キャンドルジュンは広末涼子の婿養子で献身!耳や刺青・年収について エンタメ

キャンドルジュンは広末涼子の婿養子で献身!耳や刺青・年収について

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タトゥーに込められた意味とは?

全身の刺青は、よく見るとそれぞれ意味があるようなモチーフです。

多宗教多文化で一貫性がないように見えますが、チャクラ、十字架、観音様、マリア様、レオナルドダヴィンチの人体図、など多様です。

キャンドルジュンさんの刺青は単なる趣味ではなく、自身の存在を世の中に証明したい思いがありマイナスイメージになろうとも構わないという強い決意を感じます。

キャンドルジュンが薬物使用を公言?関東連合の関係者?

関東連合という芸能人に薬物を売っているなど怖い噂があるグループと、慈愛あふれるキャンドルジュンさんにまさか繋がりがあるのでしょうか。

キャンドルジュンは過去に薬物使用の発言をしていた

2008年、サーファーやボディボーダーの視点から海辺の環境保護活動を行っている団体のホームページにキャンドルジュンさんのインタビューが掲載されました。

その時の発言をまとめるとこのようになります。

  • 苗字が「Candle」で名前が「JUNE」である
  • サーフィンは周りの友達に勧められ3,4年前から始めた(2004年ごろ)
  • 2001年9月11日に起きた「アメリカ同時多発テロ事件」の衝撃が自分に与えた影響を告白

「戦争とかテロが終わるまでは、もう酒もタバコもドラッグも全部やめる!って言ったことから、ますますストイックになっていき、そしたら友達がたまたまボードをL.Aからもって帰って来たのを、良かったら譲ってくれるって言うので始めました」(引用元:J-CASTチャンネル)

つまり、2001年まではドラッグを常用していたという事でしょうか。27歳の時にドラッグ辞める決意・・・刺青に入っているかもしれません。

妻の広末涼子にも薬物疑惑が

広末涼子さんは一時期奇行が目立ち、その原因が薬物だったのではと言われていました。画像で見ても情緒不安定のように見えます。

2001年、フランス映画「WASABI」の制作発表の場での号泣事件。来日した俳優のジャック・レノに優しくされたから・・・というのが広末さんの言い訳。

タクシー無賃乗車疑惑事件。こちらはロケ地の千葉まで電車で移動する際ひったくりにあい、仕方なくタクシーで移動、料金はスタッフさんが立て替えて払っています。

関東連合との関わりの噂が濃厚なのは広末涼子

関東連合とは、東京世田谷区、杉並区の暴走族の連合体。1973年に結成され、2003年に解散した暴走族の組織です。この組織と広末さんにどんな関わりがあったのでしょう。

2003年に広末さんは前夫の岡沢高宏さんと結婚していますが、この岡沢氏が関東連合と深い付き合いがあったと言われています。

元々は関東連合と関係があった金子賢氏と広末さんが交際していたとの事。関東連合から薬物を仕入れていたと言われ、広末さんも薬物に手を出したと言われています。

全ては闇の中

ネット上では憶測で広末さんを中傷する内容が多くありました。交際相手の金子賢氏のストーカーをした、デキ婚したのは金子氏が高沢氏に妊娠した広末さんを押し付けたから、等など。

結婚から5年後、2008年に広末さんは「それぞれの仕事、大切にする思いなど、歩幅を合わせていくことが難しくなってきた結果」という理由で離婚しました。

結局、広末さんと薬物を結びつける証拠は何もなく、あくまで薬物は噂で超多忙な生活から情緒不安定になっていたからのようです。

キャンドルジュンのキャンドルへのこだわりは?販売店がある?

キャンドルアーティストとして活躍するキャンドルジュンさんの作品にかける思いとはどこからきているのでしょうか。

キャンドル作りでは無駄なことをしない?

キャンドルさんは子供の頃から「自分は何のために生まれてきたのか」と自分に問いかけてきたそうです。その自分との対話の時間に使ったのがキャンドルでした。

ご両親がクリスチャンなので自宅にキャンドルがあり、生活の中に存在していたキャンドル。対話で使うと当然キャンドルは燃えてなくなってしまいます。

お金のなかったキャンドルさんは燃え残ったキャンドルを煮溶かして新たにキャンドルを作るようになりました。これが現在のキャンドル制作の始まりなのです。

2005年、直営店「ELDNACS」をオープン

2005年11月、東京代々木上原にCandle JUNE初の直営店「ELDNACS](エルドナックス)をオープンしました。

キャンドルの制作に追われ、人と出会う時間が確保できなくなった事を残念に思いお店を作られたそうです。お店というよりも、人とコミュニケーションを取るための場所を作りたいという思いがあるそうです。

キャンドルジュンが店頭に立つこともある

コミュニケーションを取れるようにと、店内にはカウンターと椅子を設けてあります。そして可能な限りキャンドルジュンさん自身がお店に立たれているそうです。

一つ一つの作品にはキャンドルジュンさんの思いが込められています。可能ならば、一度は実際にお店に足を運び、キャンドルを手にしてみたいと思いませんか?

キャンドルジュンの学歴と経歴・慈善活動

キャンドルジュンさんは長野県松本市出身とわかっていますがこれまでの学歴や経歴を調べてみました。

松商学園高等学校卒業

長野県松本市にある全日制の私立の高等学校。戦前からの古い木造校舎なども残っており、フジテレビ制作のドラマ「白線流し」の主要舞台「松本北高校」(架空)のロケ地。

また、クラブ活動が盛んで特に野球部は甲子園、サッカー部は全国大会出場などしている。とても由緒ある学校を卒業されていたのですね。

1994年、キャンドル制作の活動を始める

高等学校を卒業後、上京し1994年からキャンドルの制作を始めました。キャンドルはひとつひとつ手作業で作られており、同じものは二つと無い独特の色合いが特徴。

現在は全国各地のショップに商品を卸しているので、キャンドルジュンさんの作品に出会えるかも知れません。

2001年の「世界聖なる音楽祭」をきっかけに、悲しみの場所で火を灯すように

「世界聖なる音楽祭・広島2001」このフェスティバルはダライ・ラマ14世の「一切の政治、宗教を超えて21世紀を音楽で祝福し先導しよう」との提唱により世界各地で行われてきました。

キャンドルジュンさんは、2001年に広島で「平和の火」を灯してからは「Candle Odyssey」と称して悲しみの地を巡る旅を始めたそうです。

2004年、新潟中越地震の地で「SONG OF THE EARTHフェスティバル」開催

2004年に起きた新潟中越地震後、キャンドルジュンさんは仮設住宅訪問を続けられました。

そして2004年10月26日、震源地の長岡市(旧川口町)にて復興イベント「SONG OF THE EARTHフェスティバル」を開催しています。

23日には川口運動公園内にできた復興のシンボル「SOTEツリーハウス」で追悼式典が行われました。

2005年以降、終戦記念日に中国で火を灯している

2005年からは終戦記念日に中国のチチハルにて火を灯されています。戦争で日本が攻撃した場所を巡りたいという思いで毎年違う場所で火を灯しています。

8月15日の夜、チチハルの街の中にある教会でロウソクに火を灯すことが出来たそうです。一人で祈っていた所、神父さんが協会に集まっている人達に声をかけました。

そして共に祈ろうと教会にいた人達がロウソクを手にキャンドルジュンさんの周りに集まり、賛美歌を歌ったのだそうです。こうして世界に繋がりを作っておられるのですね。

2010年、ハイチ大地震支援「LOVE FOR HAITI」を主宰

2010年にはハイチ大震災の被災地支援「LOVE FOR HAITI」を開始されています。ハイチから遠く離れた日本の渋谷で開催されたライブイベントです。

キャンドルジュンさん、MINMIさん、若旦那さんが中心となり始められました。

若旦那さんは、「いのち~桜の記憶~」という歌をハイチの大地震をきっかけに作られました。聴くと涙があふれてくる、そんな歌です。

2011年、東日本大震災に伴ない「LOVE FOR NIPPON」として支援を開始

そしてまだ記憶に新しい、2011年の東日本大震災が起こります。ここでキャンドルジュンさんは「LOVE FOR NIPPON」を立ち上げ支援を開始されています。

ハイチの支援活動から1年後、日本での震災。キャンドルジュンさんは、申し訳ないけど日本が優先だと苦渋の決断をし、「LOVE FOR NIPPON」に切り替えたのです。

それはチャリティーに賛同してくれる色々な人も始まりの一人という意味合いで、皆さんがスターターになっていく、そういう思いが詰まっているそうです。

現在も被災地に赴くことを大切にして活動している

キャンドルジュンさんは、現在も福島で毎月11日にキャンドルナイトを行っており、「SONG OF THE EARTH FUKUSHIMA」も開催しています。

支援活動は熊本地震や北海道などでも行っており、これまでの経験と繋がりから広がっているのです。

2011年の大地震の日から現在まで福島へ赴き活動を続けていらっしゃいますが、並大抵な精神ではここまでの活動は出来るものじゃない、本当に本物の活動家なのです。

最強、福島。世界が福島から学ぶこと

毎月、月命日の11日にキャンドルナイトを行っているキャンドルジュンさん。イベントを続ける意味は、過去を振り返るのではなく、今も起こり続けている被災地に繋ぐ為。

震災は起きて欲しくないけど、起こるであろう震災被災地にどう支援するのかを癖をつけているのだとキャンドルジュンは言います。

そして、本来は掘り起こすべきではないウランから始まった放射性物質という生き物の声を聞ける人が福島にはいるのです、とキャンドルジュンさんの思いが伝わります。

日本人が一番地球の声を聞ける人

震災から8年が経ち「楽しいね 嬉しいね おいしいね ありがとう!!」そうみんなで思える日を一緒に作れるようになってきたと嬉しく思うキャンドルジュンさん。

その一方で、9年目の現在もずっとあの日のまま時が止まっている方々もいらっしゃるのです。

「おたがいさま」の心で

福島に物資支援はもう必要なくなりましたが、現在も仮設住宅で多くの人が暮らしています。避難生活は終わっていない、問題はまだたくさんあるのです。

キャンドルジュンさんは全ての問題を取り上げたい。諦めたくない。「支援活動」ではない、これは「おたがいさま」の心を取り戻す活動なのだそうです。

「福島のおかげで世界が学んだよって、世界中から言ってもらえる日まで続けたい」思いは人から人へ繋がっていき広がっていくのですね。

「キャンドルジュンの作品を通じて」まとめ

ここまでキャンドルジュンさんについて、仕事から私生活、生い立ちから現在までを見てきましたがいかがだったでしょう。

変わった風貌からは想像出来ない、内に秘められた熱い思いを知ることが出来ました。広末さんとのご結婚生活の中で離婚危機もあったのかも知れません。

どんなに中傷されても、負けない夫婦の絆があるのだなと。周りの目なんて関係ない、自分の信じた道を生きる大切さを教わった気がします。

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