ひかりごけ事件とは?遭難した船長が人肉を食べた?真相は?社会

ひかりごけ事件とは?遭難した船長が人肉を食べた?真相は?

目次

[表示]

船長は死体損壊で懲役1年の刑を受けたが軽すぎると言い続けていた

Foundry / Pixabay

船長に言い渡されたのは1年の実刑判決でしたが、船長自身はこの刑を軽すぎると感じていました。人を食べて生き延びた自分が懲役1年などという軽い刑で済ませられるとは思っていなかったのでしょう。

出所してからも数十年間、「自分は死刑でも足りない」と、死ぬまで重い罪悪感に苛まれ続けました。

風評被害に反論をせず自殺を図り崖から飛び降りたことも

船長に対して、周囲から時には「あいつが人食いか」「この人食い野郎」と言われることもありました。

小説の影響で「仲間を殺して食べた」という風評が広まっても、反論しても仕方がない、人を食べたのは事実なのだからと黙っていました。

しかし風評被害や罪の重さに耐えきれなかったのでしょう、崖から飛び降り自殺を図ったこともありました。

船長は死ぬ前にペキンノ鼻に行きたいと思っていた?

stevepb / Pixabay

船長は亡くなる直前に、遭難現場であるペキンノ鼻にもう一度行きたいと願っていましたが、1989(平成元)年に亡くなってしまい、ついに叶うことはありませんでした。

ペキンノ鼻を訪れて自分のした行為をもう一度確認したかったのか、かつての仲間に会って謝りたかったのか…。その真意は今も分からないままです。

ペキンノ鼻とは?

ペキンノ鼻とは北海道知床半島に位置する岬の名前です。ペキンノとはアイヌ語で明るい岬という意味です。

合田一道氏の著書は?

合田一道氏は、ひかりごけ事件について何冊かの本を書いています。

  • 「ひかりごけ」事件-難破船長食人犯罪の真相(新風舎文庫)
  • 裂けた岬-「ひかりごけ」事件の真相(ノンフィクションブックス)
  • 知床にいまも吹く風-「裂けた岬」と「ひかりごけ」の狭間(恒友出版ノンフィクションブックス)
  • 日本猟奇・残酷事件簿(扶桑社文庫)

ひかりごけ事件が世間に与えた影響は?

sofi5t / Pixabay

ひかりごけ事件は当時の世間にも衝撃を与えましたが、現在でも事件を知った人に食人行為について考えるきっかけを与えています。

極限状態における判断について考え込む人が多数

jarmoluk / Pixabay

ひかりごけ事件に関する書籍を読んだ人の感想の一部です。

飢餓状態になると人は、人という意識から離れていくのかもしれない。このような極限状況下での食人行為はどうすべきなのか全くわからない。食って生きるとも、食わずに死ぬとも決められない。それとも自分の意思や理性とは無関係に、その瞬間の衝動で選択されるものなのだろうか。

(引用:読書メーター)

食人という行為について考えるきっかけにも?

現代の日本でも、飢餓による極限状態に陥ることがないとは言い切れません。船長のように船が難破してしまったら?登山中に滑落して誰にも見つけてもらえなかったら?震災で瓦礫の中に閉じ込められてしまったら…?

その時人間はどう考え、どう行動するのでしょうか。

船長の行動を自分に置き換えて考える人もいるようです。

食人はやばい?タブー視される理由とは?

stevepb / Pixabay

食人がタブーとされるのは倫理上、生物学上の理由があげられます。

食人はどうしてダメなの?倫理上の問題だけではない?

RobinHiggins / Pixabay

食人はなぜタブーとされているのでしょうか。キリスト教圏では、「食人は倫理観から外れた未開の蛮族の風習」として忌み嫌われています。

また、生物は種の保存のため同類を守ろうとするものです。多少の生存競争はあっても、自分以外の仲間が全て死んでしまったら種自体が滅んでしまいます。

つまり「同類を殺して食べる」行為は社会の秩序を守るためにも許されないのです。

脳神経系の疾患になる?狂牛病(クロイツフェルトヤコブ病)?

MabelAmber / Pixabay

食人は倫理的な問題の他にも、生物学的な問題も引き起こします。

同じ生物の脳髄を摂取することで、神経難病を起こすとされています。代表的な例が狂牛病(クロイツフェルトヤコブ病)です。そもそも牛の飼料に牛の骨髄成分が混入していたため発生した病気です。

人間の場合は抑うつなどに始まり、進行性の認知症、運動失調などを呈し、発症から1〜2年で呼吸不全、全身衰弱などで死亡します。実際に食人の習慣があった南方のある種族だけに、これと似た病気が発生しています。

食人事件は意外に多い?日本で起きた食人事件まとめ

Pexels / Pixabay

日本犯罪上、食人事件は少なくありません。そのうちの幾つかを紹介します。

少年臀肉切り取り事件(1902年3月)

pen_ash / Pixabay

東京麹町の11歳の少年が殺害され、両の臀部の肉が削ぎとられる事件が発生しました。

約3年後に別の殺人容疑で逮捕された36歳の男が、らい病患者であった義兄を救うために、人肉を食べると治るという迷信のもと少年を殺害したことが明らかになりました。

犯人は奪った肉で作ったスープを義兄と妻に飲ませたものの、その後のトラブルにより義兄を毒殺しています。

先妻知的障害連れ子殺人・人肉食事件(1945年2月)

256417 / Pixabay

夫婦で仕事もせず、怠惰な生活で食べるものにも困った32歳の女は、幼い子供たちが日頃から空腹を訴えていたため、ある日夫の先妻の遺児である17歳の次女を殺害して食べることを計画しました。

次女は知的障害があり、女は日頃から次女に冷たく当たっていました。

家族の不在時に次女を殺害、解体して骨も皮も一緒に鍋で煮込み、家族にはヤギの肉と偽って食べさせました。自らも肉を食べたといいます。

東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件(1989年6月)

Alexas_Fotos / Pixabay

東京都北東部、埼玉県南西部で起こった、4歳から7歳の少女4人の被害者が出た事件です。

犯人は遺体に性的行為を行う、犯行声明文を新聞社に送りつける、野焼きした被害者の遺骨の一部を遺族に送りつけるなどの極めて異常な行動をとりました。また、被害女児の一人の両手を焼いて食べたと供述しました。

犯人は幼女に対する新たなわいせつ事件を起こしたところを逮捕され、2008年6月に死刑が執行されています。

少年生胆取り殺人事件(1938年5月)

MabelAmber / Pixabay

ハンセン病にはヒトの胆嚢が効くという迷信を信じていた男(24歳)が、水辺で遊んでいた少年(9歳)を連れ去り、殺害して胆嚢を取り出しました。

自らのハンセン病を治すために犯行におよんだと見られています。

しかし、犯人は逮捕直前に逃走し、列車へ飛び込み自殺しました。

小笠原(父島)事件(1945年2月)

bere69 / Pixabay

戦時中の父島に駐屯していた日本軍の部隊が、ある日酒宴を開いていました。気の荒い一人の酔った将校が、米軍捕虜を食べて戦意高揚を図ろうと言い出します。

墜落した米軍機から捕えた捕虜を大木に針金で縛り付け、日本刀で殺害したあと解体して酒のつまみにしました。最初に言い出した将校はその美味さに上機嫌でした。

戦後にこの事件が発覚し、将校ら4人の絞首刑や他の関係者の終身刑、懲役刑が執行されました。

食人事件は意外に多い?海外で起きた食人事件まとめ

Myriams-Fotos / Pixabay

海外でも、食人事件は数多く起きています。

パリ人肉事件(1981年6月)

vydumka / Pixabay

当時パリに留学していた日本人の32歳の男が、友人であるオランダ人女性を自宅に呼びだして殺害、その肉を生のまま、あるいは調理して食べたあまりに有名な事件です。

男は数日間に渡り食人を行いましたが、肉の臭いが強くなってきたため遺体をスーツケースに入れて森に捨てようとしました。しかしこれを近所の住人に目撃され、逮捕に至っています。

事件当時は心神喪失であったとして不起訴処分になり、帰国して作家やコメンテーターとして活動しています。

ロシア史上最悪の人肉食事件(1999年〜2017年)

Pexels / Pixabay

35歳の男とその妻が、バーで知り合った女性(35歳)とトラブルになり、殺害。自宅で遺体を解体します。解体作業中に男はスマホで遺体と自撮り写真をとりますが、このスマホを紛失してしまいます。

偶然スマホを見つけ、中の遺体と男の自撮り写真を見た人の通報で事件が発覚し、警察の捜査で夫婦の自宅の冷蔵庫から大量の人肉が発見されました。

他にもキッチンで正体不明の肉を調理した痕跡、血まみれのバケツや人間の頭部の袋詰めなども発見されており、18年間で約30人を殺害、日常的に食べていたことが発覚しました。

ネットで食べられたい人を募集したエンジニア(2001年3月)

Free-Photos / Pixabay

ドイツ人のエンジニアであった男は、ネットで「自分に食べられたい人」を募ります。その条件は「18歳から25歳までのハンサムで健康的、筋肉質ではないこと」というものでした。

しかしこの条件では見つからず、年齢制限を引き上げたところ応募してきた43歳の男性と出会いました。この男性はちょうど「自分を食べられたい」願望を持っていました。

願望が一致した二人は早速、応募してきた男性の性器を切り取り、二人で食べました。その後エンジニアの男は男性を殺害し、死体の肉を食べています。

ソウル20人連続殺人事件(2003年9月)

jarmoluk / Pixabay

韓国人の男が20人の連続殺人を行い、そのうち6人の臓器を食べる事件が発生しました。

男は自らの気管支の弱さを克服するべく、他人を殺害して臓器を食べれば病気が治ると信じていたと証言しています。

逮捕された時に「捕まっていなければ100人は殺した」と話し、メディアに「殺人機械」と呼ばれました。

アメリカ犯罪史上最悪の殺人鬼(1900年代初頭)

olafBroeker / Pixabay

20年にわたり400人の児童を殺害し、アメリカ犯罪史上最悪の殺人鬼と呼ばれた男がいました。

あるケースでは、信頼を得て近づいた家庭の10歳の娘を誘拐し殺害、少女の肉をオーブンで焼いて食べたという趣旨の手紙を少女の両親に送りつけました。その肉はおろか血液や排泄物までも口にしたと語っています。

この手紙は両親から警察に渡され、これがきっかけで犯人は逮捕され、1936年1月に死刑が執行されています。

ひかりごけ事件と似てる?遭難事件まとめ

Free-Photos / Pixabay

ひかりごけ事件と同様に、極限の飢餓状態が起こした人肉食事件はいくつか報告されています。

ウルグアイ空軍571便遭難事故

Free-Photos / Pixabay

1972年、ウルグアイのステラマリス大学のラグビー部のメンバーが、国際大会出場のため空軍機571便にてチリへ向かっていました。しかし途中、空軍機がアンデス山脈の峰に衝突し、墜落してしまいます。

乗員乗客45人のうち生き残ったのは28名。厳しい雪山でお菓子などのわずかな食料で食いつないでいましたが、10日後には無くなります。極限の空腹の中、死んでしまった仲間の遺体を食べることを決意します。

最後まで遺体を口にしなかった者、雪崩に巻き込まれた者もいましたが、最終的には16名が72日間を生き延び、生還しました。この事件を題材にした映画「生きてこそ」が1993年に公開されています。

ドナー隊の遭難事件

adege / Pixabay

1846年5月にアメリカ東部から移住のためにカリフォルニアを目指した開拓民が、度重なるトラブルにより雪のシエラネバダ山脈で過ごすことになります。

冬のシエラネバダは北米でも有数の豪雪地帯であり、行程の大幅な遅れや度重なる困難で多数の家畜、馬車が失われた後だった一行にとっては絶望的な状況でした。

著しい食料不足により、当初87人だった一行はカリフォルニアに到着した時は48人にまで減っていました。生き残った人のほとんどが、死んでしまった仲間の肉を食べていました。

カニバリズムを文化に持つ人々もいる?人肉を食べる理由は?

Free-Photos / Pixabay

世界には極限の飢餓状態に限らず、文化として人肉を口にする人々も存在します。その歴史は古く、いずれも社会的風習、宗教的儀式、あるいは薬効を求めて行われていました。

中国の食人文化

Herriest / Pixabay

有名なところでは中国の食人文化が挙げられます。主に薬効として胎児から成人までその対象になります。

食人に関する言葉もその対象となった人間の性別、年齢層などによって様々なものが存在し、長い中国の歴史に深く根ざした、れっきとした食文化であることがわかります。

現在では食人は禁止とされていますが、2000年代に入っても「人肉カプセル」「人毛醤油」事件や、幼女を火鍋で煮込む、16歳の少女の肉を市場に並べるなどの凄惨な事件が発生しています。

パプアニューギニアのカニバリズム集団

Stevebidmead / Pixabay

2012年にパプアニューギニアの奥地でのカニバリズム事件が発生しました。7人の魔術師が人食いカルト集団によってその肉を食べられたというものです。

この集団にとって、魔術師を食べることはそのパワーと強靭な肉体を得る源だと信じられていました。

一方では、殺された魔術師達は呪術を行う際に法外な金銭を要求したり、時には女性に肉体関係を強要する「悪徳魔術師」であったとも伝えられ、カルト集団による処刑行為の意味合いも含まれているようです。

NEXT:ケルト人は宗教的儀式としての食人を行った?
3/4