吉岡秀隆の現在は?再婚の噂が?相手は?内田有紀との離婚の原因は? エンタメ

吉岡秀隆の現在は?再婚の噂が?相手は?内田有紀との離婚の原因は?

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尾崎豊とはよく喧嘩していた?

まずは、尾崎豊さんと彼に接点があることに驚いた人も多いのではないでしょうか。歌手で、独特な感性を持つ尾崎豊さんはわずか26歳でこの世を去ります。

その密度の濃い人生に、吉岡秀隆さんとの思い出も詰まっていました。兄と思ってくれていいと尾崎豊さんが言うほど仲がよく、飲んで喧嘩になることもあったそうです。

そして、朝方にゴミ捨て場に尾崎豊さんを見捨てて帰ったとの逸話もあります。

倍賞千恵子にはマッサージをしてあげている?

「遙かなる山の呼び声」から母子役を演じてきた倍賞千恵子さんも、彼にとっては欠かせない存在です。吉岡くんの演技は、上手い、下手ではなく品を感じると賠償さんは褒め、可愛がっています。

賠償さんは、彼に撮影中には「肩をもんで」とお願いするようになり、今となっては全身マッサージまで出来るように成長したそうです。

渥美清とも仲が良かった?

ずっと長年一緒に演技をしてきた渥美清さんをよく慕っていたと言います。デビュー作から関わり、多感な11歳から側で支えてくれていた俳優さんの一人でもあります。

渥美清さんとのエピソードは、後に彼が最優秀主演男優賞を初めて受賞した時にスピーチで語りました。受賞作品は「ALWAYS三丁目の夕日」でした。

「芝居を投げ出したくなった時には、いつも僕の胸の中に笑顔で出てくる、渥美清さんにお礼が言いたい。」上の画像は受賞した時の模様です。3分あたりからスピーチが始まります。

交友関係は広いと言われている

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吉岡さんは共演者の方と良好な関係を作ることも得意なようで、意外と交友関係は広いと言われています。

俳優として長い経歴を誇る彼、芸能界は水物とも呼ばれずっと長く続けていくには、並大抵の努力では難しい事で有名です。そんな世界を生き抜いた、彼を尊敬し、周りに集まってくる人も多いのでしょう。

吉岡秀隆の経歴は?子役の時から意識が高かった?

気になるのは、吉岡さんが現在に至るまでどのように芸能界で、今の地位を築き上げたのかです。彼の才能がここまで引っ張ってきたのは間違いありません。もう少し彼の過去を掘り下げてみましょう。

吉岡秀隆の学歴は?高校や大学はどこ?

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自由の森学園高校を卒業後、亜細亜大学に入学しています。5歳の時から活躍しているのにも関わらず、大学には進学していました。しかし。やはり、多忙なため大学は中退しています。

中退という言葉で浮かぶのは、やはり元妻だった内田有紀さんです。高校の時には芸能界デビューし、潔く通えなくなったら高校を中退しています。

歩んできた人生に接点が合ったからこそ、心も近づいたのかもしれません。

ドラマ「大江戸捜査網」で5歳からテレビデビュー?

杉良太郎さん主演の「大江戸捜査網」に出演したのが最初です。当時は、劇団若草に所属していて芸名も「吉岡ひでたか」と名乗っていました。当時、劇団若草に在籍していた芸能人は数多くいます。

桃井かおりさんや坂上忍さんら名俳優、名女優も名を連ねています。

「山口さんちのツトム君」という歌も歌っていた

まだ、芸名が「吉岡ひでたか」だった頃にみんなのうたで歌も歌っていました。「山口さんちのツトム君」です。

今は斉藤こず恵さんが歌っているのも発売されているので、全てが彼の歌ではないのですが、田中星児がお父さん役で小鳩くるみさんがお母さん役でジャケットに写っています。

ピクターから発売される曲に収録されていることが多いようです。

1977年には「八つ墓村」で映画デビュー

映画デビューは1977年に映画化された「八つ墓村」です。本家の「八つ墓村」からは大分脚色されホラー寄りになっていたようです。

主人公は金田一耕助ではなく、寺田辰弥で大人役を萩原健一さん、少年役を吉岡さんが見事に演じました。金田一耕助役をしていたのが渥美清さんでした。

「男はつらいよ」シリーズで活躍

1981年から最終作まで、諏訪満男役で「男はつらいよ」シリーズで活躍しました。

有名なのは「男はつらいよ ぼくの伯父さん」から吉岡さんの諏訪満男役に物語の焦点が移動したことです。

主演を務める渥美清さんが病気により、充分な演技ができなくなった時事を知っている、ファンから暖かく見守られていました。

「北の国から」では役の口癖が評判に?

「北の国から」で有名な言葉と言えば「じゅーん、ほたるぅ」ですが、吉岡さん演じた純の「~なわけで」も評判になりました。ファンはしっかり見ているのですね。

フジテレビの「トリビアの泉」では何回フレーズを言ったのか、検証していました。全部で「52回」だったそうです。

「文化庁芸術祭作品賞」や「向田邦子賞」も受賞

「北の国から」のスペシャル版は賞も受賞しています。初めて放映した時は、脇役の田中邦衛さんが主演を務めるのは驚異に近かったそうです。

北海道には「北の国から資料館」も建てられました。魅力的な作品としてずっと引き継がれていくでしょう。

映画「ラストソング」で作詞作曲した曲がオリコン入り

本木雅弘さん主演の映画「ラストソング」では作詞作曲した曲が採用され、47枚を売り上げるヒットとなります。映画の中では、なかなか才能に恵まれないギターでミュージシャンを目指す青年を演じました。

「ALWAYS 三丁目の夕日」では日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞

2005年に公開されてから3作まで続く作品となった「ALWAYS 三丁目の夕日」では、主演の芥川龍之介を演じました。

第1作ではその年の映画賞を独占するなど、数々の成績をおさめ主演を演じた彼の代表作でもあります。

現在まで俳優として活動している

5歳からずっと、俳優業をしている吉岡さん、現在も他のドラマや映画に携わり活動しています。

脇役でいる時の彼と、主役を演じている時の存在感や役柄により、全く印象が変わるのは彼の演技が視聴者にそう見せているためです。これからも見逃せません。

吉岡秀隆の主な出演作品

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ここからは、抜粋して今まで出演してきた吉岡秀隆さんの作品や意外な仕事を引き受けていたことに注目します。本当にたくさんの作品に出演しているため、全てを紹介出来ないのが残念です。

1999年高倉健さんと映画「鉄道員」で共演

彼の俳優人生を支えた人の中に、高倉健さんの名前が上がります。吉岡さんは高倉健さん演じる佐藤乙松の同僚の息子、杉浦秀男役でした。

生涯を鉄道員にささげた男の人生に奇跡が訪れるストーリーでしたが、高倉健さんの演技のすごさを再認識させられた作品でした。

2005年映画「半落ち」に出演

小説が原作の本作は惜しくも直木賞を受賞できなかった作品として有名です。映画化されたことでも再度注目を浴びます。

2005年に日本アカデミー賞を取るなど輝かしい成績を残しました。主演を務めたのは、寺尾聰さんです。裁判官特例判事補の藤林圭吾役を演じたのが吉岡さんでした。

ストーリーが最初から殺人を自首するところから始まるなど、最初から最後まで目が話せない作品となっています。

2006年1月「博士の愛した数式」で再び寺尾聰さんと共演

2006年1月には再度、寺尾聰さんが主演を務める「博士の愛した数式」に出演します。

原作は小説であり、1人称が私と表現されていたため、ルートが博士との思い出を語る設定に変わっています。

吉岡さんが演じたのはルート役の19年後です。80分しか記憶が留めておけない博士と過ごした期間が描かれています。

2015年「流星ワゴン」に出演

西島秀俊さんと香川照之さんのW主演となるドラマです。主人公は妻からも離婚され、子供は引きこもり、父親もいつ死んでもおかしくない状態でした。

そんな時にみかけた5年前の交通事故で死亡が報じられたはずの橋本一家の車が目の前に現れます。吉岡さんの演じたのは、交通事故で死亡したはずの一家の父親、橋本義明役でした。

年の近い西島さんとの共演がすごく楽しかったと言います。橋本一家の子役を演じた子供との距離について、役柄上どうしても近づくことが出来なくて、と後に悩みを告白しました。

2016年映画「64-ロクヨン」の鍵となる役を演じる

前篇と後編に分かれて放送された映画「64-ロクヨン」昭和64年に起きた誘拐殺人事件が始まりとなり、時効寸前に起こる警察内部の隠蔽問題や誘拐の模倣犯も出てくる結末が気になる作品でした。

ドラマと映画のラストシーンが違うことでも話題に登ります。吉岡さんが演じたのは幸田一樹役でした。「幸田メモ」も重要な鍵となり物語は展開していくのです。

BUMP OF CHICKEN 「グッドラック」のPVにも出演

「ALWEYS三丁目の夕日’64」の主題歌として使用された曲です。吉岡秀隆さん意外にも染谷将太さんも出演しています。

声が癒される?ナレーターとしても人気?

JAバンクのCMのナレーターをしているのが吉岡さん、ホッとする声で癒やされます。声だけの出演はなかなかないですが、味があります。吉岡秀隆さんのホームページからも見ることが出来ます。

バラエティ番組で吉岡秀隆の真似をする芸人がいた?

彼のモノマネをする人はあんまりいないのが現状です。ネットでの評判では似ていると言う声が多く寄せられました。お笑い芸人のナコニスズのヤマゲンさんがモノマネしていていました。

モノマネされると嬉しい人もいるようですが、はたして吉岡さんは、どう感じるのか気になります。

子供時代から活躍していた俳優

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吉岡秀隆さんもわずか5歳でのデビューを果たし、現在も活躍している俳優さんですが、他にも子役を経験し、そのまま芸能界で、まだまだ活躍している人がいます。

「子役は大成しない」とよく聞くのですが、人にもよるということです。

神木隆之介

もうすっかり大人になってしまいましたが、神木隆之介さんも子役時代からずっと活躍されています。

今も充分に素敵な男性ですが、子役の時は中性的で天使のように可愛らしいと評判になりました。1999年にドラマ「グッドニュース」でデビューしています。

2001年「ムコ殿」で鈴木杏樹さんの子供役を演じ、2006年「探偵学園Q」では少し大人びた神木くんが見られます。2015年に映画「バクマン。」で佐藤健さんとW主演を務めています。

山本耕史

山本耕史さんも子役からというより、デビューは0歳だったそうです。赤ちゃんの時はモデルの仕事をしていました。転機が訪れるのは舞台「レ・ミゼラブル」のブローシュ役で舞台デビューしたことです。

当時のマリウス役は野口五郎さんなどが交代で演じており、ギターの先生は野口五郎さんだったと語ります。16年後に念願のマリウス役も務めました。

手品を得意とし、交友関係の広いことでも知られています。堀北真希さんとの結婚でも話題になりました。

濱田岳

俳優の濱田岳さんも子役時代から活躍していました。デビュー作は1998年ドラマ「ひとりぼっちの君に」でダウンタウンの浜田雅功さんと共演します。

二作目が「平成夫婦茶碗~ドケチの花道~」です。浅野温子さんと東山紀之さんが主演を演じる子供役の長男で出演しています。動画でも最初に起こされるのが浜田くんなのですが、まだまだ面影が残っています。

2007年、映画「アヒルと鴨のコインロッカー」で主演の椎名役を務めます。2008年ドラマ「太陽と海の教室」では自殺願望の女友達を助けるために、自分の命を諦める役を演じきるなど様々な役に挑戦しています。

坂上忍

今は独特なキャラで、定着している坂上忍さんですが、彼も3歳から子役から芸能界を支えてきた俳優です。一時は「忍様(しんさま)」と呼ばれるほどのアイドル的存在であり、演技の幅広さに定評がありました。

1991年「就職戦線異状なし」等に出演し現在は、バラエティ番組「バイキング」に出演しています。

吉岡秀隆が人生をかけた日本の作品

吉岡秀隆さんの今までは、仕事、俳優業に関しては一度もつまづいていません。彼にはひっきりなしの出演依頼が来ます。それは、彼の作品に対する思いや経歴、人柄が織りなすものでしょう。

ほとんどの人生を日本の作品に費やしてきています。結婚や離婚を経験していますが、長く俳優業している人は、現実や、一般常識から感覚が少しずれているとも言われます。

味のある渋い演技も見られる彼に再度、再婚などの嬉しいニュースが聞けることを期待しましょう。

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