。この頃は、布袋寅泰さんと夫婦関係にありました。

歌詞には「何か隠しているの?」、「答えが見つからない」という言葉が散りばめられており動画のコメントには「意味深だ」というコメントが投稿されています。

山下久美子の代表曲④「バスルームから愛をこめて」

山下久美子さんが1980年にリリースしたデビューシングル「バスルームから愛をこめて」は、女性が失恋してバスルームで涙を流すという設定ですが、どこか明るい未来を連想させる曲調です。

山下久美子の代表曲⑤「Lilith」

1987年にリリースしたシングル「Lilith」も作曲を布袋寅泰さんが担当しています。ライブの様子を動画で見ることができます。ギタリストとして舞台に上がり演奏をしています。

動画の最後の方に布袋寅泰さんが人差し指で山下久美子さんの肩を触るシーンもあり、視聴者コメントに「照れ笑いをする山下久美子さんが可愛い」と書かれています。

山下久美子の代表曲⑥「瞳いっぱいの涙」

1985年にリリースしたシングル「瞳いっぱいの涙」の歌詞には「I’m26」というフレーズが入っています。歌詞を見た動画視聴者は、ここに注目している人もいます。

動画の視聴者コメントには、「I’m sweet sixty」と歌詞を置き換えて歌っていると楽しげに書かれています。

山下久美子の代表曲⑦「宝石」

1992年にリリースされたシングル「宝石」は、作曲を布袋寅泰さんが担当しています。この曲はカルピスのCMソングとして登用されています。

山下久美子の代表曲⑧「Tonight (星の降る夜に)」

1992年にリリースされたシングル「Tonight (星の降る夜に)」はバラエティ番組「ウッチャンナンチャンのやるならやらねば」のエンディングテーマになりました。

山下久美子の代表曲⑨「いっぱいキスしよう」

1994年にリリースされたシングル「いっぱいキスしよう」の動画では珍しいスタイルの共演をしています。舞台に演奏担当として布袋寅泰さんが参加予定でしたが仕事の都合が合いませんでした。

布袋寅泰さんが事前に撮影した演奏をライブ会場のスクリーンに流して、その演奏に合わせて山下久美子さんは歌を歌うというスタイルで共演を果していました。

山下久美子の代表曲⑩「 Stop Stop Rock’n’Roll」

1989年にリリースしたアルバムの「Stop Stop Rock’n’Roll」は、同名の楽曲を含めた12曲で構成されています。Amazonのレビューには、星の数が高めに付けられています。

コメント欄には「聞くと気持ちが晴れる」「一番のお気に入りCD」という概ね高い評価がされています。

山下久美子の経歴は?

山下久美子さんがデビューしてから布袋寅泰さんと離婚するまでの間の経歴についてご紹介します。

1980年「バスルームから愛をこめて」で歌手デビュー

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1980年にデビューした際の楽曲は「バスルームから愛をこめて」ですが、歌い方に癖があったようで歌のレッスンを受けて徹底的に直されたそうです。

レコーディングでも中々オーケーが出ずに苦労したそうです。上手く行かないことが悔しくて泣いたことや、プロの厳しさを思い知ったと語っています。

渡辺プロダクションが立ち上げたNON STOPプロジェクトの一員

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山下久美子さんは、渡辺プロダクションが若手の歌手用に立ち上げた「NON STOPプロジェクト」の一員として活躍しています。

1982年「赤道小町」がヒットし過激なライブパフォーマンスで知られるように

1982年にリリースした「赤道小町ドキッ」は、オリコンチャートは最高2位を記録しており、ヒットしたことで山下久美子さんの名前が知れ渡るようになりました。

知名度がアップしたことで、ライブ開催に繋がっています。山下久美子さんの異名である「総立ちの久美子」のスタート地点と呼ばれています。

作曲が完成しないままレコーディングした

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山下久美子さんの初のヒット曲である「赤道小町ドキッ」は作詞を松本隆さん、作曲を細野晴臣さんが担当しました。作詞は早い段階で完成していましたが作曲が未完のままレコーディング日を迎えました。

レコーディング当日にスタジオの中で作曲作業を進めながらのレコーディングということになり、山下久美子さんにとっては、やり直しをする時間が無いというプレッシャーの元で行われています。

1985年にBOØWYのギタリスト布袋寅泰と結婚

山下久美子さんの結婚は、1985年のことでした。袋寅泰さんは、レコーディングのスタジオ演奏者として出会ったそうです。その後BOWYというバンドでギタリストとして有名になりました。

実際に結婚を発表した時期は、スポーツ新聞に布袋寅泰さんを「無名のミュージシャン」という書き方をした媒体もあったそうです。

結婚するにあたり、布袋寅泰さんは、オンボロアパートを引き払い山下久美子さんが住む都内の高級マンションへ引っ越しています。

1996年テレビドラマ「その気になるまで」で離婚歴のある女性役で出演

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山下久美子さんは、歌だけではなくテレビドラマで女優としての仕事もしています。1996年にTBSの連続ドラマ「その気になるまで」に出演しています。

このドラマは「男女7人夏物語」の続編という設定の物語です。主人公は明石家さんまさんが演じました。山下久美子さんは離婚歴のある女性の役でした。

1997年に布袋寅泰と離婚

1987年11月に突如、山下久美子さんと布袋寅泰さんは離婚を発表しています。原因は布袋寅泰さんの不倫でした。

山下久美子は現在結婚している?

山下久美子さんは、布袋寅泰さんとの離婚後に娘を出産しています。現在の山下久美子さんは結婚しているのでしょうか。子供の父親はどのような男性なのでしょうか。

2000年41歳の時に一般男性との間に双子の女児を授かる

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山下久美子さんが出産したのは41歳の時でした。子供は双子の女児を授かっています。子供の父親は、独身の一般男性であると発表しています。

男性は15年ぶりに再会した知人男性

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山下久美子さんは、双子の娘の父親の素姓が分かるような情報は公表していません。唯一分かっている事実は、15年ぶりに再会を果たした知人であるそうです。

男性とは入籍はせずシングルマザー

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その15年ぶりに再会した男性から「好きだった」と伝えられたことで男女の仲になったそうです。やがて山下久美子さんは妊娠していることに気が付きます。

男性と話し合って結婚はせずに山下久美子さんが子供を産み1人で育てていくと、取り決めたそうです。現在も山下久美子さんは、再婚していません。

結婚しなかった理由は「別の尊い絆で結ばれているから」

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後年、山下久美子さんは、雑誌のインタビューに応じて一連の未婚の母になるまでの話について語っています。結婚しなかった理由としては、「別の尊い絆で結ばれているから」だそうです。

シングルマザーを選んだ理由は、子供のための結婚という選択肢を取らずに自身の足で立ち生きるという決意をしたのだそうです。

双子の父親は歌手の氷室京介?

現在も双子の娘の父親が誰なのかという真相は不明の状態が続いています。一部では、BOWYのボーカリストである氷室京介さんであるという説も流れたことがあります。

 しかし、氷室京介さんは既婚者ですので、山下久美子さんが明かす知人の独身の男性という条件には当てはまりません。布袋寅泰さんと同じバンドとして活動したことで噂になっただけであるようです。

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