長岡京殺人事件の犯人を考察!後日談も怖い?3人目の被害者がいた? 雑学・ライフスタイル

長岡京殺人事件の犯人を考察!後日談も怖い?3人目の被害者がいた?

長岡京殺人事件は1979年に山でワラビ採りをしていた主婦が惨殺された殺人事件です。被害者は執拗な暴行の末にアキレス腱を切られるという残忍な方法で殺害されています。遺留品の包丁から指紋は検出されず、未だに犯人未特定の未解決事件です。そんな事件をまとめました。

目次

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長岡京殺人事件の概要は?詳細を時系列にまとめ!

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1979年(昭和54年)5月23日、京都府長岡京市にて主婦2人が殺害される事件が起こりました。犯人にたどり着かないまま時効を迎え、現在では有名な未解決事件の1つとなっています。

また、被害者がワラビ採りに出かけていたところを殺害されたため、「京都長岡ワラビ採り事件」とも呼ばれています。

今回はこの不気味な未解決事件について、概要や犯人の考察などをまとめていきます。

長岡京殺人事件では、主婦二人がワラビ採りに行って殺された

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5月23日、長岡京市内のスーパーでパート勤務していた2人の主婦が、近くの山にワラビを採りに出かけましたが、そのまま2人は消息不明となってしまい、家に戻ることはありませんでした。

必死の捜索の結果、2日後の5月25日に山頂の近くで遺体となって発見されます。無残にも惨殺されていたのです。

1979年5月23日、二人はパート後に近くの山の竹林にワラビ採りに行った

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この2人の主婦の行動を、もう少し詳しくみていきましょう。まず2人が山へ出かけたのは、パート先であるスーパーでの勤務が終わった午前10時頃でした。

そこで2人は、ワラビ採りをしてから家に帰ることにして、山菜採りで有名な近所の竹林へと足を運んだのです。2人はピクニックも兼ねて、ということでお弁当を持って行きました。

この記事では、2人の主婦を仮にA(43歳)、B(32歳)とします。

主婦らは子供の保育園の迎えに来なかったため事件が発覚

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予定ではワラビ採りを楽しみ、持参したお弁当を食べてからそれぞれの子供を保育園までお迎えに行くことになっていました。

ですが保育園にAとBが迎えに来ることはありませんでした。保育園からAとBの家族に連絡がいき、そこで初めて警察に通報して消息不明であることが判明しました。

主婦Bの夫、主婦Aの夫が捜索するも見つからず警察へ捜索願いを提出

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Bの夫は、夜になっても帰って来ない妻を心配して1人で山の中を探しましたが見つからず、日が明けて24日の早朝には宿直を終えて帰宅したAの夫も加わって探し回りましたが、手掛かりすら掴めずに終わりました。

AとBの夫は、同日15時前くらいに京都府向日市にある向日町警察署に捜索願を出しています。これにより署員約30人も捜索に加わることになりました。

長岡京市にある寂照院(じゃくしょういん)の近くの畑で、AとBが乗っていたと思われる自転車を発見しています。ですが、この日はそれ以上の進展はありませんでした。

2日後、山頂付近で遺体が発見された

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消息不明になってから2日後の25日、捜索隊を増やした総勢60名ほどの捜索が朝から再開されました。警察だけでなくAとBの家族や同僚、地域の消防団など合わせて120名にも及ぶ大々的な捜索だったといいます。

3頭の警察犬も投入されて、必死の捜索が続きました。そして午前10時半頃、山の頂上付近にある雑木林にてAが無残な姿となって発見されました。ここは獣道の行き止まり付近の少し開けた場所でした。

そしてAの遺体から10メートルほど斜面を登った場所にてBも変わり果てた姿で発見されました。これが、消息不明になってから遺体発見までの経緯になります。

1994年5月24日に時効が成立

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この事件では犯人にたどり着けないまま、1994年5月24日に公訴時効が成立するという結果に終わっています。公訴時効とは、一定期間を過ぎてしまうと公訴が提起できなくなることを指します。

過去には公訴時効が成立したあとに犯人が発覚したり自首したりしたケースもありましたが、いずれも殺人罪としての起訴は不可能で、民事訴訟で解決を図る場合が多いといいます。

事件は現在も未解決のまま

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また、時効が成立したあとも犯人が自首することはなく、今でも未解決のままとなっています。ネット上では面白半分に推理をしている人がいたり、様々な噂も広まったりと、現在でも多くの話題を呼んでいます。

日本で発生した有名な未解決事件として、必ずと言っていいほど名前があがる事件です。

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長岡京殺人事件後の捜査でわかったことは?

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では続いて、殺害された主婦たちの死因や死亡推定時刻など、警察による捜査を経て分かったことをご紹介します。

主婦A(43歳)の死因は絞殺、主婦B(32歳)の死因は刺殺だった

2人の遺体には無数の暴行を受けた形跡がありましたが、直接的な死因は絞殺と刺殺でした。

A(43歳)は人間の手によって首を絞められた跡があり、B(32歳)は刃物で刺されたことによって大量に出血していたといいます。

主婦Aは殴打と肋骨の骨折、肝臓破裂も!体内からは犯人の体液が

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Aは首を絞められた以外に、30か所以上も強く殴打されたことによる皮下出血が見られ、さらに肋骨は9本折れ、肝臓が破裂するほどの暴行を受けていたとされています。

Aの体内から犯人のものと思われる体液が検出されたため、性的暴行を受けたと考えられています。当時着用していたシャツは乱れていましたが、ジーパンなど下半身の衣服は着たままでした。

主婦Bも殴打の跡がたくさん?包丁が突き刺さっていた

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Bも刃物で刺された以外に、50か所以上も強く殴打された皮下出血が見られました。また、Bの体から発見された体毛から、血液型はO型であるということだけが判明しています。

犯人の体液などは発見されませんでしたが、ジーパンと靴が散乱していたことやパンツが引き裂かれいたことから、Aと同様に性的暴行を受けていた可能性が高いです。

性的暴行の可能性について、詳しく検死すると膣壁が剝がれていたことが分かりました。膣壁がこのような状態になるのは、角材や木の枝などの異物を膣に無理矢理挿入された時です。

二人の所持品は特に取られた様子はなかった

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金銭目的の強盗殺人ではないか?と思った人も多くいましたが、2人のリュックにはお金が残ったままの財布が入っていて、他の所持品も特に取られた様子はなかったことから、金銭目的ではないことが判明しています。

リュックの中には空になったお弁当箱や、その日に収穫したであろうワラビが入っていました。

二人の死亡推定時刻は?

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2人の遺体を司法解剖した結果、胃の中に残っていた内容物や消化具合から、食後1時間以内に殺害されたということが判明しました。

そしてそこから割り出された死亡推定時刻は、正午12時過ぎから午後2時半の間であるということです。

遺留品は包丁のみで手がかりはなし

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手がかりに繋がりそうな遺留品はBを刺した包丁だけでしたが、指紋も付着していなく、購入ルートも絞れなかったことから一切の手がかりを失ってしまいました。

唯一分かったのが、O型であるという血液型だけだったのです。

事件現場や被害者に関する情報は?

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では事件が起こった長岡京市の現場はどのような場所だったのでしょうか。現場となった山についての情報や、被害者である2人の主婦の情報について見ていきましょう。

長岡京殺人事件の現場は?たけのこで有名な京都府長岡京市の竹林

この事件が起きた場所は、「奥海印寺(おくかいいんじ)」という所でした。同名のバス停(阪急バス)もあり、普段はとてものどかな雰囲気の地域だといいます。

奥海印寺はたけのこが有名ということもあり、別名「たけのこの里」とも呼ばれています。山と言っても標高が200メートルほどしかなく、ちょっとした「裏山」のようで地元の人もよくピクニックに来ていました。

現場は地元の人もワラビ採りによく訪れる場所だった

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また、たけのこだけではなくワラビなどの山菜がよく採れる場所だったので、地元の人もワラビ採りを目的に山に入ることがよくあったといいます。

ですが実際にはワラビが生えているような場所は獣道の先にあったようで、慣れている人でないと迷ってしまったり帰れなくなったり、ということも十分にあり得るのだそうです。

また、晴れている昼間でも辺りは薄暗く、大人数で行動しないと危ないとも言われています。実際にAとBが殺害されていたのは、ツタや木を押しのけて行かないと辿り着けないような場所でした。

当時周辺ではレイプ事件が多発していた

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前述したように、木や竹が生い茂っていて昼間でも薄暗い場所が多く、これまでにも不審者の目撃情報や痴漢の被害、性的暴行を受けたという人も少なくなかったのです。

もちろん舗装された道もありますが、そこから少しでも道を外れると獣道に出てしまうようで、人を引きずり込んだり襲ったりすることも難しくないと言われています。

主婦Aはよくワラビ採りに行っていた?

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そんな山でしたが、被害者のAはよくワラビ採りに行っていたようで、事件前までに少なくとも7回は山に入った経験があったとされています。

被害者の主婦二人はスーパ「イズミヤ」のパート仲間だった

被害者であるAとBは同じスーパーで働いていたパート仲間であったとご説明しましたが、その勤務先は「イズミヤ 長岡店」というスーパーマーケットでした。

長岡天神駅(阪急電鉄)の前にあるスーパーで、2019年6月現在でも営業は続けられています。

主婦Aの衣服からは、謎のメモが

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そしてこの事件で最も話題を呼んだと言っても過言ではないのが、この「謎のメモ」でした。メモはAが着用していた衣服のポケットから発見されています。

実際のメモの写真が出回り、様々な憶測や噂を生み出して広まりました。その実際の写真や内容については、このあと詳しくご紹介します。

長岡京殺人事件の不可解な点・注目すべき情報は?

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この事件では、不可解な点や注目すべき点が数多くあります。こちらでは、そんな重要ポイントについてまとめていきます。

主婦Aのレシートに「オワレている たすけて下さい この男の人わるい人」

先ほど軽く触れましたが、見つかった謎のメモは「イズミヤ」の2日前(5月21日)のレシートの裏側に鉛筆で書きなぐられていました。

また、上に掲載した画像が実際のメモですが、最初の「オワレ」だけがカタカナであり、「たすけて」の「す」の部分に書き直したような形跡があります。

急いで走り書きしたようなこのメモから、Aが犯人に見つからないように手のひらにレシートを隠し持ち、Bに気を取られている隙に焦って書いたのでは、と警察は推測しました。

鉛筆は持ち物から見つからなかった

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また、鉛筆で書かれていることが判明しましたが、使ったであろう鉛筆本体は見つかりませんでした。後日、2人が殺害された場所から少し離れた場所で、鉛筆の芯の先端部分だけが見つかっています。

主婦A、Bはアキレス腱も切られていた?

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AとBには無数の傷跡があったのですが、それ以外にアキレス腱を切りつけられていた、とも言われています。犯人が逃げられることを恐れてアキレス腱を刃物で断裂すること事例は過去にもあります。

つまり、犯人はAとBに逃走されないように、アキレス腱を切って歩行不能にしてから暴行を繰り返したのではないかということです。このことは、犯人が単独犯であることを示すことにも繋がります。

信憑性は?他の事件と混同されている?

AとBのアキレス腱断裂についてですが、実は確かな証拠や公式の発表があったわけではありませんでした。ですので噂が1人歩きしてしまった可能性もあります。

また、長岡京殺人事件が起こった少しあとの1982年6月6日に千葉県千葉市で起こった「新宿歌舞伎町ディスコナンパ殺傷事件」の情報と混同されている可能性も囁かれています。

新宿歌舞伎町ディスコナンパ殺傷事件は、1982年6月6日白昼に千葉県千葉市横戸町で二人の女子中学生が何者かに殺傷された強盗殺人事件。一名が死亡、一名は軽傷で保護された。犯人が検挙されないまま公訴時効を迎えた未解決事件。

1982年6月7日、千葉大学法医学教室にてAの司法解剖が行われ、Aの死因は首を切られたことによる失血であることが判明した。また、Aは首を切られた後に両足のアキレス腱が切断されていた。

(引用:Wikipedia)

現場では革靴のような足跡が発見されていた?

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犯人の血液型や謎のメモ以外に、犯人に結び付く可能性があるという足跡も発見されています。

通常、山に入る時は怪我防止のため靴底に溝がある登山靴を履くものです。ですが現場の近くからは、そのような登山に適している靴ではなく革靴のような足跡があったのです。

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