堀ちえみの難病スパイラル!病気で苦しみながらも明るさを失わないその秘訣は?

堀ちえみさんが突発性大腿骨頭壊死症という難病に罹ったことをご存じの方も多いはず、この病気は坂口憲二さんも罹り、芸能活動を無期限活動休止せざるを得ない状況に追い込んだ病気です。堀ちえみさんは難病とどう向き合ったか、明るさを失わない秘訣は何かを探りました

堀ちえみが患った指定難病の病名は突発性大腿骨頭壊死症!

堀ちえみさんが違和感を感じたのは2014年12月頃です。歩行時の不自然さを周囲に指摘され、2015年の年明けから病院の診察を受けました。診察当初は痛みの原因が特定されず、何度もレントゲン撮影を繰り返し、やっと判明した病名は「突発性大腿骨頭壊死症」(とっぱつせいだいたいこつとうえししょう)という聞きなれないものでした。

国の指定難病

突発性大腿骨頭壊死症は、国の指定難病に入るほどの難しい病気です。大腿骨の一部が壊死する病気で、痛みは激しい場合と、さほど痛みがない場合とがあり、壊死の範囲が大きいか小さいかが関係します。大腿骨頭壊死症の危険因子は、ステロイド関連、アルコール関連、はっきりとした危険因子のない突発性に分類されています。

 

堀ちえみ 坂口憲二も同じ難病の突発性大腿骨頭壊死症で闘病中

俳優の坂口憲二さんも突発性大腿骨頭壊死症を患っておられます。坂口さんは今年4月1日にこの病気の治療に専念する為に、無期限の活動停止を発表されました。坂口憲二さんは優れた演技者で、甘いマスクと素敵なお声でファンも非常に多く、彼のゆかりの芸能関係の方々は残念な思いでいっぱいでしょう。

最後の出演は「続・最後から2番目の恋」で不治の病ではあるけれど天使のような青年を好演されていました。医龍-Team Medical Dragondではシリーズ4まで放送される人気シリーズです。シリーズ5のオファーを突発性大腿骨頭壊死症の症状が重いために断るしかなかったようです。元気なお姿で復帰されることが待たれます。

堀ちえみ 突発性大腿骨頭壊死症という病気を苦労の末に克服

やっと病名が突発性大腿骨頭壊死症であると判明しましたが、診断を受けた病院には股関節外来がなく、紹介された病院では、手術が一年先まで予約でいっぱだったのです。落ち込む堀ちえみさんを救ったのは、夫の尼子さんでした。尼子さんは必死に病院を探し、突発性大腿骨頭壊死症の権威と称される医師を見つけだしたのでした。

堀ちえみさんは、自由に歩けるようになる為には手術が必要と診断され、2015年4月22日に人口股関節置換術(じんこうまたかんせつちかんじゅつ)という手術を受けたのでした。術後はリハビリも良好で予定より20日近くも早く退院することができたのでした。「歩けることは本当に幸せ!」と語っていた堀ちえみさんでしたが・・・

堀ちえみ さらなる難病のリウマチという病気が襲いかかる!

堀ちえみさんを更なる病気が襲いかかります。2017年3月28日の堀ちえみさんのブログで一年ほど前からリウマチに罹っていると報告したのでした。2016年4月ごろに、体調の悪さを感じていた堀ちえみさんは、人間ドッグでリウマチに罹っていることが判明しました。人口股関節置換術の手術を受けた約一年後にリウマチが判明したのでした。

堀ちえみさんが患った、リウマチとは膠原病の一種で、免疫の異常により手足の関節が腫れて痛みを伴います(炎症)。徐々に、骨や軟骨が潰れていき関節の動きを阻害し、動けなくなります。その為、日常生活に支障をきたします。そして炎症は全身に広がってしまう場合もあります。リウマチは痛みを伴う、とても恐ろしい病気です。

堀ちえみ 難病リウマチのステージはどのくらい?

  • ステージ1  X線検査で骨や軟骨の破壊が見られない
  • ステージ2 軟骨が薄く、関節の隙間が狭くなっているが、骨の破壊はない
  • ステージ3 骨軟骨に破壊が見られる状態
  • ステージ4 関節に破壊がおき、動かせなくなった状態

リウマチの進行具合はステージで表します。関節破壊と機能障害にステージ分類があり、ステージ1が初期で、ステージ2が中期、ステージ3が高度進行期、ステージ4は末期と言います。堀さんは、リウマチの進行具合は発表していませんが、「早期の段階で治療を始めた」とブログに書いていたので、ステージ1か、ステージ2だと推測されます。

堀ちえみ 難病リウマチと神経障害性疼痛という病気

堀ちえみさんはリウマチと同時に神経障害性疼痛(しんけいしょうがいせいとうつう)でも苦しでおられます。神経障害性疼痛とは「ピリピリと電気が走るような痛み」と一般的に言われています。嫌な感じの痛みであることはたしかです。今も同時にお薬を飲みながら頑張っておられ、現在は以前に比べると楽になったと話されております。

しかし週に一日2度服用する、リウマチのお薬には副作用があり、服用後は、かなりの吐き気に見舞われ、しばらく横になるそうです。それでも少し休んだ後は、バリバリと家事をこなします。彼女は綺麗好きで、お家の中はいつもぴかぴかなのだそうです。難病で苦しんでいる最中でも、家事に対しても手抜きをしないとは、頭が下がります。

堀ちえみ 現在も病気にくじけることなく芸能活動!

堀ちえみさんは現在も病気に負けることなく芸能活動を頑張っておられます。毎日放送「ちちんぷいぷい」でレギュラーで出演されています。明るく前向きな発言が多く、とてもリウマチや神経障害性疼痛で苦しまれているとは思えないほどです。お薬がうまく合っているようです。

またリウマチを公表するのは、ビュー35周年の記念ライブの後と決めていたそうです。それは35周年記念ライブを楽しみにしてくれているファンの方々に、心配をかけたくなかったからでした。ライブを成功させてから公表しようと、懸命に頑張ったのでした。無事にライブを終え、病名と症状や経過などを発表したのです。

堀ちえみ 支える家族と病気と余命?!

堀ちえみさんのお子さんはご自分が産んだ5人と、ご主人の連れ子さんが2人で計7人ということになります。ご夫婦合わせて9人家族です。大家族ですね。このご家族があったればこそ、堀ちえみさんはリウマチで闘病しながらも、お仕事や家事を頑張ることができるのでしょう。

堀ちえみさんの難病、突発性大腿骨頭壊死症を乗り越えることができたのは、ご主人の励ましとご尽力あってのたまものです。人口股関節置換術の手術が一年待ちであると聞かされて、目の前が真っ暗になり、落ち込む堀ちえみさんの為に、必死に病院を探してくれたのは、ご主人だったのです。ご家族の愛情が堀ちえみさんを支えているようです。

堀ちえみ 経歴

  • 本名 尼子 智栄美(あまこ ちえみ)
  • 堀越高等学校卒業
  • 1981年 第六回ホリプロタレントスカウトキャラバン優勝
  • 1982年「潮風の少女・メルシ・ボク」で歌手デビュー。
  • 1983年  ドラマ「スチュワーデス物語」で主演
  • 1987年 電撃的に引退
  • 1989年 芸能界復帰、松竹芸能所属となる

芸能界デビュー当時の同期には、小泉今日子、三田寛子、松本伊代、早見優、中森明菜、石川秀美、シブがき隊などです。また、「スチュワーデス物語」でのセリフで「教官」「ドジでのろまなカメ」が1984年の流行語大賞に指名され、大衆賞をとりました。1987年の電撃引退は後藤次利さんとのスキャンダル報道が原因と言われていました。

堀ちえみ 最初の結婚と離婚

堀ちえみさんの最初の結婚は1989年で22歳のときでした。お相手の方は外科医をなさっている人だそうです。その外科医の方との馴れ初めは、堀ちえみさんのお母様が営んでいた、喫茶店のお客様でした。ご主人の年齢は非公開ですが、堀ちえみさんより、一回り以上も年上だったようです。

1990年に長男 昴平(こうへい)さんが産まれ、続いて1992年に二男 健汰(けんた)さんが産まれ、そして1993年に三男 叡弘(あきひろ)さんが誕生しました。1995年から別居し、1997年には離婚の裁判が行われ、二年後の1999年に離婚が成立。離婚はご主人による、家庭内暴力が原因と言われています。

堀ちえみ 二度目の結婚と離婚

堀ちえみさんの二度目の結婚は離婚が成立した翌2000年で、お相手は雑誌の編集者でした。お名前は加藤芳樹さん、年齢は堀ちえみさんと同い年でした。堀ちえみさんはこの結婚でも子宝に恵まれます。2000年に四男 楓季(ふうき)さんが、2002年に長女 彩月(さつき)さんが産まれました。

この結婚相手である加藤芳樹さんとは前の結婚の別居中から同棲がはじまっていました。前の結婚の離婚裁判では、結婚生活はすでに破綻していたと判断され、不倫とは見なされず、堀ちえみさんが不利になることはありませんでした。

二度目の離婚、原因は?

二度目の結婚も2010年に失敗に終わってしまいます。原因は夫婦のすれ違いだったとのことで、2006年に加藤芳樹さんは独立し会社を設立します。そのせいで忙しくなってしまい、すれ違いがおこったのでした。のちに堀ちえみさんは「加藤芳樹さんの独立を支えきれなかった。」と話しておられます。

堀ちえみ 三度目の結婚!

そして現在の結婚のお相手は公表されたわけではありませんが、お名前は尼子勝紀さんです。パチンコメーカーSANKYOの執行役員だということです。年齢は堀ちえみさんの一つ上で、難病に苦しむ堀ちえみさんをしっかり支えてくださる、優しくも頼もしいご主人です。今のママドルとしての堀ちえみさんの活躍はご主人の愛あればこそですね。

尼子勝紀さんには、連れ子さんがお二人います。堀ちえみさんのお子さんが五人だったので全部で七人となりました。家族総勢九人で賑やかで明るい家庭が浮かびます。堀ちえみさんが難病にも負けず、明るく前向きにご活躍されるのはご家族の支えがあってこそでしょう。今後もご活躍を祈ります。