アルバートフィッシュとは?被害者は400人?最悪の変態食人鬼! 社会

アルバートフィッシュとは?被害者は400人?最悪の変態食人鬼!

アルバートフィッシュとは被害者を400人以上出したとされる歴史上でも最悪と呼ばれる食人鬼です。自分に針を刺す嗜好もあり逮捕時には針が見えるレントゲンが提出されています。映画や漫画の題材にもなっているアルバートフィッシュの情報をまとめました。

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アルバートフィッシュとは?400人以上の子供を殺した最悪の食人鬼!

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アルバートフィッシュとは戦争や大量殺戮できる兵器などを使った訳では無いのに、400人以上を殺害したという大量殺人鬼で、海外ではシリアルキラーと呼ばれるアメリカの人物です。

狙ったのは主に児童で、殺害しただけではなく死体の肉を食べていたという事で、食人鬼などと呼ばれています。殺害人数や犯行の内容が猟奇的過ぎたため、世界中で有名となりました。

アルバートフィッシュには様々な異名があり、その名前でも有名になっています。また写真も公開されており、世界的に知られているシリアルキラーの1人です。

アルバートフィッシュは、アメリカのシリアルキラー

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アルバートフィッシュの本名はアルバート・ハミルトン・フィッシュという名前で、凶悪なシリアルキラーとして世界的に知られた犯罪者です。

英語の綴りはAlbert Hamilton Fishで、身長は165cm、体重は58kgと平均的な体格をしていました。

被害に遭ったのは主に男子児童!被害者は400人を超える?

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アルバートフィッシュが主に狙って殺害していたのは、男子児童とされています。しかし成人した男女も殺害しており、逮捕される前に殺害したのは女子児童でした。

被害者の中で割合的に多かったのが男子児童というだけで、他の被害者も一般的な殺人事件で考えると圧倒的に多かったのでは、と言われています。

アルバートフィッシュが殺害した人数や人物ははっきりしておらず、400人というのも自供した時に出した数字なだけで、詳しい事は分かっておりません。

死体を食べていたという話も

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アルバートフィッシュは犯した殺人の数も異常でしたが、殺害した人物の肉を食べていたという事でも、世間に衝撃を与えました。その凶悪性と猟奇性から歴史上でも稀に見る、異常な犯罪者とされています。

アルバートフィッシュが持っていた異常な性癖は、カニバリズムだけではなく他にも様々なものがありました。その欲求を満たすために、殺人を犯していたのです。

犯行は満月の日が多かった?満月の狂人とも

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アルバートフィッシュは本名だけではなく、犯行の内容から付けられた様々な異名があります。その中の1つに「満月の狂人」という異名があり、これは犯行に及ぶ時は満月の日が多かったため名付けられました。

他にも「グレイマン」や「ブルックリンの吸血鬼」という異名が付けられています。人を食べるという行動からそのような異名が付けられました。

あまりの被害者の多さにアメリカの犯罪史上最悪の殺人鬼とも言われる

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アルバートフィッシュの被害者はあまりに多く、当時からアメリカ犯罪史上最悪の殺人鬼と言われています。現在でもアルバートフィッシュは同じように呼ばれています。

アルバートフィッシュの大量殺人が発覚したのは1934年なのですが、それから今現在に至るまでそれ以上に凶悪な事件はないのでは、と言われています。

アルバートフィッシュの写真は残っている?

アルバートフィッシュの写真として一番有名なのがこの一枚で、1903年に撮影された写真です。身なりもしっかりしており、髭を蓄えている様子は紳士のように見えなくもありません。

しかし中身は世界を震撼させた凶悪なシリアルキラーであり、歴史上最悪とまで言われている犯罪者なのです。

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何がアルバートフィッシュを狂わせた?食人鬼の生い立ち

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異常な性癖を持つ犯罪者は、生い立ちが特殊な場合が多々あります。アルバートフィッシュが多くの異常を持っていたのも、その生い立ちが関係しているかもしれません。

生い立ちが調べられたアルバートフィッシュは、子供の頃からまともではない育てられ方をされ、徐々に心が蝕まれていったとされています。

さらに家系的にも精神的な異常を持つ人が多く、そのような人物に育ちやすい状態だったのではないかとまで言われています。アルバートフィッシュがどのような生い立ちだったのかをまとめています。

1870年ワシントンD.Cに生まれる

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アルバートフィッシュは1870年5月19日にアメリカ合衆国の首都である、ワシントンD.C.で誕生しました。誕生時は、ハミルトン・ハワード・フィッシュという名前でした。

家系に問題があった?母親も兄弟も精神疾患を抱えていた

アルバートフィッシュの生まれた家系は、代々精神疾患を抱えているものが多く、母親は頻繁に見る幻覚症状に悩まされており、兄弟は知的障害を持っていました。

叔父も躁病によって不安定な精神状態で、アルバートフィッシュの周りは精神疾患を持った人が多く存在していました。

5歳の時に父親が死んで孤児院へ

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アルバートフィッシュの父親はランダールといい、母親はエレンという名前でした。ランダールはエレンと大きく年齢が離れており、43歳も年上の夫でした。

アルバートフィッシュが生まれた時はすでに75歳という高齢で、その5年後に亡くなってしまいました。アルバートフィッシュは一家の大黒柱を失った家庭で育てていくのは厳しいとされ、孤児院に預けられました。

心が歪んでしまった大きな原因は、その孤児院での出来事だったと言われています。

サディズムのきっかけとなった?孤児院で虐待を受ける

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孤児院に預けられたアルバートフィッシュは、そこで辛い幼少期を過ごす事になりました。この孤児院では指導する時に体罰が用いられており、アルバートフィッシュも折檻を受けて過ごしました。

そこで受けたのは鞭打ちの体罰で、躾や罰というより虐待と言われても仕方ない程に激しいものでした。この時の体罰がきっかけとなり、サディズムに目覚めました。

鞭打ちの最中に性的な快感を覚え勃起していたそうです。わざと悪い事をして鞭を打たれるという行為を繰り返していたため、周囲の人は罰を受けるたびに悪くなっていったという印象を受けています。

母親の元に戻るも精神状態は不安定だった

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母親が新しい職を見つけ働きだしたため、アルバートフィッシュは孤児院から引き取られ、また自宅で生活する事になりました。

鞭で打たれるような毎日からは脱出したのですが、すでに精神的にはおかしくなっており、11歳になるまでおねしょが治らないなどの弊害が出ていました。

子供時代のアルバートフィッシュはハミルトン・ハワード・フィッシュという名前でしたが、周りの子供からハム・アンド・エッグとからかわれており、アルバート・ハミルトン・フィッシュに名前を変えました。

1898年母親の勧めで結婚・子供を6人授かる

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1989年には母親の紹介で出会った女性と結婚しました。女性の名前はアナ・マリー・ホフマンといい、アルバートフィッシュの9歳年下でした。

子供は6人授かり、夫婦生活を長年続けていく事になります。

我が子に自分を叩くように命じていた?

結婚して子供を授かり父親となったアルバートフィッシュですが性癖は歪んだままで、子供に自分を叩くように命じていました。

子供たちはなぜ父親を叩かなければならないのかと理由を聞いていたのですが、説明されたのは「キリストの受難をこえなければならない」という、聞きようによっては敬虔なクリスチャンの言葉でした。

しかしアルバートフィッシュは、叩かれる度に快楽に溺れているようなだらしない顔をしつつ射精する、というありさまで自分が快楽を得るためにやらせていた事は明白でした。

結婚19年目にして妻が不倫・離婚

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結婚してからは異常な性癖を持ちつつも何とか発散し生活を続けていましたが、妻のアナ・マリー・ホフマンの不倫によって離婚となってしまいました。

アナ・マリー・ホフマンは別の知的障害者男性に惹かれ、その人と一緒に暮らしたいとルバートフィッシュに伝えました。最初は2人の関係性を解消して、離婚を阻止しましたが長くは持ちませんでした。

アナ・マリー・ホフマンは結局バレないように影で不倫しており、その事に気づいたルバートフィッシュは家から追い出し離婚しました。

妻に裏切られたショックで自傷行為に走る

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長年付き添った妻に裏切られたショックは元々不安定なアルバートフィッシュの精神を、さらに不安定にさせる出来事となりました。

アルバートフィッシュそのショックからますます異常になり、自傷行為に走ったり生の肉を食べたりするようになりました。

「奴隷にして欲しい」未亡人の元に手紙を送り付ける

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離婚した後は雑誌の恋人募集欄を見るようになり、そこで見つけた未亡人に「奴隷にして欲しい」「痛めつけて欲しい」といった内容の手紙を送っていました。

そうしてSMのパートナー探しをしていたのですが、アルバートフィッシュの願いは届かず、手紙は一切返ってきませんでした。

初めての犯行前に見られたアルバートフィッシュの異常性

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アルバートフィッシュが初犯に及ぶ前に見せていた異常な行動は、逮捕後の調査で明らかになっています。体を痛めつける事に快感を覚えており、常人では考えられないような行動をとっています。

周囲の人の目には子供を育てながらしっかり働くよい父親と映っていましたが、陰ではサディズムやマゾヒズムの快感を解消するために、色々と行っていました。

針や釘で自分を刺していた

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子供にくぎを打ち付けた板で叩いてもらうというのは軽い方で、挙句の果てに自分で釘や針を刺して体を痛めつけていました。

釘や針を刺す場所は陰嚢やその近くが多く、刺し込みながら自慰を行い射精するといった行動を続けていました。

綿にアルコールを染み込ませた後、肛門の中に入れ火をつけるという行為も繰り返していました。内部から体が焼ける感覚が快楽をもたらしたそうです。

レントゲンでは12本も陰嚢に針が確認される

裁判で証拠とするために撮られたアルバートフィッシュの陰嚢には、29本の針が陰嚢に刺さったままの状態でした。画像はその時のレントゲン写真です。

取り出せない程深くまで刺し込んだ方が強い快感を得られるという事で、刺した針や釘はそのまま放置されていました。

アルバートフィッシュは陰嚢の他にも背中や骨盤などに、同じく針や釘を刺し込んでいたと証言しています。

爪にも針を刺そうとしたが断念していた

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痛みを伴う行為に快感を覚えるアルバートフィッシュは、爪と指の間に針を刺そうともしました。しかしこれに至ってはさすがのアルバートフィッシュも、痛みのあまり断念したそうです。

指には神経が集中しており、痛みに敏感です。針を爪と指の間に刺すという行為は、物凄い激痛を伴います。その激しい痛みに関しては、快感に変える事は出来ず痛みの方が勝ったと語っています。

良い父親を演じながら児童買春をしていた

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6人の子供を可愛がりつつ父親の責務もしっかりと果たしていたアルバートフィッシュは、普段は物静かで落ち着いた男性であり、周辺の住民からもそのような人間と見られていました。

敬虔なクリスチャンでもあり、表に出ている部分だけを見ると真っ当な市民でした。表向きにはそのような父親に映っていましたが、実は貧民街に住む子供にお金を払い、わいせつな行為を繰り返していました。

1902年に窃盗で逮捕されていた

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様々な方法で欲求を満たしていたアルバートフィッシュですが、子供の時から悪い事した場合快感を得られる行為をしてもらえる、というような状態で育っていたため、犯罪行為にあまり抵抗はありませんでした。

大人になりある程度の常識が身に付いていたため、人にばれないように異常な行動を繰り返していたのですが、1902年に一度窃盗で逮捕されています。

盗んだものは現金800ドルで、懲役2年の判決を受け服役しました。

結婚生活を送りながら19歳の青年を殺害していた?

結婚生活を送っていた頃の1910年に、19歳のトーマス・ケッデンという青年と出会ったアルバートフィッシュは、明らかな殺意を持って接触し、拷問に掛けました。

トーマス・ケッデンは知能障害を持っており、その事を利用して人の来ない農家にあった家屋へ誘い込み、2週間の間拷問にかけ続けました。体を拘束し自由を奪った後に男性器の切断までしています。

最初は殺害する予定でしたが、死体が発する腐敗臭で気づかれる事を恐れ、傷口に過酸化物をかけてそのまま放置して家に帰りました。逮捕後の供述では、その後の彼の行方は知らないし興味が無いと言っています。

息子の前で異常な性癖を見せていた

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アルバートフィッシュは妻と離婚後も、家に来た子供たちに自分の尻を叩くように頼んでいました。子供たちは尻を叩かれて明らかに喜んでいる、異常な父親の姿を見せつけられていました。

後に子供たちは、アルバートフィッシュの事を「スカンク野郎」などと罵倒しています。ただし暴力や虐待を振るわれたりしたことはなく、そのような事以外では至って普通に生活していたとも述べています。

全米を放浪して殺人を繰り返した!アルバートフィッシュによる犯行の詳細

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アルバートフィッシュの犯行が中々発覚しなかったのは、全米を放浪して様々な場所で及んでいたというのも要因の1つとされています。

フラフラと放浪しながら殺人を繰り返していたため、関係性や犯人の足取りが掴め無かったと言われています。その間にも次々と犯行を繰り返し、逮捕時には被害者が数百人となっていたのです。

突発的に犯行に及ぶ事もあったようですが、発覚を恐れて行動していた事や狙った人物の人種を選んでいた事、当時の時代背景も捕まりにくかった大きな要因となっています。

アルバートフィッシュはアメリカ中を放浪しながら子供を殺害していた

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アルバートフィッシュは50あるアメリカの州の内23州を放浪しながら、子供の殺害を繰り返していました。

何か事件に巻き込まれても対処や行動が出来ないような貧民街に住む黒人の子供を主に狙い、犯行がばれないようにしていました。

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