名張毒ぶどう酒事件とは?冤罪事件?真相は?映画化も話題? 社会

名張毒ぶどう酒事件とは?冤罪事件?真相は?映画化も話題?

名張毒ぶどう酒事件とは、名張市葛尾地区で起きた大量殺人事件です。被疑者の奥西勝は冤罪を主張し、その後真相や真犯人は不明のまま89歳の生涯を閉じました。映画「約束」や映画「眠る村」は、この事件を元にして作られた映画ですが、そんな名張毒ぶどう酒事件を紹介します。

目次

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日本三大毒殺事件のひとつ・名張毒ぶどう酒事件の概要は?

名張毒ぶどう酒事件は、1961年に三重県名張市葛尾地区で起きた殺人事件です。帝銀、和歌山カレー事件と並ぶ三大毒殺事件です。

名張毒ぶどう酒事件とは?1961年に三重県名張市葛尾地区で起きた大量殺人事件

名張毒ぶどう酒事件とは、1961年3月28日の夜、三重県名張市葛尾地区の公民館で起きた大量殺人事件です。

この事件は、懇親会の酒席で振る舞われたぶどう酒に農薬(ニッカリンT)が混入され、そのぶどう酒を飲んだ女性17名が中毒症状を起こし、5人が死亡しています。

この事件は第二の帝銀事件として、世間から騒がれ、被疑者である奥西勝(当時35歳)は刑事裁判で死刑が確定しましたが、冤罪を訴え続け、結局89歳で獄中死しています。

田舎の集落の懇親会で振舞われたぶどう酒に毒物が混入していた

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名張毒ぶどう酒事件は、帝銀事件、和歌山カレー事件と並ぶ日本での三大毒殺事件ともいわれています。

この名張毒ぶどう酒事件がどんな事件だったのか、今では知ってる人も少ないのではないでしょうか。

名張市葛尾地区の公民館で懇親会が行われ、振る舞われたぶどう酒に、何者かが毒物を混入させたことで、それを飲んだ人達のうち5人が死亡し、多数の人が中毒症状を起こしました。

事件では女性5人が死亡12人が中毒症状を起こした

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名張毒ぶどう酒事件は、毒物の入ったぶどう酒を飲んだ人達のうち、女性5人が死亡し、12人が中毒症状を起こしています。

逮捕・起訴された奥西勝は死刑判決が出るも冤罪と主張

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この名張毒ぶどう酒事件の被疑者として逮捕・起訴された奥西勝は、刑事裁判によって死刑判決が下っています。

しかし、奥西勝は冤罪だと主張し、その後も9度にわたる再審を請求し続け、死刑判決から実に43年間にわたり死刑執行は見送られ、再審請求も認められずに生涯を終えることになります。

奥西勝は再審を認められず獄死した

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名張毒ぶどう酒事件の被疑者として、死刑判決を受けた奥西勝ですが、冤罪を訴え、9度の再審請求を起こし続け、43年間死刑執行を見送られました。

そして再審請求も認められないまま、89歳の時に獄中で亡くなっています。

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名張毒ぶどう酒事件の詳細は?

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帝国事件や、和歌山カレー事件と同じ三大毒殺事件といわれた事件ですが、その名張毒ぶどう酒事件がどんな事件だったのか、詳細を見ていきます。

1961年3月28日、薦生原地区公民館葛尾分館で「三奈の会」の総会が行われた

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名張毒ぶどう酒事件は、1961年3月28日の夜、薦生原地区公民館葛尾分館で「農村生活改善クラブ」として「三奈の会」の総会が行われました。事件はその「三奈の会」の総会で発生しました。

出席したのは女性20人、男性12人の合計32人が集まっていた

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1961年3月28日の夜、薦生原地区公民館葛尾分館で「三奈の会」に集まったのは、合計32名で、そのうち女性20名、男性12名でした。

男性には清酒、女性にはぶどう酒が振舞われた

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薦生原地区公民館葛尾分館で行われた「三奈の会」の総会では、男性には清酒を、女性にはぶどう酒が振る舞われていたことが分かっています。

女性17人が中毒?男性とぶどう酒を飲まなかった女性3人には症状はなかった

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「三奈の会」の総会では、20名の女性が参加していましたが、そのうち17名がぶどう酒を飲んでいます。

ぶどう酒を飲んだ女性17人のうち、5人が死亡し、15人は中毒症状がでました。しかし、ぶどう酒を飲まなかった3人の女性と男性達には、中毒症状はでませんでした。

ぶどう酒を調査の結果、農薬のニッカリンTが混入されていた

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名張毒ぶどう酒事件で、ぶどう酒の中に入っていた毒物を検査した結果、農薬であるニッカリンTが混入されていることが分かりました。

ニッカリンTというのは、猛毒として知られていましたが、当時は農薬として一般的に使われていたそうです。

しかし、現在では農薬として使用することを禁じられています。ニッカリンは劇薬として知られる「青酸カリ」よりもさらに毒性が強く、青酸カリよりも少ない量で死に至る劇薬といわれています。

当日の状況は?ぶどう酒が運び込まれた経緯は?

事件当日のぶどう酒は「三奈の会」の会長である奥西楢雄から、清酒とぶどう酒の購入依頼を受けて、酒屋で購入し奥西楢雄会長宅に運び込んだのが石原という男でした。

名張毒ぶどう酒事件の重要参考人は3人?

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名張毒ぶどう酒事件での3人の重要参考人が、警察での事情聴取を受けました。

重要参考人とされた男性は3人!

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ぶどう酒に毒物を入れたとされる男性は3人いるとして、その3人に警察は事情聴取しました。3人の男性はいずれも当日の懇親会に出席していて「三奈の会」のメンバーでした。

重要参考人の1人目は、愛人と妻が犠牲になった奥西勝

名張毒ぶどう酒事件の重要参考人の1人目は奥西勝で、妻と愛人が毒物の入ったぶどう酒を飲んだことで亡くなっています。

この奥西勝は、その後ぶどう酒事件の容疑者として逮捕され、死刑判決を受けることになります。

重要参考人のもう1人は「三奈の会」の会長・奥西楢雄

名張毒ぶどう酒事件の2人目の重要参考人は、「三奈の会」の会長である奥西楢雄で、当日も懇親会に参加していました。

最後の1人はぶどう酒を手配して運び入れた石原という男性

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名張毒ぶどう酒事件の最後の重要参考人は、ぶどう酒を酒屋で購入し、会長の奥西楢雄宅に運び込んだ、石原という男性です。

三角関係の解消が動機として、奥西勝が犯人と追求された?

男性3人の重要参考人による事情聴取が行われ、奥西勝が犯人として追及されることになりましたが、それはどんな理由からでしょうか。

それは、奥西勝の妻と愛人が毒ぶどう酒で死亡したことから、捜査側は三角関係のもつれを清算しようとしたことが犯行動機だったとし、奥西勝を犯人として調べました。

奥西勝は妻の犯行説をあげていたが自白して逮捕へ

名張毒ぶどう酒事件の重要参考人である3人の男性の取り調べによって、奥西勝が犯行を自供したのが、4月2日でした。

奥西勝に対する取り調べは、奥村の自宅に泊まり込んで追及を続けたといわれています。警察の取り調べは厳しいものだったようです。

奥西勝への最初の取り調べでは、奥西は犯行を否認し、自分の妻がやったのではないかと供述していました。しかし、4月2日になって自らの犯行を自供するようになりました。

奥西勝は取り調べ中から犯行を否認した

奥西勝は、一度は犯行を自供していますが、その後の取り調べからは一転して犯行を否認するようになりました。

それではなぜ、4月3日にぶどう酒に農薬を混入させたことを自白したのか?それは警察による厳しい取り調べから、罪を認めるように強要されたからだと奥西勝は主張していました。

その後も、奥西勝は犯行を否認し、89歳で獄中死するまで無罪を主張し続けることとなります。

名張毒ぶどう酒事件で犯人とされた奥西勝の人物像は?

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名張毒ぶどう酒事件の犯人とされた奥西勝とは、いったいどういった人物だったのかを調べてみました。

犯人とされた奥西勝の生い立ちや経歴

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奥西勝は、1926年1月14日に事件となった三重県名張市葛尾地区で生まれています。1940年、高等小学校を卒業後に参宮急行電鉄に入社しています。

奥西勝は長身の美男子だった?

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奥西勝は、以前から地元では「長身の美男子」として評判だったといいます。

奥西勝は結婚していて子供もいた?息子と娘?

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名張毒ぶどう酒事件で亡くなった奥西勝の妻も、近鉄名張駅で働いていました。

2人の結婚は、一部の親族から反対されていましたが、それでも懸命な説得によって結婚することとなり、一男一女の子供にも恵まれました。

奥西勝の家族や関係のあった人物について

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名張毒ぶどう酒事件の犯人とされた、奥西勝の家族や関係のあった人物について、まとめてみました。

奥西勝の妻・千恵子

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毒ぶどう酒事件の犯人とされた奥西勝の妻である奥西千恵子さんは、1947年1月に奥西勝と恋愛結婚をし、1948年には長男が、1954年には長女をもうけています。

妻の奥西千恵子さんは、1960年10月に奥西勝が愛人の北浦ヤス子さんと仲よく歩いている姿を見てからは、夫婦仲は険悪なものとなっていました。

奥西千恵子さんは、ぶどう酒に混入されたニッカリンによって亡くなっています。

奥西勝の愛人・北浦ヤス子

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奥西勝と愛人だった北浦ヤス子さんは、当時さめきっていた夫婦関係とは対照的に、畑や映画館に行くなど、とても仲のいい関係だったようです。

小さな地域だとしたら、そうした2人の仲は村中に知れ渡っていたのではないかと思われます。そして、北浦ヤス子さんは、同時に会長である奥西楢雄の愛人でもありました。

北浦ヤス子さんは、奥西楢雄に対し「奥西勝とは別れるから奥さんと別れてほしい」と迫っていたようで、このことを知った奥西勝が、名張毒ぶどう酒事件を起こしたのではないかといわれています。

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