東大ポポロ事件の概要は?論点をわかりやすく説明!裁判の判決は? 社会

東大ポポロ事件の概要は?論点をわかりやすく説明!裁判の判決は?

目次

[表示]

愛知大学事件

Pexels / Pixabay

愛知大学事件は、1952年5月7日に、学生が大学内に無断で侵入した警察官を捕縛したという事件です。

この事件では学生7名が逮捕されましたが、学長や教授会らは、警察官ら権力者による不法な学内侵入であり、大学の自治を脅かすものだったと警察署に抗議文を提出しました。

暴行行為を法律違反、不法逮捕、公務執行妨害の罪で学生9名、講師1名が起訴されました。一審目では2名が無罪、7名に刑免除の判決が下り、二審目では大学の自治が認められ、学生側が勝利を勝ち取りました。

早大事件

StockSnap / Pixabay

戦後当時のGHQ総司令官ダグラス・マッカーサーのエッドパージに反抗する学生の暴動事件で、大学が学生らの講堂の使用を拒否し、学生たちが講堂を不法占拠したため、大学側は警察署に出動を要請しました。

暴動を起こした全学連は、当時「平和と大学擁護学生大会」という反対運動を行い予定でした。

結果的に学生2,000人と警察官の対立に発展し、お互いに重軽傷を負うなどで学生143名が公務執行妨害として検挙されました。この事件がきっかけとなり、以降は学生側は反抗を中止して暴動は収まりました。

京都学連事件

Tama66 / Pixabay

京都学連事件は、1925年に京都帝国大学や同志社大学で、マルクス主義などの社会主義の思想を研究していたサークルが警察に目をつけられ、家宅捜査など公的権力に押さえつけられた事件です。

マルクス主義とは、資本はみんなで共有し、階級のない共同社会を目指すという社会思想のことを言います。京都学連事件は、国内で初めて、社会的な運動を取り締まる治安維持法が適応された事件でもあります。

このサークルのメンバーは1,600名にも及び、労総争議や教育運動なども行われていたため、警察が危険とみなして排除しいようとしました。

京大公安警察事件

geralt / Pixabay

こちらの事件は近代で起きた東大ポポロ事件の類似事件で、東京都内でデモ活動をしていた京大生らが、警察官に暴行を加え逮捕され、当時学内ではそのことに対し抗議する演説が行われていました。

その学内に私服警官が調査のため潜伏していて、学生らは学問の自由や大学の自治を侵害されたと警官を取り押さえました。

警察官が学内に侵入していたことや、学生が警察官に対して取った行動が東大ポポロ事件にそっくりなことから、「京大ポポロ事件」と呼ぶ声も出ています。

松川事件を含む国鉄三大ミステリー事件とは?

qimono / Pixabay

1949年、日本国有鉄道では、3つの謎の多い未解決事件が起こりました。世間ではこの3つの事件を、「国鉄三大ミステリー事件」と呼んで話題になりました。

東大ポポロ事件でも問題となった松川事件を含む国鉄三大ミステリー事件の3つの事件を、ご紹介しましょう。

国鉄三大ミステリー事件とは

Free-Photos / Pixabay

国鉄三大ミステリー事件とは、連合国軍の配下にあった1949年の夏で、日本で連続して起こった日本国有鉄道にまつわる謎の多い3つの未解決事件の総称です。

国鉄三大ミステリー事件には、下山事件、三鷹事件、そして東大ポポロ事件が発生した時にポポロ劇団がテーマに上演していた松川事件があります。

下山事件

Free-Photos / Pixabay

下山事件は、1949年7月6日に起こった国鉄三大ミステリー事件最初の事件です。7月5日、日本国有鉄道の初代総裁に就任した下山定則が失踪しました。国鉄庁は下山の失踪に大騒ぎとなり、警察に連絡しました。

翌6日の0時30分ごろ、常盤線北千住駅~綾瀬沢間で汽車に轢断された状態の下山の遺体が見つかりました。警察は、捜査結果を発表することなく、この事件の捜査を打ち切り、真相は明らかになっていません。

下山の遺体の周囲には血液がほとんど見られなかったことから、他殺で失血死ののち死後轢断されたという声や、自殺で生態轢断だという声もありました。他殺であれば、1964年7月6日に公訴時効が成立しています。

三鷹事件

三鷹事件は、1949年7月15日に日本国有鉄道中央線三鷹駅構内で起こった事件です。この日の午後9時23分、現在のJR東日本三鷹車両センターにあたる国鉄三鷹電車区から無人電車が暴走しました。

車両は三鷹駅の下り1番線に進入後、時速60kmで車止めに激突し、車止めを突き破って脱線転覆しました。この事件では、断線した商店街などで男性6名が死亡、20名が負傷しました。

国鉄労働組合員の日本共産党員10名と元運転士が逮捕され、元運転士には死刑判決が下されましたが、詳しいことは不明となっています。死刑判決を受けた元運転士はその後も無罪を訴え続け、、脳腫瘍で獄死しました。

松川事件

lizzyliz / Pixabay

松川事件は、東大ポポロ事件でポポロ劇団が上演していたテーマでもあり、1949年8月1日に起こった国鉄三大ミステリー事件最後の事件です。青森発上野行きだった旅客列車が突如脱線転覆した事件です。

列車は東北本線松川駅~金谷川駅間で、先頭の蒸気機関車が脱線転覆、荷物車2両と郵便車1両、客車2両が脱線し、乗務員3名が死亡しました。

国鉄労働組合員、東芝松川工場労働組合員ら計20名が逮捕、起訴され、死刑判決を受けましたが、捜査機関によってアリバイなどの証拠が隠されていたことで、逆転無罪判決を受けました。

過去には松川事件と類似した事件が他にも

Monoar / Pixabay

国鉄三大ミステリー事件の他にも、過去には松川事件とよく似た列車脱線事件が起こっています。また、以下で紹介する3つの事件のいずれも、未解決となっています。

庭坂事件

skeeze / Pixabay

庭坂事件は、1948年7月27日に福島県信夫群庭坂村で起こった列車往来危険事件です。国鉄奥羽本線赤岩~庭坂を走行していた青森発上野行きの列車が、馬洞門トンネルを抜けて機関車と郵便車が脱線しました。

この2両は10m下の士堤下へ転落して岩石に激突しました。荷物車と客車も脱線しており、機関士と機関助士の2名が即死、技師が重傷を負い、のちに死亡しています。

現場の線路継目板2枚、犬釘6本、ボルト4本が抜き取られていましたが、さまざまな説が出たものの、誰の犯行なのか、何のための犯行なのかわからないまま、真相は不明となっています。

予讃線事件

12019 / Pixabay

予讃線事件は、1949年5月9日に起こった、破壊活動による列車転覆事件です。高松浅橋駅から宇和島駅に向かっていた列車が、朝橋駅付近のカーブで機関車が転覆しました。

その後列車は8mの崖に乗り出したところで、停止しました。炭水者量と客車も脱線し、機関助士3名が胴体切断ややけどで死亡、乗客3名が負傷しました。

現場では、継目板2か所、ボルト8本、犬釘7本が抜き取られ、レールが75mmずらされていました。列車転覆致死傷罪で捜査されていましたが、未解決のまま1964年5月9日に公訴時効が成立しました。

まりも号脱線事件

petahmayer / Pixabay

まりも号脱線事件は、1951年5月1日に急行列車が根室本線で脱線させられた列車往来危険事件です。まりも号は新得駅を出て狩勝峠に差し掛かったところで蒸気機関車が脱線、宙づり状態になりました。

しかし、乗客470名は無傷で、機関士1名が軽傷を負うだけで済みました。継板が外され、レールもずらされていました。新得は大規模な労働講義が行われていたことから国有関係者を重点的に事情聴取していました。

また、まりも号には現金200万円が積まれていたことから、現金強奪を狙っていた可能性も考えられていました。しかし、有力な証拠は挙がらず、未解決のままとなっています。

東大ポポロ事件のような事件はいつの時代に起こってもおかしくない

tookapic / Pixabay

政治的社会的思想が強かった昭和時代には、東大ポポロ事件に類似した事件が多く発生していました。しかし、京大公安警察事件のように、近代でも似た事件が起こっています。

度を越えて学問の自由や大学の自治を主張していると、警察などに目をつけられてしまう可能性があります。そこで学生らが落ち着いた対処ができなかったことも、事件がここまで大きくなった原因のひとつでしょう。

自分の意見を主張する時は、場所や状況、立場を考えて慎重に冷静に行動しないと、今度は身近に東大ポポロ事件のような事件が起こってしまうかもしれません。

関連する記事はこちら

3/3