フリッツル事件とは?実父に24年間監禁されたエリーザベトの現在

フリッツル事件は、実娘を父親が24年間監禁していた事件で、史上最悪の犯罪ともよばれ、世界中を騒がせました。映画や小説にもなり、日本の世界仰天ニュースでも放送されています。今回は、そんなフリッツル事件の概要や被害者のその後などについて、まとめてみました。

フリッツル事件とは?事件の概要は?

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フリッツル事件は、オーストラリアで父親が実娘を24年間監禁し、肉体的、性的暴行を行い、7人の自分の子供を出産させていた事件です。

窓もない地下室内で18歳の娘を監禁し、7人の内3人の子供は解放されるまで外に出ることはなく、地下室の中だけで暮らしていました。

子供の1人は生後間もなく死亡し、残りの3人は監禁を行っていた父親と、母親の養子として階上で育てられました。

1984年から2008年の24年間父親が実娘を監禁した事件

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フリッツル事件は、1984年から2008年までの24年間、実の父親に娘が監禁されたという事件です。監禁されている間、娘は父親から肉体的暴力、性的暴力を何度も受け、強姦されていました。

あまりに残虐極まりないこの事件は、事件が起こったオーストラリア内だけでなく、世界中を震撼させ、話題になりました。

この事件は日本でも報道されていて、「オーストラリアの実娘監禁事件」「恐怖の家事件」などを言われていました。

父親の名前はヨーゼフ・フリッツル

フリッツル事件の被告人となった父親の名前は、「ヨーゼフ・フリッツル」でした。

今回の事件の他にも過去に強姦、強姦未遂の犯歴を持っており、フリッツル事件によって2008年に逮捕、近親相姦、強姦、強要、不法監禁、奴隷化、過失致死の疑いで起訴され、終身刑の判決が下りました。

ヨーゼフは現在も、フリッツル事件の判決によって、服役しています。

監禁された娘の名前はエリーザベト・フリッツル

フリッツル事件で24年間監禁されていた娘の名前は、「エリーザベト・フリッツル」です。

ヨーゼフ・フリッツルとロゼマリア・フリッツルの間に生まれ、1984年18歳の時に父親に監禁され、2008年42歳になるまで、24年間地下室の中で生活していました。

エリーザベトは24年間で父親の子供を7人出産している

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エリーザベトは24年間監禁されている間、地下室内で父親の子供を7人出産しています。

1度流産し、その後7人の内1人は生後すぐに死亡しました。7人のうちの3人は、エリーザベトとともに解放されるまでの間、生まれてから一度も外に出ることなく、地下室の中だけで過ごしていました。

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フリッツル事件の詳細!監禁生活が始まるまで

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フリッツル事件は、娘を監禁するために父親が地下室を改造し、密閉するための最後の部品を娘の手伝わせ、完成した瞬間に監禁しました。

始めのうちは娘のエリーザベトの脱出しようともがいていましたが、父親のヨーゼフの脅され続け、次第に脱出する意欲を失いました。

1984年8月29日ヨーゼフがエリーザベトを塚室に誘い出す

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1984年8月29日、エリーザベトの父親ヨーゼフは地下室にエリーザベトを誘い出しました。

この日から、エリーザベトの24年間の監禁生活が始まります。

エリーザベトに地下室のドアをつける手伝いをさせた

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ヨーゼフは、地下室のドアを運ぶのに手伝いがいるといい、エリーザベトを地下室まで誘い出しました。

それまでヨーゼフは自宅の地下室を監禁用に改造していて、このドアは、地下室を監禁用として密閉するための最後の部品でした。エリーザベトは、自分を監禁するための手伝いをさせられていたのです。

ドアが完成した瞬間、エーテルを染み込ませたタオルを押し付ける

エリーザベトに手伝ってもらい、ドアが完成した瞬間、ヨーゼフはエリーザベトの顔にエーテルを染み込ませたタオルを、意識を失うまで押し付けました。

意識をしなったエリーザベトはこの日から地下室で監禁されることに

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エーテルによってエリーザベトが意識を失うと、ヨーゼフはエリーザベトを地下室に投げ込みました。

そして、この日からエリーザベトの24年間にわたる辛い監禁生活が始まりました。

監禁生活から数日は地下室から脱出しようと試みるが失敗

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監禁生活が始まって最初の数日は、エリーザベトは壁に体当たりし、爪が剥がれ腕に血が垂れるまで天井をひっかき続けていました。

どうにかして脱出を試みますが、監禁用の為入念に作られた地下室は簡単に脱出することはできず、エリーザベトの体力を消耗させます。

剥がれた爪や指先、体当たりの痛みに耐えながらも、必死に助けを求めていました。

さらに数日たつとハイキングに行く妄想をして精神を保った

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さらに数日たって何をしても地下室から出られないことがわかると、今度は休日にハイキングに行っている妄想をして、精神を保ちました。

以前見たことのある遠くの山を選び、そこにたどり着くまでの計画を立てて、心の中で出発しました。

電気を消した2時間後に電気をつけることで夜明けを演出し、眠るときはオーストラリアの古い讃美歌「Still,Still,Still」を口ずさんでいました。

ヨーゼフはエリーザベトたちに脱出しないように脅していた

ヨーゼフは、エリーザベトや子供たちが脱出しないように、脱出しようとするとガスで殺す、ドアに近づくと電気ショックで死亡するなどと脅していました。

この脅しもあり、エリーザベトたちは解放されるまで脱出をすることができません弟した。

フリッツル事件の詳細!エリザベートの監禁生活

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フリッツル事件では、24年間の地下室での監禁というだけでも残酷ですが、その生活はさらにひどいものでした。

地下室の環境は劣悪で何度も病気にかかり、ヨーゼフが地下室を訪れるたびに、エリザベートは強姦されていました。

エリザベートがその生活を語った様子がビデオに11時間にもわたり収録されましたが、裁判で流された際、陪審員が2時間以上続けてみることができないほどでした。

ヨーゼフは3日に1度地下室に表れ食料品などを渡しに来た

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ヨーゼフは、エリーザベトを監禁後、平均して3日に1度は彼女を訪れ、食料品や日用品などを供給しに行きました。

ヨーゼフは地下に訪れるたびにエリーザベトを強姦

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ヨーゼフが地下室に訪れるのは、エリーザベトのための日用品や食料を運ぶためだけではありませんでした。

ヨーゼフは、地下室に訪れるたびにエリーザベトの意思に反し、何度も強姦し、近親相姦を繰り返していました。

時には、朝から夜になるまで地下室にこもりきりになることもあったそうです。

母がエリザベートの失踪届を警察に出す

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エリーザベトが監禁されると、母親もすぐにエリーザベトがいなくなったことに気が付きました。

帰ってこないエリーザベトを心配したエリーザベトの母は、警察にエリーザベトの失踪届を提出しました。

一か月後にエリーザベトから手紙が届く

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母が警察に失踪届を提出した一か月後、母の元にエリーザベトから手紙が届きました、。

内容は、「家族に飽き飽きし、友達と一緒にいる。自分を探すようなことがあれば、出国する。」というものでした。

手紙はヨーゼフが無理矢理書かせたもの

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母の元に届いたエリーザベトの手紙は、ヨーゼフが地下室で無理矢理エリーザベトに書かせたものでした。

ヨーゼフはエリーザベトが探されないように、地下室で無理矢理エリーザベトに手紙を書かせ、遠くにいるエリーザベトから届いたように偽造したのです。

母と警察は手紙の内容を信じる

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母と警察は、まさか自宅の地下室にエリーザベトが監禁されているとは思わず、エリーザベトからの手紙の内容を信じ、捜索をしようとはしませんでした。

ヨーゼフは「エリーザベトはカルト教団に入信した」と説明

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ヨーゼフは警察に対し、「エリーザベトは狂信的なカルト宗教に入信した可能性が高い」と説明していました。

ヨーゼフはエリーザベトたちが脱出を企てた時は殺すつもりだった

ヨーゼフは逮捕後、もしもエリーザベトや子供たちが脱出を企てると、ガスで殺すつもりだったと供述しました。

しかし、地下室にはガス管がなかったため、単なる脅しだと捜査官は結論付けました。

地下室には妻が入ることは許されていなかった

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ヨーゼフはエリーザベトや子供たちの監禁中、妻や周囲に対しては当時農家に売っていた機械の図面を書くために地下室に行っていることになっていました。

夜までそこに留まることもありましたが、妻のロゼマリアは地下室にコーヒーを持って行くことも許されていませんでした。

エリーザベトの監禁に気が付かれないようにするためで、妻は地下室に近づくこともなかったため、監禁には全く気が付かなかったようです。

エリーザベトの妊娠と出産

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エリーザベトは地下室での監禁中の24年間で、父親の子供を7回出産しています。そのうち1人は生後間もなく死亡し、3人は階上で育てられ、3人は解放までエリーザベトとともに地下室で暮らしていました。

階上で育てられた子供たちは、失踪したエリーザベトが育てられなくなったため、玄関に置いていったことになっており、ヨーゼフとその妻の養子として育てられていました。

エリーザベトは24年間で7回妊娠・出産した

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エリーザベトは監禁されている24年間で、実の父親であるヨーゼフの子供を7回妊娠しました。

そのうち、3人の子供はエリーザベトとともに、生まれてから2008年までずっと地下室で暮らしていました。

1986年11月、流産する

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1986年11月、エリーザベトは初めてヨーゼフの子供を妊娠していましたが、妊娠10週目で流産しました。

1989年長女ケルスティンを出産、2008年まで地下で育てられる

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1089年には初めての子供で長女であるケルスティンが生まれ、その後19歳になる2008年まで地下室の中で暮らしていました。

彼女はのちに事件解決のきっかけとなり、彼女がいなければ、事件の発覚はもっと遅れていたかもしれません。

1990年長男シュテファンを出産

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1990年には、2人目の子供、長男のシュテファンを出産しました。シュテファンも長女ケルスティンと同様に、18歳になる2008年まで地下室の中で過ごしていました。

1992年次女リザを出産、生後9ヶ月から階上で育てられる

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1992年には3人目の子供の次女リザが生まれ、彼女は生後9ヶ月になると、地下室から階上に連れられ、ヨーゼフと妻によって育てられました。

リザは、家の外にダンボールの中に入った状態で発見され、エリーザベトの捨て子として育てられていました。

NEXT 1994年三女モニカを出産し、生後10カ月から階上で育てられる